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不貫の壁

 一回戦第八試合の三十分後、二回戦はまだ二試合目だ。第四試合の俺の出番までにはまだ余裕がある。


 俺は対戦表を見た。マークしていた幣原、松方両名とも二回戦には進出したようだ。その事を知り気苦労が絶えないが、二人を負かした人間がいたらそれこそどうしようもないだろう。幸か不幸か、そんな事は闘ってみなければ分からないが、それまでは前向きに考えておこう。


 対戦表から目を離し、少し歩いていると、誰かにぶつかり謝った。


「ああ、すみません」

「俺だよ、黒田一回戦突破おめでとさん」


 目の前に立っていたのは清浦だった。


「予選の時もそれ言ってたな。勝ち上がる(たび)に祝うつもりか?」

「おっとそうだったか? まあ、この俺を倒した記念だよ。本当は優勝するつもりだったんだけどなあ」


 清浦はとぼけて頭を掻いて見せる。


「全員そのつもりだろうよ。それより体は平気なのか?」

「ああ、腹の辺りにでかいあざが残ってるが、こんなもん食って寝りゃあ治る! ……って痛ぇっ!?」


 清浦は腹をバンと叩き、あざの痛みでうずくまる。バカなのかこいつ。


「痛ぇなぁ……じゃねぇや。黒田、お前対戦表見たか?」


 清浦はスッと立ち上がり訊ねた。


「ああ、それがどうかしたのか」

「戦友として忠告する。お前の次の対戦相手は…………ヤバい」


 清浦は戦慄した様な表情を見せた。一回戦、ずっと堂々とした態度で闘っていた清浦が、そんな表情を見せるのは意外でならない。


「俺の対戦相手の事、何か知ってるのか?」


 俺が訊くと、清浦は神妙な顔をして話し出した。


「俺は闘技場の賞金で生計を立てているんだが、そいつと闘ったのはほんの一週間前だった。決勝戦でそいつと当たったんだ。闘いの最後、渾身の一撃を決めて勝ったと思ったら、床に伏していたのは俺だった」


 話を聞く限り、攻撃の反射みたいな能力だろうか。とりあえず、強力な攻撃はしない様に注意しよう。


「教えてくれてありがとう。そいつは俺が代わりに倒してやる」




 片山(かたやま)哲士(さとし)、二回戦の対戦相手には手こずりそうだ。だが、ここまで来たからには優勝を目指す。

 (きた)るべき時に備え、一回戦での傷を癒やすため、自分の出番が来るまでしっかりと休んだ。



***



 二回戦が第三試合まで終わり、片山という男と共に入場する。


 片山は猫背で背は低く、いまいちぱっとしない印象を受ける。高校の時にいた、誰とも話さないクラスメイトに似ていた。


 彼は不気味な笑みを浮かべながら、こちらへ話しかけてくる。


「くふふふふ……君が僕の相手か。……せいぜい楽しませてくれよ」


 片山は見た目に似合わず俺を挑発してきた。もしかしたら、そのひ弱そうな(よそお)いも油断させるための作戦なのか。


「お前が弱くなかったらな」


 俺は腹を立て、挑発し返す。片山は反応を見せず、黙って入場していった。




「二回戦第四試合、選手の入場です」


 司会の声に歓声がどっと聞こえてきた。観客は一回戦の時とは比べ物にならず、一回戦を勝ち上がった事がとても価値がある事なのだと分かった。

 司会は続けて俺と片山の名前を呼ぶ。


「番号百六番、片山哲士! つい最近現れた期待の新星、前々回は優勝も果たしているぞ!」


 番号百六番といえば、予選第十四ブロックだな。そういえば第十四ブロックはとりわけ早く予選が終わった。その予選の結果が片山の力を裏打ちしている。多少なりとも油断ならない相手だ。


「番号百十五番、黒田隆一! 今回誰もが勝ち上がりを予期しなかった伏兵だ! 一回戦では名のある戦士、清浦大吾を下しての登場です。ニューフェイス同士の闘いは、果たしてどちらに軍配が上がるのでしょうか?」


