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キミにコイをした。  作者: なち
彩日十題
41/52

ひねくれ者のおまえのことなんて、 中編



 クリスマスイブに部活をしようなんて物好きは、バスケ部だけだったらしい。元々部活動にそこまで力を入れていない学校で、それでも陸上部やサッカー部は全国の常連ではあったが、「遊ぶ時は遊ぶ」が信条の二つの部活は去年同様に練習の予定は無い。そのくせやる時はとことん――だからこそ全国区なのかもしれないが。

 職員室に体育館の鍵を借りに行った時も、最初から申請していたにも関わらず意外そうな顔に見つめられ、今年もかと呆れた口振りを見せたのは学年主任だった。そういえば去年のクリスマスも数人の先輩と一緒に体育館に篭っていたっけ、と遠い昔の事のように思い出した。

「健全なんだか、どうなんだか」

とボヤいた学年主任は、一学年の時に「不純異性交遊はウンタラ」と説教をかましたくせに。理子と俺を呼び出した過去なんて忘れ去っているようなそいつが、クソ忌々しい。

 俺は仏頂面で鍵を受け取って、体育館に向かう。

 そこからは内心の憤りをぶつけるように、鬼と叫ばれるような練習メニューを敢行した。休憩なんて大して取らせない。

「お前らがやりたいって言ったんだろーが!!」

 と返しながら、基礎練習をみっちり。その後は主に寺門をしごいてやった。

 終わった時には屍のように倒れていた奴らも、じゃあいったん帰って再集合だという頃には元気満々だった。もう無理だという程疲れさせてやったのに、と呆れる気持ちと、今後はもっとハードな練習でもいいかもしれない、と考える俺もいる。顧問にかけあってみようか、と頷きながら、帰路に着こうとする俺の背後に、寺門が叫ぶ。

「遅れんなよっ!」

 俺はそれを当たり前のように無視してやった。


 どういう繋がりなのか知らないが、クリスマス会は日向が紹介してくれた先輩という人の店を貸しきって行われる事になっていた。行けない罪滅ぼしだ、などと日向は言っていたが、好きに使ってくれていいと言われても、店に入った瞬間身体を強張らせる程度に、場違いな店だった。小さな個人経営の居酒屋だと聞いていたけれど、店内は五十人は収容できそうな広さと豊富な酒瓶が並んだお洒落なバーだった。店主は日向の先輩、とは言っても十歳くらい上に見えたし、外見は穏やかなしゃべり口調に似合わない強面だった。

 彼女とのデートで店を開けないから、と言いながら恐縮した俺達に「日向の友達なら、ま、好きにやってくれや」と煙草を片手に笑った男には、奇妙な貫禄がある。その男が高級車に乗って去っていくのを、不安になりながら見送った俺とは違い、寺門はさっさと店内を物色している。

 相変らず日向の交友関係はよく分からないが、聞いてみるのもそれはそれで恐ろしい気がする。

 店内の酒も好きに飲んでくれていい、と太っ腹な発言をくれた店主には悪いが、回収した三千円の会費でどうにかなる酒は並んでない。そもそも未成年――今更あーだこーだ言える立場じゃないが、一応監督する立場として――買い込んできたもの以外に手を出すな、とこれだけは全員に約束させた。

 店内の机を移動させて一箇所に並べていると、女バスの連中が大荷物を抱えてやって来た。菓子類やら酒類を、買い過ぎだろと思うぐらい。

 それから程なくしてピザの配達が届くと、寺門の「かんぱーい」とすっ呆けた音頭で会が始まり、そこからはわいわいがやがや騒がしい時間がやってくる。

 羽田梓の姿は、その中にはなかった。彼氏が居たなんて初耳だが、兎に角その相手とデートなのだそうだ。そうじゃなくても行かない、と、無理矢理参加を強制させられた俺に侮蔑の視線をくれながら言っていた。

 店の中央では誰が用意したんだか、マイクを握って熱唱している部員の姿。音は携帯で出して、好き勝手に歌ってる。主にクリスマスソングだが、それを男同士肩を組んで歌っている姿は何だか物悲しい。

 俺は一人バーカウンターの椅子にかけて、その様子を眺めている。

 一緒に馬鹿騒ぎするようなはっちゃけた性格でないのも確かだが、この場には冷静な人員が居なさ過ぎる。女バスの部長副部長はわりかしマトモな人間だと思っていたが、飲むペースが早過ぎて一時間もすれば潰れるんじゃないかといった感じだった。時間が進むにつれて酔っ払いが増えていく様子を、ため息混じりに観察する。

