大国様が本気で義父を攻略するようです・十一
【注】このお話は、義父と義理の息子の恋愛描写がございます。閲覧の際はご注意ください。
見慣れた風景が、今だけは美しく思えます。
いつも食べているはずのお米が、今だけは美味しいです。
聞き流していた風の音虫の声が、心地よく響いてきます。
その理由はすぐにわかります。
簡単なことなんですよ。
あなたが隣にいるからです、お義父さん。
~大国様が本気で義父を攻略するようです・十一~
新幹線が発車の合図を鳴らした。窓際の席についた俺――建速素佐之男は、列車の揺れにちょっとどきどきした。
イワレヒコが即位してから2600年以上経った今でも、日本では人間に交じって八百万の神々が生活している。社で寝泊まりするだけでなく、買い物したり乗り物に乗ったり、電話したり携帯? っていうもので会話したりする。
だから、八百万の神々の一柱である俺が新幹線に乗ることは、別に不思議なことじゃないのだ。
不思議と言えるのは――隣に義理の息子である大国がいるってことくらいだろうな。いや、誘ったの俺なんだけど。
「お義父さん」
「え、ぁ……どうした? 乗り物酔いしたか……?」
「いえ、大丈夫です。お義父さんこそ大丈夫ですか? こういう物、あまり乗られたことがないと、スセリが言っておりましたので」
「ああ、平気だよ。……えっと、それで、何だっけ」
「ふふ……。いえ、お義父さんが眠そうでしたので、少し気になったのです」
「んん、昨日は何か気持ちが弾んであんまし眠れなかったんだ」
「目的地は終点ですから、ゆっくりお休みになられても構いませんよ」
「いや、いい。景色見てたいから」
俺はそういって欠伸した。間抜けた俺の顔を、大国が完璧な微笑で見守っていた。義父が義理の息子に見守られるなんて何かやだ。
「それにしても」
大国が座席を少し傾ける。ああ、そういえば新幹線の席ってそういうことできたんだよな。忘れてた。
「あんだよ」
「意外でした。お義父さんからふたり旅でもしようとお誘いくださるとは」
「……うぅ」
数日前のことを思い出して、俺は急に恥ずかしくなった。俺と大国は、現在新幹線で旅をしている途中である。目的地は温泉が有名なところで、たまにはいいだろと無理やり俺が奴を誘ったわけだ。誘った時の俺はどうかしてた。普段なら絶対こんなこと言わない。
「あ、お姉さん、温かいお茶を二つください」
大国は通路を通ってきた綺麗なねーちゃんに言う。ちらっと盗み見してみたら、その姉ちゃんは大国の笑顔にやられたようだった。タラシめ。
「どうぞ、お義父さん。熱いのでお気をつけて」
「ありがと……」
俺は大国からお茶を受け取って、窓から見える風景を眺める。
ことの始まり……元凶というか全ての始まりは、一年と少し前のこと。
酒を酌み交わした翌朝、大国が俺へ宣言したとあることに始まる。
『お義父さん、私と子作りしてください!!』
この言葉を頭の中できちんと整理して、意味をしっかりと理解するのにどれほどの時間を要したことか。
大国の言葉を飲み込むためには色々と奴に突っ込まなければならないことが多すぎた。
まず俺は大国の義父である。俺の娘であるスセリの夫が大国なので、一応親子の関係だ。
それと同時に、血のつながった関係でもある。俺の子孫が大国で、大国の先祖が俺という、何だかこんがらがるような血筋なのだ。
加えて俺は男だ。女神じゃない。れっきとした男だ。そんで大国も男だ。うん、俺も奴も、綺麗な嫁さん貰って、可愛い子供たちにも囲まれた幸せ者の父なのだ。
――男と男で子ができるかっ!!
