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キミにコイをした。  作者: なち
笑言十題
31/52

自分からやっといてアレなのですが、 中編



「俺と、付き合わねぇ?」



 ――驚くな、という方が無理だと思った。

 ちょっとそこまで付き合って、というような軽いノリで、とんでもない事を言ってのけた高橋は、手に持ったポテトチップスの欠片を何て事ない顔で口に運ぶ。パリ、と良い音が部屋の中で無駄に響いた。

「は?」

 思考がうまく追いつかないまま、呆けたように呟いた私に、高橋は小首を傾げた。

「何そんなに驚いてんの」

って。

 そっちこそ何を突然言い出したんだ、って私は固まったまま。

 嬉しい、なんて気持ちは浮かばなかった。だって高橋の言葉をそのまま鵜呑みに出来る程、私の脳は単純には出来ていない。この付き合ってが、私の思う付き合ってとは違うんだろうって思った。

 本当に、それこそちょっとそこまで、という話なのだと。

「どこに?」

 動揺はちっとも隠せない。だけど目一杯顰めた顔で聞いてしまう。

「ちげっつの」

 馬鹿にしたような笑いが高橋の口を飛び出る。

 そんな事は分かってるのだ。分かっているけれど、


 だって、

 じゃあ、

 何で、


 うまく言葉にならない。喉に言葉が引っ掛かって、魚みたいに口をぱくつかせてしまう。

 ひどく喉が渇く。ひどく騒ぐ心臓の鼓動を自覚する。

 違うって分かってる。そう言い聞かせながらも、でもどこかで期待してしまう私が居る。もしかしたら、まさか、高橋は私を好きだったりするんじゃないか、なんて。

 今までの高橋の言動行動から、確かに気に入ってくれているという自負はあるのだけれど、でもそれが恋愛感情じゃない事なんて知り過ぎる程知っていても、期待してしまう。


 瞬いた高橋の瞳を見返して、


「お互い都合がいいじゃん?」


 ――続いた言葉に、ああやっぱりなって思ったのに。

 それでも、まるで心臓を鷲掴みされたように痛かったんだ。


 高橋を怒鳴り散らす勢いで追い返した後、私はベッドに突っ伏して奴を罵りながら――泣いた。


 最悪。最低。阿呆。馬鹿。鈍感。

 最低、最低、最低、最低。

 ――大っ嫌い。


 どうして人が言いたくて言えない言葉を、あんなにもあっさりと口に出来るのだろう。

 どうして高橋は、ああなのだろう。

 どうしてそんな高橋が、私は好きなのだろう。

 どうして。

 どうして。

 どうして。


 何で?


 こんな関係、いっそ解消してしまえれば楽なのに。

 いっそ友達なんてやめて、離れてしまえればこんなに傷付かないですむのに。

 さっさと気持ちを曝け出して、いっその事清々しく振られてしまえれば、良いのに。

 それが出来ない自分が悔しい。

 こんな馬鹿みたいな友達関係でも、側に居たいなんて考えている自分が滑稽で、悔しくて、悲しくて。

 私はその日、ただひたすら泣いた。




 どんなに胸中が鬱蒼としていても、笑えるのだから不思議だ。

 休み明け、重い心を引き摺りながらも登校して、教室で朝の挨拶に応えて、普通の顔で授業を受けて、他愛も無い話に笑って、そんな風に日常を過ごせる。

 恒例となったお昼の時間が近付いて、高橋と顔を合わせなきゃいけないんだなんて考えると胃がキリキリ痛むようで、逃げ出したい程辛いのに、それでも普通に過ごせてしまえる。

 プライドが高いのかもしれない。そんな些細な事でいちいち傷付いてしまいました、なんておくびにも出したくない。心配されたくない。相談なんて出来ない。

 だって、格好悪い。惨めだ。

 そんな風に思ってしまう自分のプライド。

 それで虚勢を張れるのならいいのかもしれないけど、だから可愛くないんだ、とか思う。

 そう考えたら、別の意味で気が滅入ってしまった。

 そう、自分は可愛くない。菜穂のように誰彼から守ってあげたいって思ってもらえるようなところも無ければ、真知子みたいにノリが良くっていつもカラカラ笑っているような可愛げも無い。見た目だけ自慢できたって、中身に女の子としての魅力なんて皆無だ。