 部活の連中と飲む機会が少ないので、一体誰が酒に強くて弱いのかは分かりにくい。それでも世話焼き型、というのは何人かいるようでほっとする。

 しょっぱなから顔を真っ赤にしていた寺門も、実際はそこまで酔ってはいないようで、皆を盛り上げながらも一応は周りに目を走らせている。一年生の中で大人しいと感じていた細い体躯の菊池は、控え目というより大人なのだろう。吐き出した友人の介抱を嫌がらずにしている辺り、こういう状況に慣れているようだった。女バスの方でもガードをつとめる小柄な二宮という女が、そんな風に世話役に回っている。

 缶ビールを喉に流し込みながら、不思議なものだなと思う。

 こんな機会は早々御免だが、こんな機会でも無いと気付かない性格というものもある。例えば友人が話しに夢中になっている間に明らかに焼酎の割合が強いウーロンハイをウーロン茶に取り替えている菊池は、何時もはでしゃばらず人の影に潜んでしまっているような目立たない男だったが、来年の部長はあいつにしたら上手くいくんじゃないかなんて思う。寺門の横でタンバリンをがむしゃらに振っている前田という後輩も、何時もただ五月蝿いだけの子供だと思っていたが、あれはあれで気遣いゆえの行動らしく、きっと寺門ポジションが上手くいく。

 自分の引退した後に気を揉んでいる自分がおかしくもあったが、そんな事を考える年齢になったのだななんてしみじみ思った。副部長なんてポジションをもらわなければ、きっと考えもしなかっただろうけれど。去年の今頃は自分の事で手一杯だった。どうやれば他を出し抜いて試合に出れるだろうか、とか、どうやればシュートの精度が上がるだろう、とか、どうすれば鉄壁のディフェンスを誇るあの学校に勝てるだろう、とかそんな事だけを考えていた。

 そんな事をつらつら考えていたら、女バスの部長がへべれけになりながら俺の横に座ってきた。

「高橋、飲んでる~?」

 呂律の回らない口がそんな事を言った。

「飲んでるよ。お前は飲みすぎじゃねぇの」

「いぃ~んだよ、今日くらいぃ」

 きゃはは、と意味もなく笑いながら、その背が大きく背後に倒れる。転ぶ、と思う前に回転椅子を掴んで留まる、部長のこいつの名前は田辺。

「あーたのしっ」

 完全な酔っ払いだ。上気した頬に缶ビールを当ててから、俺の手元の缶にそれをぶつけてくる。

「はい、かんぱいぃー」

 きゃらきゃら、一体何が楽しいのか。回転椅子を回しだして、「目が回るー」とか馬鹿を言い出す。まるで子供だ。

「高橋はぁ、今日、菅野さんいぃんですかぁ~?」

 ひっく、としゃくり上げながら田辺が出してきた名前に思わず眉を顰める。

「良くねぇよ」

 答えれば、また楽しそうに笑ってぐびりとビールを飲み下す。

「なぁんで、こんな所にいるのよぉ?」

「うっせーな」

「うるさくなぁい!!」

 一気に飲み干した缶を、田辺はがんっとカウンターに叩き付けた。騒がしい店内ではちっとも目立たない。そのままずるずるとカウンターに突っ伏して、むにゃむにゃ、何かを言った。それが言葉になっていなくて良く分からない。寝るのか、と絡んできた田辺の突然の変貌に驚きながらも、安堵する。絡まれるのは苦手だ。――得意な奴がいるとも思えないが。

 そのまま寝息でも聞こえてくるかと思いきや、田辺の顔がぐりっとこっちを向いた。カウンターの上で頬を潰した変な顔が、うつらうつらとしながら動く。

「女の子はぁ、」

 目は俺を見ない。手元で転がす空き缶を、空ろに見つめている。

「クリスマスには、好きな男と一緒に居たいんだからねぇ……」

 そこだけ、まるで醒めているような、淀みの無い言葉。私だって、そう言った顔がまたカウンターの上に組んだ腕の中央に戻る。

「別れてなければ、」

 小さすぎる呟きだったのに、それだけは聞こえてしまった。鼻を啜るような音に混じって、くぐもっていたのに。

 突然そんな事を吐き出した、別段仲良いわけでもない女に、俺は戸惑ってしまう。慰めろなんていわれたって何も言えないぞ、と混乱した頭の中で思った。悪いが、何の同情心も沸かない。可愛そうだとも、辛いだろうな、とも。そんな感情が湧くほど、田辺の何を知っているわけでもない。

