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キミにコイをした。  作者: なち
仄恋十題
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掠めた指先

 ジャンケンに負けて嫌々決まった図書委員。何が嫌って図書当番という面倒な仕事が回ってくるのが嫌だ。図書室で司書の真似事、貸し出し当番。そんなに大人数が利用するわけでも無いから、整理整頓が終わってしまえば、あとはカウンターで時間を潰すしかない。

 当番は二人体制。大抵その相手とおしゃべりを楽しむか、読書でもして紛らわせるか。ただ生憎、私は本を読むという行為が長時間出来る性質でもなかった。

 この日の当番は三年生の図書委員で、当番が一緒になる事が多い。三年生は受験という事もあって、当番にはほとんど当らない。組み合わせは一年生は右回りのクラス順、二年生左回り、三年生は任意という具合になっている。なのにこの三年生はよっぽど図書室が好きらしい。

 否、どうにも私を狙っているらしい。

 佐久間君、高橋に劣らず、という程ではないが、私の見た目というのはどうにもモテる部類に入るらしい。美人でモデル体型なんて遺伝と化粧のなせる技で、今の世の中ちょっとの努力でどうにでもなると思う。化粧を落としてショートにしたら、絶対男だと思われる。実際二つ上の兄貴とすっぴんはそっくりだ。

 しかしその外見に幻想を持った男なんざ、はなから対象外である。大体中身を知ればギャップに驚いて去っていく。落ち着いた文学系美人? はは、誰の事ですか。図書委員なのはジャンケンに負けたからです。帰宅部なのは面倒だからです。中学時代はソフトボール部、ばりばり体育会系でしたが何か? 化粧が何時も完璧なのは兄貴そっくりの美青年顔を隠したいからです。

 だから。

 何とはなしの会話の合間に

「俺、菅野さんが好きなんだ。で、付き合って欲しいんだけど」

と告白されたからといって動揺なんてしなかった。

「あ、すいません。無理です」

 はにかむとか照れるとでも思ったのかな。ぴきりと顔が固まった彼に対して、私は人形のようだと揶揄される一番綺麗な顔で笑ってやった。この時点でイメージぶち壊れましたかね?

 その後は勿論会話なんて無し。

 返ってきたばかりの本に目線を落としていたんだけど、どうにも眠くなって。私は欠伸をした後、机に突っ伏して寝てしまっていた。


 ――ええ、確かに、告白はお断り致しましたよ。


 でもだからって、寝ている私を放って、さっさと帰ってしまう男ってどうなんだ。

 私が気付いたのは、外がもう真っ暗な時間。ご丁寧に部屋の電気は消されていて、肌寒さに目が覚めたのだ。

 一瞬自分が何処に居るのかも分からなくて。

 目が慣れた頃に、枕代わりにしていた新刊のタイトルが目に入って。自分が何をしていたかを思い出した。

 静まり帰った図書室には自分一人。一応「先輩」、と呼んでみた。でも答えは返って来なくて、自分が置き去りにされた状況に気付いて憤慨した。

 メモの一つも無い、彼の居たスペースに無造作に置かれた図書室の鍵。

 うわ、最低。

 ありえない。

 閉館時間は二時間オーバー。校庭の部活動の生徒さえ、もう居ない。丁度お帰りの時間――ここで起きれなかったら、どうなっていたんだろうと一抹の不安を感じた。

 兎に角、良かった。

 私は慌てて窓の開閉を確かめ、部屋に鍵をかけて職員室へ飛び込んだ。先生にお小言をもらいながらも薄ら笑いで誤魔化して、昇降口を急ぐ。

 うう、暗い。暗いのはあんまり得意じゃないんだ。

 こういう所は女の子らしいんじゃないかと思うよ、自分。

 でも理由は、中学の頃部活帰りに変態さんに出くわした所為ですけどね!!