 高橋を、ずるいと思った。

 たった一言で私を幸福にしたり、地獄に突き落としたり、泣きたくもさせるし笑顔にもさせる。あっちは何の意図も無いって分かっているから、一喜一憂している自分が滑稽で、悔しくて、何時も怒鳴ってしまう。怒ってしまう。

 高橋ばかりを、責めた。なんて鈍い奴。なんてひどい奴。ちっとも人の気持ちにも気付かないで、勝手気儘に人の気持ちを揺さぶる。

 そんな高橋をずるいと、思った。

 だけど私に高橋に好きになってもらえる要素があるのだろうかって、思って愕然とする。

 こんな私を好きになってほしいなんておこがましいかもしれない。

 私だったらこんな面倒な女は願い下げ。

 私こそが勝手気儘に不機嫌になって、怒っている。それなのに高橋は何時も、奴自身にちっとも――とは言い切らないけど、でも悪い所なんて無いのに、何時も下手に出てくれる。何だかんだ言いながら私の気持ちを汲んで、頭を下げてくれる。例え私が何を不満に思っているのか分からなくても、「ごめん」と言ってくれる。

 ――私は、高橋に好きになってもらえるような努力を本当の意味で出来ていただろうか。バレンタインに一人だけ趣向を凝らしたケーキをあげてみても、学校をさぼってまで試合の応援に行ってみたりしても、高橋の好きなNBAの選手をチェックしてみても、それを録画していても、全部全部自己満足の域を出ない。

 だって高橋からしてみたら、それは何ら特別な事でないかもしれない。高橋にとってはどれも、仲の良い友達として認識されてしまう事かもしれない。

 告白しなければ鈍いあいつには伝わらないのだろう。

 だから高橋が、お互いの利害の為に付き合おうなんて提案をしてきても仕方が無いのだろう。それを妙案だと考えてもおかしくない。

 むしろその相手に選んでくれただけでも、僥倖だ。

 恋人役なんて私がやらなくても、きっと喜んで勤めてくれる人が高橋の側には一杯いる。そうやって周りのミーハーな女の子を退ける事なんて、高橋には簡単に出来る筈だ。

 私が同じように困っているからなのだとしても、それは感謝してこそあんな風に罵倒していいことじゃない。

 高橋は、こんな私を呆れているかもしれない。気の合う友達としても、付き合いきれないと考えているかもしれない。

 唐突に浮かんだ思いだったけれど、そう思い至ってしまえば急激に不安が襲ってきた。

 高橋が私をどう思っているかなんて、全然考えた事が無かった。何時も何時も、自分の気持ちが最優先で、その気持ちを高橋はちっとも気付きもしないし考えてもいないんだろうなんて思って、勝手に傷付いて苦しんで怒って。

 こんな私を高橋がどう思うかなんて全然考えた事が無かった。

 授業が進んでいく中で、私はそれが怖くなってしまった。

 お昼に顔を合わせた時、絶対あんな奴無視してやるなんて思っていたけれど、高橋の方に無視されたらどうしたらいいのだろう。もういい、面倒臭い、付き合いきれない。もしそんな風に思われてしまっていたら。

 刻々と近付いていくお昼の時間が、恐くなった。


 ――そんな感情が、表情に浮かんでしまっていたのだろう。


 二時限が終わっての休憩時間。

 私の席の前に移動してきた羽田が、後ろ向きに椅子に跨った羽田がチョコレートの包みを開けながら言う。

「菅野さぁ、何があったの」

 問い掛け、というよりは確認。勘の良い彼女には隠し事は出来ないんだろうな、とは思いつつも、何時も言葉にしないことはスルーしてくれる気遣いもある羽田から、直接聞かれるとは思ってもみなかった。一瞬何が、と聞きそうになって眉根を寄せる。

 この友人は、気がつけば何時も何かしら間食をしている。運動部だからお腹が空くんだなどと言っているけど、そういうのは関係無い気がする。授業中に早弁をしている姿も珍しく無い。どれだけ食べても太る様子の無い彼女が時々無性に羨ましくなる。

