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第10話

『強風のためー、ゴンドラは一時停車いたしますー。再開のめどは立っておらずー、———』


 本日は珍しく、行儀よく順番待ちをしていたレジェンド。あと半周もすれば自分のターンだったというのに、強風によるこの事態。出鼻をくじくとは、このことであろうか。

 ただ、レジェンドにも人の心はある。

 強風にあおられているゴンドラの中には、人がいる。周囲にはクレープやらピストルやらを持った人々が集まり、あっという間に人だかりが形成された。


「きゃー! ゴンドラが振り子よ、振り子! あるいはメトロノームよっ⁉ 120BPMヨッ⁉」

「聞こえるぞ…力が聞こえる…」

「これで打ち抜いてやるぅ」


 ピストルを持った男は、報奨金目当てにアクションを起こした。

 ゴンドラの窓ガラスを割り、そのあとは何も考えていない。


パァンッ!


「きゃぁ!」

「発砲したぞ! 男が発砲したぞ!」

「取り押さえろ!」


 銃弾は80メートル上空のゴンドラへ見事命中し、間もなくガラスの雨が降ってきた。救急車のサイレンが鳴り始めたのは、それから1.8秒後であった。歴代4位の記録である。


 ピストルの男は、男性3人と女性1人に手足を拘束された。

 これで動けなくなったか、と思われたが…


「あの店の固定資産税さえ払わなければぁ~!」


 財布に200ダラーのみの男は、ここで掴まるわけにはいかないと、火事場の馬鹿力を発揮。拘束を振りほどき、最後の軍資金を懐に忍ばせ、亜音速でカジカジ方面へ走り去っていった。


 そんな彼に人々の注目が集まる中、レジェンドはひと味違った。地面に左足を踏み込み、8秒溜め、2回瞬きをしたのちに右斜め45度へジャンプしたのである。

 彼女の直感がそうさせたのだ。

 そしてさすがはレジェンド。直後に最大瞬間風速60メートルの暴風が吹き荒れ、空中であおられた彼女は、最終的にゴンドラ内部に着地した。ピストルの男が窓に開けた大穴、ジャンプの角度とタイミング。それらがぴたりと息を合わせた結果である。


 揺れるゴンドラで恐怖を露わにしていた女性は、別方向の恐怖に襲われることとなった。そんな様子の女性に構わず、レジェンドは哲学的な問いの1つに解を出した。


「たったいま決定した。人生は観覧車ではない。たまにあるだろう、長い長い人生の中間で、1人で立ち止まりたいときが」

 

 女性は小さくうなずいた。

 20代くらいで、おそらく社会に出て間もない年齢。

 今日みたいな強風にあおられることだってあるだろう。


「観覧車は止まってくれるが、時間は止まってくれない。1人で待っていても助けてくれるわけじゃない。それがあたしの答えだ」


 女性はうなずかなかった。

 しばらく口に出すか迷った末、やがて主張の声を上げた。


「ですが、観覧車はぐるぐると回ります。それはまるで年月が巡るように。昇りがあって下りがあって、時に朝日に照らされて。それぞれのゴンドラには人々の物語だってある。そう考えてみると、やはり人生なのではないでしょうか」

「…ふっ、くだらんな」


 レジェンドはそう吐き捨て、特殊アイテム「風見鶏」をポケットから取り出した。

 紙とパラシュートでできた、簡易的な鳥の羽。


「これを受け取るといい」


 レジェンドはそう言い残し、自身も背中に「風見鶏」を装着した。


「…えっ、もう行ってしまわれるのですか?」


 女性は目を丸くして尋ねた。

 しかしレジェンドは答えない。それが一番かっこいいと思ったからだ。

 間もなくレジェンドは、ゴンドラから飛び降りた。


 風を読みきった美しい滑空の軌跡と、80メートル下の地面に降り立つ少女。

 女性は抱えていた12個の悩みをすべて忘れ、決意を新たにした。


「よし、私もやってみよう」


 そして女性は受け取った「風見鶏」を広げ、すぐさま深々とため息をついた。

「対象年齢:15歳未満」という表示がその理由である。


 彼女はバッグから眉毛カット用ハサミを取り出し、表示タグを切り離した。これでタグは無効になった。その後、見事に滑空を決めた彼女は、やがて「伝説の鳥人間」として、国を挙げた捜索の対象となるのだが、それはもう少し先のお話である。




 さて、着地を決めたレジェンドは、すでに次を見据えていた。

 着々と進んでいるプロジェクト「社長とデート大作戦(最期の日ver.)」である。まっすぐな彼女が成し遂げようとしているのは、まさに伝説級の違法プロジェクト。バレたら終わり、お縄につくどころの話ではなくなってくる。


「まずは爆弾か…通販だな」


 レジェンドは念のため、先日の爆発跡の下見に来た。焦げつきや爆風による被害から、使用する爆弾の強度を慎重に決定する必要がある。社長に喜んでもらうためなら多少の負傷者を出しても構わないが、犠牲者が出ては寝つきに響くというのが、レジェンドの本心である。


