エンカウント(2)
弁当を失った俺は、かといって購買で何かを買う金も無く、教室に戻る気にもなれなかったのでそのまま目的も無く、再び辺りをぶらついていた。
「……ただ歩くのもなあ」
今まで校内の探索など碌にしていなかったから、多少は新しい発見なんかもあるものの、所詮一般的な高校の敷地内である。たいしたものがあるわけでも、それほどまでに広いわけでもない。先ほどぶらついていた事もあり、どうにもただ歩くことに飽きてしまっていた。
「ん? 人、か?」
校内に戻ろうと思ってふと校舎を見上げた時に、校舎の屋上に人影が見えた気がした。
しかし、屋上は立ち入り禁止のはずである。気のせいだろうか? ふと、昨日の夜の校舎を思い出す。ブルッ
「……いや、まさか、な。昼間だし」
悪寒は消えないものの、やはり気になる。
「どうせ暇だし、行ってみるかな」
物は試しと、俺は校内に戻ると、屋上を目指して階段を上り始めた。
階段を上りきるとそこには狭いスペースがあり、物置のようになっていた。使われていない机や椅子など、備品と思われるものが無造作に放置されている。何気に危なくないだろうか?
その奥に、机と椅子に埋もれるようにして屋上へと続くと思われる扉があった。しかし
「……空いてないな。やっぱり気のせいか?」
扉は空いていなかった。
「幽霊……な訳はないよなぁ?」
扉以外に屋上に出られそうなところがないか、辺りを見回す。
「窓か……」
無造作に置かれた、掃除用具要れと思われる縦長のロッカーの陰に隠れるように、一つの窓があった。手を伸ばして、空けようとしてみる。
「空いたし!」
窓は何の抵抗も無く、するりと開いた。なんとか人一人通れそうな大きさである。いってみるかな。興味本位から、その窓をくぐった。
「っと」
窓から出ると、そこは丁度、屋上の扉がついている建物というか出っ張りというか、そんななものの裏の狭いスペースだった。目の前にフェンスがあり、下の光景が伺える。なかなかに気持ちのいい光景だった。
「ん~」
そのすがすがしい光景に、思いっきり伸びをする。あー、これで飯があったらなあ……。
「やっぱり屋上はいいわね~」
「そうね~」
「!」
屋上の扉のついた建物の裏から二人の女子と思われる声が聞こえた。裏、というか表か、本来こっちが裏だろうし。
「昼が一番いいわ~」
「女子二人で寂しく食事が一番というのも女子高生としてどうかと思うけどね~」
「友達同士で食事だって高校生活として重要なものなのよっ!」
「そうやって自分に言い訳する京さんなのでした~」
「うっさいわよ、美華っ!」
笑いながら楽しそうに話しているようだ。おそらく、先ほどの人影は彼女たちなのだろう。
「はぁ……」
情けないことに、非常に安心した自分がいた。予想以上に昨日の怪談がトラウマになっていたらしい。謎も解決したことだし、わざわざ彼女らに話しかける理由も無いので、校舎内に戻ろう窓に足を掛けた。ガタッ。予想以上に大きな音が鳴る。
「!」
「誰!?」
その音に二人が気付いたらしく、鋭い声が飛んできた。特にやましいことをしたわけではないのだが、なんとなく危険な予感がしたのでその場を逃げようと焦って窓をくぐろうとする。それが不味かった。
「げっ!」
焦ったおかげで足を滑らせて見事に窓からすべり落ちてしまう。校舎内ではなく、屋上側に。
ヒュッ。落ちた直後、ちょうど先ほどまで自分がいた窓の辺りを、何かが通り過ぎた。見間違え出なければ拳大の石だったように思う。いや、さすがにみまちがえだろう。
ボチャンッ! 校舎の下の方から、何かが水に飛び込んだ音が聞こえた。下を見てみると、先ほどの物体が池に飛び込んだのだろう、辺りに盛大に水が飛び散っている。水の飛び散った跡を見る限り、相当の質量のものが池に飛び込んだのだろう。……下手すりゃ俺しんでたんじゃねえか? その考えに到って、体が震える。
「誰!?」
二人の女子生徒が、こちら側に回りこんできてた。俺は二人と対面する。どちらも、髪の長い女子だった。会長といい、先ほどの茶髪少女といい、この学校は女子のレベルが高いのか、二人とも美人である。騒がしい方は赤みがかった髪で、きつそうな目をしているのが特徴的だった。一方、もう一人の方は、栗色の髪におっとりとした顔つき、いいとこ育ちのお嬢様といったようである。
「別に怪しいものじゃねえよ。此処の生徒だ」
「そんなことわかってるわよっ! それより此処で何してるの? 正直に答えなさい。殺されたくなかったら」
「言うのが遅いよな!? さっきお前普通に殺す気で攻撃しかけただろ!? なんだよあの石は! むしろ岩はっ!」
「っち。そういえば外れたのね、あれ」
「怖ぇよ! その舌打ち本気で怖ぇよ!」
「ちょっと落ち着こう、京? こういうのは暴力で脅すより弱みか何かを握って脅した方が早いわ。というか、下手に刺激すると、こっちも不味いしね」
「そうね。とりあえずアンタ。殺されたくなかったら此処に私たちがいたことを誰にも喋らないこと。いいわね? 破ったら殺すわよ?」
カシャッ。突如音がする。いつの間にやら栗色の髪の女子のほうが手に携帯をもって写真を取っていた。
