第12話
化学分野における定説では、原子核の周りの軌道を、いくつかの電子が周回する。それとよく似た動きをしているのが宇宙であり、太陽を中心として、我々の住む地球は回転している。
そしてここ———街一番のカジノ店「カジカジ」においても同様のことがいえよう。社長を中心、秘書を最内殻、千人超のスタッフを外殻として、今日も多くの「客」が行き来する。
いよいよ訪れた、8月31日———男児社長の誕生日。
6年間の役職任期を終え、その座を降りる日。
太陽は変わらず輝き続けるが、社長はそうはいかない。
これが宇宙とカジカジ、唯一の相違点である。
午前2時。閉店業務。
「えぇ、社長! もう一戦やらせてくだせー」
「ワタシもまだ不完全燃焼~」
「だめだ。今日は「客」として胸を張って帰るのだ」
社長はついに、接客も行うようになっていた。従業員が地下8階の仕事もこなすようになったことで、カジノが圧倒的人手不足に見舞われていたのである。
閉店の「出ていけチャイム」が店内に流れている。
にぎわっていた店内から、少しずつ喧騒が引き算されていく。
常連たちは知っていた。閉店時間になると頭上いっぱいのタライが一斉に落ちてくることを。もしそうなれば1週間の入院は免れない。軍資金を治療費には当てたくないというのが、彼らの本心である。
「ん」
社長はタライ落下用スイッチを見せびらかした。
これ以上、言葉はいらない。
「…わぁったよ。また明日な、社長」
「じゃあねー社長」
男女ペアはごっそり軽くなった財布を持って、次の勝負へ向かっていった。最近よく来るようになった2人であるが、彼ら彼女らはまだ知らない。
これが男児社長と会う、最後の機会となることを。
「さてと…」
その瞬間、あちこちでシャキンシャキンと音を立てるヤジウマたち。店内の計70基のヤジウマたちは、高度の音声認識システムを有しており、社長の声でトランスフォームを開始した。営業時間中はカジカジ利用者たちの乗り物として活躍し、閉店時間になると業務をこなす立派な従業員へと変化するのだ。
ヤジウマたちは不平不満を一切漏らさず、ものの5分で全業務を終了した。一斉にタライが降る日は追加で2分ほどかかるが、今日はその類ではなかった。これをプログラムしたのも、もちろんあの名プログラマー、イチ。社長の発する「さてと」以外では反応しないようにしたところも、癖の強いポイントであった。そしてもう1つ———
「シャチョウ、ゲンキナイデスネ。オカワリゴトゴザイマセンカ」
心のケアシステムも搭載。
普段より声のトーンが低いことを見抜いたのである。
「ああ、問題ない。閉店業務ご苦労であった。明日からも頼む」
「ショウチシマシタ。オツカレサマデシタ」
ヤジウマたちは一斉に元の姿へ戻りはじめた。レジカウンター近くの1機が故障して動けなくなっているようだが、社長は見てみぬふりをし、社長室へ戻っていく。社長はヤジウマたちに真実を伝えるつもりはない。彼はロボットが何たるかを理解していた。
秘書からは、正午に家主の家に行くように言われている。
やるべきことは昨日までに終わらせてある。
今から数時間はぐっすり寝て、宇宙へ飛び出す準備をしよう。
ところで———
手にするであろう、宇宙への片道切符。その直前とは、こんなにも穏やかなものなのだろうか。最後の最後まで一緒にいたいと、イチあたりは言ってきそうなものであるが。




