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第二話『女の子ってこんなに大変な生き物なの?』




 足取りが軽い。

 

 駅まで三十分の道が、やけに近い。


 体感ではほとんど早歩きなのに、景色だけが勝手に流れていく。


 途中で追い抜いた人間たちの顔は、明らかに“見慣れた現象”を見るそれじゃなかった。


 ──いや、やっぱり普通じゃない。


 身長は二十センチ縮んでいる。体重も二十キロは落ちているはずだ。


 それでも説明がつかない“軽さ”がある。


 たぶん、身体能力の上限値そのものが書き換わっている。



 よく分からないダイレクトメールを真に受けて、事実上の性転換と戸籍変更を喰らった俺だが、この処置には三つの“余計なもの”が混ざっていた。


 一つはチート能力。


 「痴漢やストーカーから余裕で逃げ切れる身体能力」


 ……まあ安全装置としては理解できる。理解できるが。


 試す気にはならない。



 理由は単純だ。


 さっき駅の壁に手をついて、ちょっと体勢を崩しただけで。


 コンクリの壁面が、指の形で“削れた”。


「…………」


 ……やっぱり普通じゃないでやんの。


 それとも駅の壁って、そんな柔らかい素材だったか?


 いや違う。絶対違う。


 むしろ俺の手のほうが何かおかしい。



 見られた。


 めちゃくちゃ見られてる。


 通行人の視線が一斉に集まる。


 ただのドン引きだけじゃない。


 あれは何だ? “すげぇもの見た”みたいな顔も混ざっている。


「……あー、すみません。ここ、ちょっと傷んでますね」


 とりあえず笑ってごまかす。


 たぶん正解ではないが、他に言いようもない。


「怪我しないように気をつけてください」


 自分で壊した場所を注意喚起しているのに、今さら気づいた。



 駅員に報告すると、妙にあっさりした反応だった。


「確認しておきますね。お気をつけて」


 いや、もう少し驚け。


 こっちは壁壊して死ぬほど恥ずかしかったんだぞ?


 ……と思ったが、言うのはやめた。


 ただの八つ当たりだと気付いたのもあるが。

 この世界、俺の常識より駅員の常識のほうが正しい気がしてきたからだ。


「すみません! よろしくお願いします!!」


 俺はしきりに頭を下げて駅員に謝った。


 駅員は、まぁ、なんというか笑顔だった。


 俺はその心理に心当たりがあったので何も言わなかった。



 改札は問題なく通れた。


 交通系ICアプリも使える。残高も異常に多い。


 財布の中身も、黒いカードが何枚も刺さっている。


 「そこそこの資産と安定収入」


 ……どのへんが“そこそこ”なんだ。



 そして気づく。


 視線が、減らない。


 駅の階段でも、ホームでも、電車の中でも。


 男女問わず、年齢問わず。


 見られているというより、“確認されている”。


 この人間、本物か? みたいな距離感で。



「あの……」



 声をかけられた。


 振り向くと、同年代の女の子。


 逃げる理由もないので応じる。



「全日本柔道の葛葉ちはやさん、ですよね?」


 その単語が出た瞬間、頭の中が一瞬だけ止まる。


 柔道?


 全日本?


 俺の人生に一度も出てきてない単語が、当然のように並んでいる。



 ……ああ、そうか。


 あの封筒だ。


 転生管理局とかいうふざけた組織。


 “空白期間は適当に埋める”とか書いてあったアレ。



 つまりこれは全部。


 もう既に“あったこと”になっている。



「……うん。そうだけど、今はちょっと事情があってさ」


 口が勝手に動いた。


 最適解というより、“炎上しない返答”が出てきた感じだ。



「あまり騒がないでもらえると助かるかな」


「っ……すみません」


 女の子はすぐに引いた。


 むしろ申し訳なさそうにしている。


 周囲の空気までそれに引っ張られていく。



 なんだこれ。


 俺が何かしたというより、“そういう空気”が完成している。



 そのまま電車を降りることになる。


 理由はよく分からない。


 ただ、これ以上ここにいるとまずい気がした。



 電車の窓越しに、さっきの女の子が頭を下げていた。


 俺は適当に手を振る。


 それだけで、さっきより空気が軽くなる。


 ……やっぱり、何かがおかしい。



 次のホームでも、同じだった。


 マスクとサングラスを買ってみた。


 多少はマシになった。


 ただし視線が“減る”わけではない。


 方向が変わるだけだ。


 目が合うと慌てて逸らされる。


 ただし全員がそうじゃない。


 逸らさない人間もいる。


(……ああ、なるほど)


