勧誘
「よし、俺を屋上につれていけぇっ!」
右手を前に出し、ビシッっと親指を上に立てて、馬鹿が言う。
「は?」
「いや、例にの二人に会いに行こうぜ、部活に誘いにさ」
「それはまだわかるんだが、何故音梨がいる?」
「私もつれていけぇー」
音梨は馬鹿の隣に立って馬鹿の真似をしていた。当然俺の答えは決まっている。
「断る」
「ガーン! ひどいですっ! あんまりですっ! 綾野さんの馬鹿! アホ! 意気地なし! 弱虫! 根性無し! 甲斐性なし!」
音梨はショックを受けて嘆いたと思いきや、そこから流れるように続けてひたすら俺の悪口を言ってきやがった。
「お前はまず、俺に弁当返せ」
「だから弁当ってなんですかぁっ~!」
音梨はやはりあの時チョウチョしか目に入っていなかったのだろう。俺の弁当をぐしゃぐしゃにしたことを全く自覚していないらしい。それがなんとなくむかついた。
「弁当は弁当だ。弁当がわからないとかお前は馬鹿よりも馬鹿だな。いや、それ、お前は本当に人間なのか?」
「人間ですよっ! あとこの人と比べないでください、人間かどうか疑われることの百倍は心外ですよっ!」
「俺のほうが心外だよっ! つーか惣一、お前さりげなく俺のことも貶してるよなあ!?」
「おう、思いっきり貶したつもりだったが。そうか、さりげなく、か……。次はもっと貶すとしようか」
「やめてくださいっ!」
「そんなことより、お弁当ってなんですかぁっ~?」
「お前お弁当もわからないのか? 病院にいったほうがいいぞ? ついでに馬鹿もな」
「もういいですよっ!」
からかいすぎたか、音梨が拗ねてしまった。
「もういいですよっ!」
「きもい黙れ」
それを見た馬鹿がまねて言ったので、正直な感想を述べておく。
「お前本当に俺への態度がどんどん冷たくなってねぇ!?」
「どっちかというと、お前がどんどん気持ち悪くなってるんだと思うぞ。それより屋上行くんだろ? 時間なくなるぞ?」
「お前のせいだよな!?」
「! 連れてってくれるんですか!?」
「つかそもそも、屋上行くだけなら俺の案内なんていらなくねぇか?」
当然の疑問を投げかける。こいつらだって曲がりなりにもこの学園の生徒、屋上は本来立ち入り禁止とはいえ、行き方ぐらい普通わかるだろう。が、こいつらは全く聞いていない。
「……」
音梨のぱっと晴れ上がった嬉しそうな笑顔を見た瞬間、……なんとなく俺は一気に走りだした。
「「へ?」」
馬鹿と音梨は呆気にとられて一瞬硬直する。
「あ、ああああーーっ!」
「おいっ! まてよ惣一っ!」
そして弾かれた様に二人も走り出した。それを確認した俺は角を曲がると直ぐに空き教室に隠れる。息を殺して二人が通りすぎるのを待った。
『どこいったああああ!』
『逃がしませんよぉっ!』
二人の声はあっという間に通り過ぎ、遠ざかっていった。……やっぱり似た物同士どちらも馬鹿だ。屋上という目的地がわかっているんだからそこに行けばいいというのに。
二人がどこかへ去ったのを確認し、弁当を持って屋上へ向かった。