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キミにコイをした。  作者: なち
笑言十題
22/52

何で謝る側なのにそんなに偉そうなの?



 高校一年生、16歳の冬。

 恋する乙女にとっては大切なイベントであるバレンタインデー。

 今までチョコをあげた相手は父親と兄貴を除くと、従兄弟の雪ぐらいだ。幼稚園児の頃に初恋の男の子に渡したのがまともな意味では最後。

 小学生の頃はあまり重視していないイベントで、中学校に上がると急に色気づいた友達に誘われて、一緒にチョコを作った事はあった。だけど女友達と交換し合う事はあっても、男子にチョコをあげる事は無かった。

 好きな人が居ない、というのもあったし、何より無用なトラブルを避けたかった。

 中学時代の私は、良くも悪くも目立っていた。私の一挙一動が見張られているような感じで居心地が悪かった。学校内に私の事を知らない人は居ない――というのも、大袈裟では無いくらいで。

 チョコをあげる前から女生徒から牽制を受けたり、チョコをあげる相手のリサーチがあったり、男子生徒は無駄に親切ぶって来たり。

 そういった諸々が煩わしくて、義理だろうが何だろうがチョコをあげようという気に全くならなかった。


 だけど、今年は違う。

 あげたい相手が、居た。

 一緒に告白する、なんて夢のまた夢。きっと両手で足りないくらいのチョコレイトを貰うのだろう、男に、義理を装った本命チョコをあげるつもりでいる。

 手作りだと重すぎるだろうか。料理が得意と知れているから、逆に手作りで「あまった」等と言った方が違和感ないだろうか。

 義理、と強調する為に他の友達にも一緒に渡して、でもそれでも、本命だけは何かしら違う色味をつけてみたい、とか――色んな事を考えた末。

 結局チョコケーキを切って皆に配った。女友達三人と、最近友人と呼べそうな関係になった男友達三人には六等分にしたそれ。

 本命の高橋だけ、実は外側は一緒で、内側に色んな技を駆使したチョコレートを、皆より幾分大きめだった。

「どうせ不自由してないだろうけど」

 と嫌味を言いながら物のついで程度に手渡した時、私の心臓は死ぬんじゃないかと不安になる程がなり立てていた。

 仲の良い友人と取る昼食、昔は四人きりだったそれが今は八人となった時間、皆喜んで受け取ってくれたけれど。

 高橋だけは一拍間を置いて、佐久間君に小突かれるまで一切の表情を消し去っていた。

「サンキュ」

とぎこちない返事があって、私の嫌味がスルーされて。

 一瞬私達の間に流れた気まずい空気を払拭するように、羽田が茶々を入れてくれた。

「いらないなら、アタシに頂戴よ」

「馬鹿言うなよ。――理子、マジ、サンキュな」

 迷惑だったかもしれない、と無理矢理に作ったような高橋の顔を見て、思った。逆に貰いすぎる程貰っているだろうチョコの類を慮って、遠慮するべきだっただろうか。それが友人としては成功だっただろうか。またか、とうんざりでもしているのではないだろうか。

 普段であればちっともそんな事気にならないのに、相手が高橋になると途端に臆病になる。

 何時も通りの態度を保てているだろうか?

「いらなかったらお姉さんにでもあげて」

冷静を装いながら何とかそれだけ言うと、

「いや、マジ。ありがたく食べるよ」

と返って来て。でもそれすら、言い繕っている感が拭えない。

 羽田が「お返し三倍、期待してるから」と配ったチロルチョコは爆笑しながら口の中に放り込んでいたのに――なんて、そんな嫉妬めいた感情すら芽生えた。

 向かいではお昼を食べ終わった高塚君が、早速箱を開いている。

「うっまそー! 流石菅チン!!」

 口笛を吹いてから、ケーキを手で掴み、それを大きな口に放り込んで二口。

「ごっそーさん!」

「あんた、ちゃんと味わったワケ?」

「もったいなーい」

 羽田と真知子の非難を浴び、小さくなった高塚君を見て皆で笑った。

 ――やっとこさ、笑えた。


 落ち込んだ気持ちはうまく隠せていた筈だ。羽田と佐久間君にはバレていた気がするけれど、それでも、うまく取り繕えていた筈で。

 解散する時に、佐久間君が慰めるように肩を叩いていくので、あーやっぱり失敗したかな、と更に気が滅入ってしまったけれど、どうにか普段通りの私で居られた。

 高橋の親友である佐久間君に気遣われた当り、失敗したのは間違い無いのだ。第一恋愛に興味を示さない高橋に向かって、その最大ともいえるイベントでチョコをあげる当りおかしな話だったのかもしれない。

