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荒れ狂う王宮の詩

        かの者 

          女神を見初め 

          愚かにも その身を捕え 閉じ込める


        かの者

          女神を得ようとし

          愚かにも 神を蔑にし 非道を行う

 

        かの者

          女神の心を無下にし

          愚かにも その欲望を 満たそうとする

                

        かの者は失う

               女神を得る為 招き入れた者により

                   その身を 愛する女神を失う




                                ~神々の叙事詩(ルシム・エリフォルムル)より

                                        愚かな王の詩


 宿の解約等、彼是と雑用が終った翌日、ジェスクは指定された広場で、たった一つの荷物である皮袋を手に、佇んでいた。

彼の髪は、朝日に輝き、風はそれを優しく流していた。青き双眸は、王宮を厳しく見つめ、自分を迎えに来る者達を待っている。

女神を捕え、剰え、強制的に婚姻を迫る王がいる王宮…。

内心の怒りを抑えながら、迎えを待つジェスクの前に、一台の馬車が止まった。

豪華な作りで、派手な装飾のそれは、王宮からの物であった。その馬車の傍には、昨日の騎士がいた。

ジェスクを見つけると、歩み寄り、昨日の横柄な態度で話し掛ける。

「逃げなかったのは、褒めてやる。さあ、早くこの馬車に乗れ。

我が主が待っている。」

騎士の対応に、怯みもせず、ジェスクは受け答えをした。

「態々御迎え頂き、有難うございます。

私の我儘により、御手数を御掛けして、誠に申し訳ございません。」

丁寧な返事が返って来た為、騎士の方が驚き、一礼をする吟遊詩人に目を向けた。

育ちの良さそうな立ち振る舞いで、疑問に思ったが、神殿育ちの可能性を考え、そのまま馬車に乗る様、指示した。


素直に馬車に乗り、一言も喋らない彼に、同乗した他の騎士が話し掛けて来た。

「そんなに、緊張する事は無い。別に…取って食おう等、思っていないからな。」

王宮内で起こっている事を、知らないらしい発言に、ジェスクは微笑む。

「私は、一介の…旅の吟遊詩人、緊張するなって事の方が、無理です。

王宮に行くなんて事は、初めてなのですから。」

「…そうか、知らないとは言え、悪かった。

王宮での対応は、他の者が教えてくれるから、安心してくれ。」

微笑みながら返してくれる騎士に、ジェスクも、有難うございますと礼を言う。

それから話は続かなかったが、程無く王宮の入り口に着いた。門に入り、少し奥へ行くと、馬車は止まった。馬車を下りると、持って来た荷物を確認される。そこには既に、剣の姿は無く、竪琴のみ。

