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キミにコイをした。  作者: なち
涙珠十題
19/52

視神経が焼け爛れそう



 私を嫌いだと言う人間を好きにならない事。

 それは私の処世術だ。

 誰だって傷付くのは怖い。傷付けられるのは嫌に決まっている。それは精神的に強いなんて言われている私でも同じで。

 友人だった相手が次の日にはイジメの首謀者になっていたり。好意を持たれていた筈が無視されたり。言葉や暴力で傷付けられたり。そんな事に一々打ちのめされはしない。仕方ないな、浅はかだなと思える程度には強いつもりだ。

 だけど、全く、全然、歯牙にもかからない程痛くないわけでは無いのだ。

 だからこそ、そういう相手は私からも好きにならない。どんな相手でも、何処か心の端では信用しない。否、出来ない。

 でもしょうがないじゃない、なんて、頭の片隅で弁護している。菜穂や羽田の事は他の誰より大好きだけど、でも、やっぱり全幅の信頼は置けないのだ。

 何時か万が一にでも裏切られた時、私も信用していなかったから大丈夫なんて逃げ道を用意している。

 実はそんな脆弱な精神の持ち主が私だ。

 だから、高橋の事も。

 私を友達だとそう言って、恋愛に興味が無いなんて言う高橋を好きにならない。片方が好意を持っていて、でもそれを退けられるなら、他人で居たい。友達になんてなれない。もしそれを覆して友達になるなら、恋心は捨てよう。

 そう思っていた。

 だけど、私は認めてしまった。

 私は友達である高橋に、恋心を抱いている。


 片思いしている。


 ああ、でもどうしよう。

 まいった。

 そんな風に自分の気持ちに正直になってみたら、ストッパーが外れた想いは膨らむばかり。

 もう底まで辿りついたと思った恋は、際限なく下降を続けている。

 これ以上、好きになるなんて、耐えられない。




 一月の半ば。バスケットボールの新人戦全国大会は幕を上げた。

 その試合を見る為に学校をサボルなんて、今までの私であれば考えられない事なのに、試合を見に行こうと提案した菜穂に一もニも無く頷いていた。

 羽田や真知子も混ざって仲良し四人でサボったらサボリだと言っているようなものだったけれど、以外にも試合場には知った顔がちらほら居た。同クラからも数人、っていうか学校中でサボリばかりじゃなかろうかと思える人数で、女の子が大変多い。

