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第8話

 レジェンドはスマホでメールを打っていた。

 一晩じゅう稼働を続けた観覧車のゴンドラが、25周目に突入した時だった。


『大学の先生へ

 どうもこんにちは。

 ごめんなさいなんですが、講義のやつを出席できなくなりました。

 できると思っていたのでざんねんです。

 ごめんなさいでした。』


 なるべく丁寧に送ろうと、30分もの間、考え続けた文面である。

 傷ひとつない真新しいスクリーンには朝日が反射し、やがて「送信完了」の文字が表示された。


「できた…」


 レジェンドはスマホを新しく買い直した。先日このゴンドラから外に放り投げたところまでは良かったものの、キャッシュレス化のこの時代、やはり電子マネーの便利さを失ったのは大きかったのである。


 彼女はあいにく、スペック・通信契約・使い方などの知識を持ち合わせていない。そんな人々にぴったりな購入方式、それが「スマホを買うならクジで決まり」プランである。

 販売員に勧められ、彼女は当然のようにこれを選択。流行に流行が重なり、やがて忘れ去られた古の文化「糸引き飴」方式の末、決定された相棒は「音量ボタンの大きさだけは世界一! 通信速度は従来の20パーセントカット!」のCMで知られる、微妙なスマートフォンであった。

 しかし、レジェンドは———


「良かったな。このスマホで」


 店員に「大当たりです、おめでとうございます!」と持ち上げられ、この機種が一番良いものであると思っていた。そして実際は、機種本体のスペックこそ他に劣るものの、このくじ結果には確かにレジェンドにとってプラスな面も存在した。


 スマホの通信契約「観覧車ゴンドラ内通信」が含まれていたのである。これがなければ大学の先生にメールも送れず、今こうしてオンラインカジノゲームで遊ぶこともできていない。結果的にレジェンドは良い買い物ができたのだ。


「このっ、このっ!」


 そんな近況もあり、いつもより上機嫌だった彼女は、トランプゲーム「スピード」を始めて2秒で機嫌を損ねた。その名のとおり速度が重視されるゲームであるが———


「ジャック、クイーン、よしっ! キン…え⁉ もう2⁉」


 本来であれば、直感力のゲームだけでなく、実力が試される勝負でもその力を発揮するレジェンド。それでもなお,通信速度からは逃れることができなかった。

 カクつく画面。熱くなる端末。

 レジェンドは怒り奮闘。ゴンドラの窓をがらりと開け、右手を振りかぶって———


「スペード、ハート、ジャンヌ・ダルクッ!」


 名投手を彷彿とさせるステップの踏み込みから、流れるようにリリース…はしなかった。画面保護フィルムを綺麗に貼ることに成功した端末というのは、自然と愛着が湧くものである。


「ごめんなッ…お前を投げようとして…うぅっ」


 レジェンドは投げる動作の流れのまま、スマホを力強く抱きしめた。おかげでカメラフィルムがパリンと逝ったが、レジェンドはすでに前を向いていた。彼女の感情の切り替わりこそ、世界中のいかなる通信機器よりもスピーディである。


 しかし無情にも、画面には「YOU LOSE」の文字。真の勝負師ギャンブラーには似合わない。今までだって、負けることなんかほとんどなかったのだ。悔し涙は流さないと決めているが、やばい、泣きそう。レジェンドは「降りてくださーい」の言葉を無きものとし、端末のタスクを切った。


 ピコンッと通知が来たのはそのときだった。ホーム画面には「メール受信 1件」の文字が浮かぶ。反射的にそれをタップしたレジェンドは、「えへへ」と不敵な笑みを浮かべた。その理由は、開かれたサイトに大々的に書かれた、怪しすぎる文字にあった。


『あなたの持ち金、2倍にしませんか』


 レジェンドはカネに興味があるわけではない。BETする行為と、あふれ出る脳汁に恋をしているだけである。したがって、本来であればこのような詐欺サイトには引っかからない。

 しかし今日のレジェンドは、スマホゲームで大敗し、少しばかり気が弱っていた。スマホを投げようとした自省の念もあり、目的を見失ってしまったのだ。


『手数料無料! 非課税取引対象! リスクなし!』


 リスクなしなどもってのほかである。リスクがあってこその勝負だからだ。それでもレジェンドはURLをタップし、個人情報をバカスカと入力し始めた。26周目のゴンドラのなか、冷静になることなくスマホのキーボードを打っていく。


 8個目の銀行口座の番号を打ち込んでいたそのときだった。

 園内の2カ所と市内の3カ所で。同時に爆発が起こった。小規模ながらも付近を巻き込む様子から、レジェンドはふと手を止め、考察した。同時に爆発するということは、自然に起こるのは難しい。それなら誰かが意図的に仕掛けたものだろう。


 その意図とはずばり、目立ちたかったから!

 自分ひとりの行動で、救急車や消防車、無駄に増殖した警察官が一斉に動き出す。それはなんてカッコイイんだ…でも少し迷惑だな、という結論に至った。


「そのアイディア、いただくぜ」


 ふたたびスマホに目を向けたところで、別の通知が来た。今度はメールで、送り主は大学の先生…もう返信が来たのか、とレジェンドは驚いた。即座にメッセージを確認すると、いかにも頭の良さそうな返事が日本語で書かれていた。


『件名:BET直感講座Ⅱ ご登壇のお願い

レジェンド 様

先日はご多忙の折にもかかわらず、BET直感講座Ⅱの講師の件についてご検討いただき、ありがとうございました。ご事情も重々承知しておりますが、本講座においては、ぜひレジェンド様にご登壇いただきたく、改めてお願い申し上げます。

受講生にとってレジェンド様のお話は大きな刺激となり、他では得られない学びになると確信しております。日程や形式につきましては、可能な限りレジェンド様のご都合に合わせて調整いたします。

どうか前向きにご再考いただけませんでしょうか。

ご無理をお願いして恐縮ですが、心よりお願い申し上げます。

教授』


 レジェンドは「うーん」と唸ったあと、返信欄に『いやです』とだけ入力した。教壇に立つこと自体に抵抗はないが、二学期制の学校だから、半年間ずっと海外にいなければならなくなる。それでは間に合わないのだ。


 レジェンドはすでに決意していた。

 社長に「史上最高の最期」をプレゼントすることを。


 送信マークをタップし、彼女は晴れやかな気分になった。これでもう、しつこい教授は連絡をよこさないはずだ。レジェンドは特殊アイテム「風見鶏」をポケットから取り出し、26周目のゴンドラから途中下車すべく、地面へ向けて滑空していった。

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