深夜の生徒会長(2)
「さて、それでだがな、君に頼みたいことがあるんだ」
「頼み?命令でしょ」
「まあ名目状頼みにしておかないと色々面倒だしな」
「俺になにやらせる気でしょうか?!」
「いや、実際たいしたことじゃないぞ。というか、君個人じゃなく、君たちかな」
なるほど。馬鹿も一緒か。
「そういうわけだから、そうだな……。明日の放課後はへいき「バイトです」」
会長が言い終える前に営業スマイルでバッサリと切り捨てた。せめてもの反撃である。しかし会長は全く気にせずに話しを続けた。なんだかものすごく負けた気分になった。
「それなら、朝七時半頃、生徒会室に来てくれ」
「分かりました。それじゃもう俺もかえっていいですかね」
とりあえず、反省文倍増(下手すれば200枚近く)を避けられたことに安堵し、どっと今までの疲れが押し寄せてきた。早く帰って寝たいと心から思う。
「む。そんなに私と二人というのがいやなのかい?」
「は?」
予想外の言葉に、とっさにまともな反応を返せなかった。
「こんな美人と二人きりでこんなに夜中の学校なんて夢のようなシュチエーションだぞ?もう少し下心満載にうへへへへへと不気味な笑顔をしながら妄想にひたるのが真の男というものだろう?」
「そんな気味悪い男空想状でしかいませんから。現実にいたら五秒で警察いきですよ」
「ふむ。じゃあ君は五秒後には独房の中か」
「人の話きいてるようで聞いてないな、あんた!」
「聖徳太子もびっくりな程に私は聴き上手として有名だぞ?」
「一度に十人の言葉でも聞けるんですか?」
「いや、十回程同じ話をされないと覚えられないんだ」
「聞くきがないだけでしょそれ?!」
「はははっ。やはり君は面白いな」
「……はぁ。もう帰りますよおれ」
「ちなみにどこから帰る気だ?」
「……あ」
そういえばもともと帰れるところが無いから学校内を彷徨っていたのだった。
「やはり君は抜けてるな」
笑いながら会長が言う。
「……って、そうだ。貴方がいるなら、貴方に閉めてもらえばいいじゃないですか」
「ほう。君はか弱い女性を一人置いて自分はのうのうと帰っていくわけか」
「こんな夜中に見ず知らずの二人の男子生徒を一人で発狂させるほどに驚かすなんてことを実行できる貴方は決してか弱くないから安心してください」
「はははっ。よくもまあ弱みを握られている人間に対してそんな態度をとれるものだなあ」
「その件に対しては明日の朝の約束で決着がついてますから」
「私がそれを守る保障はないよ?まさか『信じています』なんて言うわけではないな?」
「ええ、漫画の主人公じゃないんですから。どちらかというと、『信じるしかない』ですね。もしも約束が守られなければ諦めて反省文に挑むだけですよ。こんなことでずっと労働を強いられるのはゴメンですから」
「なるほどね。で、君はか弱い女性を置いて帰るわけだ」
言いながら出口に逃げようとしていたところを会長に止められてしまう。
「ええ。だってか弱くないですから」
「か弱いぞ。今だって、ホラ、震えが止まらないんだ」
「それは笑いすぎのせいだと思いますよ?」
「そんなことは…はははっ…ないさっ。はははは」
「此処まで説得力が皆無な言葉は生まれて始めて聴きましたね」
「では帰ろうか」
「唐突ですね!」
「そんなことは無いだろう?先ほどからの話題の通りじゃないか」
「……もう帰れるなら何でもいいです」
会長と教室を出て、二人並んで歩き出す。
「って、会長も帰るんですか?」
「ああ、生徒会長は学校に住んでいるとでも思ったのか君は?」
「あんたなら普通にありえそうだと思いますね」
「褒め言葉として受け取っておこうか」
「何処が?!……ってそうじゃなくて、鍵でも持っているんですか?」
「持っていないよ」
「じゃあどうやって出るんです?」
「もちろん昇降口からそのまま行くだけだ。君の責任にすれば私には関係ないからな」
「あんた本当に最低だな!」
「冗談だ。職員用玄関から出るぞ。あそこなら自動で鍵がかかる」
「へー」
