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好みじゃないので差し上げますわ

作者: 伏町 よい
掲載日:2026/06/24

王太子の腕にぶら下がる令嬢が出てくる婚約破棄ものを書こうと思ったらこうなりました。

 多くの観客で賑わう、王家主催の御前試合は、今年も王太子殿下の圧勝で幕を閉じた。


 我が国、ローウェン武国は己の身を武器として戦う事こそ至上という主義の元、国民の誰もが身体を鍛え、武を修めんと日々修行に明け暮れる、なんとも汗臭い国だ。


 ここでは強さが物を言う。爵位や序列はあれど、何よりも腕っ節の立つ方が一目置かれるため、他者に舐められない為にも当主となる者は皆ストイックに己を鍛え上げていた。

 勿論、その奥方となる女性達も強くなければならず、その上で美しさも教養も求められるので、誰もが皆引き締まった体躯の美女揃いだった。


 そんな日頃から己を鍛え高めてきた男女問わず武人達が、年に一度、その実力を皆の前で発揮し見せつける機会が、王家主催の御前試合なのである。

 爵位は低くとも拳で下剋上を狙う野心を漲らせた低位貴族や、そういった野心家達を一撃で沈め解らせる事に愉悦を覚える高位貴族。ただただ強い奴と闘いたいと闘志を燃やす若者や、女性部門の優勝を狙い高貴で強い男から見初められる事に命をかける令嬢達。

 誰もが胸に望みや闘志を漲らせ、拳や蹴りを交え、キラキラと汗を撒き散らし、ムワッとした熱気の中でぶつかり合うため、どうしても試合後は興奮からか気分が高揚し、高圧的になる者も少なく無かった。


 そしてそれは、今回も優勝した王太子殿下も例外ではなかったようで。


 閉会式後の未だ余韻が残るソワソワとした雰囲気の中、王太子殿下マキシム・ローウェン様は、婚約者である私バリツ公爵家令嬢シャルロットの前にふんぞり返るように仁王立ちになると、お行儀悪くビシッと私に人差し指を突きつけた。

 

「シャルロット! 貴様は今回も御前試合に出なかったそうだな。武の名門バリツ家令嬢でありながら何という体たらく!

そんな自己研鑽の努力の見えない貴様に私の妻となり国母となる資格は無い! よって貴様とは婚約破棄し、私は新たにクンフー子爵家令嬢マリッサを婚約者とする!」


 そう宣言した殿下の腕には、薄水色の胴着のまま、首に金のメダルをかけた可愛らしい女性が、文字通りぶら下がっていた。力瘤を見せつけるように折り曲げた腕に、幼子が遊んでもらうかの如くぶら下がっていたのだ。

 ……私が物語で読んだこういうシチュエーションのぶら下がるって、そういう意味じゃなかったはず。


 そのマリッサ様は片手の指の力でしっかりと殿下の力瘤を掴むと片腕を離し、キャハッと言いたげに離した手で口元を隠しほくそ笑んだ。


「シャルロット様、ごめんなさいねぇ? でも自業自得でしてよ? 未来の国母ともあろう方が、民の前でいつまでも自らの力を披露されないのでは民も不安に思ってしまって当然ですわ? その点私なら殿下と共に民を守るため、背を預け預けられ闘えますわ。殿下のため民の為ならどんな努力だって惜しみません。武の名門でありながら民の為に努力する姿すら見せないのなら、潔くその座を降りてくださいませ」


 初めは嘲るような口調だったのに、途中から私を見つめる瞳には真剣な光と、心から国や殿下を思う気持ちが見受けられて、私は後釜が彼女になるのなら安泰ね、と内心ほっと胸を撫で下ろし、スカートを摘み膝を折った。


「……殿下、婚約破棄の件承りました。どうかマリッサ様と手を取り合い、良く国を導いてくださいませ」

「フンッ、貴様に言われずとも」


 苦々しく言い放つ殿下に頷くと、私は姿勢を正しマリッサ様を見つめた。

 マリッサ様も私の意図を汲んでくださったのか、猫のように音も立てず殿下の腕から離れ地に降り立つと、一歩前に進み出た。


「マリッサ様、あなたのお言葉、胸に響きましたわ。あなたから見れば、私は未来の国母としてとても不甲斐なく、不安に映っていたことでしょう」

「……えぇ、そうですね。見目が美しいばかりで道着に袖を通した姿も、あなたが闘う姿も一度たりとも見たことがございませんでした。そればかりか社交の場にも滅多に出てこられませんでしたよね。なのにあなたはずっと殿下の婚約者であられた。……何度私だったらと思った事でしょう」


 そこまで言い切ると、マリッサ様はスゥっと息を吸い、私をキッと睨めつけた。


「だから、私は努力したのです! ただ美しいだけの女が王妃だなんて認められるものですか! 鍛錬も美容も勉強も一切手を抜きませんでしたわ。子爵家と侮る者達は知識と拳で黙らせました。私ほど殿下と国を思う女はおりません!

