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キミにコイをした。  作者: なち
笑言十題
34/52

人の話を聞きやがれ 前編



 頭を使うのは得意じゃない。

 けして馬鹿だとは自分で言うまいが、佐久間や日向のような文武両道ってやつじゃない。テストの点だって平均的だ。

 頭で考えるより身体が動いちまう性質で、そこは高塚と同じようなもんだが、勘が働く分まだ奴よりはマシだと思っている。佐久間に言わせればどんぐりの背比べらしいのだが。

 ただ俺の勘は恋愛方面にはとんと働かない。

 だから、随分とヒントを与えたと言い切った羽田の答えは、ちっとも役に立たなかった。

 理子の好きな奴が誰かなんて、分からない。仲間内の全員が知っている相手らしいという事しか分からない。けれど理子の交友関係なんて俺は知らないし、同じ高校の奴なのだろうという推測しか出来ていない。

 あれだろうか。理子の幼馴染だとかという、生徒会の書記の事だろうか。

 でもそいつ自身も理子に惚れているという話だから、そうなると付き合っていない理由が無い。

 じゃあ他に誰だろう。

 それがそもそも、自分と理子の関係にどう影響するのだろう。

 理子は俺と付き合う振りを、渋々ながら了承した。それが彼女の、「好きな人としか付き合わない」という意思にそぐわないという事は分かるけれど、それでも決めたのは理子自身だ。

 理子が誰を好きでも、俺にどう関係があるのだろう。

 俺たちの友人関係が、それでどう崩れるというのだろう。

 何度頭を捻ってみても、答えは出ない。

 もうお手上げだ。

 俺の頭じゃどうあってもこれ以上の考えは浮かんでこない。

 となれば、もう、やることは一つ。


 理子本人に聞いてみるしか、無いじゃないか。


 そう結論付けた俺は、部活が休みとなった金曜の放課後、理子を急襲した。


 俺が理子のクラスに出向いた時、彼女のクラスメイトはほとんど、帰宅した後のようだった。というのも俺のクラスのホームルームが長引いた為で、出向いたはいいが彼女が帰ってしまっているのでは無いかと若干懸念していた俺は、羽田と談笑している理子を教室の中に見つけて、小さくため息をついた。

 俺が無断で教室に入っていくと、まだ残っていた連中がぴたりと会話を止めてしまう。

 俺の足が理子に真っ直ぐに向かっている事に気付いたのだろう。喧嘩中と噂されているのは知っていたので、さもありなん、といった所だ。

 羽田と理子も当然のように会話を中断させて、視線をこちらに向けてきた。

 理子は俺をみとめた瞬間、表情を曇らせる。穏便にことを進めようとしていたのに、その表情を見た瞬間苛立ってしまう。

「理子」

 呼びかける声が低い。気軽く声をかけるつもりだったのに、っと思ったら舌打ちまで飛び出してしまった。

 理子の身体が強張るのが分かる。羽田が立ち上がって、俺と理子の間に立ちはだかる。

「羽田、理子かせ」

 なんて横暴な言い方だ、と他人事みたいに思う俺が居る。

「何様よ、アンタ」

 周りに居たクラスメートが気を使ったのか、それとも悪辣な俺と羽田の様子に恐れをなしたのか、そそくさと離れていく。それでも遠巻きに、こっちを窺う気配を背後に感じる。

 見世物になる気は無い。

 それでも、修羅場を連想させてしまうような態度は直せない。

 人の目を気にしすぎるきらいのある理子が、何時か俺の目立つ行動の幾つかを非難した事があった。ただでさえ君は目立つのに、と前置いて、放送ジャックや何時かの下駄箱でのやりとりを、非難された事があった。思い立ったらすぐ行動、が身上なのだといえば、呆れた顔。私は目立ちたくない、と顰めた顔に、お前こそ無理だろうと返した覚えがある。理子は集団の中に溶け込んでいても、端正な容姿が目をひくし、持つ独特の雰囲気が際立つ。