「!?」
「これで貴方も共犯扱いですね~。駄目だよ、京。暴力で脅すだけじゃ、向こうにこうやって写真なんかで脅されたらどうしようもなくなるからね。気をつけないと」
「さすが美華。抜かりないわね。ってことでいい? 言ったらシバくわよ?」
「お願いしますね~」
京と呼ばれる少女(赤の髪のほう)は拳を前に出して言い、美華と呼ばれる少女(栗色の髪のほう)はたった今撮った俺が屋上に居る写真をこちらに見せながら言った。
「いちいちそんなこと言わねぇよ、馬鹿らしい」
二人の行動にあきれ返った俺は、ため息混じりに言う。それを聞いた彼女達は満足そうに言った。
「うん。それでいいのよ。って、あんた、もしかして綾野!?」
「……綾野君?」
突然二人に名前を呼ばれる。同じクラスではなかったと思うが……。
「……なんだ? 俺のこと知ってるのか?」
「は? あんた自分がどれだけ有名かわかってないの!?」
「有名ですよぉ。黒板とか、自己紹介とか」
「あー」
また黒板か。そういえば会長もあれで、俺の名前を知っていたな。どうやら学校中ですでに俺は有名人となっているらしい。それはともかくとして、
「自己紹介?」
「自己紹介で人に関わるな、なんていう奴が噂にならないわけが無いじゃない」
「私なんか、狙ってやったのかと思いましたよー」
「……」
確かに面白がって話しかけてくる奴は沢山いたなと思いだす。俺の変わらぬ態度に、すぐに全員消えていったが。
「その上、本当に素っ気無い態度しかとらないしね」
「そうですねー」
「……。あんたら、同じ学年か?」
「ん? そうよ。私は芦兎、京。D組よ」
「私は玖冬、秘美華といいます。私も京とおなじD組ですよ~」
「へえ」
D組か。いや、正直全然知らないが。自分のクラス(A組)すらろくに知らないというのに、他クラスなんて知るわけがない。
「それより、あんた。一体此処で何してるの?」
「ん? ああ、下からあんたらの姿が見えたんだよ。性格に言うと、人影が見えただけどな。それで気になってきてみたんだ。バレたくないなら気をつけたほうがいいぞ」
「あらあら~。だからあんまりフェンスに近づいたら不味いって言ったじゃない?」
「なんだかんだ言いつつ、美華だって普通に一緒に来てたでしょうが!」
「それは京が無理やり……。京ったら大胆に……ッポ」
「突然意味も無く顔を赤らめるのは止めてっ! 私はそんな気ないからっ!」
「そ、そんな。私と二人きりが一番って言ったじゃないっ。あれは嘘だったのね……!」
「嘘じゃないけど意味合いが違うわよっ!」
善意から助言というか注意をしたつもりだったのだが、そこから突然二人のコントが始まってしまった。……なんだかなぁ。それにしても
「く、くく、っはははは!」
二人の会話はなんだか面白かった。なんというか、普段の俺と馬鹿の会話はこんな感じなのだろうかと思う。
「って、何笑ってるのよアンタはっ!」
「む、笑われるとは心外ですね~」
「いや、ははっ。悪い悪い。なんか面白くってさ」
「「……」」
急に二人が黙り込み、変なものでも見るようにこちらをじっと見てきた。
「ん、どした?」
「……そんな風に笑ってるところ初めて見たわ」
「いつでも仏頂面のイメージしかなかったから驚きましたね~」
「そうか?」
「そうよ。同じクラスなわけでもないからそんなに知ってるわけじゃないけど、噂できいてる限りではね」
「凄いですよー。無感情、無感動、無表情。三拍子そろって機械人間なんて呼んでる人もいましたからね~」
「機械人間……」
なんだそりゃ。
「数日前から雰囲気変わったって聞いたけど、本当だったのね」
「その方がいいですよ~。なかなか顔はいいですし」
グゥー。
俺は完全に意表をつかれて固まる。
「何? ご飯食べてないの?」
「あらあら~。気持ちのいいぐらい大きな音でしたね~」
「ああ、色々あってな。弁当が無くなったんだ」
「購買で何か買えば?」
「そんな金があったら苦労しねえ」
「それじゃあ私のお弁当食べます~?」
「是非っ!」
玖冬さんがそんな提案をしてくれる。俺としてはなんとも嬉しい事態なので、もちろん即答。
「即答とかどれだけ意地汚いのよ、アンタ……」
呆れたようにこちらを見てくる芦兎に俺は言ってやる。
「馬鹿野郎。意地汚かろうがなんだろうが、飯をもらえるなら貰うに決まってるだろうが! 生きていく上で飯より重要なものなんてない!」
「……。なんていうか、噂って本当に噂ね。全然違うじゃない……」
「そりゃそうだろ。噂は噂以外の何者でもないさ。それより、本当に貰っていいのか?」
「ええ。結構多めに作っていますから。一緒に食べましょう~」
「よっしゃ!」
「ふぅ。ほら、私のもあげるわよ」
「マジで!?」
「じゃないと私だけ嫌な奴みたいじゃない」
「いや、別にそんなことないから、無理してるなら別にいいぞ」
「いいから! ほら、食べるわよっ」
「ふふふふ。それじゃあ、頂きましょうか」
「頂きます!」
厄日なんかじゃなかったと二人に感謝しつつ、ありがたく弁当を頂いた。