エンカウント(4)
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
真面目な態度で、なおかつ営業スマイルを欠かさずにお客様に尋ねる。なんだか久しぶりのバイトである。此処最近、というか二日に渡ってバイトサボってたからなぁ。
「こちらになります」
慣れたもので、考え事をしながらもしっかりと仕事をこなす。もちろん営業スマイルを忘れずに。たとえ相手が漫画から飛び出してきたようなリーゼント頭の不良だろうと。なおかつうちの学校の制服を着ていようと動揺なんて微塵も出さずに対応しきってやった。
……。
「なんだあれ!?」
「!? え? 何? 綾野君、大丈夫?」
「あ、いや、すいません。大丈夫です」
「病み上がりなんだし、無理はしないでね? 倒れられたりしたら、僕が凄く面倒だから」
「はい、余裕です。ご心配おかけしました」
昨日とおとといの休みの言い訳に仮病を使っていたので、店長が俺の体調を心配してくれる。
「別に君自身の心配なんて一厘もしてないから大丈夫だよ」
訂正。自分の立場を危惧していただけらしい。
「0.1%未満とか、さすがにひどいですよ? 一応長い付き合いなんですからもう少しぐらい気遣ってくれてもバチはあたらないと思います」
「それで僕に何かしらの利益があるというなら喜んで君の事を気遣い、敬い、褒め称えるよ」
「利益はありませんが、店員にあんまり冷たい扱いしてると、みんなストレスで此処やめていきますよ?」
「大丈夫。ぶっちゃけ君一人いれば足りるから。そして君はこんなストレスで止めたり倒れるほど柔じゃないし。じゃあ、倒れる直前まではがんばって働いてね、店と僕の運命は君にかかってるんだから。ちなみにこれは冗談抜きだよ~」
「俺の責任異様に重いですねぇ!?」
店長……。悪い人じゃないんだが。色々おかしな人ではある。きっと会長も気に入るんじゃないだろうか。学生って年齢はとっくの昔に通り過ぎているから関係ないが。
「ってかそれよりも……」
先ほど案内した席をこっそりと覗いてみる。……うちの高校の制服を着た、一昔前の世界からタイムスリップでもしてきたような見事なリーゼント頭の男が一人、座っている。
『この学校には本当に面白い輩というのがいなくてな。どいつもこいつも真面目なんだよ。』
会長の言葉が頭をよぎる。……絶対嘘だろ、おい。
「ご注文をどうぞ」
しかし、あくまで今は仕事中である。俺は何事も無かったかのように振舞い、他のお客様と同じように、リ男(リーゼント男の略)に接客する。
「……一つと……で」
「はい? 申し訳ございません。もう一度よろしいでしょうか?」
が、男の声は異様に小さく、聞き取ることが出来なかったので再び注文をたずねる。
「ナ……ンと……ジュース」
「はい? もう一度お願いします」
「ナポリ……とオ……ジュース」
「はい? もう一度……」
「……タンと……ジ……」
「はい? もう一度……」
「ナポリ……とオレンジ……」
「はい?」
『ナポリタンとオレンジジュース!』
ゴオオオ
地震が起きたかのように店が揺れたように感じた。
いつぞやの不良教師の叫びよりも遥かに大きな声が店内中、いや、恐らく町中に響き渡ったのではないだろうか。とにかくアレだ。よく鼓膜が破れなかったと思う。
「か、かかかかカシコマリマシタ」
「……」
何とかそれだけ言うと、厨房の方へ戻る。俯いてしまっていたのでよくわからなかったが、叫んだあとのリ男の顔は軽く赤く染まっていたように見えた。気のせいだろうか? あの容姿であの声で、大声を出したことを恥ずかしがっている……ありえないな。
「えー、あと、ああ。ナポリタンとオレンジジュース一つ追加です」
「あれだけでかい声ならさすがにきこえてるよ」