 明日学校で担任に怒られるんじゃないかなとは思いながらも、それすらくすぐったい気分になる。

「菅野がねぇ、へー?」

 なんてニヤニヤ笑う羽田にも、

「悪い?」

と開き直って答えれば、

「つまんない」

なんてぼやかれたけれど、知ったことじゃ無いのだ。

 二階の応援席の一番前を陣取って、コートを見下ろす。逸る心臓、こういった緊張感は嫌いじゃない。中学時代に打ち込んだソフトボールの事が思い出される。

 暑苦しい程の熱気も、ざわつく応援席も、心地良い。

 これから試合に臨む選手達が羨ましくもある。

 今から、ここで戦いが始まるのだ。生きるか死ぬかなんて、そんな危険な死闘なんかじゃない。けれどそれぐらい、本気で本気の戦いが。

 そのコートに立てるのは、一握りの人間。努力を重ねて上を目指して来た人間達なのだ。

 アップをしていた選手達が羽織っていたジャージを脱ぎ捨てる。

 きゅきゅっとコートを鳴らすバッシュの音。

 審判の投げたボールに飛びつく、ウチの選手は4番。キャプテンだ。

 相手ボール。パス。ディフェンスが吸い付く。

 ボールがコートを跳ねる音が耳に心地良い。高橋はコートの上。背番号は11番。佐久間君と日向君はまだベンチだ。声を張り上げて応援している。

 先輩らしき若い背番号の選手がボールをカットして即行、先取点はウチの学校だ。応援席が湧き上がる。

 目まぐるしく変わる攻防。隣で菜穂と真知子の質問が飛ぶ度、羽田が丁寧に説明をしているけど、私はそれらを無視してコートに釘付けだった。

 当然高橋ばかりに目線が行く。彼を追う。

 真剣な顔、シュートが入ればきつい目元が和らぐ。滑らかなドリブル、綺麗な弧を描くシュート。コートを走り回るしなやかな体躯。緩む口元。

 ナイスシュート、とチームメイトに声を掛ける。

 低く腰を落としてのディフェンス。相手に合わせて飛び上がり、シュートを阻む。

 顔に掛かった前髪を煩わしそうに掻き揚げる長い指。

 第一クウォーターは7点のリードで終わる。

「早いねぇ」

「タイムも無かったしね」

 ほっと呼気を吐く真知子に羽田が冷静に返す。その顔も真剣で、彼女自身の打ち込み具合も見て取れる。何だかんだ言いながら、バスケットボールが大好きなのだ、羽田も。

「高橋のスリーが決まる決まる。後は相手のシューターを止めてる、8番がキーだね」

 興奮してスゴイを連発するばかりの菜穂とは違って、発言も鋭い所をついている。

「あ、第二は佐久間出るみたいよ」

 首に掛けていたヘアバンドを頭に装着している佐久間君。立ち上がって背を伸ばしながら、監督の言葉に頷いている。

「第二は速攻主体なのかな」

 背後から声を掛けてきた、どうやらバスケ部の先輩らしき二年の女生徒。

「みたいですね。7番下げて、5番も入るし」

 11番の高橋、13番の佐久間君、4番、5番、8番は速攻に定評があると羽田が説明してくれる。

「多分今後ウチの学校はこれがメインになると思う。展開が速い分、体力がどれだけ持つか」

 そうこうする内に始まった第二クウォーターは、彼女の言う通り攻守の入れ替わりが激しく、次々とシュートが決まって行く。オールコートでのディフェンスで相手からどんどんボールを奪う。終わってみれば点差は18点に広がっていた。

「あ、高橋が交代だ」

 代わりに日向君がコートに出る。日向君は特に派手にシュートを打つなどという目だった行動は無いが、確実にパスコースを阻むディフェンスをしているらしい。確かに相手のオフェンス時間が長く、だらだらとパスを繋いでいるような印象。

 だけど私の目はベンチの高橋へ。ボールを追って動く頭や、膝の上で握った拳や、選手に声を掛ける様子や、チームメイトと談笑している姿。それからボトル飲料を飲んだり、汗を拭う姿。一挙一動見逃さないように見つめてしまう。

 危なげなく勝利した彼らは、拍手する応援席に手を振ってくれた。

 応援席からちらほらと席を立って、男子生徒と一般客は館の外へ。女生徒は奥へ消えた選手達を追う様に消えていく。

 私達は応援席に座ったまま。

 羽田とバスケ部の先輩達が何だかバスケ談義に花を咲かせてしまったので、それを待っている。ただ感想を、というよりは、今日の試合の反省点だったり、今後の自分達への戒めであったり、と専門的な分野に話が飛んでるので、勉強したとは言え私もちんぷんかんぷんだ。真知子と菜穂と三人で、ただただ勝利を喜んで、この後どうしようかという話になった。

「悪い、待たせたー」

 学校に戻るわけにも行かないし、せっかく出て来たのだから近場で遊んで行こうと結論付けた所で調度羽田も話し終えたらしい。

「新ちゃんの所、行ってもいいかな?」

 最近やっと佐久間君を下の名前、【新一】の新ちゃんと呼べるようになった菜穂がそう言うのを、「部活無いならこの後誘えば?」という話になった。

 階下へ降りて、外は流石に寒いのでホールで選手達が出てくるのを待っていると。

 わっと騒がしくなった選手の控え室入り口に、どこから現れたのかと不思議になる程の女性陣が群がった。ウチの生徒だけでなく他校生も居る。制服姿から私服姿まで。

「すっごい人気~」

 他人事の真知子とは違って、菜穂は心配そうだったけれど。集団を掻き分けるようにして、というより周りには全く興味を寄せず、「ありがとう、ちょっと通してね」と言いながら駆け寄ってくる佐久間君の視線はずっと菜穂に向けられているので、こちらの方が気恥ずかしい。

