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吟遊詩人と大地の騎士の詩 後篇

 翌日、早朝…ジェスクは、予定通り神殿に向かった。実際には、神殿跡地みたいになっており、草が生い茂げ、建物の彼方此方を覆っていた。

建物自体も崩れ掛っており、その間からも、草が覗いている。

確かに都の人が言う通り、何か出て来ても、可笑しくない様相に、ジェスクは溜息を漏らす。

これ程荒れているとは思わなかったが、この荒廃振りは酷かった。火事にでも遭ったのかと思ったが、焦げ跡は無い。

魂の消失も無かったが、精霊の気配も無かった。大地の神殿なら、在る筈の大地の精霊の気配。

それが微塵にも無いという事が、この神殿の荒廃に繋がったと考えた。

伸び放題の草は、大地の気配の名残。

管理する者が居なければ、こんな風になってしまう。神殿の建物も同じ、管理し、手入れが出来無ければ壊れて行く。

大地の力が無くなれば、その荒廃の速度も早まる。

そうして、この神殿は、今の姿になったと思われた。

そう考えながら歩いていると、人の気配を感じた。魂の気配では無く、生きている人間の気配。

「何をしている。」

振り向こうとして、剣を突き付けられたジェスクは、掛けられた声に聞き覚えがあった。昨日の剣士の声だった。

無言でいるジェスクに、再び声が掛る。

「返答によっては、切り捨てる。」

殺気を持って告げられた言葉に、ジェスクは恐れを抱かず、平然としていた。

「神殿の様子を見に来ました。他の所では、神殿の方々と御逢い出来たのに、此処では何故出来無いのかと、不思議に思いまして…。」

最もらしい言葉を選び、彼は返事を返す。

聞こえた声に剣士は驚き、乱暴にジェスクの腕を掴み、振り向かせた。

彼が目にしたのは、昨日、広場で見た吟遊詩人。

光髪(こうはつ)見間違(みまが)う程の見事な金髪で、青い瞳の詩人。

旅の吟遊詩人が、神殿に赴くのは普通の事。神殿が荒れていると聞けば、不思議に思うのは当たり前だった。

「…昨日の…詠い手か…。済まん、悪い事をした。」

そう言って、腕を離し、気さくな微笑を返した。

「ここは…こうなっているから、誰も近付かない。だから、ここに近付く者は、不審に思われる。…まあ、旅の吟遊詩人では、仕方のない行動だけどな。」

告げられた言葉に納得し、ジェスクは目の前の剣士を改めて見分した。

浅黒い肌に、緑の瞳と髪。短い髪は癖がなく、ザクザクと乱暴に切られており、その体格はジェスクより大きい。

鍛えられた肉体を持つと、思われる剣士は、人間の気配を表面に纏い、その身の内に大地の精霊の気を隠していた。

その腰には、茶色の地に燻した2本の銀の細紐が、交差繰り返しながら鞘の全体を包み、その先端は同じく、燻銀の金具で作られていた。

先端の金具と茶色の地には、花弁の多い、白く可憐な花…神の華と呼ばれる物が一輪、浮き彫りにされて、剣を飾っている。

柄には燻銀の細糸を組み合わした、一本の縄が、包帯の様に巻いてあるだけの無骨な物で、鞘の様に美しい装飾は無かった。

只、唯一の装飾と言えるのは、本体と交わる部分に、紫の…水晶の様な石だけ。

その剣を持つ、神殿にいる剣士とすれば…。

「大地の精霊騎士…様?」

つい、口に出舵言葉に、慌てて敬称を付け、不信がられないようにしたジェスクを、眼の前の剣士は、厳しい目で見つめた。

「何故、そう思う。」

「いえ、貴方様が本来纏う気が、大地の気だと感じました。それに…その腰にある剣は、大地の精霊剣と御見受けします。…もし、間違いでしたら、申し訳ございません。」

出来るだけ丁寧な口調で話す彼に、剣士は溜息を()き、

「吟遊詩人なら、その洞察力の良さは当たり前だな。

隠れた気配にも敏感だとすれば、大したものだ。精霊に愛されし詩人か?」

「いいえ、違います。只、生まれ育った所が、田舎だったもので、精霊が身近にいただけです。」