剣は昨日、リュナンに報告に行く際、神殿に隠していた。剣もまた、ジェスクと絆がある物の為、呼べば手元に来る代物であった。

しかも剣の特殊な力を使わないまでも、手元へ呼ぶ事によって、自らの居場所を知らしめる事になるのだが、今は全く気にする事は無かった。


竪琴と着替え、少しばかりのお金が入っている財布を確認された袋は、直ぐにジェスクの元へ戻って来た。

それを大事に抱え、王宮に入って行く彼を、連れて来た騎士達は、無言で見送る。

幾度と無く、この風景を見ていた彼等は、ここから街へ帰る吟遊詩人を見た事が無かった。

何時も裏口から帰って行ったと、聞かされていた彼等は、王宮で何が起こっているか、知らない。

市井の噂は聞いていたが、それは真実で無いと、信じたかったのかもしれない。

金髪の吟遊詩人を見送りながら、彼等は、その詩人の無事を祈った。



 王宮の中では、案内人がジェスクを待っていた。近衛騎士らしい人物と、使用人らしい女性。

片や豪華な騎士服、片や、動き易さ重視の、簡素な使用人服。

金糸銀糸で飾り立てられた服に対し、薄茶に白い前掛けの、小さなフリルのある服との対比が可笑しかった。

笑う訳にもいかず、黙って指示に従い、彼等の後に付いて行く。長い廊下を真っ直ぐに進み、その奥の、一際大きな扉の前に案内された。

恐らくこの中に、ここの主人たる王がいると思わせる作りで、豪華に飾り付けられた大きな扉。

だが、どの飾りを取っても豪華なだけで、趣味が良いとは思えなかった。上品さが全く無いと言っても、過言では無いのだ。

溜息を()きそうになるのを抑え、ジェスクは案内人の指示を待つ。

中から指示が有り、案内人がジェスクを部屋へ導く。その部屋は扉の外と同じく、華美で豪華な装飾に埋もれていた。

その真ん中に、これまた金糸銀糸を沢山使った、衣装を着た、20~30代くらいの男性が座っている。

白過ぎず、黒過ぎない程々の色の肌を赤茶の髪が、緩やかな曲線を描きながら、肩を過ぎた位まで覆い、その中に厳しく冷たい黒い瞳が、鋭い光を放っている。

人間では美形の類に入るのだろうが、釣り上がった黒い瞳が、冷たい印象を受けさせていた。

部屋に入って来たジェスクを、値踏みするように眺め、その顔に残虐な表情が現れた瞬間を、ジェスクは見逃さなかった。

リュナン程では無いが、体格の良い男性は、威厳に満ちた顔でジェスクに話し掛けた。


「その方が市井で噂の、件の吟遊詩人か?」

問われたジェスクは、息を呑む演技をし、一礼をして答える。

「初めて御目に掛ります、高貴な御方。…市井の噂か、如何かは知りませんが、噴水の広場で、演奏をしていたのは私です。」

返された言葉に、そうかと一言言うと、その人物は本題を話した。

「その方を招いたのは、他でもない。

我が妻になる者の慰めの為に、ここへ来て貰った。その方の演奏で、憂いを晴らしてやって欲しい。早速これから、かの者に会って貰おう。」

有無を言わさない言葉の羅を、ジェスクは無言で聞いていた。件の女神の為に招かれたと言うのが、表向きの建前だと感じる。

かの高貴な男性の言葉が終ると、ジェスクは部屋を出され、先程の案内人に連れて行かれた。

ジェスクの姿が扉の向こうへ消え、部屋に残った男性は、独り言を呟いた。

「今度の鳥は、金の鳥か…・。良い声で鳴いてくれれば、いいものよな。」

残虐な微笑を浮かべながらその男性は、ジェスクの姿を思い出していた。その身が女神の前で血に塗れ、許しを請う姿を思うと、彼の笑みは更に深くなる。

…だが、その期待は、無残にも散り行く物だと知らなかった……。



 ジェスクが通された部屋は、周りのそれとは装飾がまるで違っていた。

白地で縁に緑の蔦が這うだけの壁紙、家具も同じ装飾で、所々紫の果実があしらってあり、上品な佇まいを見せている。

ジェスクは、この部屋に大地の気配を感じた。強い大地の気配…それは、女神がここにいる事を示している。

薄い緑のカーテンが揺らめく中、侍女らしい浅黒い肌の女性が、その部屋にいた。

案内人からジェスクの事を説明され、一瞬、悲しそうな目でジェスクを見た。だが、直ぐにその表情は消え、暖かな微笑で話し掛けられる。

「初めまして、吟遊詩人殿。

私は、リュース様の御世話をしている、リュアルと言います。…宜しくね。」

「初めまして、リュアル様。私は、一介の、旅の吟遊詩人で、ジェスクと申します。こちらこそ、宜しくお願いします。」

交わされた挨拶の後、リュアルから敬称は要らないと言われ、ジェスクは頷いた。

「呼び方は…ジェスさんで良いかしら?