 その日一日、ため息をつくだけの授業はいつの間にか終わっていた。



 放課後。

 最近日課になっていたバスケ部の見学を、今日だけは行く気になれなくってパスした。

 毎日毎日飽きもせず、菜穂や真知子とバスケ部に顔を出す。始まる前の十数分話をしたり(高橋は当然のように話には参加しないけど)、一試合ぐらい見守るだけで最後まで居るなんて事は無い。最近バスケ部の二年生と付き合いだした真知子と、菜穂に付き合っている、というスタンスで渋々ながらついてきている、という雰囲気を纏って。バスケに興味ある、なんて嘯いたお陰で女子バスケ部から勧誘が来たのは痛かったけれど。

 でもそんな風にしながら、高橋を目で追っているのは楽しかった。

 だけど今日は、きっとそれすら、涙が出るくらい苦しいだろう。


 居残り組で賑やかな廊下を通って階下に向かい、下駄箱で上履きからローファーへと履き替える。

 何となく億劫で、動き全てが鈍い。

 私の恋心が成就する事なんてあるんだろうか、とため息が出てくる。

 そもそも、私は高橋と付き合いたいのだろうか、と自問する。

 いやそれよりも、付き合うって何なのだろう。

 菜穂と佐久間君の関係を思い浮かべてみる。何時だって世界に二人きり、みたいな雰囲気で、目で物を語り合う。菜穂を優しく見守る佐久間君、そんな佐久間君を柔らかい微笑で受け入れる菜穂――私と高橋ではありえない。

 じゃあ真知子とその彼氏のように、あるいは日向君とその彼女のように、イベントを網羅したり、流行の場所で遊んだり、そういう恋人らしい付き合いをしたいのかと言われれば――そうでも無い。

 もし仮に、高橋が私の気持ちにこたえてくれたとして、付き合ったとして、である。高橋の毎日がバスケット一色から私優先に変わるわけが無い、と思う。そんな風に変わる高橋は想像出来ないし、そんな高橋は私自身が納得出来ない。バスケが第一の高橋で良いのだ。バスケの事を嬉しそうに語る高橋が好きなのだ。

 でもそうなら、私と高橋の関係の何が変わるのだろう。

 高塚君のようにただ彼女が欲しいから、身近な高橋を彼氏にしたい、とかそういうのでもなくて、この胸に宿る恋心は高橋だからこそ抱いたもので。

 でもじゃあ、私はどうしたいのだろう。

 独りよがりに好きなだけで良いわけじゃない。だけど付き合いたいのかと聞かれたら分からない。デートがしたい、キスがしたい、その先がしたい? そんなの想像も出来ない。

 でも、時々考えるのだ。

 今は恋愛に興味がないなんて言って、女を何所かで馬鹿にして拒絶している高橋が、もし誰かを好きになって。その彼女と付き合って、デートをしたり、キスをしたり、その先も――なんて事を考える度、この心臓は見っとも無く縮こまる。