 だから目立つような行動は避けてやろうと思った。

 それなのに、理子がこちらのメールを無視してくれるからこういう事になる。

「お前に関係ない」

「はぁ!?」

 声を荒げた羽田を押しのけると、その陰に隠れていた理子の姿が目に入る。机の上で拳を握って、俯いたまま。長い髪が邪魔して、その表情は窺えない。

「理子」

 もう一度名前を呼べば、肩がびくりと震える。

 逃げ道を与えないように、理子の腕を取って立ち上がらせる。

 強く引きすぎたのか、理子が「きゃっ」と小さく悲鳴を上げた。けれどそんな事に構って手を離せば逃げられてしまう気がして、握ったままの腕は放せない。

「顔、かせ」

 俯いたまま、俺を見ない理子に苛立ちが募る。

「高橋、アンタいい加減に――っ!」

「お前は黙ってろ」

 一睨みすれば、羽田がぐっと押し黙る。別段こちらに脅えた風はない。ただ怒りを飲み込んで、睨み返される。

「菅野?」

 俺に対する時とはうってかわって、気遣う色の深い声音で、理子に視線をやる羽田。

「……大丈夫」

 久し振りに聞いた理子の声は、思いの他落ち着いていた。

 ゆっくりとこちらに向き直る顔。

 目が合う事に安堵する。

「……分かったから、手、放して」

 けれどすぐに視線を外して、俯かれた。

 だから俺は、理子の腕を放せなかった。分かったといいながら、それでも逃げていかれそうな気がして、幾分力を緩めただけで。

「高橋」

 手、放して。

 

 理子がよく、分からない。まるで知り合った頃のように、余所余所しい。

 こいつは一体どうしたいんだろう。

 

 焦れたように、もう一度呼ばれる。それでも反応を示さない俺に、理子が窺う視線を寄越してきた。

 憮然とした俺の顔が、理子の目に映る。


 分からないのは理子の気持ちだけじゃない。

 理子の態度に苛立って、どこかで焦燥を感じている自分の気持ちも、良く分からなかった。




 無言のまま理子を引っ張っていった先は、屋上だった。校内のどこであったら落ち着いて喋れるのかなんて知らないから、とりあえず人の居なさそうな場所をしらみ潰す気でいたのだけれど、空き教室の方が見当たらない事に気付いた。

 屋上には人っ子一人いず、鍵をかけてしまえば完全に二人だけの空間になった。

 そこでやっと掴んだままだった手首を話してやれば、必要以上に距離を取られる。

 さっと辺りに目を走らせてから、屋上に誰も居ない事を見極めてか、大きくため息。

「話って、何」

 抑揚の無い声が理子の口から漏れる。艶めいた、小さな唇。

 落ち着かな気に何度も髪を耳にかける動作。

 俺達の間に流れる空気とは正反対に、初夏の風は爽やかだ。

「……俺は一体なんて言えばいいんだ?」

「――はい?」

「何て言えば良かったんだよ」

 理子の顔は相変わらず強張っている。ギャラリーが無い事に幾分調子を取り戻してはいるようだが、まるで警戒したまま。

「何、突然」

 じり、と理子が後ずさる。

「言ってる意味が分からない」

 追えば逃げる。逃げるから追わずには居られない。逃がしたままにしたら、戻ってこない。距離が広がったままになってしまう。

「謝る以外にどうすりゃいいんだよ」

 一歩踏み出せば、更に一歩遠くなる。

 見た目で言えば島野の方が猫みたいな面をしている。けれど何処までも人慣れた、愛想のあるそれ。理子は違う。近付けば威嚇して逃げ出す。慣れれば愛らしく鳴き、かと思えば警戒心剥き出しで威嚇し、突然に消えてしまう。遠のいてしまう。

「なぁ」

 大股で一歩を詰めて、もう一度理子の腕に手をかける。

 びくりと大袈裟に脅える様には構わない。

 引き寄せて、ドアに理子の背中を押し付ける。逃げ出しそうになる理子を両手の間に閉じ込めれば、戸惑った視線がぶつかる。

「言ってくれよ」

 必死になりすぎている自分に、俺は全く気付いていない。

「キスしたのは悪かったよ。謝る。俺が馬鹿だった。しかもあんな大勢の前で、目立つの嫌いなお前が怒るのは分かる。いくら付き合っているフリの延長でも、勝手にした俺が悪かった」

