エピローグ
「81番テーブルぅ、お帰りでぇす」
「もう来んな~」
と言いつつも、ウラ001は最後に小声でこう付け足した。
「また来てくださいね」
するとその女性客は、ただでさえ持ち金が増えた喜びに浸っていたのに、デキるコワモテ男にウインクまでされ、感情が爆発。垂直にジャンプしたと思ったら、その勢いが留まることなく、やがて大気圏を突破した。フリーフォール夫妻がいるならば,垂直飛び婦人がいるのも当然だ。
彼女を見てみぬふりをしたウラ001であるが、今は立派なカジカジの従業員だ。秘書に相談を持ち掛けたところ「元気が出る」という理由で無事、再雇用されたのである。ロケット開発での彼の技術が、秘書に認められた、というのも小さな理由の1つではあるが。昨日の臨時休業から明け、さっそく彼はハチとして業務をテキパキとこなしていた。
「客ならざる者」を、はるか上空へ見送ったウラ001。
するとそこに、新たな「客ならざる者」がやってきた。
「おっ、レジェンドちゃん。いらっしゃい」
常識的に入り口から侵入してきたレジェンドは、今日も黒いアタッシュケースを持っていた。
「今日はマジでカジカジ潰しに来たから。覚悟しててよ」
「勘弁してくれ~」
レジェンドはいたずらっぽい顔を浮かべ、定位置である窓際の席へむかった。今日はどんな伝説を見せてくれるのだろうか。
順調に店を赤字に追い込んでいくレジェンド。秘書が昼休憩のため秘書室へ戻ったときには、すでに2つ目のアタッシュケースに突入していた。そもそもこれだけ繁盛するカジノが赤字になるはずないのだが、オッズ計算がおかしいことには誰も気付いていない。
そんな中、ある一人の男性が入店した。
初見の人物。見た感じカネ持ち。
「いらっしゃーい」
「秘書室はどこマモ? 秘書さんに会いたいマモ!」
クソみたいな語尾の男性は、見た感じ20代後半といったところ。挨拶もなくいきなり秘書室を聞いてくるあたり、彼も立派にイカレている。
そしてウラ001は直感した。
彼こそが新社長であることを。
ただ一応、不審者である可能性も拭えないため、身分証の提示をお願いすることにした。
「免許証などはお持ちで?」
「はいマモ」
スムーズな動作で財布から取り出されたのは、顔写真付きの免許証。持っている免許は「2トン自転車」と「大型三輪車(限定解除)」。かなり特徴的な免許保持者であるが,ウラ001が驚いたのはそこではなかった。
彼の名前である。
「…はい、ありがとうございます。では行きましょう」
レジェンドが目の前の試合を放棄し、不思議そうな顔で彼らを見つめる中、ウラ001と男は奥のほうへ入っていった。
「ユキ、入るよ」
ウラ001の声に「どうぞ」と返事をし、秘書は内側から、社長室のドアを開けた。そして、彼の隣に見ず知らずの男がいることに驚いた。
「この人誰よ」
秘書は人差し指を男に向け、ウラ001に尋ねた。
失礼とかいう「カネじゃない何か」は、この店には存在しない。
「新しい社長だそうだ」
「…ふーん」
「社長に言われてたマモ。社長室に入ったらコマンドを実行してくれって…マモ」
「無理にマモってつけなくていいわよ」
「ごめんマモ」
無性にマモ野郎のケツを蹴りたくなった秘書は、その感情を必死に抑えた。彼を新社長に指名したのは、ほかでもない、男児社長である。
そんな秘書の様子を見て、ウラ001は思わずププッと吹き出した。
マモ野郎はそれにも何事にも気付かず、メモのようなものをポケットから取り出した。
「えーと、まず…社長室に入って、右の壁の9行21列のダラー札をめくって…おー、あったマモ。このボタンを床に時速29キロで叩きつけて…こうマモか?」
ガシャン
床にはヒビが入った。
秘書とウラ○○一は思った。
こいつ、イカレているな。
その後、マモ野郎は「床にできたヒビにするめジャーキーを挿しこむ」「飾られた泥団子にフォークを刺す」「電気のオンオフを12回繰り返す」などのコマンドを正確にこなした。そして両手を上げ、万歳のポーズを取りながら言った。
「これで終わりマモ!」
「…だから、なにがなんなのよ」
「マモもわからないマモ…」
不必要なほどしょんぼりするマモ野郎のケツを、秘書は軽めに一発だけ蹴ってやった。ペチンという音に重なったのは、ウィーンという機械音。
隣の部屋からだ。
ガタン、ガタン…
床の凹凸を車輪が踏み、何かが近づいてくる気配がする。
秘書、ウラ001、マモ野郎は固唾をのみ、体を寄せ合って覚悟を決めた。
「なんかあったらマモが相手してよね」
「そうだそうだー」
「…ちょっと怖いマモ~」
開いているドアをじっと見つめる3人。
ガタンと大きな音を立て、それは姿を現した。
彼らの目に最初に映ったのは、社長が普段から着ていた社長服。一瞬、社長がそこにいるのかと思った。その下部からは、見たことのあるパーツ…ヤジウマの脚が8本のびている。移動においてその脚は関係ないようで、相変わらずガタンガタンと車輪を鳴らしながら、それは近づいてきた。
視線を頭部へ移すと、クレヨンで書かれたミジンコの絵…ではなく、誰かの似顔絵。それが社長自身が描いた自画像だと気づくのには、残念ながら時間がかかった。
その物体はコーヒーメーカーのほうへ進んでいくと思われたが、3人の前で止まった。いつの日かのゴミットとは違い、搭載されたLIDERと深度カメラにより、奥行き方向までばっちりセンシングしている。
秘書はペタッと貼られたA4の紙に気付いた。
「これ、なにかしら…」
何やら文字が書いてある。社長からのお手紙のようだ。
**
「タコ型社長ロボット」
これはカジカジ従業員、さらには秘書のために開発したものである。組み立ても苦手なはんだ付けも僕がやった。動作不良を起こしたらすまない。
それと秘書よ、レジカウンターの看板にこれを追加しておいてくれ。
~ウチの規則~
四.ロケット開発ならウチに任せるべし
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「…社長! 勘弁してよ、私もうロケット開発疲れたんだから!」
「俺も同感だ」
それも、疲労とは異なる疲れである。
ともに踏み残してきた足跡は、雨が降ったことで強固になった。これこそが報われたときの達成感であり、良き思い出となるものである。そして目の前に広がるのは、前人未到の真っさらな土地。踏み出すにはあらゆる方向性の勇気がいるが、きっと秘書なら大丈夫だろう。そこには仲間がいて元カレがいて、センシング機能を搭載したタコ型社長ロボットもいるのだから。
「おっと、自己紹介が遅れたマモ。マモ、鬼島七男というマモ。これからよろしくお願いするマモ!」
一人称までマモに取りつかれている目の前の男を、秘書は強めに一発殴ってやった。それはまるで、広大な宇宙空間で2つの隕石がぶつかるように…。
【カジノの馬鹿力~7歳になれなかった社長のために~ 了】
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