審判の時の詩 前編
いよいよ、佳境に入って参りました。後何話かで、完結です。
最後まで、お付き合いして下さりませ♪
※前中後篇に分けました。
人々は違う
自らが 選ぶべき選択を
自らが 歩むべき道を
人々は違う
自らが 守るべき者を
自らが 尊ぶべき者を
人々は違う
自らの刃を 向けるべき者を
自らの狂気を 向けるべき者を
人々は違う
恩恵を与えた者を
罪を犯した者を
人々は違う
人々は違う
~神々の叙事詩より
制裁の詩
王宮を去ったリュース神とその騎士達は、取り敢えず無事な、神官の住居に退去した。
夜は既に更け、草は依然として伸び放題であったが、リュースを抱くジェスクの前では、自然と道を開け、彼等を住居に導いている。
神官の住居では、あの老神官が彼等を出迎えた。跪き、深々と頭を垂れ、彼はリュースに声を掛けた。
「良くぞ、無事で御帰りなさいました、我が神よ。
ジェス殿、リュース様を御護り下さって、有難うございます。」
仕える神へ向かって、最敬礼をする神官に、リュースも答える。
「ラムゼ、心配掛けて御免なさいね。
ジェスクやリュナン、ファン・ルー達のお蔭で、無事に帰れました。」
そう言って、リュースは、ゆっくりと名残惜しそうに、リュースはジェスクの腕から降り、竪琴を彼に返して、神官の許へ向かった。
彼女を見送ったジェスクは、その場で一礼し、去ろうとした。自分の役目は終わったかの如く、踵を返す彼へ、リュースの声が掛った。
「待って、ジェスク。あの…まだ…ここにいて欲しいの…。」
自分の我儘だと、判っているリュースの懇願に、ジェスクは歩みを止める。
狂おしい程、求めてしまいそうな女性の願い…無下には出来無かったが、敢えて振り返らず、別れを告げようとした。
「リュース様、私の役目は、終わりました。私は……光の神殿に帰ります。」
言い終るか否かに、ジェスクの背中へ、何かが当たった。
柔らかなそれは、彼の体を細い腕で捕える。
ジェスクは直ぐ様、背にいる者がリュースだと気付いた。細い腕に抱き付かれ、彼は自分の気持ちが、如何しようも無い所まで至ってしまった事を、自覚する。
この腕を振り解けない、再び、行かないでと懇願されると、傍を離れられなくなる。そう思っている矢先に、その言葉を聞いてしまった。
「ジェスク…行かないで…傍にいて…」
涙声で呟かれ、ジェスクは溜息を吐き、自分の負けを認めた。そして、自分を捕えている腕を優しく解き、リュースに向き直った。
「判りました、リュース様。今は…まだ、貴女の御傍にいます。ですから、如何か、泣き止んで下さい。」
そう言って、リュースの涙を指で掬い、微笑掛けた。リュースの泣き顔を見たジェスクは、再び彼女を腕に納めそうになったが、何とか耐えた。
今は人間に擬態している。再度彼女を腕に抱くのは、自分の正体を明かしてからと、心に決めていた。
人間と神は結ばれてはならない、そう思っているリュースに、人間のジェスクとして想いを告げてはいけないと、考えたからだった。
だが、想いは止められない。抱き締める替わりに、そっとその左頬に触れる。
優しく触れられ、安心したのか、リュースの涙は止まり、ジェスクの右手にそっと自分の手を添えた。
添えられた本人は、困惑し、
「あの…えっと…リュース様?あの…皆が見ているのですが…。」
と恥ずかしそうに、語りかける。我に返ったリュースは、真っ赤になり、急いでジェスクから離れると、神官達と共に住居に入って行った。
残されたジェスクは、リュースに触れられた自分の右手を、無言で見つめていた。
暖かな大地の気配の残るそれに、薄らと微笑むが、自分に集まっている視線で我に返った。
リュナンを始め、リュースに使える騎士達、精霊達…その視線が、一斉に集まっていたのだ。女性の者の大半は嬉しそうに、男性の方は、無言の圧力を掛けている。
