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第4話 いたずらガール

痛みが引いてきたので身体を起こしてあぐらをかくと…ペロは膝の上にあごを置いてきた。

でかい子だけど、甘えてくるとかわいいもんなんだな…


「お〜、気に入られちゃったのかな」


「人懐っこい子なんですか?」


「ペロはねぇ、人は大好きだけどけっこうやんちゃだからなぁ…なめられてるのかも」


今までのミナちゃんの言葉のどれよりも、質問に答えてくれた今のキーヴァさんの言葉が一番信用できた。

人をなめてるような性格だってことは…飼い主に似たんだな。


「お兄さん大丈夫…?」


ミナちゃんがこっちに歩み寄ってくると、ペロはその背後へ歩いていった。


「うん、なんとか」


「ごめんなさい。たぶんペロも楽しくなっちゃっただけだと思うから…許してほしいな」


ミナちゃんは申し訳なさそうな声色で、頭を下げてまで謝ってきた。その後ろから顔を出すペロは口を閉じて…耳を弱々しくへにゃっと曲げて俺の目を見つめてくる。

こんなに申し訳なさそうにされると…さっきまで腹を立てていたこっちの器のほうがますますちっぽけに思えてきた。

…これはこれで嫌だな


「気にしないでよ。勝ち負けで言ったら…頭突きを命中させたペロの勝ちだし」


ボールを拾い上げてもう一度振りかぶると、ペロは舌を出してミナちゃんの背後から躍り出た。

ペロの口めがけて…手加減してボールを投げると、ペロは見事にボールを口でキャッチしてみせた。


「避けられなかった俺の負けかな」


「…ワンちゃんに負けちゃって、悔しくないの?」


ミナちゃんの問いの声を耳にして顔をあげると、眉を八の字にして口を上向きの山なりにして曲げた彼女の顔が目に入った。膝を曲げて屈んでいるのか…少し顔が近い。

動揺のせいか…ほんの少しの間固まってしまった。


「え?…そりゃあ、ちょっとはね」


彼女の目を見て何度か頷くと、上向きの山なりに曲がっていた口が反対に…つまりブイの字のようなかたちにして目まで細めた憎たらしい…ほくそ笑むような顔をしてこちらを見つめてきた。


「ふぅん」


それだけ言うとミナちゃんは曲げていた膝を伸ばして姿勢を直した。


「ミーナーちゃーん」


「なぁに?」


キーヴァさんが子供に叱るように…わざとらしい伸ばし方をしてそう呼ぶと、呼ばれたミナちゃんはキーヴァさんに寄りかかってほっぺたをくっつけた。


「生意気な子のお尻はどうなるんだっけ?」


キーヴァさんはくっついていないほうのミナちゃんのほっぺたをつまんでそう言った。それを聞いたミナちゃんは横に首を振ってほっぺたをつまむ手を振り払い、キーヴァさんから離れた。


「キーヴァさんってほんとにさ、私にお仕置きするの好きだよね」


離れたミナちゃんに近づくキーヴァさんだったが…ミナちゃんは距離を保とうとする。

反抗期の子供と保護者のようだったが、さん付けするってことは…血縁があってもあまり近くはないのだろうか?


「いい子に育ってほしいから」


「ほめて伸ばしてほしいな〜私叩かれたら縮んじゃうかも」


「言ってもわからない子は仕方なく叩かないといけないんだよ」


「た、助けてお兄さん!」


ミナちゃんに肩を揺さぶられたので立ち上がると、背中にしがみつかれて向きを変えられ…盾にされてしまった。俺の正面では困り顔で微笑むキーヴァさんがこちらを見ている。

…ちょっと気まずいし恥ずかしい。


「悪い子を庇うのも悪いことだよね」


「俺はそんなつもりじゃないんですけど…」


首を左のほうに曲げて背後を見るとミナちゃんと目があった。すると…右目のウインクとお茶目に舌を覗かせた笑顔を返された。

ミナちゃんの顔は正直、けっこう可愛い。けど、仕草と表情のせいでいちいち…小馬鹿にされてるような気分になって憎らしいんだよな…


「わふっ!」


「おおペロ〜!ただいま」


突然、一声吠えたペロが飛びつくとキーヴァさんは彼を嬉しそうな笑顔で抱き寄せて優しく撫でた。そしてキーヴァさんはそのままその場へあぐらをかいて座り込む。


「はっ、はっ、はっ」


ペロはキーヴァさんの組まれた足の上に横たわると仰向けにひっくり返ってお腹を見せていた。


「も〜…甘えん坊のダメ犬めぇ」


困り眉のまま微笑むキーヴァさんがペロのおなかをまるでわしゃわしゃくすぐってやると…ペロは弱く鳴きながら、くすぐったそうに身体をよじっている。


「よくやったねペロ〜…!」


ミナちゃんが俺の肩からペロとキーヴァさんの様子を伺って、しめしめといった感じの声でそう言った。

まさか…ペロはキーヴァさんの気をそらすために甘えに来たのか?


