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キミにコイをした。  作者: なち
笑言十題
23/52

あんたにしてはまともすぎて怖いけど。



「しっかりお返しするわ」


 そう言われたのは、バレンタインデーの日の事。


 手渡したチョコレートケーキには微妙な顔を返され、一人慣れない感情に苛立っていた日の事。

 あの日私は高橋に対して焦りは禁物だと、悟った。奴の言動や行動に振り回されてみても、それは私の一人相撲だから。奴にとっては私もその他の女子も、早々恋愛対象にならない。だって本人が、ちっとも恋愛に興味を持っていない。

 だから私は焦らず、高橋にとって私の存在を少しずつ意識させられればいいなと思った。

 ――実際どうしたらいいのか、恋愛経験値の無い私にも分からないのだけど。


 そんな状態だから、バレンタインデーの日

「期待しないでいる」

と言った気持ちは嘘じゃなかった。

 本当に、期待なんてしてなかったんだ。


 だからホワイトデー当日、高橋が何のモーションをかけてこなくても、ああこの人忘れてるな、って簡単に納得出来た。

 放課後に羽田が高橋の教室に突撃して、「チロルのお返しは」と詰め寄ったらしい。高橋はひどく驚いた顔をして「今日だったっけ?」等と呟いた上、「あんなんでお返しもらおうとするな」と怒鳴ったとか。しばらく「くれ」「やらない」の応酬をした結果、羽田がチロルチョコをパックでもらう事になった――と羽田と行動を共にしていた真知子が言ってるのを聞いて、「馬鹿だなぁ」と笑える程度には納得した。

 そりゃ、若干へこんだのも否定出来ない。


 だけど、だからと言って。


 まさか。


 その夜、珍しく高橋から電話があっても、そんな事は予想もしていなかった。

『来週の日曜、空いてる? 午前中部活なんだけど、俺午後空いてるんだわ。映画のチケットもらったから、ケーキのお返しって事で一緒いかん?』

 だって、まさかと思うでしょう?

 高橋がそんな事言うなんてちっとも考えていなかったから、すぐに返事が出来なかった。

 携帯を耳に当てたまま数秒固まった私の耳に、

『理子?』

と怪訝そうな声が入ってきて、やっと。

 咄嗟に。

「君にしてはまともすぎて怖いけど」

 ――そんな返ししか、出来なくって。




 映画は全米で大絶賛されたアクション物で、映画好きな私は実は既に一度映画館で観ていたやつだった。前評判通り息つく間も無い素晴らしいアクションの連続と、時々映る美しいヨーロッパの風景がタイミング良く挟まっていて、大満足だった。

 DVDが出たら借りてもう一度観よう、と思う程。

 まさかもう一度映画館で見ようとは。

 それも、高橋と二人で。


 部活が終わった後、一度帰って着替えてくるという高橋と、待ち合わせたのは午後三時。昼食の時間は過ぎているから、それぞれお昼は取って映画館で待ち合わせとなった。三時半から映画を見て、それからの予定は決まっていないけど、直帰コースか――あって、ラーメン屋みたいな所でご飯、だろうか。喫茶店でお茶、のようなデートらしいコースは期待出来ない。

 高橋のことだから、デートなんていう認識は無いだろう。

 でも私にとっては、誰が何と言おうとデート。

 朝から念入りに化粧して、家を出るまで服装や靴、バックから小物に至るまで迷いあぐねた。本当は前日に遅くまでかかって何を着ようか迷って、これ、と決めていたのだけど、当日になったらなったでまた悩んでしまった。

 映画館の後、ラーメン屋――みたいな感じだったら、あまり気合を入れすぎても浮く。かと言って、ティーシャツにジーンズのようなラフなものも嫌だ。高橋の私服は正月の日に駅で見かけた事しか無いが、高橋に似合うお洒落な格好だった。