その男性代表であるリュナンが、ジェスクに話し掛けた。
「ジェス…悪い事は言わない。すぐに、ここから発ってくれ。」
「兄様、リュース様の御願いを聞いていたの!ジェスさん、まだ此処にいるでしょう?」
やはり、兄弟であったリュナンとリュアルの言い合いが始まり、リュアルの問いに彼は答える。
「ええ、リュース様と、御約束しましたので、迎えが来るまで、此処にいます。」
「迎えだと…お前、リュース様を攫う気か?!」
「兄様、ジェスさんは、そんな事をしません!」
迎えと言う言葉に反応した兄弟が、また言い合いを再開したので、ジェスクは思わず笑ってしまった。
「リュナン様、リュアルさん、私の迎えは貴方々と同じ、神殿の方ですよ。
リュース様を招く事はあっても、攫う事はありません。と言うか、必要ありません。勿論、捕えて、強制的に何かをさせる事もしませんよ。」
楽しげに笑いながら、兄弟を諌めるジェスクに、他の者達は毒気を抜かれた。神殿育ちと聞いていたが、神殿から、迎えが来る様な人物だったのか…と、彼等は脱力した。
彼等の考えを察したジェスクは、疑問に答える様に言葉を続ける。
「…実は…今まで再三、神殿の吟遊詩人に戻る様、言われていたのですよ。
その為、居場所が判らない様に、竪琴の擬態していました。
でも、今回、それを解いて弾いた為、危険な場所へ近付いた事が判ってしまって…だから、近々、迎えが来る筈です。
…拒否出来無い事態なので、甘んじて受ける心算です。」
一応、辻褄の合う様に言ったが、大半は事実では無かった。迎えは来る。だが、吟遊詩人としての迎えでは無く、光輝ける者としての迎え。
竪琴の件もそうだが、光の剣を呼んだのも、居場所が知られた原因だった。今まで、戻る様に言われてはいないが、今、戻らざる負えない事は事実。
嘘と事実を織り交ぜての言動だったが、真実味があったらしく、誰も疑わなかった。
納得した彼等の態度で、ジェスクは、ほっとした。少しの間でも、リュースの傍に居たい…という想いに、如何しても、彼等を説得した方が良いと、考えたのだ。
騙して悪いと思いつつ、一番偽っているのは、自分の正体…心の中で詫びながら、彼等と共に住居に入って行った。
中では、リュースが神官と共に待っていた。引き裂かれた衣服は着替えられ、大地の女神の衣装に替わっていた。
王宮で着ていた物と違い、新緑の色に、蔦と紫の房のある果実の裾模様の、細身のドレスを纏い、その胸には紫色の房の果実の首飾り、額にも同じ果実の飾りがある。
ドレスの袖は折り返しがあり、そこは薄紫の地に蔦の模様があった。その姿に周りの者達は、最敬礼をしていたが、ジェスクは一瞬、立ち竦んだまま見惚れていた。
見知っている女神達より、美しいと思う女神を前に、見惚れ無い男はいない…だが、直ぐに我に返り、普通の敬礼を施した。
光の神の神殿に仕える者が、大地の女神に最敬礼はしない。唯一一人の神に仕える者は、その神にのみ、最敬礼を捧げる。
まあ、ジェスクは神その者なので、必要が無いと言えば、そうなのだが……。
ジェスクの姿を見て安心したリュースは、何とかして彼を傍に置こうと考えた。
その挙句の果てに、紡がれた言葉は、
「…あの…ジェスク、眠れないので、詩を詠って欲しいの。…駄目?」
だった。可愛らしいお願いに、ジェスクは微笑み、返事をする。
「女神様の御所望なら、御弾き致しましょう。何が宜しいですか?」
左手に持った竪琴を胸に抱き、ジェスクは彼女に一礼をした。優雅にされるそれと、右腰にある剣に、神官は眉を潜める。
王族と言うリュナンの憶測を垣間見て、神殿育ちと言う本人の言葉の矛盾に、気が付いたのだ。だが、それと同時に、神官の心に別の考えが過った。
そちらの考えが現実なら、何も悩む事は無い。それが事実になれば良いと、神官は思った。