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闘争本能

 闘技場での闘いを観た後、文の家の外で俺は能力の実験に試行錯誤していた。早い話あの幣原という男と闘ってみたくなったのだ。


 男という生き物の本能は強者との闘いを求める。凡夫である俺の可能性を試したくなった。


 手は冷たさを感じないが、それ以外は体中を霜焼けの痒みが駆け巡る。それでも止める事はできない。


「本当に闘技場で闘うんですか? 強いのは決勝の人たちだけではないですし、幣原さんとは違う非情な人もいるんです」


 文が夕飯を持ってきたついでに、傍らで俺の実験を見ている。


「俺は文のボディーガードなんだろ? ならあのレベルの相手が来ても勝てるくらいの力が必要だ。明日の闘いに俺は出る。そして幣原に勝つ!」


 俺は高々と宣言して、一晩実験に明け暮れた。



***



「うぇっ……忘れていた。ここまで馬車で来る必要がある事に……うっぷ……」


 翌日、タルベに着いたが、闘う前から吐き気でグロッキー状態である。


「でも、出場するなら早く選手登録しないと。あそこですよ」


 文が追い討ちをかける様に背中を押して、食べた物を戻してしまった。


「うげぇぇ…………」

「やっぱり出場しない方がいいんじゃ……」


 文は俺の背中をさすりながら、そう促した。


「いや、問題ない。予選についてはある程度勝ちへの見込みがある」

「分かりました。もう止めても無駄ですね。……っとそういえば、隆一さんは能力の名前なんか決めてあるんですか?」


 文が思い出したように訊いてきた。


「名前? それは必要な物なのか?」

「絶対ではないですがあると格好いいじゃないですか!」


 この世界の人間は全員中二病を患っているのだろうか。昨日も松方とかいうのが技名を叫んでいたな。


「じゃあ氷結掌(ひょうけっしょう)なんてどうだ」

「いいじゃないですか、最高にクールですよ、氷だけに!」


 文の駄洒落(だじゃれ)はクールどころかコールドだなんて思ったが、口には出さないでおこう。


 出場登録を済ませると、闘技場トーナメントの概要を説明された。


 内容は文から予め聞いていた通りで、予選、決勝トーナメントに分かれ、予選会場を十六ブロックに分けて同時に闘う。今回は出場者百二十八人を、一ブロック八人の中から一人、決勝トーナメントに進出する選手を選出する。決勝トーナメントに選ばれた十六人の一対一で決着を着ける。

 賞金は四位以内から貰えるらしいが、賞金の受取人が死亡している場合は一位に上乗せされる。つまり賞金目当ての人間は本気で殺しにかかってくるという事だ。だが、受取の代理人がいる場合、このルールは適用されない。俺は代理人に文を指名しておいた。


 俺は難しい事は分からなかったが一つだけ確かな事がある。

 強い奴が勝つ。

 ただそれだけの事だ。




 俺がの番号は百十五番。予選の振り分けは第十五ブロックと最後の一つ前だ。そのため時間に余裕があり、観客席まで行って他の予選を観ることにした。


 第一ブロックには幣原喜平が出場していた。だというのに、観客席はガラリと空いていた。幣原は予選通過をすると高を括っているのだろう。


 予選が始まると共に、他の選手たちが一斉に幣原に向かっていく。幣原に個々では勝てないので一時的な共闘関係が築かれているのか。

 しかし、その作戦も(むな)しく散った。

 幣原は飛びかかる相手をひらりと(かわ)し、同士討ちを誘った。選手たちは互いが互いの攻撃に倒されてしまった。


 第一ブロックは攻撃すらせずに幣原の予選通過が決まった。


「これは、観に来ない訳だ」




 第二から第第八ブロックまでが決まって第九ブロック。

 そこには松方が出場している。闘技場の古参ということもあってか、幣原の時ほどでないにしろ警戒されている。


 全員が固まっている中、ある一人が飛び出した。直後、彼は急に悶絶し始め、「降参、降参だ」と白旗を上げてしまった。

 彼の言葉が(せき)を切り、次々と他の者が戦意喪失し、松方もまた、決勝トーナメントへと駒を進めた。




 既に第十三ブロックまで予選は消化したので、控え室で待機する。


「次の次か……」


 もうすぐ自分の出番が迫る。

 そう考えると急に緊張してきてしまった。キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると、誰かに声をかけられた。


