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第1話

「3番テーブルぅ、ポーカー入りまぁす」

「あいよー」

「61番テーブルぅ、ジャンケン入りまぁす。ご指名はイチさんでぇす」

「恥を知れー」

「42番テーブルぅ、お帰りでぇす」

「もう来んなー」


 5人のホールスタッフたちは、声をそろえて女性の呼びかけに応答する。「もう来んな」と言われて42番テーブルから立ち上がった老婆は、それでもどこか上機嫌に見えた。その理由は、レジカウンター付近の壁に掲げられた看板を見れば明らかである。


~ウチの規則~

 一.ウチの利益を害する者は「客」ではない 

   ただちに帰り、土下座で反省の儀を行うべし

   ウチの利益に貢献する気になったのならまた来い


「あのばぁさん、また勝ったってか」

「ったく、どんな運もってやがる」


 ビールを片手に頬杖を突き、老婆と己との差を嘆く、2人の男たち。今日の結果からして、彼らは立派な「客」であった。モヒカンの男はなけなしのチップを支払い、もう一度可能性に賭けることにした。眼帯の男も便乗しようとしたが、突然、肩をポンポンと叩かれた。


「ほぉんと、カネか運、どっちか私たちにくれないかしらね」


 振り返るとそこには、黒ジャケットを着た女性———マネージャー兼社長秘書がいた。呼びかけがひととおり落ち着き、空いた時間にはこうして「客」に絡むのである。バイク用のピンクの半帽に覆われた長い金髪からは、甘い香水の匂いが発せられている。


「お、おぅよ。オレ達もそう思ってたところでよ…なっ、眼帯」

「そ、そうなんだよユキさん。ま、まぁ? 俺は金いっぱいあるし? 運欲しいかなぁ、なんて」


 店一番の美人にして管理職を務める秘書の登場に、男たちは思わず頬を赤らめる。室内にもかかわらずヘルメットをかぶっていることなど,彼らは気にも留めなかった.さらに肩を叩くという軽めのボティタッチは、彼らに明日も来ようと思わせるのにじゅうぶんであった。そんな彼らに追い打ちをかけるように、ユキは胸ポケットから団子を2本取り出して言った。


「私の好きな団子だんしのタイプはァ…みたらし系かな」


 右手で眼帯の男に、左手で金色モヒカンの男に,1本ずつ団子を差し出した。

 彼らが「オレだな」と言って団子を受け取ったのは同時だった。一瞬顔を見合わせたふたりは、即座に団子をくわえて、互いに睨みを利かせた。


「なんだとてめぇ」

「やんのかこらぁ」


 彼らが出したのはコブシではなくトランプカード。すぐに始まる内輪揉め。

 こういうのはウチにお金が入らない。頼むから外でやってくれと秘書は思う。

 でもそれより———


「今日の大一番、見に行かない?」



 秘書が二人の男を連れてきたのは61番テーブル。今まさに、両者の負けられない戦いに決着がつけられようとしていた。


『さァ、いよいよ本日の大一バァン、ジャンケンゲ~イムがァ始まるでぇ~! ヤジウマに乗ってェ、61番席へGO!』


 テンションMAXのMCに呼び寄せられ、広々とした店内のそこら中から、続々と人が集まってきた。隙さえあれば賭けようとする人々にとって、MCのアナウンスは競馬でいうファンファーレのようなものである。


 野次馬と総称される彼らが、広々とした店内の移動に使うのは、自らの足ではなく馬型ビークル———通称「ヤジウマ」である。ワンコイン入れれば、それなりの速さでそれなりの場所へ移動し、ふたたび金銭を要求してくる。「移動手段でカネを取ろう」と言い出したのは秘書であり、「客」たちはアルコールのせいで冷静さを失い、その策略にはまっていた。ただし秘書自身は、それが面倒くさい上に時間がかかるのを知っているので、特別に2人の男を連れてここまで歩いてきたわけである。


『白勢力ゥ…ウチ随一のジャンケン弱者ァ、イチィ~!』

『パチパチパチ…』


 聞こえてきた拍手は誰のものでもない。MCがボタン一つでスピーカーから流した音源である。これはいつものことであり、ミジンコにジャンケンで負けたという逸話を持つカジカジのスタッフ、イチへの精神衛生上の配慮である。かえって心にくるものはあるが、イチはルーティンを始めた。