 あなたを蹴落としその座を奪った事、私一つも悪いとは思っていませんの。公爵家の方々には申し訳無い気持ちはありますが、私を選んで良かったと、殿下にも民にも思ってもらえるよう、これからも精進いたしますわ」


 そうして、私に向かって丁寧な礼を取る姿は堂々と、気概と気品に溢れていて。

 私はふっと眦を緩め、マリッサ様に歩み寄るとその手を取った。


「そこまで国と殿下を思うお気持ち、感服致しましたわ。マリッサ様でしたら良き国母となられるでしょうね。そして、実は私、今婚約破棄をされて少しホッとしておりますの。その、殿下は私の好みではありませんでしたので……」


 前半は周りにも聞こえるように、後半はマリッサ様だけに聞こえるようにこっそりと打ち明ければ、マリッサ様は困惑した目で私を見つめた。


「え、と、それは、どういう……」

「私、物語の王子様のような線の細くて守りがいのある殿方が好みなんですの。殿下はほら、筋骨隆々で雄々しくあられるでしょう? ですので一つも悪いと思わなくて結構ですし、マリッサ様に差し上げますわ」


 そう言いながら、私はそっとマリッサ様の手を離すと、殿下の婚約者となってから常に身に着けていた宝飾品を一つずつ外し、床に落とした。

 ゴッ、と凡そブレスレットから出るはずの無い重たい音に、さざ波のようにざわめいていた周囲の喧騒がピタリと止まった。

 それを気にせず、私は両手首のブレスレットとデコルテを飾っていた首飾り、結い上げた髪を纏めていた簪類を全て床に落としていく。ゴッ、ゴッと重い音が響く度に、マリッサ様や殿下、周囲の観客達の顔色が蒼白となっていくのを面白く眺めると、私はようやく軽くなった首や肩をぐるりと回して、最後に白いレースのように見える手袋を脱ぎ床に放り投げた。

 ゴシャ、と鎖帷子を落とした時と同じ音に、マリッサ様の喉からヒッと小さな悲鳴が零れた。


「シャ、シャルロット様、それは、それらは一体……」

「これらは私が殿下の婚約者となった際に、父様達から必ず身に着けるようにと厳命されていたものですわ。私、力がとても強いようで、武の才にも恵まれ過ぎた結果、加減ができなくて…… 手合わせで殺してしまいそうになるのです。なので私の力を抑えるための枷ですわね。

 この力と見た目を活かし、私は王家の奥の手として華奢なご令嬢に見せかけ、殿下を狙うならず者を仕留めるお役目も兼ねていたのですが…… 婚約破棄されましたので、それもおしまいですね」


 殿下が同等に闘えるお妃様を迎えられて良かったですわ。


 胸の前で手を合わせ、にっこりと微笑めば、マリッサ様は青い顔でその場にへたり込んでしまった。マキシム殿下も青褪め唖然とした表情のままその場を動けないようだった。

 そのまま退出してしまおうと踵を返そうとしたその時、漸く我に返ったのか、今まで空気だった国王陛下が玉座から音を立て立ち上がり、私の背に声を張り上げた。


「……シャルロット嬢!わしはまだ婚約破棄を許可しておらん!それ以前に王命であったのを忘れたか!」


 舌打ちしたいのを堪えて振り向く。玉座の前でいきり立つ陛下は余程慌てたのか、王冠がズレていて滑稽だ。


「……お言葉ですが、その王命を反故にしたのはマキシム殿下の方ですわ。私はそれに従ったまで。

 それに確かに王命でしたけど、マキシム殿下が私を拒んだ際には速やかに婚約は白紙ないし破棄される、と条件付きでしたわよね。ローウェン武国の男児たるもの、己の言葉に二言はございませんわよね?」


 じっと陛下を見つめるも、往生際が悪く引き留める言葉を探している様子。まぁ、私強いですものね、王家から手離したくはないのでしょう。ですが約束は約束。

 私はほうっとため息を零すと、おっとりと頬に片手を当て首を傾げた。


「私、しつこい殿方は嫌いですの。先日もしつこくねちっこく私の周りを嗅ぎ回っていた他国の手のものをキュッと締めて差し上げたのですけど、締め上げ過ぎて目玉が物理的にポーンと飛び出てしまったのです。驚きましたわぁ。頭蓋骨粉砕せずともそんなこともできるようになったのかと、私の力加減の上達に驚きましたわぁ」


 その上で、しつこくされます?


 華奢な見た目に合わせ、愛らしく見えるようこてんと反対側に首を傾げ周りを見渡す。そこかしこからヒッと引きつる声がして、後ずさるような床を擦る音が聞こえてくる。

 陛下も私の強さはご存知ですから、ご自分の目玉がポーンするところを想像したのか、更に顔色悪く玉座に凭れ掛かるように崩れ落ちていた。

 わかればよろしいのよ、解れば。


「特に問題無いようですので、失礼いたしますわね」


 ちょこんとスカートを摘み淑女の礼を披露して、私は今度こそ踵を返すと、タンっと床を蹴り風の速さで王城を後にした。

 さて、これからどうしましょうか。父様には呆れられるかもしれませんが、致し方なしと捉えられるでしょうね。元々好みで無いことはご存知ですし。


「この国には居られないでしょうし、他国の華奢な殿方に嫁げたら御の字ですわねぇ」


 確か砂漠の国の王弟殿下が王位継承権のあれそれでまだ婚約者も居なかったはず。銀の髪に浅黒い肌の、細身の美丈夫らしいけれど、狙い目じゃないかしら。


「玉座を狙うのでしたら、邪魔者は私が目玉ポーンして差し上げられますわ。うん、良いんじゃないかしら」


 帰ったら父様に打診しなくては、と、私はまず呆れ叱られることをすっかり忘れて、ルンルン気分で馬車を追い越し家路を急ぐのだった。


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