「何、」

「謝って許せねぇんなら、殴ってくれて構わねぇからよ!」

 思わず声を荒げれば、理子が身体を小さく縮める。両肘をそれぞれの手で抱くようにして、顔を背けられる。

「何時もみたいに怒鳴ってくれていい。馬鹿でも、阿呆でも、無神経でも、」

 もう散々言われた事だ。

「言う権利はお前にはあんだろ……っ」

 俯く理子が唇を噛み締める。反動で耳から落ちて、顔にかかる髪。今度はけして耳にかけようとはしなかった。頭上から見下ろしていると、理子は以外に小さかったんだななんて感想が浮かんでくる。男と体格が違うのだから当たり前の事で、今までに何度も考えた事で、今この場面で思う事でも無いのに。

 女なのだ、理子は。

「何か奢れば済むか? 土下座でもすればいい? 何したら、お前、許してくれるわけ?」

「っそういう事を言ってるんじゃ、」

「じゃあ何だよ!!」

 許す許さないの問題じゃあ無いのだと、友人連中も言う。

「俺は、理子とこのまま友達やめんのは、ぜってぇ嫌だからなっ!?」

 ガキの喧嘩だって、もっとましに片がつく筈なのに。

 ぎり、とさらにきつく唇を噛む理子。黙ったまま終わりにさせる気は無い。今日こそは、ちゃんと納得のいく答えをもらわなきゃ、気が済まない。

 理子の言葉を促すように、肩に手を置いた瞬間だった。

「私はっ!!」

 俺の手を振り払いながら、理子が顔を上げる。長い睫毛に縁取られた大きな瞳が俺を睨んでくる。なのに何故か、その目には涙が盛り上がっていた。

 一瞬怯んだ隙に、逃げられる。

 スカートの裾が翻って、けれど逃げ去るわけじゃなくって、すぐにまた俺に向き直った理子が、

「君の友達なんか嫌なのっ!」

投げつけてきた言葉の、打撃力ったら無い。

「……君は、ちっとも分かってない!!」

 何を分かれというのか。頬を伝った理子の涙を見ながら、呆気に取られる俺は浮かんだ疑問を解消できない。

 今までだんまりを決め込んでいた理子は、決壊したダムのように勢い良く喋り出す。

「あんな風にキスされて、喜ぶ女ってどんなよ!? 私を好きなわけでもない。ただムカつく相手を黙らせるためだけの!!」

 けれど何も言わないよりましだった。ほっとした。

「あれっきり原島君は何も言って来ないし、私も君の周りもそりゃ静かになったでしょうよ! 付き合った効果が出て、君はさぞ嬉しいでしょうけどっ」

あの時も! そう続ける理子。

「あの時も、あの時も!!」

 それが何時の事なのか、俺には分かれない。分かれという方が無理なのではないだろうか。そんな口を挟む隙も無いのだが。

「私がどんな気持ちだったか分かる!? 君は自分の取った行動で、私が傷付いている事を知ってる!?」

 所詮他人なのだから、分かれという方が、無理で。

「私の気持ちを、考えてくれた事ある!?」

 なのに俺は今、理子の涙の理由が、怒りの原因が、分かるような気がした。実際には何故か、なんて分からない。

 理子の気持ちなんて分からない。分かれない。

 何を考えて、何に傷付いたかなんて、言ってくれなきゃ分かれない。

 でも。

 理子に惚れていた原島が、言っていた。

”理子先輩が可愛そう”だと。

 それは少なくとも俺より、原島の方が理子の気持ちを分かっているという事なのだろう。

 きっと、俺より理子と関わった事の少ない原島の方が、理子を。

 ただ彼女に付き纏っているだけだと思われた、後輩の方が。

 仲の良い友人だと自負していた自分よりも。


「馬鹿っ! 無神経! 鈍感!!」


 それでも言ってくれなきゃ、俺は分かれないから。

 どんな事でも言ってくれなきゃ、分かれないから。


 どう言ったら伝わるんだろう。

 

 理子がどう思っても、傷付いても、噛み合わなくても。

 それでも、もう、理子がそこにいるのが当たり前なのだと、どう言葉にしたら。



――理子は傍にいてくれるのだろう――。




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