大国の言葉を噛み締めるよりも、そんな心の叫びが出てきてしまった。
ゆうべの酒が残ってんのか? からかってんのか? とうとう女だけじゃ飽き足らなくなったのか? そんな風に俺は大国のおかしな言動を必死に理解しようとしてた。
だけどだんだんと奴を見ていくうち、あの言葉に冗談は一切入っていなかったようで。
しかも、俺に対する好意というか愛情は紛れもなく本物で。何というか、ずっと昔から俺のことをひとりの神として見ていたようで。義父への愛情とはまた別の、家族愛とはまるで別の。
大国にとって、子作りしましょう宣言は、最上級の求愛だとか何だとか、奴の嫁のひとりから聞いた。
その最上級の告白を俺に投げかけるということは、つまり俺と深い情で結ばれたいとかそういうことで。
大国が嘘や冗談で俺をからかっているということでは絶対にない。そう納得した俺は、奴の真剣な思いを前にして、決めたのだ。
直球で求愛し続けたら、ちょっとは揺らぐかもな、ってさ。
ちょっとやそっとじゃなびいてやらないから、本気でかかってこい。受け止めてやるから。それが俺の答えだ。
子作り宣言かまされてから今まで、俺は大国に色んな形で求愛された。された上でまだなびいてない。ただ揺らぎそうではある。最近は、もう一緒になっちまってもいいかもなんて考え始めてしまっている。いかんいかん。
俺は誰かに愛されるなら、一番でなければ気が済まない。
それだけじゃなく、大国と結ばれた後に飽きられるのが怖い。見向きもされなくなることに怯えて、それならいっそむすばれない方がいいのだ、とかガキみてーに逃げ続けている。
でも大国はそんなの気にせず、諦めることもせず、ずっと俺を求め続けてくれている。こんなふうに俺を気にかけてくれていることが嬉しくて、この時間がもっと続いて欲しくて、俺は奴の言葉を受け入れない。
大国に諦めて欲しい。でも諦めないで欲しい。俺がいつまでたっても首を縦に振らないままでも、そんなものがどうしたっていうんですっていつもの完璧な微笑で強気でいて欲しい。
――ひどい男なのだ、スサノオという神は。
さてそんなわけで、俺は大国を連れて新幹線に乗っているのだが。
向かっているのは温泉街だ。兄の月読に手伝ってもらいながら、新幹線の切符を取ったり宿を予約したりした。
ひと月前は出雲会議で忙しくしていたから、大国にねぎらいというか今までの仕事の慰安の意味も込めての、俺なりの感謝の気持ちのようなもんだ。別に特別なことじゃない。宿代も切符代も俺持ち。目的地の地図や観光のための本は、兄から貰った。
『一緒に温泉に行かないか?』って一言誘うだけなのに、当初はかなり緊張した。断られたらどうしようなんて悪い方向へぐるぐる考えるから、大国から切り出してもらってやっと言えた。『喜んで』って完璧な微笑で答えてもらったときは心底ほっとした。
そんな数日前を思い出しながら、俺は飽きずに窓の外を眺める。見慣れた景色がだんだん変わって行って、俺のまるで知らない世界が広がっていった。考えてみれば、旅行とかあんまりしなかったんだよな。息子のヤシマジヌミが小さいころは少し遠くのお山へ日帰りの旅を何回かしたけど。息子が一人立ちしてからは、嫁とのんびり屋敷で暮らしてるっていう人生……神生? だった。
「……ん?」
俺の肩に何かが乗っかって来た。ちらっと見やると、大国が頭を俺の肩に倒していた。
「大国?」
呼んでも答えない。大国はすーすー眠ってる。熱いお茶は飲み干したみたいだ。両手に包まれている紙コップは空だった。
(よほど疲れてたんだな……)
疲れて寝てる相手を無理やり起こす理由もない。俺はそのまま大国に肩を貸してやることにした。
(これから行く街は、どんなとこなんだろうなあ)
――皆で食う飯はうまいっていうけど、景色を見る時も同じことが言えるのかな。
大国と一緒に眺める知らない町は、どんなふうに見えるんだろう。それが楽しみになってきた。
あぁ、終点が待ち遠しい。でもこの時間も嫌いじゃない。
はやく街へ着いてほしい。でもできることなら、少しでも長くこの時間を噛み締めたい。
温泉旅行ということで今回は新幹線内でののんびりしたお話になりました。次回へ続きます。温泉いいね。