 俺は心の中でだけ結論を出す。


 これ、たぶん“普通の美少女”じゃない。


 たぶん、視覚情報にバフがかかってる類だ。


 あるいは認知そのものに。



 駅を出る。


 空気が少しだけ軽い。


 その代わり、現実感も少し薄い。



 そして思う。


 俺の知らない俺の過去が。


 想像よりだいぶ派手な方向に暴走している。



 その確認をする手段はある。


 スマホ。


 検索。


 たぶん一発で全部出る。



 ──でも。


 今それをやるのは、たぶん悪手だ。


 なぜって?


 うん、俺も色々あってギリギリだからね。


 ネットで調べ物をするなら、せめて自宅とやらに引き篭もってからにしたいけれども。


 やっぱり、居るんだろうなぁ……。


 新しい俺に用意された家族ってヤツがさ。



 だからなんの予備知識もない状態で会うのはちょっと拙い。


 そんな理由でしけ込んだハンバーガー店の片隅で、俺はスマホを立ち上げた。


 検索欄に「葛葉ちはや」と打ち込む。


 すぐに結果が埋まる。



 ニュース記事、まとめ、そしてwiki。


 そこには“既に確定した過去”が並んでいた。



 中学で柔道を始めて、その夏には全国制覇。


 その後は全日本の代表枠に押し込まれ、国際試合で全勝。


 そして今年のオリンピックで、なぜか男子の枠にも出場。


 圧倒的な強さで全階級完全制覇とあった。



「……いやいや。なんだそれは」


 思わず声が漏れる。


 俺もガキの頃は喧嘩っ早いと言われたこともあるけれども。

 ……ちはやさん。さすがにヤンチャがすぎませんかね?



 さらに目を引いたのは、そこに至るまでに起こしたトラブルの記述だった。


 葛葉ちはやという逸材に群がる大人たちの内紛劇。


 時には嫌がらせを受けるも、それらを結果で黙らせる令和のヒロイン。


 仲間がわずか数人まで減少しながら、オリンピックを制した国民的英雄。


 政府とマスコミすら味方につけての天下無双。


 そんな事実だけが残されている。


 まるで「僕の考えた最強美少女の過去」を見せつけられているようだ。


 そんなモノが、ここでは現実として扱われている。



 ……そして見つけた。


 下の方にある家族構成に、両親の名前を。


 彼らが、すでに交通事故で亡くなっている事実を。



 やけに整いすぎている。


 穴がない。



 俺はスマホを伏せた。


 現実感が、少しだけ薄くなる。


 俺の指先はまだ震えていた。




◇◆◇




 スマホを見つめる。


 既読はまだつかない。


 たかが既読ひとつなのに、胸の奥がざわつく。


 あの兄が既読をつけないなんて、普通じゃない。


 “何かあった”と考えるしかない。



 合鍵はある。


 距離も近い。


 行く理由は十分すぎるほどある。



「お母さん、あたしちょっとお兄ちゃんのところに行ってくるね」


「そう言うんじゃないかと思ったけど、まさかホントに言いだすとはね」


 返事が早い。


 止める気は最初からないらしい。



 交通費を渡される。


 この人は、たぶん全部分かってる。


 そういう気がする。



 だから私は思う。


 お兄ちゃん。


 半日も放置した埋め合わせ。


 ちゃんと覚悟してもらうから。









ちなみにこちらのメイド長は著者の別作品に登場する人物の同位体ですが、物語そのものに直接のつながりはありません。




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