Let's 仲間探し!
ゴクリ……。馬鹿が息を呑む。
コンコンッ
静まり返った廊下にノックの音が響く。早朝であるため、人がほとんどいないのである。
「どうぞ」
扉越しに女の人の声がする。馬鹿は覚悟を決めてドアを開いた。
「失礼します」
「ああ、実に失礼だな。朝からなにようだい?」
「はい!?」
会長の切り返しに驚いた馬鹿が、俺に確認してくる。
(来いって言われたんだよな!?)
(……もしかしたら勘違いだったかもしれないな)
(マジで!?)
「いや、すいません間違えました!」
早口で言って部屋から去ろうとする馬鹿をスルーして俺は普通に生徒会室の中へと入っていった。馬鹿はその様子を見て小声で叫んでくる。
(馬鹿、お前なにやってるんだ!?)
それに対して俺はすまし顔で答える。
「お前こそ何してるんだよ?」
「彼はあれか、頭がちょっとおかしい人なのかな?」
「……は?」
理解が追いつかないのか馬鹿は首を傾げる。
「とにかく入りたまえ。何を呆けているんだ君は?冗談抜きでおかしい人なのかい?」
「そうですね。こいつおかしいぐらいに常軌を逸した馬鹿ですからね」
ようやく状況の整理が出来たのか、馬鹿を大きく息を吸い込んだ。そして
「おかしいのはあんたらだあああああああああっ!」
馬鹿の絶叫が校内に響き渡る。グランドにもその声が届いたのか、後々苦情が着たりしたが、全て馬鹿の元へなので俺には関係ない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、まず君たちに聞きたいことがある」
「なんすか?」
会長が切り出し、馬鹿が応対する。会長とまともに話すと恐ろしいことになるのは昨日嫌というほど学習したので、とりあえず俺は傍観していることにした。
「昨日の朝の騒ぎは何かな?」
「僕らの信念に従った結果です!」
「おまえ本当にこりねえな!?」
傍観者でいるつもりが、思わず口を出してしまった。会長はそんな俺を見て笑いながら話を進める。
「ほう、信念とは一体なんだい?」
「高校生活を楽しむことですっ!」
勢いよく馬鹿が答えた。昨日その発言で声が出ないほどの痛みを味わったというのに、本当に懲りない奴である。
「……」
さすがの会長もぽかんとしていた。
「ふ…ふふ、ふふふふ、ははははっはははは!」
そして声をあげて笑い始める。
「そ、それで、野球かい?」
「はいっ!あれじゃないですか、素人がプロを倒すっ!かっこいいじゃないですかっ」
馬鹿が力説するが、当然会長は理解できていない様子である。
「どういうことだい?」
馬鹿では説明に難があると思ったのだろうか、俺に向けて会長が尋ねてきた。
「こちらの方に説明してもらっても、どうにも理解できる自信が無いのでね。君に説明してほしいのだが」
相変わらず、ストレートなものいいだった。言い回しの問題でわかりにくいが、要は馬鹿の説明なんて理解できないに決まっていると言ってらっしゃる。
しかし、当然馬鹿は、理解できず、というか話すら聞いていないのだろう。熱心に自分の高校生活について一人で語っていた。
「えっとですねー」
事の顛末を会長に説明する。
「なるほど。それであれかい」
「ええ」
説明時間約十分。その間、というかいまだに馬鹿は一人で語っていた。
「つまり何かな?君たちは我が校の部活動をすべて、部活に所属していないメンバーを集めて倒そうとして、手始めに野球部を倒そうとしているということかな? そして理由は高校生活を楽しむためだと」
「まとめるとそうなりますね」
まさしくその通り、こうして客観的に聞いてみると、本当になんて馬鹿なことをしているのだろうかと思えてくる。いや、最初から思ってはいたが。
「それでですね、高校生活っていうのは!夢なんですよ!夢!希望!ぜーったい大事なんです」
「熱弁してくれているところ悪いが、そろそろ用件を言いたいのでいいかな?」
「え? あ、はい。はいはいなんでしょう?」
本題に入るために会長が馬鹿を止める。馬鹿はすっかり緊張は解けたのか、相当に気を抜いた格好で構えた。
「君たちは今後も、この活動を続けるのだろう?」
「はいっ!もちろん!」
「そうか。なら、部活を作るんだ」
「「は?」」
どうにもこの会長さんは唐突な話が大好きなようで、馬鹿はともかく、一般人である俺もなかなかに話についていけない。
「聞こえなかったかい?部活だよ、部活。部活を作るんだ」
「いやいやいやいや、なんで?」
もはや敬語すら忘れて馬鹿が聞く。
「君らの行動に対して野球部の顧問や、一般生徒の何人かから苦情がきてるんだよ」
「げ!?またなんか罰則受けるのか!?」
「今までの分は昨日までの罰則で終わっているから大丈夫だよ。しかし、これから続けるとなると、そうだな、停学ぐらいは覚悟が必要かな」