「なにもルーティンをしない」というルーティンである。これにより、彼のジャンケン運は格段に向上した。触らぬ神に祟りなし、の精神ともいえよう。 

 つまり何もアクションを起こさなかったイチ。ジャンケン最弱の男は、それでも特別なオーラを放っていた。今夜はどんなパフォーマンスを見せてくれるのか。


 続くMCの声は、より一層の熱気を帯びていた。


『対する黒勢力ゥ…歴史上ジャンケン最強を自称するダークホースゥ、ダーク・ホースゥ!』


 あちこちから空き瓶だの日焼け止めなどが降りそそぎ、そしてたったいま隕石が地球のどこかに降り落ちた。歓声は四方八方からワイワイガヤガヤと飛び交い、宇宙では無数の星屑たちが行き違っている。つまり、今日も「客」たちの興奮が火事のように燃え上がるカジノ、通称「カジカジ」は、宇宙となんら変わらないのである。


「いってぇよテメェ!」

「なんだ、やんのかゴラァ!」

「俺も入れろー」


 空き瓶が頭に当たるというのはあまり好ましいことではない。秘書はそれを身に染みるほど知っているため、店内でもピンクの半帽をかぶっているわけである。そして今日も、目の前で負傷者が続出。間髪入れずに2台の救急車がカジノへやってきた。不幸にも観者から患者へ変貌した3人の男女は、軽症の診断を受けながらも運ばれていった。


 あまりの救急出動の多さに、マネージャーであるユキは、経費で救急車を購入することも考えたことがあったが、高かったのでやめた、という過去がある。ただし、本来であれば「客」の軍資金になるものが、不必要な入院費になってしまうのに納得したわけではない。救急車が本当に高かっただけである。


『みんなァ、落ち着いて落ち着いてェ~。ジャンケンゲ~イムはっじまっるよ~』


 ヒートアップする場において、MCから「落ち着いて」という言葉はあまり聞きたくない。ところがそんな常識やマナーといった「カネじゃない何か」は、この店では通用しないのだ。


「1000万ファイヤーベット!」

「うち5万ファイヤー」

「800万でダーク・ホース! これで俺もっ、億万長者だぁ!」


 店内限定の掛け金「ファイヤー」は、今日もその名のとおり、客たちの闘志を激しく燃やしている。ちなみに過去に一度だけ、闘志から肉体へ引火したケースがあるため、店内の気温は少し低めの20度に設定されている。


 そしてBETタイム。言わずもがな、ダーク・ホースの圧倒的人気である。おかげでオッズは1.05倍。意気込む客の億万長者への道は、数千回の勝利を超えた先にある。


 そんな中———


「イチに、オールだ」


 1人の若き女性が、反旗を翻した。

 これこそが勝負師ギャンブラーに必要な素質である。


 場の注目は一斉に集まる。対して、彼女はただ、ズズッとウーロン茶をすすっただけ。テーブルの上には、満杯になる予定の空っぽのアタッシュケースと、20杯を超えるドリンクバーのコップがある。常連の風格こそあれど、彼女はこれがカジカジ初入店であった。


 秘書は思った。彼女こそが、幾たびの勝負を乗り越え、生き残ってきた「真の勝負師レジェンド」であると。秘書がかつて関わっていた裏社会では、その名は広く知れわたっており、「一攫万金」「明日はカネが降るでしょう」などの異名が付けられるほどであった。

 そんな彼女に見えている世界はどのようなものなのか、今もその領域を目指し続けている秘書。この瞬間を目の当たりにできるなど、開いた口に餅…いや、「開いた通帳にクレジットカード」と言えよう。それほどまでの幸運であり、歴史が刻まれる瞬間である。


 オッズは6378倍。異次元の数字である。

 彼女がひとたびBETをすれば、その勝負は「ビッグバン」とも称される。それほどまでに爆発的な数字の先を、彼女は何度見てきたことだろう。勇士を目にするこのワクワク感こそが、秘書の生きる意味である。


 そして恒例のアナウンスが,店内の熱気を貫いた。


『Are You Ready!? Once a bet is placed, it will not be refunded under any circumstances. In the event of winnings, a 15% commission will be deducted as a handling fee』


 バトル直前にMCが発する、よくわからない英語の長文。きっとほとんどの人はスルーするはずだ。しかしここにこそ、「カジカジ」マネージャー兼秘書は好機があると確信していた。

 そして今日も、15%-Handling fee〔手数料15パーセント〕という言葉を聞き取った者はいなかった。


『ではいこうかァ…イチ VS ダーク・ホースゥ…Game Start!』


 この勝負———指名ジャンケンにおいては、両者は掛け金10万ファイヤーと、この店の固定資産税の5パーセントをデポジットとして預けることになっている。そして勝負に負ければ没収、勝てば社長の気分にあった相応の額、つまり時価が支払われるのである。


