吟遊詩人と大地の騎士の詩 前編
ここから先は、サイトの載せていない部分となります。だからかな?一話より、長くなってる~~~。
※前後編に分けました。
我は会う
地上にて美しき者に
天空にて美しき者に
我は会う
人間の国で愛しき者に
人間の世界で赦し難き者に
我は会う
地の果て 海の果てで悪しき想いの者に
星の果て 天の果てで熱き想いの者に
我は会う
全てを愛する為に
全てを見極める為に
我は会う
我は会う
~神々の叙事詩より
出会いの詩
ファン・ルーと共にミランの国へと、向かったジェスクは、その中心たる都・ミュリに着いた。
ファン・ルーと出会った森から、そんなに離れていない都だったが、活気に溢れ人々で賑わう所であった。
都に入ったジェスクは、大地の神気を微かに感じた。女神様がいる都と聞いていたが、その気配は神殿らしき場所には無く、王宮に在った。
不思議に思いながら、ファン・ルーと都に入り、その入り口で彼と別れた。
石造りの都は、様々な露店と音楽に溢れ、人々の笑顔に溢れている様に見えた。
…表面上は、そう見えるのだが、ジェスクに偽りの笑顔にしか、見えなかった。
不思議に思いながら、露店の店主に神殿への道を聞いた。普通なら神気があって、場所が直ぐ判る筈なのに、この都では全く判らない。
聞かれた店主は、一瞬怪訝そうな顔をしたが、ジェスクの身形が、吟遊詩人と気付いて、その表情を崩した。
この世界では、吟遊詩人と神殿は、切っても切れないもの。何故なら、神話が詩の形で、伝わっているからなのだ。
まだ若い世界であっても、創世の神話があり、それが詩として伝わっている。
故に、音楽を奏でる者は神殿に赴き、奏でる許可を神官か、神に得るのだった。
その風習に乗っ取り、ジェスクも、神殿の位置を聞いたのだが、帰って来た答えがこれだった。
「あそこには、行かない方が良いよ。
今は、荒れ放題で、とんでもない物が出るらしいから。」
「…えっ、神殿でしょう?神官の方は?神様は?
詠う許可は、何処で頂けるのですか?」
「神官はいないよ。神様は…王宮にいらしゃるよ。
悪い事は言わない。神殿には近づかない方が良い。幽霊が出るって噂だよ。
…許可証は、役人に言えば貰える。あ…丁度良い所に来た。ダイアム!」
通りかかった制服姿の男に、店主が声を掛けた。呼ばれた男は、店主の所へ来て用件を尋ねた。
「どうした?何かあったのか?おや、吟遊詩人か……。そうか、許可証か。
ちょっと待ってくれ。」
そう言って、ジェスクより体の大きい男は、肩から下げている小さな袋を漁った。
そこから、一枚の、手の平の大きさの紙を出す。
「ほい、許可証だ。ここん所に、名前を書いてくれ。」
紙の下方面の空欄を示し、ペンを渡された。そのペンで名前を書くと、男はふ~んと声を出した。
「ジェスク…か…。旅の吟遊詩人に、ありがちな名前だな。
光の神の御利益を担いで…か?」
「はい、そうです。…そんなに多いのですか?」
「今まで、10人位いたな~。まあ、判らんでもない。かの神は、竪琴の名手だし、詩も上手いらしいからな。」
納得されて、内心ほっとしたジェスクだったが、演奏が出来る場所を、聞く事は忘れなかった。
出来る場所は限られており、中央の噴水広場と、王宮前の広場、そして此処、露店が集まる広場であった。
確かに、この場所でも演奏が聞こえていた。
只、人が一番、集まる場所なので、露店の集まる場所は、かなりの演奏者が犇めき合っているようだ。
ジェスクは店主にお礼を言い、ついでに、そこで売っている食べ物で、お勧めの物を買った。短冊状に切った芋を揚げただけの、簡素な物で、塩味が付いており、食べ歩くのには便利な物だった。
それを口にしながら、ジェスクは、他の場所を回った。流石に王宮前は気が引けるのか、演奏者はいなかったが、噴水前には、一人二人と数える位しかいなかった。
此処で良いかな?と思いながら、持っている布袋から、自分の竪琴を出した。
噴水の端に座り、音を調整する。
ジェスクは、自ら持つ竪琴を偽造していた。本来、白い筈の本体を、茶色の木製のようにし、装飾もそれと判らない様に、嵌められた石の色を変えた。
竪琴の持つ本当の姿を、変えた所為か、竪琴の機嫌が悪くなり、普通の音しか出なくなったのだ。それはそれで、良かったのだが、後で、機嫌を取らないといけなくなった。
そう、ジェスクの持つ竪琴は意思を持ち、自らの主を選ぶもの。まあ、主を選ぶと言っても、目下の主は、自分の創り手だったのだが…。
機嫌の悪い竪琴のまま、ジェスクは演奏をし始める。今の季節は、春。それに相応しい楽曲を、詠った。
花々は咲き誇り 彩りを添える
草木は新しい緑を添え 冬の終わりを告げる
水は雪を解かし、その恵みを育む
風は暖かさを運び 春の到来を告げる
そして我等は祝う 花の彩りを以てして
草木の息吹を以てして
厳しい季節の終わりを待ちわび
この季節の到来を感謝する
ジェスクの詩声は辺りに響き、通りすがりの者はその場に立ち止り、演奏をしていた者まで手を止め、聞き入っていた。少ない観客でも、ジェスクの演奏に、拍手が上がった。それに対して、微笑を添え、一礼をした。
「皆様、何か、御希望がありましたら、御弾き致します。」
