神々の叛乱の詩 後篇
リュナンとファン・ルーから離れ、ジェスクは、大地の気配を捜した。彼女の気配を見つけると、その場所へ自らの力で、一瞬の内に飛んで行く。
そこは王の寝室。抗う気配と、それを制しようとする気配、そして、布が裂ける音…。聞こえてくる音に、ジェスクの怒りは、頂点に達していた。
気配を消し、素早く王の後ろに近付くと、その首に自らの剣を突き付ける。
「其処までにして、頂きましょうか?愚かな王様。」
そう言って、腕を捕まえ、力任せに王を、リュースから引き剥がした。まだ行為には、至っていなかったらしく、破れた衣服が痛々しい。
彼女を後ろに庇い、ジェスクは王と向き合う。王は死んだと思っていた者が、生きていて、剰え、自分へ剣を向けている事実に混乱していた。
そんな王をジェスクは、冷ややかに見つめ、言葉を綴る。
「愚かな王様。
神を蔑にして、天罰が下らないなんて、そんな甘い考えを持っておられたのですか?神々は、そんなに馬鹿ではありません。
…貴方の様な者を、そのままにして置く等、する筈がございません。
必ず、罰は下ります。」
「何だと、吟遊詩人の癖に…何を言っている。」
「…その認識も、愚かですね。私は神殿育ちです。
神々を敬い、神々を護り、そして共に戦う為に、その力を行使する者…ですよ。」
身近にいる、光の精霊騎士の言い草を真似して、ジェスクは王に言い聞かせた。ゆっくりと、左に持つ剣を王へ向け、怒りを秘めた冷たい微笑を浮かべる。
ジェスクの視線に、本能的な恐怖を感じたた王は、人を呼んだ。
「だ・誰か、いないか!この無礼な詩人を捕まえて、リュース神を取り戻せ!!」
入って来た騎士達は、ジェスクを捕えようとしたが、何時の間にか、張られた結界に阻まれ、近付く事が出来無かった。
それを後目に、ジェスクは、リュースに言葉を掛ける。
「これから、多くの人々の血が流れます。怖かったら、目と耳を塞いでいて下さい。」
出来るだけ優しく、今までと口調を変えない様にして、ジェスクは、リュースに語りかけた。敗れた衣服を抑え、頷く彼女の頬にそっと触れ、ジェスクは結界の外に出た。
リュースに彼等の断末の声を聞かせない為、結界には消音の効果も付けていた。そう、結界は、ジェスクの張った物。光の結界だった。
結界継続の為、その中に竪琴も置いた。竪琴は、先程の王の横暴で立腹中の為、嬉々として主の命に従い、自ら音を奏でずに光を奏でている。
それが結界の力であり、その素でもあった。結界の中でリュースは、ジェスクの言葉通りに、蹲って瞳を閉じ、耳を塞いでいた。
愚か者達の前へ出たジェスクは、再び冷たい視線で彼等を見据える。
向けられた視線に彼等は怯えたが、王の命令に従う為、己を律した。意を決して襲ってくる騎士を、ジェスクは難無く制して行く。
実力の差が有り過ぎるのも困った物で、全てが終わるまで、左程時間が掛らなかった。
騎士を倒し終えたジェスクは、この件の元凶…愚かな王に近付く。恐れを成し震えていた為、とんでも無い言葉が、ジェスクに向かって吐き出される。
「こ…の化け物…。」
その言葉に、ジェスクの冷笑が浮かび、纏っていた気が綻む。そこから感じるのは神気。
驚愕に目を見開き、王は言葉を失くす。
「…愚かな人間よ。神を蔑にし、婚姻を強制するなど、以ての外。
そなたの罪、許し難い。
我のみでは埒が明かぬ故、追って七神より沙汰を申し付ける。だが、我が手でその命、潰える事は免れぬが…な。」
極小さな声で、王の耳元へ囁かれた言葉が終ると、王の体をジェスクの剣が貫いた。体から抜けた魂を素早く、自ら創った透明な金色の輝石に封印し、懐に仕舞う。
リュースに気付かれない様、行った行動だったが、結界のお蔭で無用の心配となった。結界は、リュースの体と心を護る為だけに働き、外の惨劇を伝えなかった。
事を終えた。ジェスクは、リュースの元に戻った。剣は、帯刀用の帯と共に呼んだ、柄に収まり、右の腰に付けられる。
未だ蹲って瞳を閉じ、耳を塞いでいた彼女へ近付いたジェスクは、寝台のシーツを剥ぎ取り、その身を包む。
「リュース様、終わりましたので、もう、此処にいる必要はありません。
…御無礼をして申し訳ありませんが、その御身を運ばせて頂きます。」
そう言ってジェスクは、リュースの体を横抱きに、抱きかかえた。体が浮いたリュースは、思わず目を開ける。
目の前に見えるのは、ジェスクの優しい微笑。その微笑に釣られ、リュースは彼の首にしがみ付く。
自分を襲おうとした男が、恐ろしかった。これがジェスクだったら良いのに…そう思う自分は、無意識で抵抗を試み、危ない所で彼が助けに来てくれた。
嬉しかった…ジェスクが無事だった事、自分を助けようとしてくれた事、そして今、自分を大事そうに抱かかえて、運んでくれている事。