 それすなわち、絶対に負けられない戦いがそこにはある。


 そしてこのイカレた店において、ジャンケンが普通であるはずはない。

 グーが最強。ルールはそれだけである。となれば当然———


「おっらぁダーク・ホースゥ! グゥ出さなきゃ許さんぞぉ」

「ワタシたちの人生がかかってるザますからねっ。負ければグーでげんこつよっ」


 再びツマミやら爪楊枝やら、そして時折カクテルが雨のように飛び交い、それでも人々は彼がグーを出すと信じている。ここで秘書は初めて後悔するのである。

 ヘルメットはフルフェイスにしておけばよかった、と。半帽では対処できないほどの盛り上がりようも、やはり普段と異なる勝負師ギャンブラーがいるからだろう。


「イチはグー、どこぞの馬の骨はパーといったところだナ…」


 野次馬たちがわちゃめく一方で、窓際で傍観するレジェンドは、冷静に戦況をよんでいた。10代半ばの若者でありつつも、年齢=勝負歴の経験で培われた「未来を見切る目」をふんだんに発揮して。そんな彼女を秘書は、ひいては社長室でモニタリングをする社長までもが、うなるほどに感心していた。


 そしてMCの掛け声により、ついにその時が訪れる。


『ジャーンケェン———』


 ただここで冷静に考えてみてほしい。

 グーが最強という明確なルールのもと、チョキやパーを出す人間などいるのだろうか?

 いるのである。

 レジカウンターの壁にはこう書いてある。


~ウチの規則~

 二.酒は呑んで呑まれるべし

   呑まれない者も「客」ではない

   ただちに帰って土下座を———

 

 秘書イチ押しのアルコールに呑まれ、やけくそな雰囲気にも飲まれた挙句———


『PoooooooN!!』


 プーンともポーンともとれるMCの掛け声でダーク・ホースが出したのは、グーチョキパーのいずれでもない、1丁のピストルであった。対してイチの右手は握りこぶし、グーを示していた。

 この瞬間にイチの勝利は決定、6378倍という、地球の半径に匹敵する倍率のファイヤーが、レジェンドの手に渡ることになったのである。


 その後の店内は大荒れであった。

「ピストルの中には銃弾が入っているから実質グー」だの「そのとき誰かのお腹が鳴っていたはずだからグー」だのというこじつけを、秘書は一人ひとり対応していき。

 散らかった皿だの何だのを、投げた人物を全員特定してひとつづつすべて拾わせ。

 酔った勢いで襲い掛かってくる連中には、半帽の頭突きで一発食らわせ。


 こんな状況を幾たびも乗り越えてきた秘書でさえも、ピストルを持った男にだけは冷や冷やしていたが、彼は突然落ちてきたタライにより鎮圧された。そしてこのとき初めて、場にいた「客」たちが気付くのである。

 天井から吊り下げられている、大小100を超えるタライに。落ちてくる仕組みは至極単純、社長が社長室から糸を引っ張るだけである。いき過ぎた真似をする酔っ払いの連中は、毎度こうして鎮圧される。


 10分足らずで店内は元通りとなった。

 秘書は自分の手をほとんど汚さず、周りを総動員することで最大効率を保った。良くも悪くも、これが彼女の「リーダーとしての素質」である。ホッと一息つく間に、そんな彼女に惚れなおし、近づいてくる男たちがいた。


 眼帯とモヒカンである。


「ゆ、ユキさん。もしこのあと空いてたら———」

「82番テーブル、お帰りでーす」

「もう来んなー」


 秘書は彼らをさておき、出入り口のほうへ呼びかける。それに続いて、イチ含めカジカジの従業員は、一定のトーンでお決まりの台詞を口にした。大番狂わせが起きた直後の店内で、「もう来んな」と呼ばれる人物は一人しかいない。


 6378倍を勝ち取った、レジェンドである。彼女はアタッシュケースと紙袋でふさがった両手を気にせず、ドアを開けるためバタンと蹴っ飛ばした。大きなひびが入った直後、自動ドアはウィーンと開いた。

 勝手に開いたドアに驚きつつも、破壊行為を謝罪することもなく、外へ出ていこうとする彼女。気付けば秘書は,そのあとを追いかけていた。


「あ、あのっ!」

「…」


 振り向いた彼女は、思っていた以上に少女だった。背丈は秘書の肩ほどしかなく、フードからのぞく顔はあどけなさ全開。反応がないことを見て、秘書は驚かせてしまったのではと不安になった。


 しかし、レジェンドに限って、そんなことはなかった。


「話しかけないでもらえます?」

「おい待てやクソガキィ!」


 彼女が抱えるアタッシュケースは賞金でいっぱいのはずなのに、スタートダッシュを決め込まれて逃げられてしまった。それはまるで、金色に輝く夕日に向かって走っていく、銀行強盗のように。


「もう追いかけねぇから、気をつけて帰れよぉ~」


 少女は振り返らず、応えるように右手をさらっと振って消えていった。


 きっとまた彼女はここへ来る。

 跳ねるような後姿を見送りながら、秘書はそう確信した。

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