「それじゃあ、リュース様の詩が良い。詠って貰えるか?」
浅黒い肌で大きな体、濃い緑の髪と薄茶の瞳の剣士が、希望を述べた。その剣士にジェスクは、曲目を確認した。
「リュース様の物ですと、実りの詩になりますが…宜しいのですか?」
季節が違う詩の為、それで良いのかと聞くと、剣士は頷く。それではと、ジェスクは、奏で出した。
空を自由に飛び交う 鳥でさえ
山を自由に駆け巡る 獣のでさえ
今の この季節を待ちわびている
全ての草木が 豊かなる実りを成す季節
実りの季節を…
その実りの季節を司る 神に
全ての草木を実らせる 神に
我等のこの季節の 到来の喜びを
我等のこの季節の 存在の感謝を
今 ここに伝えよう
我等の実りの神 大地の女神 リュース神に…。
紡がれた詩に、剣士は瞳を閉じ、感慨に耽っているようだった。剣士の反応に気を良くしたジェスクは、再び竪琴を弾き出す。
実りの詩とは別の、大地の詩。確か、これもそうだったと思い出し、弾き始めたのだ。
何もない場所に 降り立つ者あり
その中の一人 長き緑の髪と 紫の瞳の者 言葉を紡ぐ
『地 在りき』
其の言葉で 空間の下に 大地が生まれた
かの者 何も無い大地に立ち 再び 言葉を紡ぐ
『生命 在りき』
其の言葉に 草木は芽吹き 大地を覆った
其の者の言葉に、他の者も 言葉を綴った
長き黒の髪と 銀の瞳の者
『闇 在りき』
と綴れば 安らぎの夜が現れ
輝ける髪と 青き瞳の者
『光 在りき』
と綴れば 太陽と月が現れ
昼が生まれ 夜の明かりが生まれた
輝ける髪と黒の髪を持つ者
『空 在りき』
と綴れば 風が吹き 星が瞬き
太陽と月が 交互に巡る場所が現れた
揺らめく青の髪と 青の瞳の者
『水 在りき』
と綴れば、水が大地を潤し
揺蕩う紅き髪と 紅き瞳の者
『炎 在りき』
と綴れば、炎が舞い踊り
大地を暖めた
そして最後に 3つの姿と 白い翼の者
『時 在りき』
と綴れば 季節が巡りだした
かくて、世界は生まれた
初めの七神の 御言葉から 我等の世界は 創られた
神話の創造の一節を、ジェスクは詠った。大地の女神が、最初に大地を創り、そこを草木で覆ったという物だったが、その部分だけでは詠えないので、他の部分も詠った。
闇の女神が世界に夜を与え、光の神が昼の光と夜の光を与えた事。
他の神も風と空、水と炎、季節を与えた事を綴った詩。
滅多に詠われない物だったが、神話の一節として知られている物だ。
これ位しか、思い当たらないジェスクは、剣士の出方を見た。
詠われた実りの詩と、今の創世の詩。その両方に驚き、自分を見つめる剣士。
遣り過ぎたかと思ったが、何事も無かったかの様に、不安そうな表情を浮かべて尋ねてみる。
「剣士様。如何でしたでしょうか?
拙い私の腕では、これが精一杯だったのですが…。」
不安そうな顔が、演技である事を見抜かれない様に…と思いながら、ジェスクは剣士を見つめる。視線に気付いた剣士は、言葉を詰まりながら喋った。
「あ…いや…その、悪くはなかった。寧ろ、良かった。その…創世の詩は、何処で…いや、いい。何でもない。」
そう言って剣士は、詩の代金を払ってくれた。
ジェスクの手元に入ったのは、銀貨一枚…大外の物が銅貨で賄えるので、これは破格値と言える。
「あの、剣士様。多過ぎます。」
ジェスクは渡された物を差し出し、剣士に返そうとしたが、彼は受け取らなかった。
「俺の気持ちだ。お前の詩は、それ程の価値があった。また、頼むかもしれん。」
言われたジェスクは、仕方無くそれを受け取り、懐に仕舞った。吟遊詩人という身の上に余る、金額だったので、警戒せねばと思った。
人間の世では、金銭を巡り、何かと騒動があった事を水鏡で見ていた為、それが我が身に降りかかると想像出来たのだ。
自分の身の危険を考慮して、ジェスクは早々に店仕舞いをし、宿を捜した。
余り高く無く、然も安全な宿を求め、あちらこちらを吟味した。人の心を読み取る事の出来る、七神の一人であるが故、左程、難しくはなかった。
夕闇に染まる前に宿が取れ、そこで一休みする事にした。
「しかし…神が神殿にいないで、如何して、王宮にいるんだ。
そもそも、それ自体が可笑しい。」
この街に入って、色々可笑しな点が目に付いた。神殿が寂れていて、然も放ってある事、神が王宮にいる事、そして、この活気が偽りの様に感じる事。
一番可笑しいのが先程口にした、神が王宮にいる事だった。此処にある気配は大地の物、恐らくは、大地の女神の物だと感じる。
ジェスク自身、声は聞いた事があるが、彼女には会った事が無い。
彼が見知っている七神は、3人程で、他の神は、声のみ知っているだけ。
その彼女の気配がある場所は、神殿で無く王宮。人間の王が住まう場所。
神と人間が、恋仲なのだろうか…それにしては、人々の活気が無い。
調べる必要があると、ジェスクは思った。自分が光輝ける者…光の神である以上、真実を知らねばならない。
「さて、何処から調べるか…。神殿が、一番先か…。」
幽霊が出るとの噂であったが、ジェスクは神、幽霊という残留思念に対して、何の恐れも抱かない。
出会ったら輪廻の中に還すだけ、只、それだけ。まあ、恨み辛みなら、聞いてやる心算であったが、然るべき処置は、忘れる気は無かった……。