俺の高校生活(2)
翌日、授業中。ふと隣を見ると、馬鹿男がいた。
何故かと言えば、この馬鹿男、最初から隣の席だったらしい。
「すー、ぐー、がー」
さすがは馬鹿、先生の視線も気にせずに爆睡中である。
「……」
なんとなく、消しゴムのカスを顔に投げる。
「ん、んー」
「……」
そしてなんとなく、何故かもっていたクリップで顔を挟む。
「にゅー、ぬぁー」
「……」
さらになんとなく、耳の穴にシャープペンの芯を突っ込……
「ぬがぁ!いい加減にしろぉっ!何だ、一体!?」
完遂する前に馬鹿男が目覚めてしまう。
「おいっ!そこっ!一体なんだ!?」
叫んで立ち上がった馬鹿に対して、堪忍袋の緒が切れたのか、先生が怒鳴った。
「あ、いや、ちがっ」
「気持ちよさそうに寝ていたと思ったら今度は叫んで授業妨害かぁ?そんなに俺の授業がつまらないなら廊下にでもってやがれ!」
「ちょ、なんすかその昔の漫画みたいな罰は!?」
「あぁ?一度やってみたかったんだよ、俺も」
「そんな理由!?」
「仕方ねぇなぁ。じゃあ選択肢をやろう。放課後五時間の更正プログラムを受けるのとこの授業中バケツ持って廊下で立ってるのと、どっちがいい?」
「何?!更正プログラムって何?!後、さりげなくバケツ追加してるしっ!」
「うるせぇ、選択肢は与えてやったんだからとっとと選べやとろまぁ!」
「あんた教師じゃねえだろ絶対!?」
再び馬鹿が返すが、先生の方は自分は言うことは言ったというように馬鹿の返事を待って黙っていた。
「……。廊下たってますよお」
「うし、いって来い。バケツは廊下の掃除用具入れの中にあるぞ。水道は廊下の手前な」
「さすがに水道の場所ぐらい把握してるわ!」
「じゃあとっとといけ」
しっしっと、先生は厄介払いをするように手を動かしながら馬鹿を教室から追い出した。
馬鹿の意見に賛同するのはあれだが、この人本当に教師かと疑問に思ってしまう。
「ひでえ目にあった」
「自業自得だ」
「お前のせいだろ!?」
「唾飛ばすなよ、訴えるぞ?」
「どんだけ気い短かいんだお前!?」
授業が終わって戻ってきた馬鹿をからかっておく。
周りの人間はそんな俺たちを奇異なものを見るように見ていた。無理もないだろう。
今まで、人が関わってきても一蹴していた俺が、親しそうにこの馬鹿と話しているのだから、驚いて当然である。
「つーかお前キャラ変わりすぎじゃないか……?」
馬鹿が疲れたように呟く。
「そんなことねぇよ。大体、今までろくにはしたこともなかったのに、勝手なこと言うな」
「いやだって、こうもっと落ち着いているというか、真面目というか、そういうイメージが…」
「勝手なイメージで人を決め付けるほうが悪いだろ」
「そうかなぁー」
馬鹿が首を傾げる。
「はぁ、とにかくいまどき廊下でバケツはないよなぁ」
「確かに笑えるけど、実際そんなに大変でもなくないか?」
「バケツ持って立ってること自体はな。ただ、授業終了真近に体育とかから戻ってくる奴らの視線がマジでつらい」
「今更そんなの気にするなよ」
「今更ってなんだ?」
「お前の馬鹿さ加減は学校どころか地域の全員が知っていそうじゃないか」
「さすがにねーよっ!」
誰とも関わらず、ただ過ごしていく筈だった俺の高校生活は、馬鹿という要素が加わって一転した。
少なくとも、こいつとじゃれるのは楽しい。
バイトを止めることは出来ないし、勉強をサボる気もないが、学校にいる間ぐらい、この馬鹿と楽しもう。そう思うようになっていた。
たった一日で考えが変わってしまうあたり、俺の決意というのは軽いものだったのだろう。それ以上に楽しい高校生活への憧れが異常に強かったのかもしれないが。
放課後、いつもどおり早々に席を立ち、バイトに向かおうとする。
「なあ、部活倒しに行こうぜ!」
「……」
教室からでようとする俺に、昨日と同じようなことをいってきた馬鹿に対して、無言で悲しいものを見る目を向ける。
「なにその目!?いや、いいじゃん、やろうよ!」
「お前は昨日の俺の言葉を覚えてないのか?」
「昨日?えーと……」
「……」
「えと………」
「……」
「えー………」
さて、帰るかと歩き出したところで馬鹿が声を出す。ッチ。
「そうだ!あれだ。“俺、お前の名前知らない“だろ?」
「確かにいったけど今それ思い出して何になるんだよ!?」
「いや、俺が聞きたい。なんで?」
「俺が知るかっ!俺の言ってるのはもっと別の言葉だっ!何故そんな言葉を今出す!」
「いや、だって一番印象に残ってたんだよ。さすがに隣の席で名前なに?はショックでかいぞ?」
「思い出すのにあれだけ時間がかかってる時点でたいしたショックじゃねぇよ!」
「あはははっははは! あれ?それでなんだっけ?」
やり取りの中で馬鹿は馬鹿であるために最初の目的を忘れてくれたようなのでここぞとばかりに俺は帰ろうとする。
「……、俺帰る」
「ん、ああ。……あ?じゃねえよ!部活倒しいいい!」
ッチ。思い出しやがったか。
「うるせえ!耳元で怒鳴るな!」
「いこうぜ」
「むりだっつーの」
「なんで?」
「バイトだ馬鹿!」
「バイト?また?」
「だから毎日やってるんだよ!」
「そうなん?」
「そうなの」
「なんで?」
「生きるため」
「そっかー。じゃあ休もう」
「とりあえず君は人の話を聞くということを覚えようか?!」
「気にするな!」
「出来ることなら気にしたくねえよ!」
五分程を無駄にしてから馬鹿を振り切ってバイトに向かう。
「……はぁ」
道中でため息をつく。
正直な気持ち、放課後もあの馬鹿との馬鹿騒ぎに付き合いたいと言う思いは強かった。
きっと、あんな馬鹿、早々いるものじゃない。部活を倒して回ろうなんて漫画みたいなことを現実で考える奴も、体験できる奴も、なかなかいないだろう。
それは、漫画のような楽しい高校生活に憧れを持つ俺には、本当に魅力的な提案だった。
しかし、それでもバイトを休むわけにはいかない。
生きることと、夢、どちらか一つを取るなら答えは一つしかないのだ。
仕方がない。俺はそう割り切った。