御免なさいね、光の神のジェスク様と同じ名前だから、区別したいの。

いけないかしら?」

リュナンと同じ事を言われ、改めてリュアルを見た。纏う気は大地の気、髪と瞳、肌の色は同じ、そして何より、彼に似ている。

兄弟なのだろうと、思い立ったが、敢えて口にしなかった。自分とリュナンの繋がりを、ここで晒す事は、危険だと考えたからだ。

「ジェスで結構です。リュアルさん、この部屋の主の方は、リュース様とおっしゃるのですか?…大地の女神様と、同じ名前なのですね。」

「…同じじゃあないわ。リュース様は…。」

「リュアル?誰か来たの?」

リュアルの言葉を遮って、美しい女性の声が聞こえた。聞き覚えのある声にジェスクは、リュース神がここにいると確信する。

「はい、リュース様。

あの…その…新しい吟遊詩人の方が、いらっしゃいました…。」

言い難そうに告げるリュアルの前に、一人の女性が現れた。長い緑の髪で、宝石の様な紫の瞳、その瞳は悲しそうに曇り、ジェスクを捕える。

しなやかな女性らしい体を、細身の極薄い緑のドレスで包み、紫の果実の装飾をその身に纏っている。


 一目見たジェスクは、その女性の目を奪われた。

見知っている闇の女神・アークリダとは異なる、強い心を持ちながらも儚げで優しい雰囲気、手を伸ばし、護りたいという衝動が起こる女性。

闇の女神も美しいが、眼の前の大地の女神程では無い…そう、ジェスクは感じた。リュース神に見惚れ、一瞬我を忘れそうになったが、彼女の声に我に戻る。

「…吟遊詩人の方…すぐにこの王宮から、逃げて下さい。

でないと、貴方の命は、保障出来ません。…だから…。」

今にも泣きそうな顔と声で、告げられた言葉にジェスクは一礼し、微笑を返した。

「流石は、大地の御方…御優しいのですね。私の事は、心配には及びません。

如何か、そんな悲しい顔をなさらないで下さい。」

そう言って、ジェスクはその場に座り、持って来た袋から竪琴を出した。白い竪琴を見たリュアルは、思わず呟きを漏らす。

「光の…竪琴?」

「いいえ、光の精霊の竪琴です。あの方の物に及びませんが、それなりの力を持っています。ですから、御心配には及びません。」

そう言い終ると、その場に座り、竪琴の音を鳴らす。普通のとは違う、光に満ちた音…。

それにリュースも聞き入った。

光を反射して、輝いている様に見える竪琴…その音をもっと聞きたい、もっと、この吟遊詩人の声を聞きたい、そう思い、声を掛ける。

「吟遊詩人さん、貴方の詩を聞かせてくれますか?」

無意識に出ていた言葉に、本人も控えていたリュアルも驚いていた。ジェスクは彼女等へ、微笑を添えて頷き、 

「リュース様、私の名は、ジェスクと申します。

光の神の恩恵に肖る為、この名を頂きました。早速、女神さまの御要望に、御答え致します。」

と告げて、竪琴を弾き出した。この季節の詩に始まり、季節毎の詩、果ては市井の恋詩まで、ジェスクは竪琴を爪弾き、詠った。

普通の竪琴では、出ない音と詠い手との響き合い…溶け合う様に、時には寄り添うように、竪琴とその声は響き合う。

主と絆を持つ竪琴の特有の演奏に、リュースは聞き入った。前に遠くから聞こえてきた、アークリダの演奏…それに似通った演奏に聞き惚れている。

男性の声だと言うのに、透明で綺麗な響きを持ち、竪琴に引けを取らない声…何処かで、聞いた事のある様に思えたが、気の所為だと思った。

目の前にいるのは、人間の吟遊詩人、あの方ではありえないのだから。

そう、彼女は思った。



 ジェスクが演奏をしている最中、急に部屋の扉が開けられた。そこに居たのは、先程のあった高貴な男性だった。

神いる部屋だと言うのに、無礼にも無言でヅカヅカと入り込み、彼等に近付こうとしたが、何かに阻まれる。

リュースの張った大地の結界に拒まれ、彼等の許には進めないのだ。

男性は、口惜しそうな顔をしたが、その結界の中にジェスクの姿を見つけ、不穏な微笑を浮かべた。

「今回の金の鳥は、相当お気に召したみたいだな。良い事だ。

そうでなければ、こちらの楽しみも半減する。」

そう言うと、厳しを返し、部屋を出て行った。出て行った男性を、リュースとリュアルは、厳しい目で見つめていた。

ジェスクは二人の様子と、先程の言動で、自分が獲物認定された事を確信した。

それと同時に、人間の分際で神を侮り、剰え(あまつさ)、強引に自分の思い通りにしようとする、傲慢さに呆れ返っていた。

「…あれが、この国の王ですか?神を蔑にし、命を持て遊ぶとは…愚かで、浅羽かで…憐れな王ですね…。」

しみじみと言うジェスクに、彼女達は思わず頷いてしまった。自分達の行動に気付いた彼女達は、お互いを見合わせ、微笑む。

その微笑が、ジェスクは嬉しかった。

リュースの悲しい顔より、微笑んだ顔の方が数段いや、数十段美しいと思った。

この微笑を護りたい、彼女の傍で永遠に護ってあげたい…そういう想いが、ジェスクの心の中に生まれる。

人間の世界を見る為に偽装し、旅を始めた筈なのに、眼の前の女性の笑顔を、護りたいと思う自分を見つけてしまった。

この感情に戸惑いはあるが、既に認めてしまっている。彼女が自分を必要としなくても、七神の一人として、彼女を護る事は出来る。

狂おしい感情を押し込めれば、可能である事は知っている。 

只…それが完全に出来るとは、思えない自分もいた。

その時は、最終手段を使えばいい、そう、ジェスクは決心していた。

目の前の女性の笑顔を護る為なら、別に構わない。ジェスクの想いは、心の奥底に仕舞われた。

今は、彼女を助け出す事…それが最優先であり、七神としての、ジェスク本人の希望でもあった。


 リュアルと微笑んでいたリュースは、ジェスクの視線を感じた。

優しく、真っ直ぐな視線…その視線に見つめられ、自分の心に、何かが芽生えるのを感じる。

そのまま見つめて欲しい、その真っ直ぐな眼差しを、自分に向けたままでいて欲しい、そう望んでいる自分に気が付く。

人間と神は、相容れぬもの…そう頭では認識しても、心は彼を求める。

リュースは、矛盾の心をそっと、奥に仕舞いこんだ。

今は、あの王の行動を阻むのが優先。彼を喪いたくは無い。

この眼差しを護る為に、自分が出来る事をしよう、そう、決心した。



二人の思惑を余所に、運命の歯車は回り出す。

その結果が如何転ぶのか、知るのは時の神・フェーニスしか知らない。


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