「よお兄ちゃん、闘技場は初めてかい? 肩の力抜きなよ」


 話しかけてきた、ツンツンヘアーの陽気な男が、背中をバンバン叩いてくる。


「ああ、自分の強さも相手の強さも分からないからかなり緊張している。気遣ってくれてありがとう」

「いいってことよ。俺は清浦(きようら)大吾(だいご)。第十六ブロックで予選をやるんだ。兄ちゃんは?」

「黒田隆一だ。この次の次にやる」

「黒田か。分かった。でももし二人とも予選通過したら一回戦で闘う事になるな。そん時はよろしく頼むぜ。じゃあ頑張れよ」


 清浦は俺への応援を言い残し、どこかに去って行った。それと同時に、第十五ブロックの招集がされる。


「早いな。第十四ブロックはもう終わったのか」


 やけに第十三ブロックとの間が短かったのを疑問に思ったが、大して気に留めず、招集場所へ集まった。




 予選相手は七人。緊張のせいか全員が強く感じる。この中には俺の様な新参者は少ないのだから、実際強くても不思議では無いのだが。しかし、既に予選通過の算段はある。


 闘いの合図がされる。同時に俺は地面に手を付いた。


「氷結掌……瞬凍地(しゅんとうち)


 掌から放った氷は地面を(つた)い、他の選手の自由を奪う。


「出力に不安があったが成功するとは」


 氷は見事に全員の足を固め、いきなりの出来事に戸惑っている。俺はそれを一人ずつ順番に倒せばいいだけだ。


「調子に乗るなぁーっ!」


 自分以外の選手を気絶させていると、最後の一人が矢の様な物を放ってきた。


「氷結・盾」


 緊張が解けて気が弛んだのか、一瞬反応に遅れてしまったが、氷の盾を作り、飛んできた矢の様な物を弾き飛ばした。自分でも驚くくらいに冷静に攻撃に対応した後、最後の一人を気絶させ、予選を通過する事ができた。




 控え室に戻ってから数分、全ての予選が終わった。

 予選の時間は一時間にも満たなかった。何故なら、ほとんどの予選が、一人の実力者が他選出を圧倒し、一戦が短時間で決まってしまうケースが多かったからだ。


「おう黒田、予選通過おめでとさん」


 トーナメントの対戦表を見ていると、清浦に声を掛けられた。彼には目立つ傷一つ無い。


「ああ、ありがとう。あんたも予選通過したのか」

「まあな。俺の予言通りになったな。そんじゃ一回戦はよろしく頼むぜ。ま、勝つのは俺だがな」


 ふざけた様にで笑うが、予選を通過した実力は侮れない。むしろその態度が底知れないとさえ感じさせた。


「言ってろ。その高い鼻へし折ってやるよ」


 俺は負けじと強がりを言って、控え室から去った。



***



 昼食を取るために店を探していたら、文を見つけたのでいい料理店を教えてもらい、一緒に食べる事にした。


「すごいですね、隆一さん。予選圧勝じゃないですか」


 文は相変わらずテンションが高い。それほど闘技場の観戦が好きなのだろう。


「実験の成果が出たといったところかな。けど、決勝トーナメントは一筋縄ではいかなそうだ」

「そりゃあそうですよ。なんたって全員が予選通過した実力者なんですから。能力を手に入れたばかりの隆一さんは予選通過ができた事を誇っていいくらいです」


 文がそう言う割りにはあっさりと勝ってしまったが、褒め言葉はありがたく受け取っておこう。


「そろそろかな」


 時計を見て、食事を終わらせ立ち上がる。


「頑張って賞金貰ってきて下さいね」

「ああ、行ってくる」


 文の声援に背中を押され、俺は一回戦へと向かった。



***



「さあ、一回戦第八試合、選手の入場だー!」


 司会の実況とともに俺と清浦はリングに入場する。


「お手柔らかにな」


 清浦が握手を求めたので、握り返し返事をした。


「こちらこそ」


 そして、互いに手を離し位置に付いた。


「番号百十五番、黒田隆一! 巧みな技で予選相手を圧倒した彼は、タルベ闘技場初出場のダークホースだーっ!」


 司会の張り上げる声はリングの中では余計にうるさかった。声が枯れたりしないのか心配になってくる。


「番号百二十八番、清浦大吾! 予選相手を圧倒的な力で()じ伏せたその実力は黒田の技術をもがひれ伏すのかーっ! 一回戦第八試合は力と技のぶつかり合いが期待されるぞ」


