VS野球部
早朝、俺は学校にいた。
「……」
「さあ行くぞおおお!」
「……」
「声だしていこおおぜええええ!」
「……」
「うおおおおおおお!」
隣には馬鹿。朝からテンションが異様に高い。
事の次第は一時間ほど前、突如馬鹿から電話がかかってきたのである。
番号は先日教えたものであった。いくら貧乏とはいっても、バイトの連絡等、さすがに携帯電話は死守していたので、一応教えておいたのだ。
まさか昨日の今日でかかってくるとは思わなかったが。
電話の内容は馬鹿らしい実に馬鹿な、それゆえに的を射た内容であった。
「放課後は無理なんだよな?じゃあ朝いこう!」
「……」
なんだそりゃとは思うものの、実際間違ったことを言っていない為、反論も思いつかずになし崩しで連れてこられてしまった。
「それで、なにするんだ?」
無駄に張り切っている馬鹿にたずねる。
「ん?決まってるだろ!野球部と勝負だっ」
「……は?」
こいつ馬鹿か?……ああ、そういや馬鹿だった。
「野球は九人でやるものだぞ?ひとつ勉強になったな」
馬鹿の肩を叩いてその場を発とうとするが、馬鹿の叫びに呼び止められてしまう。
「そのくらい知ってるわ!つか、帰ろうとするなよっ!?」
「……。じゃあどうやって勝負するんだよ?数、数えられるか?俺たち二人だぞ?」
「だから、俺がピッチャー、お前キャッチャー。それで全員三振にとったら勝ちで」
馬鹿はそう言って右手を前に出してその親指を立ててきた。
「……ナルシスト?」
「なんで!?」
「仮にも野球部全員三振とか不可能だろ。ってかまずそんな勝負受けてくれないだろ普通」
「ふっふっふ。俺に任せとけ!勝負を受けさせる手はある!」
どうやら前半部分は聞き流したらしい。そんなことよりも今は勝負を受けさせる手というほうが気になった。
「なんだよそれ?」
「まあ見てな」
そう言うと、馬鹿は野球部が練習しているグラウンドへズカズカと入っていった。仕方がないので俺も馬鹿についていく。
野球部の監督だろうか?ベンチに座っている四十代前半程に見えるおっさんの前まで行くと馬鹿は止まり、言った。
「勝負しようぜ!」
「はぁ?」
「アホかっ!」
思わず馬鹿の頭を引っぱたいて、そのまま髪の毛を引っ張り、おっさんから少し離れて話す。
「何か手があるんじゃないのかよ!?馬鹿正直に言ってどうするんだ!?」
「いって、いって、いてえ。ちょ、とりあえず髪離してぇ!」
要望どおりにとりあえず髪の毛を離す。
「いってぇ~。ったく、ちょっと黙って見てろって。少しは信用しろよ」
……信用できねえ。心のそこからそう思った。おそらく、間違いなく表情にも露骨に出ていただろうが馬鹿男は当然無視。しかたがないので、再び二人で監督の下へ行く。
「なんだ?話はまとまったのか?」
「はい!俺たちと勝負してくださいっ!」
「断る」
光速で一刀両断されてしまった。まあ当然である。
「負けるのが怖いんですか?」
しかし、馬鹿は諦めず、なんともありきたりな挑発をした。
「ああ、怖い怖い。だから消えろ、馬鹿二人」
呆れ返っているのか、おっさんは棒読みで答えた。もはやこちらを見てすらいない。
「へー。じゃあ何か賭けましょうか?」
「あ?賭け?」
一応教育者であるからか、「賭け」という言葉に反応しておっさんがこちらを向く。
「ええ、………」
「!」
馬鹿がおっさんに何かを耳打ちすると、見る見るおっさんの表情が変わっていく。驚いているというか、非常にあせっている感じ。漫画のように言うなら、顔が真っ青になっている状態といったところか。馬鹿はこのおっさんの弱みでも握っていたのだろうか?
「よ、よよよ、よおし。やややや、や、やってやろうじゃないかぁ!」
挙動不審すぎて思わず噴出しそうに鳴るのを堪える。一体なに言われたのだろうかこの人。
「よっしゃ!」
「なあ?何言ったんだ?」
声をあげて喜ぶ馬鹿にこっそり尋ねる。
「ん、ああ、企業秘密」
馬鹿は笑いながらそう答えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヒュー、バシッ!
「ストライク!」
ヒュー、バシッ!
「ストライク!」
ヒュー、バシッ!
「ストライク!バッターアウト!」
「余裕~♪」
鼻歌交じりに馬鹿が言う。馬鹿はただの自信過剰なだけはなく、確かにそれなりの実力があった。現在八連続三振。あと一人で俺たちの勝ちである。
「楽勝~♪」
「油断してるとあっという間にやられるぞ」
「大丈夫大丈夫~」
まあ実際大丈夫だろう。所詮地区大会一回戦すら危ういような弱小野球部。運動神経だけで考えれば相当にいいと思われる馬鹿の玉なら十分に押さえられるだろう。
「……」
キャプテン、なのだろうか?今までの奴らとは雰囲気が大分違っていた。なんていうか、目が据わっている。今までの奴らは遊び感覚が強く、ふざけた感じだったのだが、こいつはなぜか恐ろしい威圧感を放っていた。
「いくぜえええ!」
叫びながら馬鹿が投げる……。
カキーンッ!
おお、ジャストミート。ナイスバッティングだ。ボールはぐんぐんと伸びて意気、軽々と策を超え……て、あれ?今、ガシャンて聞こえたか?俺だけか?
飛んでいった方向を良く見ると、思いっきり校舎の方だった。
「……」
「……」
「「「……」」」
全員で無言が続く。次の瞬間。
「誰だばかやろおおおおおおおおおおおおお!」
マイクを使ったかのような、男の声が轟音のごとく響き渡った。