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第6話

「18番テーブルぅ、ルーレット入りまぁす」

「あいよー」

「2番テーブルぅ、ルーレット入りまぁす」

「あいよー」

「89番テーブルぅ…またルーレット入りまぁす」

「もう台ねぇよー」


 本日もカジカジは大盛況。壁にはきらびやかな装飾、天井には100を超えるタライ。

 台がないと宣告された人物は、先日「客ならざる者」としてご機嫌のまま帰宅した老婆であった。馬型移動用ビークル「ヤジウマ」に乗り、向かった先は2番テーブル———強引な相席である。


「お邪魔するネ」

「あ、いっすよー」


 2番テーブルを陣取っていた眼帯の男は、予想外の挑戦者の参加を快諾した。老婆はにこやかに礼を言い、慣れた手つきでヤジウマのコントロールパネルを操作する。


「お兄ちゃん、いつも来てるネェ」

「破産するまで世話になるっすよ。つい最近知り合いが———あ、あのモヒカンのやつっすわ。破産しちまったっぽくて、いま店員やってるっす」

「明日は我が身、なぁんてねぇ」

「うるせぇババ———」


 眼帯の男は口をつぐんだ。背後にあの美しい店員が通る気配がしたからである。

 昨日目にしたネットニュース。タイトルは「口の悪い男はモテない」。

 今からでは遅いことなど気にせず、眼帯は言い直した。


「お口をかがり縫いしますわよ、マダム」

「まぁ、お兄ちゃんお裁縫できるのねぇ。じゃあこの帽子の先っちょ、お願いできるかねぇ。かわいいかわいい孫からのプレゼントなんだけどねぇ、使ってるうちに———」


 老婆は膝に乗せていた帽子を手に持ち、眼帯へ向かって説明を始めた。孫はもうすぐ小学生になるだの、その孫が電話口で「ワタシ、ワタシ」と言って100万ダラーをせびるようになってきただの、帽子を愛でるようになでながら、話は次々と展開されていった。

 そんな中、美しい店員———秘書は、眼帯の肩に手をポンと置いた。


「あら、眼帯くん。お言葉がお上品でいらして。ハイ、これ鶏皮」

「あ、あざっす!」


 秘書は右の胸ポケットから焼き立ての鶏皮を取り出し、すぐ近くの雀卓にあった点棒を箸代わりにして渡した。ビールにはピッタリのおつまみだ。

 しかし眼帯はすぐには受け取らず、何やらもじもじしている。


「どうしたのォ? 眼帯くん———」

「あ、あの…」


 常連客として訪れる眼帯の態度とは、一線を画していた。そこに賭けへの勇士など見当たらず、異常にモジモジしていている。そんな様子に首をかしげる秘書。

 ところが次の眼帯の言葉で、すべてを理解した。


「あーんしてほしいな、なんて」


 ものすごいスピードで、北西の方向からヤジウマを蹴散らして接近してくる者がいた。

 ロクとして従事していたモヒカンである。


「テメェなに抜け駆けしてんだゴラァ」

「あぁん⁉ 拙者とお手合わせなさるおつもりですかいアナタ?」

「…なんだよその口調」


 足に引っかかっていた1台のヤジウマを窓のほうへ蹴飛ばし、窓ガラスが割れた。幸いにもカジカジの客に被害はなかったが、外を歩いていた1人の男性がその破片を拾い上げ、まもなく雄たけびを上げた。

 ピカピカ光る表面に、自身の顔が映っていたからである。おそらく彼は、初めて鏡という物理現象を目の当たりにしたのだろう。そっとしておいてあげてほしい。


「ってテメェ、ユキさんのあーんもらおうとしてたろ。させねぇよ」


 普段ならここで喧嘩勃発。

 しかし今日の眼帯はひと味違っていた。


「あらアナタ、お言葉遣いが黄砂に見舞われてますわよ? それではレディーの皆々様は寄ってきませんこと。あ、そうだわ。きっと辞書を左から読んでしまっているのですわ。なんてお気の毒な…モヒカンくん、辞書は右から読むものですわよ」

「なに言ってんだテメェ」


 モヒカンは眼帯の胸ぐらを掴み———

 ではなく、まるで鼻をかんだティッシュのように、親指と人差し指でつまむようにして持ち上げた。

 今日の喧嘩ポイントはここであった。


「どなたのお召し物がけがれていらっしゃるって⁉ アナタ、怒ったわよッ⁉」

「そう来なくっちゃだよなァ、テメェはァ!」


 血の気の多いモヒカンと、言葉遣いがお美しい眼帯。

 話を合わせたわけでもなく、二人の足は自動的に雀卓へ向かっていた。

 一方その頃———


「はーいどうぞ、おばあちゃぁん」

「あらありがとう。モグモグ…おいしいわネェ」


 秘書は老婆に鶏皮を献上していた。前回はたまたま「客」ではなかったが、これは長い付き合いの中に垣間見える、ほんのわずかな海路の嵐であった。言い換えれば、この老婆は株主に匹敵するほどの良客である。


「ビールもらっていいかねぇ」

「もちよ、もち」


 秘書は迷わず、隣の客が飲んでいたビールを拝借。すぐさまおばあさんに握らせた。おそらくこれもまた、誰かがどこかのテーブルから持ってきたものなのだろう。炭酸の抜けた常温のビールにノドゴシなどというものは存在せず、そこにあるのは虚無のみである。

