正しい平和の壊し方 ~Just a Breaker or Crazy Brave?~
愛着が湧いて来たので、二人の勇者様に名前が付きました。
名付け親?
...勿論、私、江角です。
ある日の昼、勇者様のお二人は図書館で鉢合わせました。
「ちょっと、話をしないか?」
「激しく同意。勇者様のお誘いとあらば」
彼は世界に平和をもたらした時と同じように、答えました。
「カイル。…お前、その台詞好きだな…」
「激しく同意」
二人は笑いました。
司書に睨まれるまでは。
静けさ溢れる図書館では、騒ぐことはおろか、大事な話も出来ません。
二人は外に出ました。
「…で?どうかしたのか」
激しく同意、以外の台詞で彼は問います。
そうでないと、会話は成立しませんから。
「いや…平和になって、良かったな、と」
勇者様は、勇者様ならぬ口調でほのぼのと言いました。
「争ってたら、今頃魔王退治だよ」
「そうだな。良かったと思うよ、俺も」
もう一人の勇者様も答えます。
「それなら、俺は今頃殺人鬼かもな」
「そっちの魔王も酷いな。"人間共を殺せ"だっけ?」
「あぁ。でも…平和になって、良かった」
先程カイルと呼ばれた勇者様は、笑顔で答えます。
「激しく同意」勇者様は相手の台詞を奪い、
「それは俺の台詞だ」もう一人の勇者様は、相手を窘めました。
一息ついて、勇者様はぽつりと呟きます。
「でも…犯罪は減らないな。俺が魔王を倒さなかったせいではないけど」
「そうだなぁ。こればっかりは、仕方ない。住民も魔物も、心に悪を持った者同士だから」
彼等は苦笑いをします。
「その通り、だな」
「…そう言えば、この前殴り合いがあったって聞いたな。平和になったはずなのに、まだまだ物騒な時代だ」
「こんな世界を、俺達は必死で守ってたんだな」
「こうなることを、俺達は本気で望んでいたのかな…?」
「だからこそ、心の悪は憎むべきなんだ」
不意に、彼は言いました。
「どうしたんだよ?急に」
カイルには、訳が分かりません。
彼が、ムキになる訳が。
そして、勇者様は続けます。
少しずつ、カイルを外に誘ってまで話したかった本題に、会話を近付けて行こうとします。
「この前、魔物の女と結婚するって、言ったろ」
「言われたね」
「その女、人間からも好かれてるって、言ったろ」
「言われたね」
「それで、決着付ける、って言ったろ」
「…言われたね」
何だか、嫌な予感がしました。
「その…殴り合いって、多分、俺達のことだ」
「……」
何も、言い返せませんでした。
"激しく同意"と言う、彼独特の口癖すらも出ませんでした。
僅かな沈黙が、二人の間を流れ。
意を決したように、彼は口を開きました。
「実はな…俺、」
返答に詰まります。
一体、どうしたのでしょうか?
「…俺、勇者を首になっちゃって」
「…え?」
彼は驚きを、口にしました。
「"魔王も殺せず、挙げ句に魔物の女を人間と奪い合う勇者なんて、勇者じゃない"ってさ。王に、首にされたよ」
「お前…」
「馬鹿だろ?笑ってくれよ」
勇者様は、疲れ切った微笑みで言いました。
「だから、俺のことは…もう、"勇者様"じゃなくて"ザイル"って呼んでくれよ」
「──嫌だよ、ややこしい。お前は"勇者様"で、俺は"カイル"だ」
「ややこしいって…一文字、違うじゃないか」
「それには、激しく同意」
久々に、彼の口癖が出ました。
「あーぁ、勇者を首になるなんて…これじゃニートだよ」
「それなら、俺だって。魔王の手によって、無理矢理"勇者"の地位に立たされて人間排除をさせられそうになった、ハリボテ勇者さ」
「大体さ…魔物って、どうして出来たんだろ」
ザイルと言う、勇者様を首になった男は言い、
「心を邪悪に染めた人間が、禁術に手を伸ばした反作用で」
カイルと言う、勇者様もどきの男も言いました。
「…それはお伽話だろ」
「同時に、史実でもある」
「──世の中に不思議なものは多い。しかし、不思議がっている人間の方がもっと不思議だ…」
「そうだな。人間自体が、魔物に最も近しいと言うのに。世界って、まだまだ不可思議なことだらけだよ」
そう言って、カイルは太陽に手を翳す。
手の平が、赤黒く妖しく光る──。
「お前、まさか…」
ザイルは驚いて、彼を見ます。
「俺は…魔物と人間の混血だよ。血の色が、赤と黒の中間だろ」
カイルは翳した手を、彼に見せます。
「魔物だった俺の母さんは昔、人間の男に犯されたんだ。そいつが、俺の父親に当たる人だ。…これじゃ、どっちが魔物で人間だか、分かりゃしない」
彼は言い終えてから、唖然としているザイルに向かって何か取り繕うとしました。
あまりにも、彼が何も言えずに固まってしまったから。
「な、なーんてな。冗談だよ」
顔は笑っていましたが、その瞳は笑ってなどいませんでした。
本当なのだと、訴えていました。
「俺は、さ」ザイルは言葉を紡ぎ始めました。
「勇者を首にされてから、ずっと考えてたんだ」
「…何を?」
カイルが問います。
彼は、意を決して答えました。
「こんな腐り切った世界、滅べば良いとすら思えるんだ」
「世界を、滅ぼす?」
カイルは思わず、聞き返します。
「あぁ。──この世界に生きるもの全てが、死ねば良いと思ってる」
何も、言わない。
何も、言えない。
それなのに、心の奥底で
"激しく同意"
と叫ぶ、カイル自身の声が聞こえた──気がしました。
...話自体が転んだ訳ではありません。
あくまで、起承"転"結の"転"であり、急"転"直下の"転"です。
...受験生が転んだ転んだ言うなんて...。
同い年の方々、すみません。