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旅立ちの詩

        我は行かん

          天空にありし者にて

          地上にありし者にて


        我は行かん

          人間(ひと)の国を知る為に

          人間(ひと)の世界を知る為に


        我は行かん

          地の果て 海の果てを見る為に

          星の果て 天の果てを見る為に

 

        我は行かん

          全てを知る為に

          全てを見る為に

                我は行かん

                    我は行かん


                                           

                   ~(ルシム・)々の叙事詩(エリフォルムル)より

                            旅立ちの詩


 まだ世界も、それを創った神々も若く、人間も生まれて間も無い頃、一人の青年が人間の世界に憧れ、それに触れてみたいと想っていた。

青年の名はジェスク。光の加減によって、金色や銀色に輝く【光髪(こうはつ)】と、昼夜で変化する空の色の瞳を持つ、やや逞しい身体の男性だった。

【光輝ける者】である彼は、この事を【生命を創りし者】であるキャナサに相談する為、彼の住居へ向かった。

其処は聖なる闇の領域と、聖なる光の領域との峡間にある。

彼は、自分の佇まいの、闇に満ちた暗い一室にいた。

袖無しの蒼い長衣を纏い、紅い肩掛けを腕に持ち、何時もなら両腕にある、羽毛の大きな翼を、背中に移した上で畳み、寛いでいる。

肩までの紫色と毛先の黒髪と緑の肌に、ガラスの様に透明で瞳孔の無い金色の瞳、そして、その背には白く輝く大きな翼と、白く長い尾、脚には大きな鈎爪…。

その全ては、【生命を創りし者】である証であった。キャナサは、ジェスク達の中でも、特に変った姿をしていたが、彼等は全く気にも掛けず、彼を仲間として認め、普通に接している。

精霊以外の、全ての生命を創り出せる彼だからこそ、他の神々も彼を尊敬出来る者として、そして、自分達と同じ神と認識している。

異なる姿など、他の神々に違和感も与えないばかりか、寧ろ羨ましがられる対象であった。


彼の姿を見つけたジェスクは、迷わずその傍へと歩み寄った。闇の中で佇む件の神に、ジェスクがあの事を相談すると彼は、溜息交じりで答えた。

「ジェスク様、貴方は、人間の世界をそんなに、御覧になりたいのですか?

