人間の中の女神の詩 後篇
翌日、ジェスクは一昨日と同じ、噴水のある広場に赴いた。だが、一昨日とは違い、人が溢れていた。
何事だと思ったが、集まった人々の目がジェスクを捕えると、歓声が上がる。戸惑う彼に、近寄った着た者が理由を告げた。
「もの凄く上手い、詠い手がいるって、聞いたんだ。
昨日はいなかったから、多分、あんただろう。」
「…あの、物凄く上手いって…、人違いじゃあないのですか?」
「金髪に、青い瞳…あんたに間違いない。」
そう言えば、他の吟遊詩人の髪の色は、茶色、赤、黒と、濃い色だったな~と思い出しだしながら、溜息を吐く。かなり目立つ状況に、仕方無く噴水の空いている場所に座った。
既に竪琴は擬態を外し、白い色をしていた筈なのに、彼等は何の疑問も持たなかった。
周りの反応に内心頭を抱えながら、一昨日と同じ、春の詩を詠う。だか、前の物と全く違っていた。
音も然ることながら、その詩も違っていた。響き合う竪琴の音と、奏者の声。
辺りに響き光輝く音と、それに寄り添い、共鳴する声。
短い一説の詩だったが、聞いている者には、永遠にも感じる演奏だった。
詠い終ったジェスクは、辺りの様子を窺った。誰もが聞き惚れ、無言になっている様子は、見慣れた物だったが、これ程まで反応が無いとなると、溜息が出る。
この反応が起きたら、絶対、居場所が判る、特に闇の竪琴の主のリダには、既に知られているな~と思っている彼に、辺りの人々は正気に戻り、拍手喝采が起こった。
五月蠅い程のそれに、ジェスクは頭を下げ、
「御拝聴、有難うございました。」
と言葉を告げ、そそくさと、その場を後にしようとした…が、観客の波を押し退けて、ジェスクの許へ来た者がいた。
豪華な衣装に身を包み、腰には剣を帯びていた。騎士の様な服ではあったが、如何せん、派手過ぎる。
悪趣味だな~と、思っているジェスクのに、騎士達は、高圧的な態度で話し出した。
「お前が、この騒ぎの原因か…。吟遊詩人、名は何という。」
目の前の相手は、高貴な者の騎士と判断し、ジェスクは軽く一礼をする。
「高貴な御方、貴方様の御耳を、汚す事を御許し下さい。
私の名は、ジェスクと申します。一介の、旅の吟遊詩人でございます。」
丁寧な受け答えをするジェスクに、騎士は眉頭を上げた。不信がられたのかと思ったが、違ったらしい。
彼等はお互いに何か、相談をし始め、その結果、ジェスクにある事を告げる。
「この程まで、観客を集める腕なら、中々の物であろう。
我が君は、お前の様な吟遊詩人を捜しておる。早速、王宮に上がるが良い。」
告げられた言葉に一瞬驚いたが、戸惑いの表情を見せ、断ろうとした。しかし、彼等はそれを拒否し、強制的にでも連れて行こうとする。
「申し訳ございません。私は旅の者ですので、宿の解約等の、色々な雑用がございます。如何か、この場はこれにて、下がらせて頂けませんか。雑用が終った明日に改めて、王宮へ上がらせて頂きます。
それでは、駄目なのですか?」
聞かれた騎士はその案に頷き、明日の朝、此処で待つ様にと、ジェスクに告げた。彼は素直に頷き、彼等を見送った。
騎士達が居なくなった後、周りの人々がジェスクに声を掛けた。
「あんた、悪い事は言わねぇ、ここから、すぐに発ちなせぇ。」
「何故ですか?」
「あんたの様に、王宮へ上がった吟遊詩人で、無事、帰った者はいねぇんだ。
だから…。」
心配をしてくれる人々を余所に、ジェスクは微笑み、大丈夫だと、答える。それでも更に、気遣いを見せる人をやんわりと拒絶し、用があるからとその場を立ち去った。
広場を後にしたジェスクは、神殿跡を抜け、彼等の許へ進んだ。追って来る者を撒き、気配を消してそこに行くと、リュナン達に会えた。
突然現れたジェスクに驚いた彼等は、何故此処に来たか、問い質した。
「ジェス、お前、何故、ここに来た?」
「報告をしに来ました。」
「報告?」
「はい、明日、王宮に上がる事になりました。」
告げられた言葉に彼等は絶句し、悲しそうな顔をした。吟遊詩人が、王宮へ召し抱えられる…それが如何いう意味を示すものか、判っていたのだ。
彼等の様子で、ある程度察したジェスクは、先程の観客達に言った事を繰り返す。
「私なら、大丈夫です。」
「幾ら、絆を持つ担い手だからと言っても、油断は出来ない。奴等は、演奏を出来なくして…嬲り殺すからな…。」
言い難そうに告げたリュナンの言葉で、ジェスクの表情がピクリと動いた。奏者にとって、演奏が出来無い事は、絶望以外の何者でも無い。
それを施して、嬲り殺しにするなど、以ての外…容赦する必要は無いと、彼は判断を下した。
怒りの心の内に隠し、再び言葉を紡ぎだす。
「大丈夫です。私に考えがあります。私に任せて頂ければ、悪い様にはなりません。」
一介の、吟遊詩人らしくない言葉に、リュナンも押し黙った。目の前の人物の、正体を見極めようとしたが、出来無かった。
神殿育ちにしては、洗練された身の熟しと振る舞い。何時も微笑んでいる表情なのに、何か、奥に秘めた感情がある様に見える。そして、昨日の反応…剣を突き付けられているのに、慌てる様子も無く、平然として…隙が無かった。
演奏者であるまじき、昨日の立ち振る舞い。それが引っ掛かっていたのだ。
結果、リュナンの導き出した考えは、他の国の王族。纏う気が人間の者である以上、それしか思い付かなかった。
まあ、使える者なら使ってやろう、そう、彼は思っていた。
リュナンの思惑を知らないジェスクは、告げるべき事を終えたとばかりに、その場から一礼と共に離れた。
そして、明日、王宮に向かう準備をした。
大地の女神を救う手立て…神である自身の力と、持って来た剣。それを駆使して、囚われた神を救う気でいた…。
結果は、ジェスクが想像した以上の物も、齎す事となる。