 なんだこの状況は、と思案していると、田辺のほうからは今度こそ寝息が聞こえてきた。肩や頭が規則的に動く。

 寝やがった。

 何だかわかんないまま、田辺の後頭部を見つめた。

 その俺の背後から、

「あー、みーチャン寝ちゃった?」

 しっかりとした足取りで近づいてきた二宮が、苦笑して。労わるような視線を田辺に向けながら、その頭を何度か撫でた。

「ごめんね、この子、高橋君に絡んでたでしょ?」

「……あー、まぁ……」

「ちょっと前に気付いたんだけどさ……ちょっと、近づきにくくてさぁ」

 みーチャン、と田辺に囁きながら二宮が俺を見てはにかんだ。田辺はんー、と唸って、いやいやするみたいに顔を振った。

「何か、言ってた?」

「……別れた、とか」

「あーそっかぁ。……高橋君には言ったかぁ……」

「何?」

「いやいや。ほら、一応この子も……一応っていうのも変か。んと、あのほら……部長じゃない? 後輩の前で弱音なんか吐けないからさぁ、今日は無理しちゃってて。別れたのは私らは知ってたけど、でも、何て事ないよって笑うのよ。酒でも入らないとやってられないの分かるけど、ね。ペース、早かったでしょ?」

 普段がどうだか知らないから、何て言っていいかわからない。ついでに言えば、こんな事を説明されている意味も、分からない。

「でもさ、事情知ってるこっちはどうにも痛々しくってさ。そういうの感じ取って、みーチャンは更に無理しちゃうわけ。だからあっち逃げ出して、こっちに」

 あっち、とこっち、を指差してもう一度苦笑。

「……慰められたくなんて、ないんだよねぇ……」

 田辺の頭を優しく撫でながら、二宮はありがと、と俺の缶に自分のそれをぶつけてきた。二宮が飲んでるのは、ただのジュースだった。

「高橋君なら、言い易いんだよねぇ」

「……何で?」

「私らの事、どうでもいいでしょ?」

 明日になったら、田辺の言った事なんて忘れてるでしょ? と言い当てられて、あー、なんてどうでもいい返事をしていた。おかしそうに笑う二宮は、田辺が動いても大丈夫なように周りに椅子を並べて回転椅子が動き出さないようにしてから、奥に戻ろうとして振り返った。

「そういえば、高橋君さ」

「……あ?」

「菅野さんは、いいの?」


 ――どいつも、こいつも。


 酒に強い奴、弱い奴が明確になったのは、会が始まって三時間程経ってだった。17時から始まったそれを、とりあえず一端お開きにする。と言っても、二次会もそのままの会場で続けるつもりだったが。田辺は一眠りしたおかげか、部長らしく女バスを取り仕切って、帰る人間と残る人間を仕分けしていたし、それぞれの学年の代表格も同じ様。グロッキーになっている奴はそのまま寝かすか、タクシーを呼んで返す。

 動ける奴で簡単にちらかった店内を掃除して、タクシーに乗り込んでいく奴と駅へ向かう奴らを見送って。

 さあ、二次会だー!と飽きもせず、テンション高く拳を上げる連中をため息混じりに見つめる。

 一人だけ冷め切った様子の俺を、咎める奴なんて一人もいない。

 定位置に戻った俺に気付いた寺門が、眉を上げて寄って来ただけ。

「なんだ、お前。まだ居たの?」

「あ?」

 あまりにあまりな物言いに怒気を膨らませてしまう。どういう了見だ、コラ。と凄めば、怒るなよーと笑いながら寺門が赤ら顔を引く。

「いや、いや。お前が妬ましくて強制連行したけどさー……考えたら、菅野さんには罪も無いわけじゃん?」

 俺には罪があるってか。

「今頃菅野さんが一人悲しく泣いてるかも、とか思うと、流石に俺の胸も痛むわけ」

 胸を押さえる仕草をしながらも、その顔には笑みが張り付く。

「こんくらいの人数ならお前居なくてもどうにかなるし、お前はさっさと菅野さんを抱きしめにでも行けよ」

 慈悲深くも何とも感じられない言葉を告げながら、俺の肩が二三度叩かれる。

「……」

 俺は呆れていいんんだか、怒っていいんだか分からず沈黙した。

 そんな事を今更言われても、だ。今から理子に会いに言った所で、寺門がぶつくさ言っているように感激で泣いちゃうんじゃない、なんて理子を思い浮かべる事は至難だ。というより玄関のドアを開けて俺を見た瞬間、呆れ顔で「何で居るの」ぐらい言われそうだ。事情を話せば、「別にいいのに」と返ってくる。絶対。

「ラブラブしてこいよ、ちくしょー」

なんて、言いたい事だけ言って離れていく寺門に、舌打ちだ。

 今更。

 そんな空気にもっていける高等手段は持ち合わせていない。

 店内を見回せば、大盛り上がり。確かに俺なんかいなくても、どうにか出来そうな面子。何だかんだ言って寺門も、しっかり周りを指揮している。田辺も残っているし、菊池も居る。俺がいる必要なんて無い。

 軽い疎外感を感じ、邪魔者扱いをされながらも、俺はカウンターから動けない。

 壁に引っ掛けたダウンを羽織って、颯爽と帰る気にはなれない。

 今更。

 舌の上で転がした言葉は、苦かった。





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