一度昇降口へ行き、靴を持って、ついでに馬鹿の開けていったと思われる扉を閉めて、職員玄関へと向かう。
「おおー本当だ」
「そんなに関心することかな?」
「いや、これの存在を知らないだけで三時間近く学校の中に閉じ込められてたわけですからね。感動もしますよ」
「三時間……?ああ、もう一時になるのか」
「ですね。本当に長い一日だった…。そういえば会長はいつから俺たちを付けてたんですか?」
ふと気になったので尋ねてみる。
「ん?音楽室を君たちが出た時だよ。突然生徒会室に一人でいたら、ピアノの音が響いたんだぞ?さすがに私も驚いたよ」
「ああ、あれか……」
「それで駆けつけてみたら君たちがいたわけだ。それでまあ、なんとなく驚かせてみようかと」
「なんとなくで馬鹿は錯乱させられたわけですか」
「ああ。面白かったよ」
ひどい話だ。馬鹿だからいいけど。
「そういえば生徒会室ってどこですか?」
「ん、職員室の丁度上かな」
「へー。……え?」
「どうした?」
「会長、音楽室に来た時って、どちらの方向から着ましたか?」
「どこって階段からだよ」
「……」
音楽室の近くの階段というと、俺達が音を聞いた廊下の曲がり角とは真逆の方向だった。そうすると、あの音は会長じゃないということになってしまう。つまり……あれは。
「どうした?急に顔色が悪くなったが?」
「……」
ヒューと風が吹いた。首だけを学校に向けてみると、昼の学校とは違う、夜の、独特の雰囲気をもった建物が、堂々とそびえて立っている。誰もいないはずのところに球状や人型のような光が見えた気がしたが、気のせいだということにしておいた。
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「それじゃあ、明日の朝にな」
「はい。それじゃあ会長、また明日」
すこし歩いたところで、会長と帰りの道が分かれる。
「……その会長というのやめないか?あとついでに敬語も」
「は?」
「私には諸岡智里という名前がある。君に綾野宗一という名前があるようにな」
「なんで知っているんですか」
「今朝の事件で君たち二人は有名なのだよ」
「ああ……」
「分かったら名前で呼んでくれ。それとできれば敬語もあまり使わなくていい」
「珍しい人ですね」
「そうかい?」
「大概の人は年下に敬語使われないと怒ると思いますが」
「そんなものは人それぞれだ。とにかく私は好かない。それだけだよ」
「分かりました。会長」
「何も分かってないだろう君」
思いっきり頭を殴られたので訂正する。決して、はたかれたとかそういうレベルではない。軽く意識が跳びかける威力だった……。
「わかったよ。えぇっと、諸岡さん」
「まぁ、うん。いいだろう」
笑いながら会長……諸岡さんが言う。やっぱりこの人、喋らなければ綺麗な人だなあ。
「それじゃあ、また明日」
「ああ。よろしく頼むよ」
そうして別々の道を歩き出したところで
「そうそう、宗一君。土下座以外の選択肢はまだあった事をわかっているかい?」
「は?」
一瞬考え込んで、先ほどの事を思い出す。
「脅される以外に?」
「ああ。あの場は君と私の二人しかいなかったんだ」
「はあ」
「簡単な話、男の君ならか弱い女性である私ぐらい、力ずくでどうにも出来たということさ」
「……」
一瞬、何を言われているのかわからなかったが、直ぐに人として間違った、しかし高校男子としては正しいとも言える思想にたどり着く。
「な、ななな、な!?」
「伝わったかな?一応はっきりといっておくなら、私を無理やりどうのこうのして、写真でも取ってやれば良かったという話さ」
「ななななんあななななな!?」
「はははっ。君の慌て切った顔も見れたことだし。うん、満足したよ。また明日」
言葉にならない声をあげる俺見てひとしきり笑った後、諸岡さんは去っていく。……たっぷり十分程の時間を要して平常心を取り戻した俺は、一人家に帰ってベットに飛び込むのだった。
無論、ろくに睡眠を取れなかったことは言うまでも無い。