 司会の説明に俺は身構える。第十六ブロックの予選は観ていなかったので、その圧倒的な力というのに俺の能力が通用するか不安を感じた。

 一方、自信があるのか能天気なのか清浦は自信に満ち溢れていた。


「両者所定の位置に着きましたね? それでは……始め!」




 合図があり、俺はすぐに地面に手を付いた。


「先手必勝!」


 瞬凍地。地面を介して相手の体の自由を奪う遠距離攻撃。今回は一人相手なので、出力が足りないどころか清浦の(へそ)の高さまで凍らせた。


「こんなんで俺の動きは止められねぇぜ? おらぁっ!」


 清浦が強引に氷を破り、平然と歩いている。


「何だと!?」

「俺の能力はジャガーノート。口で説明するのは難しいが、簡単に言うならば、常人を越えた力を出せる能力だ。行くぜ、オールディストラクション!」


 格好付けて技名を叫ぶが、ただ力に任せて殴りに来ただけだった。


「氷結・盾」


 氷の盾で清浦の攻撃を防いだ――――はずだったが、清浦の拳は氷を砕き、そのまま盾など無かったように俺を吹っ飛ばした。


「くっ……!」

「俺の能力の前には氷の盾など紙同然だ! ……っつっても盾が無かったらお前の骨が粉々になってたかもしれないけどな」


 清浦ハッハッハッと高らかに笑う。


「さあ、フィニッシュと行こうじゃねえか。死なねぇ様に手加減はしてやる」


 清浦 は拳を振り上げる。そして、俺の脳天目掛けて降り下ろした。――――が、清浦の攻撃は当たらなかった。


「勝手に終わらすんじゃねぇよ。まだまだ楽しもうぜ」


 俺は咄嗟(とっさ)に作った氷のレールで清浦の攻撃を逸らしていた。


「何だとっ!?」

「いくら力があったって曲面には正確に力が伝達できないはずだ。しかも、何層にも作られたそれはあんたの力の勢いを殺す」


 実際、これが一つのレールだったら、曲面だろうと強引に壊されていただろう。我ながらよく思いついたものだ。清浦の拳は最後レールで踏みとどまっている。


「ふはははは、目を付けただけあった! やるなあ、黒田」


 清浦は腹を抱えて笑っている。この闘いを心から楽しんでいるのだ。俺もそれには共感するが、敵の隙を見逃すほど甘く無い。


「油断するなよ、まだ終わりじゃねぇぞ」


 氷のレールから伸ばした柱で、清浦の腹を突き、向かい側の壁まで押しやった。

 壁に背中を強打した清浦は痛みに悲鳴を上げる。


「ぐはっ……! く……俺もまだまだ慢心が過ぎる様だな。黒田、お前は俺の奥義で倒してやる。光栄に思えよ。――災害拳撃(ナックルオブディザスター)!」




 清浦は拳を天に掲げた。

 清浦の周りに風が渦巻く。腕、肩、体、足、次々に筋肉がはち切れんばかりに肥大化していき、とてつもなく強い力を感じる。


 俺は、異形(いぎょう)な筋肉の鎧を纏った清浦に恐怖した。


「これはマジでヤバいかもな。だが、俺は逃げない! 俺は強くなる! 弱さから平凡である事に向き合わず、死へと逃げた過去の自分と決別する! 清浦、あんたには負けてもらう」


 不思議だった。意識していなかったが、俺は平凡である事に勝とうとしている。今、それがはっきりと言葉に表れた。

 強い、明確な意志を持って、目の前の巨大な力をまっすぐ見つめる。


「いいぞ、黒田! その目だ。お前が全力で立ち向かってこそ倒し甲斐がある! 行くぞ!」


 清浦が掲げた拳で地面を殴った。その震動でまるで大規模な地震が起きた様に足元が揺れ、直立している事が困難になる。

 俺が体勢を崩している間に、目にも止まらぬ速度で清浦が走ってくる。というよりは、あり得ない跳躍力で一回だけ地面を蹴って飛んできたという方が近い。


 ――――俺はニヤリと笑った。


「かかったな」


 清浦が飛び出すタイミングを見計らって、清浦の鳩尾(みぞおち)の位置に、直径が人の首程の太さの氷の柱を作った。

 清浦は氷の柱に激突する。逃げ場を失った勢いは、当然鳩尾の一点に集中する。その痛みと来たら、筋肉の鎧をもってしても想像を絶する物だろう。


 清浦はあまりの痛みに、悲鳴すら上げずその場に倒れこんだ。




 俺は勝利のサインに拳を掲げ、控え室へと戻っていった。

自分で書いていて思いました。「こんな凡人がいるかっ!?」と。

でも、主人公がやっている事は自分が思いつく作戦ですから、自分も能力を手に入れればあれくらいの応用はできると思います。

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