 何やらプレゼントらしきものも掌を向けるだけで断っている。

「菜穂」

 と朗らかに笑う顔。背後の視線が突き刺さってきても、もう二人の世界だ。

「おめでと」

という私達にも笑顔をくれたけど、それだけ。嬉しそうに菜穂のくせっけを撫でている。砂を吐きそうだ。

「新ちゃん、すっごく格好良かったよ」

「惚れ直した?」

「……うん」

 とかとかとか。

 堪らず二人の傍から離れた私達の元へ、数分送れて高橋と日向君がやって来た。

「おう」

 タオルを首に引っ掛けながら、ジャージを羽織っただけの高橋が満開の笑顔を見せる。緩んだ目尻。濡れた髪は撫で付けたような格好になっている。

 本当まじでどうしてくれよう。

 高橋だけが特別、輝いて見えてしまうから困り者だ。笑顔が何時もの二倍三倍眩しく見える。

 勘弁して欲しい。

 視神経が焼け爛れそう。

 佐久間君と同じように今日の主役達を独占している私達にも、女子の皆様の嫉妬と羨望混じりの視線が貼り付いていたけれど、今までだったら煩わしい以外の何物でもなかったそれに、秘かに優越感すら芽生えている。

「っていうか、高塚可愛そうな」

 良くやった、と羽田に背中を叩かれながら、日向君が笑う。高塚君の所属するサッカー部も実は同じく全国大会出場なのだがこちらは常連で。高塚君も控えなので試合に出る可能性も大いにあったが、そちらの応援は完全にスルー。

 三人が高塚君で盛り上がっている間に、私は高橋を盗み見る。

 瞬間、どきっとした。

 高橋が笑みを湛えて、私を見ていたのだ。

「理子、やっと来たな」

 なんて、目を合わせたら言って来た。声音が酷く優しげだ。

「全国、だしね」

 意味も無い応答。真っ直ぐに高橋を見つめ返せなくて、顎の辺りで視線が彷徨った。歪む薄い唇が、慣れしたんだ皮肉を浮かべる。

「じゃ、次も見に来るんだな?」

「……また学校サボれって?」

 嫌そうな顔を意識して作る。横に置いた左肘を握る掌がじんわりと汗ばんでいた。

「俺様の雄姿が見れんだ、サボりくらい安いもんだろーが」

「次も勝ってくれるんでしょうね?」

 じゃなきゃ行かない、なんて可愛くない言い草。素直に「おめでとう、次も勝ってね。期待してる」くらい言えないのか、私の口は。

「ばぁか、優勝するんだっつーの」

 喉仏が動く。くつくつと笑う度、揺れる肩。

「言ってろ」

 また可愛くない言い方。なのに。

「ありがとうな」

なんて、予想外の返しに、思わず目線を上げてしまった。飛び込んでくる鋭利な瞳、柔らかな表情に目の奥でじりと音がしそうな感覚に捉われる。

 やばい、死にそうだ。

「何が?」

 無駄に緊張して強張った。瞼の裏がチカチカする。

「応援。お前散々来ないって言ってたじゃん? 興味ねぇの分かってっけど、やっぱさ、ミーハーな奴らより知り合いの応援の方が嬉しいし。最初の試合も、来んの楽しみにしてたし」

 ――悪かったよ。まだ引っ張るのか。

「まあだから、ちょっと試合中もテンション上がったわ」

「別に……興味ないわけじゃ、ない」

 尻すぼみに言いながら、これじゃいいわけ臭いなと考えて。

「次も、応援来るし」

 素っ気無く返すと、また高橋が屈託無く笑った。


 あ、今。

 また落ちた。




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