「いぃ!?」
先輩の説明に馬鹿が驚く。さすがに馬鹿といえど、いや馬鹿だからこそそう言った事態は不味いのだろう。成績悪いだろうし
「それで、何で部活なんですか?」
馬鹿が停学について真剣に考え込み始めてしまったので、しかたなく俺が話を進める。
「部活の活動として、今の活動をすれば、まあ多少の苦情はあっても大概のことは通るようになるからだよ」
「立場って大事ですね」
「全く持ってその通りだね」
昨日の会話を思い出して言う。
しかし、なんでこの人はわざわざ俺たちにこんな助言をしてくれるのだろうか。……いや、命令だったなそういえば。
「なんでわざわざ脅迫してまでこんな手助けみたいなことを?」
「ふふふ。簡単な話だよ」
会長は不適に微笑み、そして堂々と言い放った。
「面白いからさっ!」
「あんた馬鹿だろ!?」
会長の言葉にこれ以上無い程の大声で突っ込む。
「なにを言う。君たちと同じだろう?自分が楽しむために、最大の努力をする。それが有意義な生き方というものじゃないか」
「まさにそのとおりっすよっ!」
いつのまに復活したのか、我が意を得たりというように馬鹿が先輩の言葉に食いついた。
「全く。この学校には本当に面白い輩というのがいなくてな。どいつもこいつも真面目なんだよ。だからこそ、私は生徒会長になったのだ!人生で一度きりの高校生活の基盤となる高校自体をもっと面白い場所にするために!」
「すげえ!尊敬します!姉御と呼ばせてください!」
「却下だ。私には諸岡智里という名前がある。それで呼んでくれ」
「はいっ!諸岡様!」
「……まぁ。いいか……な?」
微妙な顔をしながらも会長はその呼び方に納得したようだった。
どうにも馬鹿は会長に絶対服従を誓ったようである。なんだろこれ、この疎外感。俺がおかしいのだろうか。いや絶対に違う、違うと思うのだが……。
「ということで、君らの行動を見て、普通じゃありえないような部活動を始めてみようと思い立ったわけだ。面白そうだからね」
「……いや、まあ、確かにある意味尊敬しますよ」
「それと、宗一君。君は勘違いしているようだが、これは手助けではないぞ? ……敬語」
「はい? どう考えても手助けでしょう? まあ、利害の一致からのものみたいですけど」
「相変わらず抜けてるなあ君は。君達がこの活動を続けるといったから結果的に手助けとなっただけだ。簡単に言おうか。君たちがその活動を続けられんじゃない。私に続けさせられるんだ。……敬語」
「……。ああ、ようはもう、やるしかないと、そういうことか」
「うむ。その通り」
会長は満足そうにうなずいた。それが俺が話を理解したことによるものか、敬語を止めたことに対するものかは判断がつかない。そのまま会長は話を続ける。
「これが部活申請の用紙だ。顧問の先生なんかは、普段から多忙でろくに部活に関わらないようなのを勝手にこっちで手配するから、とにかく君たちは部員を集めてくれ」
「はい!了解です!」
馬鹿が勢いよく反応して紙を受け取る。
「なんて職権乱用だ……」
「折角使える地位と権利があるのに使わないでどうする?」
「使う方向性が間違って無ければその言葉は正しいけどな」
いいながら馬鹿が持っている用紙を覗き込む。
「最低五人ですか…」
「そう、五人だ。つまり、あと二人だな」
「「はい?」」
馬鹿と二人で聞き返す。
「ん?二人だろう?君たちは数も数えられないのかい?」
「いやいや。俺と惣一の二人で。後三人では?」
馬鹿の言葉に思わず声をあげる。
「おお、すげえ、足し算引き算が出来たぞお前!」
「さすがにそのぐらいできるわ!」
「掛け算は出来なかったけどな」
「ほっとけっ!」
「ほらほら、話が脱線しているぞ。それから、私も入れて三人だろう?」
「は?」
「入ってくれるんですか!?」
馬鹿が興奮した様子で言う。よほど会長のことが好きになってしまったようだ。
「いやだといわれても入れさせてもらうさ」
「生徒会の仕事とかは大丈夫なのか?」
「問題ない。むしろ暇すぎてしょうがないぐらいだ。先ほど言っただろう?この学校の生徒は皆、真面目なんだよ。生徒会など必要ないぐらいにね」
会長はため息をついた。キーンコーンカンコーン。そこで予鈴が鳴り響いく。それを聴いた会長は、笑みを浮かべて言った。
「というわけで、あと二人、面白い奴を頼むよ」
「よしっ!惣一!メンバー探しにいくぞ!」
「え、おい、ちょ待てっ!」
会長の言葉を受けて、馬鹿が走り出す。俺の手を引いて……。
この数日だけで今までの人生全てよりもよっぽど刺激的な生活をおくっているなあ、なんて考えながら、引かれる手を振り切って馬鹿と一緒に走り出した。
無論その目的は、馬鹿と違って、後一分で始まる授業に間に合うようにである。