 何となくその時のイメージで、私も合わせてみる。

 Vカットの七部袖の白いティーシャツに、お気に入りのグレーにストライプが入ったジャケット、下は足が長く見える黒いスキニーのズボン。それに赤いパンプスとクリスマスに母親にねだって買ってもらった、横掛けのヴィトンのモノグラムのバックを合わせた。髪の毛は左の耳の下で一つにして、大きな赤いストライプのリボンがついたゴムで結んで軽くコテを当てる。

 鏡に何度も全身を映して、甘過ぎず、辛過ぎず、私らしいなとどうにか納得がいった頃には、もういい時間だった。

 どうにか走らずには済んだけど、それでも電車にぎりぎり乗れるような時間だ。

 

 前日の夜から、私の心臓は早鐘を打っていた。思えば高橋と二人っきり、というシュチュエーションは、何時も何だか良く分からない内に始まって終わってしまう。一緒に夕食を食べた日はそこまで高橋を好きだ、という認識も無かった。それからは皆で遊ぶ、という展開は何度か経験して、高橋の事をどうしようも無い位好きだと意識した後は、バスケットの大会で試合に負けた日の、公園での短い会話がそれらしい時間の最後だ。

 だけどこうやって示し合わせて二人で会う、という展開は初めて。

 それが高橋にとっては大した事でなくても、私にとっては緊張ものだ。

 だから端から見ていたら、多分電車の中の私はひどく不自然だったと思う。意味も無くそわそわと落ち着かず、鏡を何度も開いては化粧をチェックしたりして。膝の上で組んだ指を何度も外したり握ったり。

 目的地の駅から映画館までの道のりも、横断歩道で止まる度深呼吸していた。

 そうして無駄な動きに疲労しながら辿り着いた映画館、高橋は今まさに見ようとしている映画の告知ポスターの前で、普段通り視線を浴びながら立っていた。片手をポケットに突っ込み、片手で携帯を操作している。

 絵の具をぶちまけたような柄の白いティーシャツにダメージデニムのジーンズ、頭に紺のニット帽。足元はアディダスのスニーカーだった。太めのジーンズを腰パンで履いているのに、何故か足が長く見えるのが不思議だ。

 近づきながら、どうでも良い事だが音高く鳴っているパンプスが気になった。

 その足音に気付いたのか、高橋が顔を上げる。

 にやり、と何時も通りに片頬を上げて笑う。

「遅い」

「五分前だけど」

 何時も見慣れた顔。なのに場所と服装が違うだけで、まるで別人みたいで、無駄にトキメク私がいる。

 高橋は携帯をポケットに仕舞うと、もたれていた壁から背を離した。

「じゃ、行くべ」

 当然の事ながら、私の格好を褒めるような事はしない。

 普段とてんで変わらない態度。

 私が頷いて隣に並んだ時だけ、不思議そうな顔を見せて、でもそのわけは

「ああ、ヒールか」

すぐに解決したらしい。どうやら目線の高さに違和感を覚えたらしい。

 目が合っただけなのに、跳ねた私の心臓をどうしてくれる。

 そのまま一歩前を歩く高橋を追いながら、ため息。

 込み合うカウンターに並んでチケットを交換し、席を決める。込み合っていていい席は取れなかったみたいで、高橋が舌打ちするのに可愛い顔をした店員さんが困った顔を見せた。

「前とかありえねぇ。せめて後の端とかさー」

 今度は飲食料の列に並びながらぼやく高橋に、私は見せてくれたチケットで席番号を確認しながら答える。

「空いてないんでしょ。……あ、ほんと」

前から三列目って、近過ぎる。

「俺思うんだけど、こんな距離に席作る意味なくね? 観にくいんだから、最初から座席いらねぇじゃん」

「でも迫力あっていいんじゃない?」

「あーそういう考えもあるか」

 一度観ている私にとっては、座席はあまり関係が無い。字幕を追っている間に見逃す、なんて事も無いし。

 今日に関してはぶっちゃけて、映画の内容に興味は無いし。

 定番のポップコーンとそれぞれジュースを買う。

 それから座席に向かうまで、私たちに会話は無い。私は入った時と同じ、高橋の一歩後をついていく。

 開演までまだ十数分あるから、館内は明るい。広い室内を見渡すと、カップルや両親世代の夫婦、ぺちゃくちゃ話すおば様達、男子学生、などなど色んな種類の人達でほぼ満員だった。