 正門を出て、駅へ向かう。駅までは歩いて十分くらい。ただ惜しいのは商店街に辿り着くまでが畑ばかりの田舎道で。通学路だから外灯はあるんだけど、ちょっとあんまり得意じゃない道だ。だから部活もしないで何時も早めの時間に帰るようにしてるのに。

 見晴らしが良いから誰かが飛び出てきたりすれば分かるんだけど、中学時代のそれはどうしようもないトラウマとして今も私をがんじがらめにする。

 分かっていても、身体が臆するのだ。

 小動物のようにびくびくしてしまっているに違いない、だから。


「理子?」


 大声で呼ばれて、大きく肩が跳ねた。

「お前、何してんだ?」

 正門の所で自転車に跨った影が、恐らく反対方向に向かう友人に何か言いながら。それで手を振って別れて、二百メートルの距離を縮めて来た。

「良く分かったね」

「見れば分かる」

 何だか機嫌が良いらしいのは、部活の後だからだろうか。

「今日佐久間君は?」

「あいつは先に帰った。で、お前こんな時間まで何してんの」

 帰宅部だろと問い掛けられ、う、と言葉に詰まる。

「図書当番、で」

「それにしちゃ遅くない?」

「……寝ちゃって」

 気まずく思いながらも、余りに高橋が笑顔だったので促されるようにして答えてしまった。そしたら高橋は大爆笑だ。

 何時の間にか自転車を降りて、並んで歩き出す。それが自然で違和感無くて。

 馬鹿だなぁと涙混じりの、屈託無い笑い顔。うるさい、と呟いた所で、気付いた。

「っていうか、何してんの。先帰っていいよ」

 私の歩調に合わせてくれるような高橋なんて、ちょっと予想外で。驚いて可愛くない言い方をしてしまったのに、今日の高橋は嫌味な所が無くて。

「後ろ、乗る?」

「え、いい」

 咄嗟に。ほんとするりと、考えるより言葉が出てた。高橋が小さく笑う。らしいってどういう意味だろう。

「じゃあ、このままでいいや」

 ……そのまま歩くって事か?

「一応、お前も女だし。こんな暗くちゃ危ねぇだろ」

 振り返った顔には、からかいの色。「美人さんらしいし?」なんて、皮肉たっぷり。いぃーって歯を剥いたけれど、何時も通りに出来ただろうか。


 それから、駅までの時間を二人で歩いたんだけど、そこではたと気付いたんだ。そういえば高橋と二人っていうのは、初めてなんじゃないだろうかと。何時も菜穂と佐久間君と合わせて四人。でも一緒なのはお昼の時だけで、それ以外は廊下ですれ違って目配せ、とか。昇降口で挨拶、とか。そんな程度。

 二人で並んで歩いてるなんてシチュエーションに胸が躍ったのは私だけだけど、私は必死に平静を装った。

「ねぇ、なんか良い事あったの?」

 誤魔化しも含めて、始終ニコニコしている高橋にそう聞くと、

「何で?」

黒い瞳が細められた。その顔すら嬉しそうというか、無邪気。

「だって、すっごく機嫌良いよ。キモチワルイくらい」

「はは、マジ分かる?」

「分かるよ」

人の嫌味もさらりと受け流す高橋なんて、知らない。

「今度、練習試合あんの。相手強豪なんだけど、俺一年唯一のスタメン」

 満開だ。笑顔が満開だよ、この人。子供みたいだ。そんな感想が飛び出たのは照れ隠しに違いない。そんな逃避をしたくなる程、淀みない笑顔は魅力的だ。顔形とかそういうのじゃなくて。

「……良かったじゃん」

 本当は手を叩いて褒めたい衝動に駆られたけど、それは私のキャラじゃなくて、出来なかった。だからすっごく無感動な声。顔は強張って、私の方が機嫌悪そうなぐらい。

「試合、見に行こうかな」

 取り繕うように続けたら、高橋が

「おう来て!!」

 すっごく嬉しそうに。


 ……もう、勘弁してよ。


 何で何で何で。今日に限って。菜穂も佐久間君も居ない二人っきりの時に、そんな優しい顔しないで。何時も通り、嫌味たっぷりニヒルな皮肉笑いが特徴の男でいてください、頼むから。

 表情を作れなくなるから。


 その時、自分がどんな顔をしたのか自覚は無かった。

 だけど。人形みたいに綺麗なって言われる、得意の作り笑顔でも無くて。侮蔑混じりの引き攣ったそれでもなければ、小馬鹿にしたような薄ら笑いでも、微笑でもなくて。

 ただ心底から、緩んだ。

「そうやって笑ってたら、ホント可愛いのに」

 およそ私に似合わない代名詞をぼそりと呟いて、高橋が肩を竦める。

 勿体無い、って。

 君がそれを言うのか、と言い掛けた言葉は、口を出る前に飲み込んだ。

 高橋の武骨な指が、私の頬を掠めた。


 ――食ってしまっていた髪を直してくれたのだと気付くまで、少し時間がかかった。




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