「…足りないな」


 遊園地から一番近い爆発現場での調査をはじめ、彼女はさっそく見解を口にした。民家を中心として、半径10メートルほどが消失していたが、彼女の言う「足りない」とはずばり爆弾の威力である。彼女のイメージでは、その2倍以上の爆発が理想であった。


 レジェンドは爆発の中心地へ立った。遠くから警察車両のサイレンが聞こえており、まもなくここにも到着するだろう。そうなればKEEPOUTを命じられるのが目に見えているので、事前に得られる情報は得ておきたいところだ。そして彼女は、やはりツイていた。


「ん、これは?」


 足元に落ちていたのは、犯人の個人情報が記載された免許証だった。氏名と住所だけでなく、顔写真まで印刷されている。本当に犯人のものか疑われるが、裏面には『犯人より』と直筆で書かれていたので、素直に受けとって良さそうだ。

 しかし、レジェンドにとって、真犯人など微塵も興味がなかった。脳汁は出ないし、かっこよくもないからだ。彼女が憧れたのは、犯人の「爆破」という手段であり、犯人そのものではない。したがって、その免許証は無価値に等しい。


「あぁ、君! そんなところで何してるんだ。また怪しいことしてるんじゃないだろうな」


 警察車両から降りてきた男は、レジェンドの知り合いである。先日も事情聴取に付き合わされたばかりだ。こちらは珍しくまともな民族であり、警察になるべくしてなったともいえる、爽やかな青年。そんな彼らを困らせるのが、この街の住民の仕事である。


「あたし、何も悪いことしてないし、何も持ってない。帰ってもらえます?」

「え、あ…いや。ぼくたちは現場検証に来たんだ。真犯人を探さなきゃいけないからな。だから帰れないんだ。すまない」

「そっか。じゃあ、あたし帰るね。ばいばい」


 さらりと振ったその右手には、犯人の免許証。せっかく犯人が自らの手で爆発地点に置いておいてくれたのに、こうしてこの街の住人は証拠を消していく。レジェンドはそもそも、この事件が解決することなど望んでいない。


 しかし、まともな警察官は、そうではない。右手で光る怪しいものを見つけ、KEEPOUTのロープを飛び越えていくレジェンドを「待ちなさい!」と呼び止めた。

 呼び止めただけでは彼女は止められない。軽快なステップで数十人の警官をかわし、我が道を進んでいく。それでも少しの善意が働いたのか、レジェンドは「犯人は~…鬼島六男さんだって! 調べてみて!」と残して消えていった。


 それから少し経ち。

 レジェンドは厳重に封印された段ボールを開けた。

 三重の段ボールと二重のプチプチが必死に守っていた物。それは———


「ほっほー、これこれ!」


 10トンTNT相当の超強力爆弾。それは必死になるわけだ。10トンTNTといえば、家一軒とその周囲は簡単に吹っ飛ぶ火力。もちろん発注ミスなどではない。レジェンドはまた、その名を歴史に刻もうとしていた。


「さてと…」


 壁に掲げられたA1用紙に目を向ける。

 手書きで作成した、その日のプランである。


『社長とデート大作戦 ~がんばる~』

 決行! 8月31日 12時から!

 ①爆弾でカジカジの隣の家をぶっぱなす。

 「危ない!」っていう感じで、社長を助けて英雄になる。

 ②毒ガスで人間をヤル。

 「毒が見える」アピールをして、社長を助けて英雄になる。

③花火をどっかーん。

 「好き♡」っていう感じで、社長はあたしを好きになる。


 レジェンドはその状況を想像し、ムフムフしていた。

 ロマンチックなデートプラン。完璧である。


「花火玉もらえて良かったな…」


 昨日行われた、盛大な花火大会。その裏では大事件が起き、打ち上げられた花火は、予定数の半分にとどまる結果となった。

 花火職人が丹精込めて製作した花火玉の半分が、消えたのである。

 では一体、どこへ消えたのか———


 もちろん、ここ。レジェンドの家である。彼女は花火玉をもらってなんかいない。

 夜な夜な倉庫に忍び込み、自らの直感を信じて突き進んだレジェンド。完全犯罪は無事、達成された…

 いや、厳密にいえば未解決事件であろうか。すべては書き残してきたメッセージのせいである。


『あたしは盗んでません。きっと作る量を間違えちゃったんだと思いますよ』


 これにより事件が発覚。筆跡およびDNAの鑑定が行われ、特定されるのも時間の問題。それに気づいたレジェンドは———


「あ、そっか。手袋しとけば良かったのか。しくじったぁ…」


 遅い。遅すぎる。

 でも、逃げるのは今からでも遅くないぞ、レジェンド。


「次に毒ガスか…通販だな」


 なるほど、逃げる気はないようだ。 

 すでに毒ガスにやられたような思考を持つ彼女は、己の直感のみを信じて、目標へ突っ走る。

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