…確かに、人間を知る事は大切ですが、貴方は全てに取って、大切な方でもあるのですよ。」

「そんな事は、判っている。だが、人間を知らずに、彼等を判断する事は出来無い…だからこそ、彼等を知り、見解を深めたい。」

ジェスクに告げられた言葉で、キャナサは、何かを考えている様だった。二人の間に、暫しの沈黙が訪れ、キャナサの、静か過ぎる部屋は、より一層静まり返った。

この沈黙を破り、キャナサが口を開く。

「仕方がありません。人間の世界へ、行って下さい。

但し、その御髪を一房だけ、頂きます。」

そう言って、キャナサはジェスクから、一房の髪を貰った。そして、自分の翼から抜いた一枚の羽根へ、それを巻きつけ、自らの力を注ぐ。

すると、キャナサの放つ光の中から、一人の男性が現れた。ジェスクは、彼を見て驚き、キャナサの方に向き直す。ジェスクの様子にキャナサは、微笑んで言った。

「ジェスク様がいない間、彼に身代わりをして貰います。

ですから、心配せずに行って下さい。」

彼は自らが持つ【生命の羽根】と、ジェスクの【光の髪】で、彼にそっくりの、擬似生命体を創り出したのだ。

必ず帰って来るようにと、言って送り出すキャナサに、ジェスクは告げた。

「ナサ、帰った時には、私の名に様って付けるのと、敬語は止めだからな。」

ジェスクの言葉に、苦笑しながら、キャナサは彼を見送った。 

光輝ける者が人間の世界に行った事は、キャナサ以外誰も知られなかった。



 ジェスクは、森の入り口に立っていた。髪を揺らす風や降り注ぐ太陽の光、木々のざわめきさえも、自分が今までいた所と違う様に感じる。

そう、此処は彼が良く、水鏡で覗き見ていた、人間の世界であった。

ジェスクは、この世界の事を知る為に、最も怪しまれない姿をする事にした。

それは方々を旅し、色々な国々の、様々な出来事を詩にして、伝える吟遊詩人であった。

薄茶の短衣に、同じ色の長めのズボン、茶色で膝丈の長靴(ちょうか)と、身を覆うフード付きの、茶色の外套。

手には、短衣と同じ色の、彼の太腿位の高さの麻袋。

彼が身に纏っているどれを取っても、旅の吟遊詩人にしか見えない服装に変えた。

竪琴は勿論の事、詩も巧みである彼にとって、その姿が一番、本当の自分を知られずに済むものだった。

真夏の、暑く照る日差しの中でジェスクは、眼下に広がる草原を見つめていた。

ふと、森の方から、ガサガサと薪を掻き分け、何かが、ジェスクの方へ近付いて来る音が耳の届く。

そして、彼は自分の持っていた、麻袋に手を掛ける。

この中には、竪琴と共に身を護る為、持って来た剣が入っていた。自らの力で、身を護る事も出来たが、それをすると、此処にいる事が逸早く判ってしまう。

剣を抜き、これが持つ特殊な力を使っても、居場所が知られてしまうが、己が力の方がそれより早く、知られてしまう欠点がある為、少しで遅い方が良いと判断して、剣を持って来たのだ。

だが、普通の剣として、柄から抜かずに使えば、全く知られない保証はあった。然も、素手での腕力も強いのだが、相手が武器を持っているか如何か、判らない今の状況故に、無意識で手が剣へ伸びていた。

ジェスクの手が剣に触れた瞬間、藪の中から、音の持ち主が現れた。

それは、紛れも無く人間・男性であった。

闇の様に黒く、肩を少し過ぎた長さの髪を後ろで束ね、髪と同色の瞳と剣士のような服装をし、二十歳前後の年齢に見える、精悍な顔立ちの人間…。

彼の身形は小奇麗で、緑色の装飾の無い長袖の短衣に、薄茶のズボンと同系色の長靴。肩から長めの外套を纏っている為、腰の部分にあると思われる剣が、一部分だけ見え隠れしていた。

彼の顔立ちとその服装で、とても盗賊や追い剥ぎには見えず、寧ろ修行中の剣士に見えた。

「驚かしたみたいだな…悪かったな。」

ジェスクの顔を見て、その人は言った。彼の謝罪で、ジェスクは袋の中の剣から手を離し、警戒を解く。

その人間から、【悪意】や【邪気】を感じなかったからだ。

「何処へ、行かれるのですか、剣士様?」

自分の素性が悟られた事に、少し困惑したらしい。警戒を解いたジェスクの問いに、彼は困った顔をしながら答える。

「ミラルの国の、王都へ行くんだ。

あそこには、女神様がいらっしゃるらしいからな。」

「女神様?!」

「そうだよ。ところであんた…行き先はあるのかい?

なかったら、一緒に行かないか?」

目の前に立っている人間の、余りにも警戒心の無さに、ジェスクは驚いていた。初めて会った自分へ、これ程簡単に同行を申し入れるとは…。

「いやかい?俺みたいな奴と、一緒じゃあ。

やっぱり初対面の人間に、こんな事を言うのは変かな?

でも、旅は道連れと言うし、それにあんた、悪い奴には見えないから。」

困惑の表情を浮かべた彼の言葉に、ジェスクは、軽く微笑みながら答える。


「いいですよ。私には元々、目的地はありません。何時も風の吹くまま、気の赴くまま旅をして、(うた)を歌っているだけですから…。そう言えば、まだ名前を聞いていませんね。

私の名はジェスク、剣士様、貴方の御名は?」

「俺はファン・ルー。へぇあんた、光の神と同じ名前なんだな、すごいなー。」

ファン・ルーの言葉に少し引き()りながら、その神の名を貰ったと、ジェスクは答えた。

ジェスク神は、竪琴の堪能な神でもあるので、良く吟遊詩人が、その名にあやかって、自分の名を付けている事を、本人である神は知っていた。

「これから、よろしくな、吟遊詩人殿。

お互い、敬語はなしにしょうぜ、堅っ苦しくて…。」

ジェスクは、微笑みながら頷いた。

しかし、今のやり取りが、自分とキャナサと重なってしまい、思わず吹き出した彼は、笑いが止まらなくなった。

そんなジェスクを、不思議そうにファン・ルーは見ていた。

ジェスクの笑いが、漸く止まった頃、彼等は一路、ミラルへ向かい歩き始めた。

真夏の太陽は強く、彼等をミラルへ導くかのように、輝いていた。


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