正直、ジェスクの身近には、精霊がいた。光の精霊と呼ばれる者達がいて、気配が隠れていていようが、お構い無しに感じ取れていた。

しかし、神である事を話せない今は、そう誤魔化すしかなかった。

始めの七神と呼ばれるが故、例え本人が隠していても、精霊の気は判る。自分達が創った者達の気配を、見分けれない筈は無かった。


ジェスクの言葉に納得した精霊騎士は、その名を告げた。

「俺の名は、リュナン、察しの通り、大地の精霊騎士だ。」

低い、重い声に、ジェスクも答えた。

「私の名は、ジェスクです。光の神の御利益を得る為、この名を名乗っています。」

旅の吟遊詩人が、好んで名乗る名と聞いていたので、そのまま答えた。

だか、リュナンは、そう呼ぶ事を拒否した。

「本名は、何だ?」

聞かれて、ありませんと答えると、今度は呼び方を変えたいと提案された。

「…ジェスク様と同じじゃあ、呼び(にく)い……ジェスで良いか?」

「構いませんよ。訪れた神殿とかでも、そう呼ばれる事が多かったので、そう、名乗る時もあります。」

実際、親しい者の間では、ジェスと呼ばれ、慣れている物だった。微笑を添えて答えると、リュナンは、居心地悪そうに頭を掻いていた。

何時も通りの微笑み方をしているのに、そんな態度を取られたジェスクは、不思議に思い、如何したのか尋ねた。

帰って来た言葉は、男に見惚れるとは、思わなかっただった。

がっくりと肩を下げ、そんな趣味は有りませんと、答えるジェスク。

自分もだと同意するリュナンに、何時しか二人とも笑っていた。だが、ジェスクには、思い当たる事があった。


 精霊は、自分の創った神の微笑に、見惚れる特徴を持つ。

そして、極稀(ごくまれ)に他の神、初めの七神に見惚れる事もあると。

自分の本質から来る物だけに、如何にも出来無い現象であったが、それを告げる訳にはいかない。

今の自分は、光輝ける者では無く、一介の吟遊詩人に過ぎないのである。


彼等の笑い声に、数人の人の気配が近付いて来た。

だが、一向に警戒をしないリュナンに、その人々が彼の仲間だと感じ取った。

その証拠に、一人の声が親しげに、リュナンへ掛った。

「おい、リュナン、こんな所で、油を売ってる場合か…あれ?」

聞こえた疑問交じりの声に、ジェスクも聞き覚えがあった。顔を上げ、その人物の顔を確認する。

「ファンですか?…リュナン様と、御知り合いだったのですか?」

「…ジェスクだっけ。あ…そうか、吟遊詩人だったら、ここに来ても仕方ないか…。」

「ファン、その名で呼ぶな。紛らわしい。」

リュナンに指摘され、考え込んだファン・ルーへ詩人は、ジェスと呼んで下さいと、声を掛ける。頷き、改めて名を呼ぶ剣士。

周りの者に、詩人が知り合いである事を告げ、彼に近寄った。

「驚いただろ、ジェス。神殿が、こんな風になってて…。」

「はい、他の所では、在り得ない事態です。何かあったとしか、思えません。只…。」

「?只、何だ?」

「神々の御怒りに、触れなければ、良いのですが…。」

心配げに言葉を告げるジェスクに、二人は苦笑した。一般人の、旅の吟遊詩人らしい言葉に、溜息も漏れる。

「確かに、それも心配だが、ここにおられる筈の御方の方が、心配だ。」

「リュナン様、それは如何いう事ですか?…あ、折入った御話で、御話したく無いのでしたら、このまま聞かないでおりますが…。」

そう言いながら、ジェスクの瞳は、好奇心で輝いていた。

吟遊詩人相手では、仕方の無い事だと思った2人は、話す事に決めたらしかった。

「ジェス、ここでは何だから、場所を移そう。何時までもここに居たら、不審者に間違えられるし、あまり他には聞かせたくない話だ。」

リュナンの提案に、ジェスクは頷き、場所を変える事となった。

誰もいなくなった神殿では、生い茂った草が只、風に揺れるだけであった。

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