 無言を貫く私を、羽田が瞳だけで見上げてきた。

 ドラえもんの四次元ポケットのような羽田のブレザーのポケットから、チョコレートが2、3個出てくる。それを躊躇いも無く開いて、口に放り込んでいる。

 合間に長くなってきた前髪を煩わしげに掻き揚げて、もう一度聞いてくる。

「何があったの」

「別に」

堅い声ですぐさま言い返せば、苦笑。

「ま、言いたくないならいいけどさ」

 どうせ高橋の事だろうし、と呟く羽田を前に、唇を尖らせた。それをわざわざ口にするから、この羽田という友人は厄介だ。

「何もないよ」

「高橋もねぇ、朝練の間変な顔してたよずっと」

「……高橋観察なんてしてないで、ちゃんと部活に集中しなさいよ」

「やだよ。アタシの楽しみだもん」

 人間観察が趣味、と豪語する羽田は最近になって私と高橋観察が今一番の関心事だよ、等と言ってのけた。ちっとも悪びれない態度で、それを私本人に言う所が彼女の変わり者たる所以だった。

「……変な顔って、不機嫌だったとか、怒ってる、とか?」

 一度は流す気でいたのだけど、やっぱり高橋の話となれば気になってしまう。聞いてしまってからしまったと思っても、もう遅い。

「そーゆんじゃなくて、何か集中力に欠けておりましたね。今日のあんたと同じでそわそわしてるっていうかね」

「別に、そわそわなんて、」

「アンタが高橋を怒らすとか珍しいやね」

 人の言葉を遮って、どんどん確信に近付こうとする羽田。

「何時も怒るのはアンタの専売特許なのに」

「そんな事、ない」

「いーや、あるよ。まあ大抵高橋の不用意な言動が悪いんだけど。アンタ何したの? 殴った? 蹴った?」

「そんな事するわけないでしょー!」

 突拍子も無い。無さ過ぎる。

「じゃ、何したの」

 なのに、羽田の言葉はどんどん私を追い詰める。ああ、力一杯否定したおかげで、私が何か仕出かした事だけはバレた。

「……そういう誘導尋問やめてくれる?」

 悔しくなって仏頂面を作れば、羽田は楽しそうに笑った。それも悪代官のような、含んだようなあくどい笑顔だ。

「それは佐久間の専売特許でしょ?」

「確かに」

 背後からかかった声に、私の背が震えた。

 廊下側一列目、最後尾の私の席は、教室の後ろのドアがすぐそこだ。

 気がつけばドアを挟んで教室側に佐久間君、廊下側に日向君が立っている。

 日向君は肩に英和辞書を担いでいて、どうやらそれを佐久間君に借りた様子だ。そのままこっちに寄って来て、窓枠に寄りかかる。

「何の話?」

 にっこり笑った日向君と、いまだドアの横で苦笑している佐久間君を代わる代わるに見つめていると、佐久間君は一度廊下に出てから日向君の隣に並んだ。

「ごめんね、邪魔してない?」

 どうやら話し易いように移動してくれたらしい。――のだけれど、今の会話の流れで言うと正直聞いて欲しい内容では無い。否、これを機に別の話に持っていこう、と口を開きかけた矢先、

「今日高橋調子悪そうだったじゃん?」

 羽田に先を越されてしまう。

「ああ、確かに。なんか集中してなかったね」

「あれって何で?」

 羽田が今度はどこからともなくポッキーの袋を取り出して、それを差し出しながら。

「何か聞いてる?」

「いや、聞いてない」

 日向君がまずポッキーを取って、佐久間君が私に「どうぞ」と目配せしてくれて、私が一本もらってから自分も続く。そんな佐久間君にありがととか言っている間に話が進んでしまうから、口を挟む切欠を失った。

「役に立たないなー」

「そこは羽田の観察眼でどうにか推測してよ」

 ぽきぽき、ポッキーを噛み砕く音が響く。

「じゃ、何か菅野の事とか言ってた?」

「いや……別段」

「うん」

 何かあったの? と、不思議そうな日向君佐久間君の視線をくらって、曖昧に笑うしかない。

「いや、別にね……」

「何かまたひと悶着あったみたいよ」

「羽田!!」

 お願いだから黙ってくれ、という意味をこめて声を荒げても、羽田はちっとも気にしてくれない。こちらを向いた羽田の顔は、それ所か「ホラ説明しなよ」と言った感じで、私に続きを促している。