 司会が名前を呼び終わり、俺と片山は位置に着く。


「両者所定の位置に着きましたね? ……それでは、始め!」




 俺は片山の能力を攻撃の反射だと踏んだ。一回戦同様、地面ごと相手の足を凍らせ動きを奪う。

 直接的な攻撃じゃなければ反射はできないはず。そう考えた。


 だが、片山の足元の氷は溶けた訳でも無く、丸々消えてしまっていた。


「足りない……全然足りない……」


 片山は訳の分からない事を呟いている。

 俺はムキになって、直接片山を凍らせに駆け寄った。


「喰らえっ!」


 片山は抵抗をせず、あっという間に氷像となった。


「勝った……のか?」


 司会や清浦から持ち上げられている割にはあっけなかったな。


 俺が勝利を認識し、戻ろうとしたその時、背後から強い衝撃に襲われた。


「生きてる……やっぱり威力が足りない……。それと、勝手に帰らないでくれよ。僕はまだ全く楽しめて無いよ」


 その衝撃の正体は片山による物だった。


「何故だ。お前は何で動ける!? 」

「僕の能力を勘違いしてないかい? 特別に説明するけど、僕の能力、吸壁(スポンジ)は敵の攻撃を吸収し、衝撃波に変換する能力だ。君が攻撃しようと思ったその瞬間、直接的な攻撃力を持っていなくても吸収する事ができるんだよ」


 何だその能力は。完全に勝ち目があると思えない。


 昨日の決勝戦に片山は出ていなかったが、昨日のトーナメントに出場していなかったのだろうか。


「怖じ気付いちゃった? 降参してもいいけどね。僕は君に本気で殺しに来て欲しいな……。そしたら僕がその力で君を殺してあげるから……」


 片山はにやつきながらこちらが攻撃してくるのを待っている。


 ――――待てよ。攻撃を吸収するというのなら、攻撃をしなければいいんじゃないか?


「いや、降参するのはお前だ。これから俺は一切の攻撃をしない。お前が降参するまでな」

「くっ……能力の説明なんて僕らしくない事をしたばっかりに……。いいよ、我慢勝負といこうか。君は短気みたいだから、僕に分があるのは変わらないけどね」


 俺と片山は地べたに座り込んだ。




 攻撃を止めて、かれこれ一時間。

 司会がイライラし始め、リングをせわしなく行ったり来たりしている。しかし、ルールが何でもありの闘技場の規定には抵触しないので、文句すら言えないでいる。

 観客たちもまた、闘わなくなった俺たちに、ブーイングやゴミ、鈍器まで飛んでくる。

 俺は飛んできた鈍器を氷の盾で防ぐ。片や、片山はそれを攻撃と認識し、力を吸収する。


 たまに片山が溜まった力で、俺に衝撃波を飛ばしてきた。

 もちろん、それも盾で受け流す。


 先に痺れを切らしたのは片山の方だった。


「あーもう、こんなちまちました事やってられないよ。本当は殴るのは手が痛くなるから嫌いなんだけど……」


 片山は立ち上がり、直接をおれを殴りに来た。

 幸いにも大した速度ではなかったので、容易に避ける事はできたし、避けきれずに当たっても大した威力ではなかった。


 しかし、これでは反撃ができない。俺は片山からの一方的な攻撃に、()(すべ)無く逃げ回る。


「一体、どうすれば……」


 逃げ回りながらこの状況の打開策を模索する。


 ふと、先程投げ込まれたゴミにつまずいた。その隙を片山は見逃さず、大振りの拳で俺の顔を殴った。

 当然、あんな大振りで、しっかりと入った拳には、顔に痛みを感じ、頬を押さえる。


「くふふ……いいよ、その痛そうな顔。僕も手が痛いけど、その顔を見るには必要な代償だと割り切れる」


 片山は俺が痛がるのを楽しみながら、自分の手をさすった。


「そうか! そういう事だったのか」


 彼の言葉と仕草に、俺は閃いた、こいつに勝つ方法を。


 片山に俺の意図を探らせないため、さっきみたいに逃げ回る。


「何か気付いた様だけど、それなら早く見せてよ。こんな追いかけっこはお客さんもつまんないよ。 皆闘いが見たいんだから攻撃して来なきゃ」


 片山は攻撃を促しながら、俺を追いかける。

 頃合いを見て、俺はわざと、再びつまずいた。転んだ俺を、片山は強く殴ろうとした。


 ――――だが、俺を殴ったその拳は、片山自身の血に(まみ)れた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」


