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26時前  作者: 森崎雪奈
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中編

 猫というのはいいものだ。出来ることなら僕は猫になりたいとつねづね思っている。しかし憧れとは手に届かないところにあるからいいのだという当たり前のことも知っている。「夢は見ている時が一番楽しい」これが僕の考えだ。夢は叶えるものじゃない。僕は夢を見ていたい。

 そんな僕には毎晩、夢のようなことが起きていた。現実にはいるはずのない黒猫がいつの間にか僕の前に現れ、知らないうちに消えているのだ。それどころかそのしなやかな身体、見透かすような目、艶やかな毛並みに僕は恐怖どころか、黒猫の「K」に恋をしていた。自分が何を言っているかわかっている。だけど至って僕は正気だ。最近は夜になるのが楽しみで仕方がない。

 今夜もKは僕のもとへやってきた。Kはもちろん喋らないし、僕もKに話しかけたりはしない。静かな夜にKと過ごすこの時間が僕を何より満たしてくれるものになっている。Kもそう思ってくれているといい。そんなことを思いながらKを撫でるとKは嬉しそうに目を細めてくれた。ああ、幸せだ。こんな時間がずっと続けばいいのに。

 僕には一つ不安があった。Kの気持ちがわからないことだ。Kが僕と同じ気持ちでいてくれているのなら、それはこの上なく幸せなことだ。僕たちは両思いになり、カツオ節と立派な鯛でも並べて結婚式を挙げたいとすら思う。しかし喋ってくれないKは本当は僕といることすら嫌なのかもしれない。それを表現する術を持っていないだけで。

 おそらく地上の生き物ではないKは実は神様の使いで、僕の動向を監視するために来た天使なのかもしれない。いや、それならそれで一向に構わないのだけど。だってそのおかげで僕はKに出会えたのだから。

 猫は気紛れだ。僕はいつKが気変わりして僕から離れていくのかと心配でならない。せめてKの気持ちさえわかればいいのに。Kが僕のもとを去るとき、僕はKの考えていたことを何一つ知れないまま失恋しなければならないのだ。そんなの辛すぎる。絶対に嫌だ。好きな人の気持ちを知りたいという感情は、極めて真っ当な願望だろう。Kは人ではなくて猫だけど。

 Kは猫だが普通の猫ではないことは初めからわかっていた。あの暗闇に溶け込まずに浮かび上がる黒を見たら誰でもそう思うだろう。Kが普通の猫でないことは、僕にとって喜ばしい事実だった。Kという名前は僕の好きな本の登場人物からもらったもので、作中ではKという人物は自殺をし、親友に遺体を発見されることになる。遺書と一緒に。もちろんそのシーンに至るまでに深い物語があり、その時の出来事がその後の主人公の人生に大きく影響を与えることにもなる。ほんの数ページしかない、大事なシーンだ。僕はそのシーンがその本の中でとても印象的だった。Kという名前の由来の一説に「英語のknowやknockなどで発音のされないことから『存在しない』という意味でつけた」というのがある。僕はそれが気に入って、存在するはずがない黒猫にKと名付けてしまった。しかし実際にKがKのように死んだところを僕が発見し、まして肉球の判が押された遺書を見つけたとなれば僕はたちまちおかしくなってしまうだろう。君はKじゃないのに、と。

 本当にKが天使だったなら、きっと死んでしまうことはないだろう。僕は天使と会ったことがあるわけではないが、天使は死なないと信じている。Kが僕の前から居なくならないのならなんだっていい。いや、最悪僕の前で死なないのだったらいい。僕と一緒に居てほしい。独りよがりだが、僕は「Kと愛し合いたい」などと思っていることに気が付いた。たとえKがオスだったとしても関係ない。

 僕はKを愛している。

 僕は初めてKに話しかけた。


 「K、愛してるよ」


 …返事はない。猫は喋れないのだから、当然だ。だが、人の言葉がわかるのだろうか。Kはまた見透かすような目で僕を見上げると、甘い声で「にゃあ」と一鳴きした。

 初めて聞くKの声。これはもしやOKサイン?

 心が歓喜に満ちている。今までにないくらい体中を血がギュンギュンかけめぐっていくような感覚がして、顔や頭が火照っていた。思わずKを抱きしめる。こんなの、数年一緒に居て片手で数える程しかしたことない。今までのはあまりにもやることがなさ過ぎてもふもふして遊んだり、好きになってからはなるべくくっつきたい一心で勇気を出してもふもふしたりしたくらいだ。ああ、両思いでするハグってなんて安心できて幸せなんだろう。

 喜んでいたのも束の間、Kはするりと僕の腕から抜け出し、こちらを一瞥して窓から出ていってしまった。照れたのかもしれない。なんて可愛いんだろうK!!

 僕の勘違いという発想は全くない。あの目、あの甘い声、僕だけに向けたそれは間違いなく「私もよ(ハート)」という意に違いなかった。そうは思うも、頭に不安が過った。明日はまた、来てくれるのだろうか?

 もう来てくれなかったらどうしよう。いきなりあんなことをして驚かせてしまったのかもしれない。いいや、僕らは愛し合っているんだ!僕は自分にそう言い聞かせて眠ることにした。Kは夜にしか会えない。今夜はもう帰ってしまったから、はやく次の夜が来るために早く寝て遅く起きるのだ。Kにまた明日と心の中で呟いて、僕は目を閉じた。



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