厨房の人が笑いながら答える。そりゃ、そうだよな。と、後ろから声をかけられた。
「大分ふらついてるねー」
「店長?」
「……あれ君と同じく高校だよね? 知り合い? とりあえず迷惑っていうかうざいから殺す……は厳しいから追い出してきていい? っていうか行ってきてよ」
「確かに同じ高校ですが知り合いじゃないので無理です。っていうか一応客ですよ客? 何物騒なこと言ってるんですか貴方」
「公共の場であんな大声出すやからを客だと僕は認めない。おかげでゲームのデータ間違って上書きしちゃったじゃないかっ!」
「仕事中ゲームなんてしてるあんたが悪いっ! 仮にもあんた店長だろうがっ!」
「店長だからそういう自由な行動ができるのさっ! ってことで、ほら、お友達を作るチャンスだよ。注文持って行くついでにさりげなくもう大声ださないように注意しといてね。出来ることなら店から追い出したらなおグッドだよ」
「え、ちょ、まじっすか!?」
「いってらっしゃ~い」
店長に背中を押され、ナポリタンとオレンジジュースを持って、泣く泣くリ男の下へと歩きだす。
「おまたせいたしました。ナポリタンとオレンジジュースになります」
「……」
見間違いなんてものじゃない。間違いなく思いっきり堂々と睨まれた。
「綾野くん! いけっ」
店長が普通にこちらに聞こえる声でそんなことを言ってくる。間違いなくリ男にも聞こえているだろう。どんどん言いにくくなるのですが……。
「綾野……?」
リ男が何か、恐らく俺の名前を呟きなにやら思案する。そして
「……して……、うち……校の奴か?」
「はい? なんですか?」
なにやらリ男がこちらに尋ねてきたが、注文の時と同じように声が小さくて聞き取れない。
「あんた、……高……か?」
「はい?」
『あんたうちの高校かって聞いてるんだ!』
再び先ほどと同じ轟音が響いた。俺はまたもふらつきながら、どうにか答える。
「……そうで……ス。とり、あえず、大変もうし、訳……ないですが、他のお客様に迷惑なので、その大声はおやめくださると非常に助かります」
段々と意識が正常に戻り、最終的には普通に喋ることが出来た。
「あ、ああ。悪い」
「わかってもらえたならいいです。ありがとうございます。と、確かに俺は貴方と同じ高校の綾野ですけど何か?」
「ああ、……色々……聞い……たからな」
「え?」
「……噂を……があったからな」
「へ?」
『い「ストップっ」」
また大声を出そうとしたリ男の口をぎりぎりのタイミングで塞ぐ。これ以上、まるで某アニメのガキ大将の十八番の歌のような声を出させるわけにはいかない。もはやこれは兵器である。客の迷惑とか店の評判とか以前に、このままでは俺がぶっ倒れてしまう。
「話があるなら、後で外で、周りが静かなところで聞くから店出るときに声を掛けてくれ」
「……あ、ああ」
リ男がうなずき、相変わらず小さな声で答えた。こんな小さな声を、人が少ないとはいえ、それなりに騒がしい店の中で聞き取ろうなどという考えがまず無謀なのだ。
リ男とのやり取りが終わり、厨房の方へと再び戻ると店長が床に倒れこんでいた。
「なにやってるんですか店長?」
「も、もろに攻撃を受けたよ……。僕はもうだめだ、今の超音波で多分鼓膜が逝ってる」
「俺の声聞こえてる時点で大丈夫ですから仕事しましょうか」
「いや、これ読唇術だから」
「ずっと床に這い蹲って人の顔すら見てないですよね、あなた?」
「じゃあ読心術だから」
「いいからとっとと仕事しろっ!」
「ちぇっ」
舌打ちすると店長は何事も無かったかのように立ち上がって去っていった。
「あーそうそう、話は聞いてたから。綾野君、今日はもうあがっていいよ~。精々あの人間兵器のお相手がんばってね~」
「……」
いい人なんだよ。一応。