 佐久間君日向君も然り。

「あの馬鹿、また何か迷惑かけた?」

 男子陣の保護者の位置づけになっている佐久間君は、話す前からもう謝る姿勢。

「いえ、あの、別にね……」

「どうせまた無遠慮な事言ったんでしょ、タケが」

「いえ、そこまでは、」

「わかるわかる。あのお子ちゃま、菅野の逆鱗に触れる事しかしないしねぇ」

「いえ、別にそこまで怒る事があったってワケじゃなくて、」

「軽くお灸据えておくから、ごめんね理子サン」

「いえ、あの、そんな事してもらわなくても」

「アタシ、菅野の代わりに殴っておこうか?」

「いえ、ほんと別に!!」

「理子さん、何があったか知らないけど、もっと怒っていいんだよ?」

「いえいえいえ!!」

 何があったか知らないけど、怒っていいってどういう了見なのだ、日向君。

「確かに高橋の言動が腹立ったのは確かで、それでまた喧嘩したっていうか、また私がキレたっていうか……それは事実なんだけど、でも、あの……今回はね!?」

 何だか高橋だけ責められている状態が居た堪れなくって、庇うような言動になってしまう。

 いや、今回に限っては。

「……むしろ、あっちが怒ってるかもっていうか……」

 どうにかこうにかして三人の言葉を止めたくてそこまで言ってしまってから、はっとした。俯きがちだった顔を上げる。

「「「何があったの?」」」

 心から心配してくれているのがわかる、佐久間君。ただただ面白そうだと、興味心身になっている日向君。にたにたと、してやったりな顔をしている羽田。

 あれ、これってもしかしてやってしまった? なんて思っても後の祭りだ。

「……いや、あの……」

「理子サン、タケを庇わなくってもいいんだよ?」

 佐久間君は会って間もないのに、何故だか私の心棒者である。それは菜穂から聞いた英雄譚もどきの過去がいけないのだろうけど、何時だって私の肩を持ってくれる。

 それが時々心苦しい。

 羽田達と違って、真剣に対応してくれようとするからこそ、曖昧にぼかせない。

「いや、あのですね……」

「ほんとの事言って? タケが何したの?」

この人には放っておいてくれ、とは言えない。菜穂にもそんな事言ったら泣きそうでいえないけど、ある意味似たものカップルなのだこの二人は。

「……何があったっていうか、ね……?」

「うん」

「何時もの事なんですけど、」

「うん」

 駄目だ。うまく逃げられる気がしない。

 こういう時に限って羽田と日向君の二人は口を閉ざす。自分達が口を挟めば私に逃げの一手を与える事を良く知っているのだ。あわよくば二人に矛を向けて逃げ出せる、のに。

 次第に下がっていく視線は、机の上を凝視してしまう。茶色い木の机、所々に擦れたような傷。

 まだ次の授業は始まらないのかと腕時計に目をやれば、まだ五分も残っている。

「……えーと、」

 このまま白状するしかないのか、と唇を噛んだところで、救いは意外な所から現われた。

 げらげら騒がしく笑いながら、廊下の向こうからやってくる集団。

 皆が「何だ?」と思いながら顔を向けたから、針の筵みたいな状況から抜け出せて一安心。小さくため息をついてから、ゆっくりと皆の視線を追ってみる。

 けど救いだと思った集団には高橋が居て、日向君達は当たり前のように声を掛ける。

 目が合った瞬間強張ってしまう。

 高橋の顔にも苦い笑み。

 あれはどういう感情がさせている表情なんだろうかと考える。怒ってないだろうか。呆れてないだろうか。うんざりしていないだろうか。見つめる高橋の表情からは読み取れない。

 どう接したら正解なのか分からなかった。何も無かった様に皆と一緒に笑っていいのか。謝罪するのがベストなのか。でも皆の居る場所でそんな話題を引っ張り出せば、絶対突っ込まれてしまう。

 そんな事を考えていたから、顔が強張ってしまう。

 だけどそれなのに、やっぱり高橋は何時もの様に、バツが悪そうにしながらも頭を下げるのだ。


 だから、ああ、もう。


 嫌われてはいないんだなんてほっとして、自然に頬が緩んでしまう。

 上目遣いに高橋を見ながら肩を竦めてみせれば、高橋も同じように首を竦めて、項の辺りを掻く。

 そんな高橋の癖を目にしただけで、もう駄目なんだと思った。

 もう。

 どんなに腹が立っても、高橋を嫌いにはなれないんだから。

 だから私は決意した。

 高橋に自分を恋愛対象として見てもらわなければ始まらない。

 予鈴が鳴って皆が散開する中、私はおもむろに携帯を取り出して操作する。

 宛先は高橋。

 文面は内容にそぐわず素っ気無いけれど。


“お互いの平和のため、付き合うフリをしましょうか”




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