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第13話

 たった1つのゴンドラに、今日も新鮮な朝日が差し込んだ。まぶしく照らされたレジェンドもまた、大作戦への入念な準備を昨晩までに終わらせていた。


 カジカジの隣の家に10トンTNTの爆弾を仕掛け。

 カジカジ周辺の一軒家に五カ所の毒ガススポットを仕掛け。

 打ち上げ花火の自動発射プログラムを直感で作成し。

 これですべて整った。社長とデート大作戦の準備。


 なのに———

 そわそわしてどうも落ち着かず、彼女は目的もなく携帯を触りはじめた。画面には傷ひとつなく、朝日をピカピカに反射している。彼女の携帯電話が3か月も持つのは、なかなか珍しいことであった。


「警察からメール…ま、いっか」


 先日の花火泥棒の件だろう。ご丁寧に届いた出頭要請メールをゴミ箱へ移動し、レジェンドはオンラインカジノのゲームを始めた。

 本来であれば、今ごろは海外の大学で「BET直感講座Ⅱ」の講師をしているはずのレジェンド。あれからさらに送られてきた「キャンセルをキャンセルしてください」メールも無視し、我が国へ残ることに決めていた。


 そしてそれ以降、時々カジカジへ足を運び、そのたびに社長の肝を冷やしつつ大勝ちをするという日々を過ごしていた。最近は社長が表に出てくるようにもなり、店を訪れる目的は賭けをすることだけではなくなっていた。


「このっ、このっ!」


 懸命にタップする画面には「YOU LOSE」の文字。論理の構築が必要となる勝負においては、そこまで驚くような結果ではない。さらに、勝てるところだけ勝負する彼女であるので、手軽にポンポンと勝負ができてしまうオンラインカジノとは、あまり相性が良くないということもある。以前は通信速度の影響でスピードに敗れたが、これも立派な負け要素と言えよう。


 しかし、彼女がたったいま敗北を喫したのは、ルーレット。通信速度も関係なければ、論理の構築なども必要としない、直感がモノをいう種目である。これすなわち、今日は「いつもと違う日」。彼女が直感で負けるなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。


 レジェンドはガラッとゴンドラの窓を開けた。一時の感情は人生の分岐点となる。イラつきというどうにもならない感情から、レジェンドは「音量ボタンの大きさだけは世界一! 通信速度は従来の20パーセントカット!」のCMで知られる微妙なスマートフォンを右手で振り抜いた。


 しかし、リリースはしなかった。

 右手が絶好のリリースポイントに差し掛かる直前、レジェンドの脳裏に浮かんだのは、社長のダンディー…ではなく男児ィーな顔。スマホを握った右手には、反射的に力が込められ、スマホは一命をとりとめた。


 つまりレジェンドは、「ツーショット」なるものを撮りたいのである。

 相手はもちろん男児社長。

 いうまでもなく、本日のレジェンドがそわそわしている原因。数時間後に待ち受けるのは、人生で初めてのデートに、初めてのツーショットなのだから。


「はーい、降りてくださーい…って言っても、聞かないですよね」


 ゴンドラが地面すれすれを通り、窓を開けて呼びかけるスタッフ。

 もはや諦めの表情である。

 しかし今日は「いつもと違う日」。レジェンドは初めて、観覧車のルールを守った。

 1周で降車したのである。

 それどころか、彼女はらしくないことを口にした。


「これは今までの礼。持っておくといい」


 手には「対象年齢:15歳未満」と書かれたタグ。これが何かを知る者は、彼女自身と伝説の鳥人間のみである。訳もわからず「ありがとうございます…」とだけつぶやくスタッフを背に、レジェンドは歩き出した。

 目的地はない。そわそわしているだけである。



 地下8階に広がるロケット工場。

 各部署のリーダーが記入する「進捗チェックリスト」には、6年分のあゆみを記すチェックマークでいっぱいであった。すでにプログラム班やボティ班、制御システム班などは、すべての項目を埋め尽くしている。


 そしてとうとう、最後のチェックボックスに印がつけられようとしている。マーカーを握るのは家主であった。


「ほ、ほんとにいいんですか⁉ 私がトリを務めるなんて」


 彼女もまた、開発開始当初からのプロジェクトメンバー。長いようで長かった開発期間の努力が、このチェックリストにより可視化され、最後にペンを握るという役割はじゅうぶんな重みがある。