その全てが嬉しかった。このまま、時が止まれば良いと思う程、リュースの心は、ジェスクに向いていた。
リュースに抱き付かれたジェスクは、内心動揺していた。
腕の中にいる存在が愛おしい…狂おしいまでの感情が湧きあがり、それを押し込めるのに必死だった。
リュースが王に手籠めにされようとした時、言いようの無い怒りが湧き上がり、相手の王をその場で殺して遣りたくなった。
だが、リュースの姿に気付き、彼女を怖がらせてはいけないと思い、移動させて葬り去った。
今まで、私怨で動く事が無かっただけに、この感情は厄介だと感じる。神気を纏わず、人間の気だけで成敗する心算だったが、最後の詰めで、自分の感情の高まりの結果、神気が漏れてしまった。
怒りが偽る気を飽和し、ほんの少し、神気が現れてしまったのだ。
その結果、仕方無く、神として王を葬った。
まあ、神気に気付いた竪琴の配慮のお蔭で、リュースには気付かれなかったのが、幸いだった。
愛おしい神を腕に抱き、ジェスクはリュナン達の許に戻った。
ジェスクとリュースの姿を見つけた彼等は、直ぐに駆け寄った。王に呼ばれた追手は、既に排除されており、何故か、味方の人数まで増えている。
ジェスクが王宮の結界を解除したお蔭で、自由になった精霊騎士や精霊剣士が、彼等に加勢したのだ。
「「「リュース様、御無事で、何よりです。」」」
その場で集まっている精霊達と人間達の声に、リュースは顔を上げ、微笑を浮かべた。その優しい微笑と共に、言葉が綴られる。
「私の為に、皆に迷惑を掛けました。御免なさいね。
でも、私は無事に戻りました。…ここにいるジェスクのお蔭です。」
そう言って、リュースはジェスクを見上げた。視線に気が付いた彼は、首を横に振り、自分だけでは無く、リュース神の頑張りと、リュナン達の力があったからだと述べる。
謙虚に告げる彼に、周りは好感を持ったが、リュナンとファン・ルーは、心に蟠りを残した。
ジェスクを見る、リュース神の目…それは恋をする女性の目…ジェスクもまた、リュースを見る目が優しく、情愛で満ちていた事に気が付いたのだ。
リュース神を見る限り、あの王の二の舞にはならないとは思うが、人間と神は結ばれない。そう認識する彼等は、複雑な想いだった。
未だジェスクの腕の中にいるリュースに、リュナンが声を掛けた。
「リュース様、こちらへ。そのままだと、ジェスが貴女を護れません。」
尤もらしい理由を述べ、リュースとジェスクを離そうとしたが、リュースがそれを拒絶した。
「リュナン…御免なさい。私…ジェスクに運んで欲しいの…駄目かしら?」
リュースの言葉にジェスクは、心の内では喜んだが、リュナン達の事を考えて、彼等に託そうとした。しかし、リュースの抱き付く力が強まり、出来無かった。
ジェスクは、自らの理性の限界を感じつつも、彼女の行動で諦め、一旦右膝を折った。
その行動に、不安そうな顔をしたリュースだったが、ジェスクは立てた左膝にリュースを乗せ、その反対側の手を自由にした。
開いた手を虚空に伸ばし、言葉を紡がず心の中で竪琴を呼ぶと、白く輝く竪琴が虚空に姿を現し、ジェスクの手の中に納まった。
手にした竪琴をリュースに渡し、微笑を添えて頼み事をする。
「リュース様、私が貴女様を御運びする間、これを預かって貰えませんか?
先程の様に呼ぶ事は出来ますが、この王宮にこのまま残して置くのは、可愛そうなので…。」
そう言って、リュースに竪琴を託すと、再び彼女を抱き上げた。リュースは手にした竪琴を、愛おしそうに抱いていた。
ジェスクの持ち物…大切な物を託されたと思えて、嬉しかった様だ。自らの体をジェスクに託し、リュースは瞳を閉じた。
託されたジェスクは、戸惑いながらも、腕の中にいる愛しい女性を優しく運んで行った。
リュースに拒絶されたリュナンは、ジェスクの態度に驚いていた。
神の願いを無視出来る者はいない…いや、あの人間は無視出来た。王と同じ種の人間だから、出来たと思った。
そんな折、不意にファン・ルーから声が掛った。
「リュナン殿、リュース様があれでは、無理ですよ。ジェスも満更では無い様子ですし…。まあ、託そうとした事には、好感は持てますが…ね。」
リュース神の祝福の金環を左腕に持つ、人間の騎士である、ファン・ルーに言われ、リュナンは苦笑した。
リュースが、人間と結ばれない事を自覚しているだけに、早く離してしまいたかったリュナンの考えを、彼女は気付いていた。
人間と結ばれないと、判っているからこそ、少しでも長く、想い人の腕の中に居たいと、かの神は思われたと理解した。
まあ、ジェスクの事だから、あの王の様に無理強いするとは、思えなかったが、失恋の傷は浅い方が良いと言う考えは、リュナンだけで無く、周りの者の意見その物であった。
彼等の考えを知っているのか、想い合うリュースとジェスクは、何事も無く、王宮を後にした。