 それでも老婆は、孫のようにかわいい秘書からもらった虚無ドリンクを無駄にはしない。パッキンのついたタッパーに注ぎ入れて、持って帰ることにした。


 この場の誰もまだ知らないが、持ち帰られた虚無ドリンクのフタが次に開かれるのは60年後。おばあさんのひ孫が18歳の誕生日に開けることとなるのだが、幸か不幸かタッパーの中身は発酵していたわけで…

 これがのちに2000万ダラーの値がつく「ババビール(60年物)」の誕生秘話である。


 そろそろ雀卓で「鶏皮あーん」を賭けた決戦が、佳境を迎える頃かと思われたが———


「ユキ殿。多忙のなか申し訳ないが、西家を引き受けてはもらえぬか?」


 それは始まってすらいなかった。三人打ちにも1人足りないからである。いよいよ言葉遣いがあらぬ方向へいった眼帯の誘いに、秘書は首を縦に振った。あーんする鶏皮がもう無いことは、ひとまず置いておいて。


 それからの戦いは壮絶であった。

 三人打ちの勝負予想で野次馬たちのBETが飛び交うわ。

 自分の顔を見て雄叫びを上げていた人物が乱入するわ。

 居眠りしてしまった社長がタライを誤爆するわ。


 そして、眼帯は破産した。ということで———


「おいどん、ここで汗を流させてもろうてもよかでごわすか⁉」

「俺からもお願いするっす!」


 ロクに連れられ眼帯がやってきたのは、カジカジの社長室。寝起きの社長の前で、眼帯の手には破産宣告書と貢物「薩摩焼酎」がある。眼帯の人間性というものも,あらかた方向性が定まってきたようだ。


「おいどんの心意気、どうか酌み取ってたもんせ!」


 社長は眠い目をこすりながらも、ゴム鉄砲を発射し、焼酎の栓を当て抜いた。その速度もまた音速を超えていた。輪ゴムはその勢いを失うことなく、簡単に社長室の壁をぶち破り、隣に立つ一軒家の網戸を貫通した。


 救急車の音が響きわたったのはそれから5秒後であった。


「おっと…ゴホン。君は合格だ。今日から君はナナ。ここに宣告書と貢物を置いて、契約書にサインしてくれ」


 社長は眼帯をナナと名付け、彼の足元を指さした。

 そこには「きみつほじけいやくしょ」がゴミのように置いてあった。


「異存なか!」


 眼帯———ナナはそれを拾い上げ、持参していた万年筆のキャップを外した。その用意の良さの所以、なにを隠そう、彼は「跡継ぎ息子は15人」で噂の国内一大クレープ製造企業「クレクレ」社長の十二男である。カジカジへの就職により、波乱万丈の人生は好転するだろうか。

 様々な憶測が飛び交う中、彼は兄弟たちとの跡継ぎ争いから早々に手を引き、政府で働く友人に依頼して「独立行政法人GANTAI」を設立。当初は第三の目に憧れ、専用の眼帯メーカーとして運営していたが、2年間の赤字経営の末、熟考と検討を重ね断念。

原因はただ一つ、興味本位でそれを購入した人はおろか、自身すら第三の目が何かわからなかったためである。


 新入社員から1つ先輩になったロク、実はさきほどからあることが気になっていた。

 社長室の壁一面をびっしりと覆う、ダラー札である。しかもピン札。もし泥棒が入ってきたとしても、何かの罠かと思って逃げていくだろう。


「社長、なんすか? この壁一面のダラー札は。もはや壁紙じゃないっすか」

「あぁ、これは僕の一大プロジェクトだ。気にするなと言われても難しいだろうが、気にしないでくれ」

「…気にするなと言われても難しいっすわ」

「気にしないでくれ。徹夜して貼ったんだ」


 社長はサインの記入を終えたナナから「見えざるハンドパワー」で「きみつほじけいやくしょ」を回収———

 することに失敗。ぐぬぬぬ…と力んでいたが、やがて「ここまで持ってきてくれ」と諦めたようにつぶやいた。


 万年筆を使い捨てだと思っているナナは、ゴミ箱型移動式ロボット「ゴミット」へそれを投げ入れ、サイン済みの「きみつほじけいやくしょ」を社長へ手渡した。


「おいどん、名前は鬼島十二男きじまじゅうになんっちゅうもんでごわす! せっかくの名、そのまま呼ん———」

「ナナだ。いいか、ナナだ。今日からお前はナナだ。さっき言ったろ、「異存なか!」って。十二だろうが何だろうが関係ない。お前は生まれてから今まで28年間、ずっとナナだった」

「いやいや、おいどんはまだ22でごわす」


 社長は「きみつほじけいやくしょ」を受け取り、ふと思う。

 これを何事もなく受け取れたのは、今回が初めてであることを。

 ロクのときはゴミットから出てきたイチに食われ、紛失。秘書から始まり今まで、紛失やら無効化やらで一度も完璧な状態で手にしたことはなかった。


 気付けば一滴の雫が頬を伝い、書類にぽたりと音を立てた。男児社長はこう見えても、精神年齢はガチの70歳。日々の小さな小さな感動にも、涙でふとんを濡らすお年頃である。ところがその雫は、巻き戻るかのように社長の両目へ戻っていった。


 氏名を書くべきサイン欄に、顕微鏡レベルの文字でこう書いてあったのである。

『お傍仕え、鬼島十二男。命を賭してお仕え申す所存にござる。願わくば…ユキ殿を、おいどんに託してはいただけぬか?』


 サインは本名自筆。

 今回もまた、立派に無効化されていた。

 社長は一つため息をつき、ゴム鉄砲で空いた穴を眺めながら、つぶやいた。


「お隣さんの様子でも見に行くか…」

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