「いいのよ。貴方が貸してくれた土地なんだから」

「で、では」


 家主はマーカーのキャップを外し、「家主ンチ大改造計画―㊵最終点検」の欄にチェックマークを入れた。キュキュッと鳴ったその音を合図に、ウラ801からウラ1006までの全員が一斉に泣き出した。

 それはまるで,年末の音楽番組で、メンバー二百人の大合唱グループが大賞を受賞したときのような、大号泣のハーモニー。テノール担当は、最近までカジカジでヨンとして奉仕していた、ウラ1004である。


 秘書はほんのかすかに聞こえるテノールパートに同情しつつ、全従業員に礼を述べた。


「き、気持ちもわからなくはないが…従業員一同、今日まで本当にありがと———」

「泣き声がうるさくて聞こえませーん」


 間髪入れずに、秘書は手元の「タライ落下装置」を操作し、ウラ618の頭上に一キログラムの鉄球、ならびにウラ801からウラ1006までの従業員に大判タライを落とした。社長が残した「タライ落下装置」は、秘書がバトンとして受け継いでいく。

 大合唱がおさまり静かになったにもかかわらず、救急車のサイレンは聞こえなかった。


「さて、取り乱してすまなかった。従業員一同、今日まで本当にありがとう。すべての努力は今日のためにあった」


 ウラ001はうんうんとうなずいている。昔の彼女を知っているからこそ、心にグッとくるものはあるようだ。隣に座っていたナナは、そんなウラ001に話しかけた。


「おいどん、ユキどんにほれぼれしもした! こいは…どげんしたらよかとでごわすか⁉」


 どげんもしなくていいと思いながら、ウラ001は返事をした。


「当たり前だ。俺が惚れた女だ」

「おぉ…かっこよか! おいどん、心に決めもした! 今宵、ユキどんばデートに誘うでごわす!」


 なぜそうなると思いながら、ウラ001はまた返事をした。


「お前はそこらへんで焼酎でも呑んでれば良いん…ゴホン。そうだな、それがいい。ユキは「サツマイモ系」男子が好きだそうだからな。お前にぴったりだろう」

「ウライチどんもそう思わんね⁉ よっしゃ! ほんなら今宵18時、ユキどんば海バーベキューに誘うで———」

「ちょっとナナ、静かにしてくれる? それに私、今日は一緒に飲む人がいるから。えー、すまない。話が逸れてしまった。プロジェクト決行は予定どおり2時間後、正午となるので———」


 すぐに話を再開する秘書。

 ウラ001はガッツポーズをした。理由は2つである。

 1つ、恋敵になりそうなナナがユキから注意を受けたこと。人の不幸はなんとやら。その人がライバルであればなおのことである。

 2つ、「一緒に飲む人」の部分。それが自分である可能性が出てきたからである。


「もう一度まとめると、まず社長の登場とともに家主ンチ大改造計画を開始する。予定されるトランスフォーム時間は一分。それがロケット発射台となる」


 話を聞いていなかったナナとウラ001は、さも最初から聞いていたかのような表情で秘書に目を向け、頷いている。秘書に対して恋心を抱く2人ではあるが、彼女の晴れ舞台を台無しにするつもりはない。


「社長自らの予想では、もってあと数時間だそうだ。ロケットの帰還予想時刻は15時30分。宇宙を存分に満喫した社長を、カジカジ店内で看取るのだ」




 それからの2時間で起こったこと。

①レジェンドが3度の職務質問を受ける。

 原因は黒いアタッシュケース。

 そわそわ解消に立ち寄ったカジノで大勝ちした結果である。

②クレクレの株価が大暴落。

 原因はすべて鬼島社長の息子たち。

 六男の逮捕、七男のテスト四教科赤点、九男のSNSでの不適切発言、十三男の失踪。各種の失敗がたび重なり起こったが、それでも彼らは懸命に生きている。

③イチの出演するニュース番組OLDS、収録にもかかわらず炎上。

 ゲストとして来ていた鬼島二男の水玉模様の下着が、意図せず放送されてしまった。


④男児社長、起床。

 想定以上に長く寝てしまった社長は、時計を見て慌てた。

 集合時間まで、残り30分。

 恐らく秘書や従業員たちは地下8階にいるであろうが、相変わらず静かな様子。

 社長は最後にもう一度だけシャワーを浴び、正午に家主ンチへ向かうことにした。

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