 指定された座席は中央だったけど三列目。すでに端の方には人が座っていた。

 そこのOL風の女の人が、私達が通る為に少しだけ足を避けて、高橋の顔を見るなり色めき立った。お姉さま方の目にも、高橋は魅力的に映るらしい。

 私が通る時に「かっこいい子ー」「彼女連れか、やっぱり」なんて声が聞こえて。

 最初の言葉にむっと苛立ち、次の言葉に何となく優越感。実際はそんな関係じゃないけど、そう見えているのなら素直に嬉しかった。

 さっさと座席にかけた高橋は、座るなりポップコーンをつまみ出す。

「ん」

と言って、私の方にもそれを向けながらも、反対の手はポップコーンをつまむのに大忙し。

「ありがと」

 甘いキャラメルポップコーン。チョコケーキは嫌い、だけど以外に甘党な高橋のチョイス。

「この映画さー、話題なんだってなー」

「そうだよ、知らなかったの?」

「新作だとは聞いてたけど」

 もらった時に、と付け足す隣からは合間もぼりぼり音がする。

「紀子から聞くまで、話題とか知らなかった」

「ああ、お姉さん」

「そ。旦那と見てきたって、昨日二人でウチによった時パンプレット見せられて」

「相変わらず仲良いんだねぇ」

 紀子さんの旦那さんは七歳上の、中学校の先生だ。二人のラブラブ写真を見せてもらった事がある程度の知り合いだけど、紀子さんの惚気具合から相当仲は良いみたい。

「まあな。で、紀子の奴、映画のネタ晴らししようとすんだよ」

「あはは」

「それを旦那に必死で止められてふくれっ面」

「あははは」

「俺、今日観に行くつってんのにな」

「そういう時って言いたくなるんだよねぇ」

私も良く兄貴に向かって観た映画のネタ晴らしなんかして怒られたものだ。

「いい迷惑。そんで紀子が「あんたもたまには女の子と映画見るくらいしなよねー」とか言うわけ」

 背凭れに寄りかかりながら、ため息混じりの高橋が続ける。

「だから理子と見に行くんだけど、って答えたらさ、大興奮しちまって」

「――はい?」

「相当理子の事気に入ってるみたいでよー。今度連れてきなさい、とか言いやがる」

 それって、絶対何か勘違いしてる。はしゃぐ紀子さんが目に浮かぶようだ。

「今度飯でも一緒に食おう、って紀子から伝言」

 固まる私の横で、高橋はポップコーンを口に放り続ける。

「あいつ言い出したら聞かねぇし。だから今度飯食いいく話になったから」

時間作れ、と。命令口調で高橋が言う。

 当然のように、

「俺部活であんま時間ねぇから、夕飯とかで。しかも遅くなっちまうんだけどよー」

それは、高橋も一緒という話で。

「旦那が車で送ってくれるっつーから、ちょっとぐらい帰り遅くても平気だろ」

 糸も簡単に言ってくれる。

 そりゃ、

「紀子さんの旦那さんにも、会ってみたいけど……」

 ぽそりと言えば、

「物好きだなー」

 なんて。いや、それもあるけど。あるんだけど。

 一番は、高橋と一緒にご飯が食べられるっていう、もうそれだけで嬉しいのだ。学校外で、紀子さんや旦那さんも一緒だけど、会う機会がこれっきりじゃないって事に、どうしようもなく顔がにやけてしまう。

 ただの友達付き合いだってわかっていても、次に遊ぶ機会なんて早々作れる関係でも無いから。

 ざわざわと五月蝿い館内。

 隣からは相変わらずぽりぽり、ポップコーンを咀嚼する音。

「お、始まる」

 館内が暗くなるまで、会話が止まってしまっても。

 そんな事ちっとも気にならなかった。




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