 高橋のお姉さん、紀子さんを高橋の彼女と勘違いした時、馬鹿みたいに動揺したのを覚えている。

 あの時より今の方が、もっと高橋の事が好きだ。

 今、もし高橋に彼女でも出来ようものなら、平静を保つ自信が無い。

 ――私は、多分、高橋の側にいる権利が欲しい。高橋の隣で笑い合える理由が欲しい。

 高橋が苦しい時悲しい時、側に居て慰める役目が私であればいい。高橋が嬉しい時楽しい時、それを共に分かち合える存在が私であればいい。

 高橋の側に、自然に居られる私でありたい。

 出来るなら、佐久間君の隣に菜穂が居るのが当たり前であるように。


 男と女の友情は成り立つかもしれない。だけれど、それは脆い。

 だからこそ、私は――高橋の、彼女になりたい。


 言葉にすると恥ずかしくて顔から火を噴きそうな慣れない乙女思考に、私は思わず、力一杯下駄箱に鞄をぶつけていた。


「うおっ!!」


 校舎側の廊下から、調度高橋が現われた所で鞄をぶつけていたらしい。

 どう見ても、八つ当たり。そんな場面を、原因である高橋に見られるなんて、相当タイミングが悪い。

 条件反射で身体を引いてから、気まずそうに後頭部を掻く高橋が

「帰るのかよ」

とぼそりと紡いだ。

「悪いの?」

 何で放っておいてくれないのだ、とか。無視してくれないのだ、とか。けして高橋が悪いわけでも無いのに、強張った思考は素直になる事を許さない。

 感情のままに不機嫌な私の声に、高橋の眉間が皺を刻む。

 私達はいつだってこうだ。

「昼の事、まだ怒ってるわけ?」

「怒る理由がありません」

「サンキュつったじゃん」

 背を向けた高橋が深く息を吐き出して、おざなりに言うから、

「あのさぁ!」

ただでさえ混乱している思考に、無駄な波紋を呼んでくれるから、

「無理矢理言われても嬉しくないんだけどっ!」

声を荒げて再び高橋に向き直ると、私は高橋を睨み上げた。

 通常の身長差と、下駄箱の段差を合わせて二十センチは上にある高橋の顔。

 うっと顔を顰める、嘘が苦手な正直な表情。

 泣きたくなるから、余計な気を使わないで欲しい。

 本音は、

「嘘ついてくれなくていい」

 その方がよっぽど傷付く。

「この際だから言っちゃうけど、君、嘘とかつける性格じゃないでしょ? 思った事すぐ顔に出るんだし」

「それはお前も、」

「私もだけどっ!」

 汗ばんだナイキのティーシャツにハーフパンツ、足元はアディダスのバスケットシューズ。部活中なのに、気になって探しに来てくれたんだろうと気付いて、嬉しいやら切ないやら。

「そういうの嫌なんだよ。私ら、そういう気遣いとか必要な友達?」

 一度懐に入れた相手には、際限なく優しい。何だかんだいって、友達おもいな高橋。

 優しさだったって、分かってはいるんだよ。

「あの場でいらないって言ってくれれば、もう君にはあげないって言って終われたし。何様って怒れたんだよ!」

 これが自分勝手な発言だって事も十分理解している。

 だから、時間を置いて回復したかったのに、探しになんて来る。

 それが腹立つのと同時、嬉しい。嬉しいから、切ない。切ないから、悔しいのだ。

「わーるかったよ!!」

 何時までも続きそうな私の言葉を、それより大きな高橋の声が遮った。

 見つめる先で不機嫌な顔。でもどこか居心地が悪そうに泳ぐ目。

「でも、嬉しかったのは本当だぞ」

「だから、」

「チョコケーキが苦手なんだよ!!」

 再度遮られた。今度は苛立ちの中に照れがある模様。

「……は?」

「チョコケーキが、食べれねぇの」

 思わず口をあけて聞き返した私に、ゆっくりと高橋が繰り返した。

「え、でも羽田のチロルも。後、クリスマスのケーキだって、」

「チョコは平気。あとショートケーキも。生クリーム好きだし」

なーんでかな、と向かいで苦笑。

「事もあろうになんでこのチョイス、と思ったわけ。チョコクリームが死ぬ程嫌いだから」


 ――そんな理由か!?


 私は呆気に取られたまま。

 だからこそ高橋は居た堪れなかったのだろう。「あーもう」と小さく呟いて、自分の頭をがしがしと撫ぜまわしている。

「……それこそ、さっさと言ってよ」

 数秒してから、あまりの馬鹿馬鹿しさに更に冷やかな声音を漏らした。

「だから悪かったつってんだろ!!」

「何で謝る側なのにそんなに偉そうなの?」

 でも私も現金なもので、ケーキ自体は迷惑でなかったと知れて一気に上昇してしまう。何時もの調子で返すと、高橋が口角を上げてみせた。

「うっせーな」

 私の機嫌が直ったのを悟ったのだろう、高橋の軽口にも笑みが混ざる。

「まあそんなわけだから、来月お楽しみに。しっかりお返しするわ」

「期待しないで待っとく」

「言っとけ」

 そう一言三言続けて、高橋は体育館へ。

 私は家路へと。

 鼻歌でも歌いそうな勢いで、私は学校を後にした。



 ああ、馬鹿みたい。

 しょうもない事で一喜一憂する、面倒な恋心。

 何て、不恰好な自分。



 ――それでも、私は君が好き。




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