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第11話

「従業員一同、敬礼」


 とうとう千人を突破した従業員の前で、こうして秘書が指揮を執るのも、残り1か月となった。それは同時に、社長に残された時間もまた、1か月であることを示していた。

 変わらずに胸の前でカネのポーズをつくる従業員に、秘書は声を張った。


「今日から最終調整へ入る。だがその前に、当日の流れを説明———」

「聞こえませーん」


 秘書はそれが誰の声であるかすぐにわかった。

 ウラ618だ。

 チッと舌打ちして、秘書は手話を加えた。裏社会時代に培った技術の一つだ。


「今から当日の流れを説明する。まずは6時に起床———」

「聞こえないしわかりませーん」


 秘書はもう一度舌打ちをし、神聖なる胸ポケットから「社長室連絡用子機」を取り出し、社長へ信号を送った。間もなく、工場の高さ20メートルを超える天井から、直径1メートルの特大タライが落下。ウラ618の頭に直撃し、床にノびた。

 地下八階であるからか、救急車のサイレンは聞こえなかった。

 秘書はポチッとマイクの電源を入れ、工場内に声を響かせた。


「取り乱してすまなかった。さて、決行は1か月後の8月31日。社長の誕生日であり、予想される命日でもある」


 最初からマイクを使えばいいのに、と思った従業員は全体の2割。しかし、ひとたびそれを口に出せば、今日が自分の命日になることを彼らは知っていた。

 結果的に全員がお利口なまま、秘書は話を続けた。


「打ち上げは正午に行う。場所は工場の真上、家主ンチの敷地いっぱいを使用させていただくということで合意している」


 家主はうんうんとうなずいている。「吸っても吐いても音が出るリコーダー」の開発が、順調に進んでいるからだ。当然、秘書の話などは耳に入ってすらいない。

 そんな彼女の様子を見て、秘書は再び「社長室連絡用子機」を取り出し、社長に向けて信号を送った。そして家主の頭上へ降ってきたのは、何者かが一晩中噛み続けた、味のないガムであった。家主は自身の頭にペトッと付着したその汚物を素手で取り、「なんだろう、これ?」と首を傾げた。


「そこで、これからのプロジェクトにおける3つの段階目標を設定した。1つ、家主ンチの魔改造。ボタン1つでロケット発射台へ早変わりするシステムを、家主中心で構築してもらう」

「わっかりました~! オラァいくぞ野郎ドモォ」


 早変わりの次元が違う家主は、ウラ801以降を連れて集会をあとにした。なんだかんだで、彼女の肩書はウラ801以降をまとめるリーダーのままだ。持ち場へ向かう200人越えの列はみな、彼女を深く信頼していた。


 まだ話は終わってないんだけどな、と思いつつも、秘書はスルー。

 残った800人の従業員が聞いてくれれば、それで良い。


「2つ、全組み立て工程の完了。各機構の試験データから、問題なく飛行できると判断した。本プロジェクトのゴールとするロケットは小型であるため、工場内で組み立てを行う。そして3つ、構築する軌道周回プログラムについてだが———」


 その時点で、780人の従業員が、各々の持ち場へ移動を開始した。やるべきことを思い出したからである。工場内は一斉にざわつき始めたが、それも秘書はスルーし、重要なことを口にした。


「カジカジ従業員であるイチに協力を仰ぎ、地球を一周したのち、ここへ帰還するプログラムを作成する。彼は名プログラマーだ。社長には片道切符の「宇宙葬」だと説明してあるので、口外は厳禁で頼む」


 本来の予定はこうだった。

 夢にみた宇宙という光景を、社長の最期にプレゼントし、死後、プログラムにより火葬を行う。最終的に、社長の遺灰は宇宙の彼方へ旅立っていく。

 しかし、思いのほか優秀な従業員の力添えもあり、打ち上げたロケットが帰還できる可能性が出てきたのである。高度な技術が必要となるが、もしそれが出来るなら、秘書にはやりたいことがあった。


 社長の最期を、カジカジで看取ることだ。


「それでは各自組み立て作業へ取り掛かってくれ。ご安全に!」

「ご安全に!」


 最後まで残っていた従業員たちは、持ち場へ散らばっていった。

 「エコーがかかって聞こえませーん…」というウラ618の声は、誰にも届かなかった。



『業務連絡ー、業務連絡ー。イチー、社長室へー』


 恒例行事である。社長はイチを呼び出した。

 その対象エリアは「店内」「トイレ」「町内」に加え、「地下8階」が含まれていた。この際カジカジの従業員も使っちゃえ、という社長の進言のもと、イチたち正規従業員も、開発チームの一員となったのである。


『イィチ』


 今日も始まった地獄のカウントアップ。

 しかしもう社長には、従業員をクビにする気はない。


『ゴォー…』


 言うやいなや、社長は熱々のココアに口をつけた。

 チョコレートのような甘い香りと、ミルクのまろやかさが広がり———


「お呼びでしょうかぁ~」


 天才級の変態は、今日もゴミットから顔を出した。一歩間違えれば天災級になるものの、さすがは名プログラマー。その境界はわきまえていた。今朝も朝6時からテレビの収録があったようで、イチは大きくあくびをした。


「お疲れのようだな、イチ。今日も「ニュース番組なのに収録して翌日放送!」でおなじみのOLDSの収録か?」

「はい」


 どこに切り替えスイッチがあったのか、イチの口調は七三分けのイケメンスタイルに戻っていた。いつの間にか伊達眼鏡も身につけている。


「そうそう、ここだけの話ですが社長、OLDSは次年度から改名してNEWSになるみたいですよ。ニュース番組にあるまじき編集が売りだったようですが、さすがに収録では視聴率が低迷してしまうようで…それより社長、なにを作ってらっしゃるのですか?」


 イチは社長のココアに口をつけながら尋ねた。その目的は「ココアを飲むこと」ではなく「社長のコップに口をつけること」である。社長が6歳男児であれば「僕のココア飲むな!」などと言うであろうが、すでに彼の精神は70歳をオーバーしている。失礼な部下をまるで気にせず、デスクの上ではんだ付けを続けた。


 常識サイズの基盤にはびっしりと線が張りめぐらされ、美しい回路が形成されている。それ自体はほとんど完成といったところであるが、社長の足元には、基板やらヤジウマの余りパーツやらが転がっている。隣の部屋でかつてゴミットの行く手を阻んでいた物たちが、とうとう脚光を浴びる時が来たのだ。


「暇なジジィの戯れだ。それよりイチ、お願いがあるんだ」


 区切りがいいところでコテをホルダーに置き、社長はまっすぐイチを見た。

 しかしイチは社長をさておき、手鏡と向き合いながら前髪を七三から八二へセットした。今から大事な話をしようとしているのに相手にされないのは、好ましいことではない。社長は決心した。


「よし、ゴミットを起動して———」

「はい、すみません! なんでも聞かせていただきましょう!」


 社長室から追い出されたくないイチ。

 手鏡をしまい込んだのを確認して、社長は静かに述べた。


「辛い選択になるであろうが、君にしか頼めないのだ」

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