 先程までボソボソと喋っていた片山が、激痛のあまり大音声を上げた。


 俺は片山が殴る時、表面に鋭いトゲを持たせた氷の鎧を纏った。そして、そのトゲは片山の手を貫き、ダメージを与える事となった。


 そう、これこそが片山の能力、吸壁(スポンジ)の弱点なのだ。

 攻撃を吸収する能力、と言うと無敵にも聞こえるが、実はそうじゃない。例えば、片山が攻撃した時、刀で防いだとするならば、たちまち手が真っ二つになるだろう。

 つまり、自発的な行動によって受けるダメージは防ぎようが無いのだ。

 だから、俺は片山が強力な攻撃をしてくる様に、わざとつまずいて見せた。片山の殴る力が強ければ強い程、トゲが刺さった時のダメージも大きくなる。すなわち、隙を見せて、強い攻撃を誘ったのだ。


 片山は自分の手を見てうろたえている。


「血……血が……僕の手から出ている! ひ、ひいっ!」


 片山は俺に背を向けて、会場から走り去っていた。その時の目はとても狂気に満ちていた。


 その能力から、負け知らずでプライドが傷付いたのか、自分の血を見て危機を感じたのか、片山の狂った叫び声はかなり遠くまで聞こえていた。


 試合相手が目の前から消え、俺は呆然(ぼうぜん)としていたが、司会が審判を下した。


「え、えー……二回戦第四試合は片山選手の棄権と見なし、黒田選手の勝利とします」

「一応勝ったが、これはなんかもやもやするなあ」


 司会も判定に自信が無さそうだったが、何とか準決勝にこぎ着けた。




 控え室に戻ると、投げ込まれた異物の清掃で準決勝を行うまで時間が掛かると、闘技場の役員から説明されたので、申し訳無く思いながら、タルベの町を観光でもする事にした。近場なら恐らく問題無いだろう。控え室から出ようとすると、張りのある声で呼び止められた。


「おい、ちょっと待て黒田!」

「何だ? あまりしつこいと彼女できないぞ」


 声を掛けてきたのは、言うまでも無く清浦だ。


「うるせー、大きなお世話だ! それより、片山に勝ったようだが、どうやったんだ?」


 俺は清浦の問いに、闘っている時に気付いた事を教えた。


「……へぇー、相手に攻撃させて自滅を誘う、か。なるほどなぁー」


 清浦は何度もうなずき、えらく感心しているようだ。


「あんたは片山の分析をする間も無く倒されたんだ。勝てなかったとしても無理はない」


 片山が能力を見せたとしても、この脳筋に分析なんか無理だろうが。


「おい、今失礼な事考えただろ!? 」

「まさか、俺はそんな事しないさ」


 俺はわざとらしく肩をすくめた。脳筋にも観察力はあるようだ。


「そういう事にしといてやる。どこか行くのか?」

「時間がありそうだから、ちょっと観光に」

「遅刻して不戦敗とかになんなよ」


 清浦から仕返しのつもりか軽口を叩かれながら、少しの休憩に向かった。



***



 町を案内して貰おうと、文に会いに行ったら、彼女は憤慨していた。


「隆一さん! 何ですか、あの試合はっ!?」


 文の怒髪、天を()く様子は、正直清浦の災害拳撃(ナックルオブディザスター)より迫力があった。


「あの……伊藤さん? 何をそんなに怒ってらっしゃるのですか?」


 迫力に()され、意図せず口調が丁寧になる。


「何をとは何ですか、何をとは! 闘わずして何が闘技場だ、一時間も座りこけやがって、このカス共が!」


 文はぜぇぜぇと息を切らしている。汚い言葉使いで今までの清楚なイメージが台無しだ。


「あ、私ったらはしたない。すみません変な事言って」


 俺が考えていた事を見透かした様に、文は慌てて取り繕うが、目が笑っていない。


「いや、聞かなかった事にしよう」


 町を案内してくれ、何てとても言える雰囲気では無いので、控え室に戻る事にした。



***



 休憩時間が終わり、準決勝が始まった。


 第一試合を美しい足捌き、剣捌きで幣原が勝利を決め、いよいよタルベの古参戦士、松方久義と闘う事になった。


「準決勝第二試合、王者幣原への挑戦権を手に入れるのは誰となるのか!? 準決勝まで駒を進めた優れた戦士二人、満を持しての登場です!」


 幣原と闘うため、彼の努力と才能に触れるため、俺はここまで来た。


 司会の声を受け、今、運命の準決勝へと踏み出した。

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