「お客さんが来てるからね、今遊べないの」


ボールを咥えたままキーヴァさんを見つめていたペロはキーヴァさんが立ち上がろうとすると、それに続いて起き上がったものの…また同じようにキーヴァさんへ飛びついた。


「おおわっ、こ〜ら〜!だめだぞおうちだよおうちっ」


「くん」


キーヴァさんに叱られたペロは彼女から離れて小屋へと走っていった。


「そういえば名前聞いてなかったね」


「光って言います」


たしかにキーヴァさんのことはミナちゃんから聞いたので知っていたが…こちらの名前は教えていなかった。


「ヒカリくんか…よろしく、私はキーヴァ。外じゃなんだし、飲み物でもいかが?」


「ありがとうございます」


キーヴァさんが家のほうへ歩き始めたのでついていく。その際、背後から肩を叩かれてなにかと思って振り返ると鞄を抱えているミナちゃんと目があった。


「お荷物お持ちいたしますね〜」


「あっ忘れてた…ありがとね」


いかにもわざとらしく深く頷いたミナちゃんはすまし顔で俺から目をそらすと早歩きで俺を追い越し、キーヴァさんの隣へ行った。


家に上がらせてもらった時…二人は靴を脱いでサンダルのようなものに履き替えていた。俺も同じものを貸してもらったのだが正直、違和感が拭えなかった。

自宅では基本裸足で過ごしていたせいだろう。

家の内観については専門的な知識は無いのでわからないが…石や金属よりは木が多く見受けられる。

広い廊下を歩いているといくつかのドアも確認できた。それぞれの部屋の名前なのか…何やら文字の書かれた札が吊り下げられていた。


そしてリビングだろう大きな部屋に招かれると、長方形のテーブルとそのすぐそばに何人か座れそうな横長の椅子があり…それの入口から遠い方へ座らせてもらった。


「冷たいのとあったかいの、どっちがいい?」


キーヴァさんは椅子には座らず、入口のほうへ行って立ち止まるとこちらへそう尋ねてきた。


「冷たいのっ」


ミナちゃんは俺が座ったのと同じ方の椅子に座るとキーヴァさんにすぐ返事を返す。

たぶん飲み物をいただけるのだろう。冷たいほうをお願いするか


「ヒカリくんは?」


「冷たいのでお願いします」


「りょうかい」


キーヴァさんが廊下へ出ていくと…気になったので再び周りを見渡し始めてしまう。

よそのお家にあがらせてもらったことが少ないということも相まってか…内観は綺麗に見えるうえにつくりもなんだか物珍しく感じていた。


「なぁにお兄さん、そんなにきょろきょろしちゃって」


こちらの太腿に鞄を置いて渡してきたミナちゃんはこちらにずいと近づいてくると…テーブルの上で腕を組み、そこに頭を乗っけると…そのままこちらを見つめてくる。


「こういうお家にあがらせてもらったの始めてでさ、なんだか珍しくて」


「ここらへんのお家だとおっきいほうだけど、中は他と変わんないよ」


「そうなんだ」


そこで会話は途絶えてしまったのだが、ミナちゃんがこっちを見たまま目を離そうとしないせいで気まずくて仕方がない…

なにか話の種はないものかと考えたとき、ペロと遊んでいたときのミナちゃんが見せた…ヤンチャみたいな技を思い出した。

これのタネを教えてもらおう。


「ミナちゃん」


「ん〜」


「さっきペロと遊んで時のさ、指でボールをコントロールしてたやつってどうやってるの?」


「どうって言われてもね〜…お兄さんだってできるでしょ?」


「できないよ…?」


するとミナちゃんは疑うような目でジッとこちらを見つめた後に…身体を起こして頬杖をついた。頬杖をついてからも目を見つめてくるので…あまりいい気分はしない。


「ほんとぉ?」


「うん、本当」


「ん〜…まぁでも、お兄さんはできなくても仕方ないよね。ビビリくんだし」


「だってさぁ」


そこで、ミナちゃんに見せるように指パッチンをして見せた。


「これだけで発火しちゃうんでしょ?」


「やり方はみんなちがうよ、たぶん」


「もっかいやってみてよ」


「え〜やだよ〜」


ミナちゃんは眉毛は困り眉に曲がっているものの…にやけ顔でそう言うと、頬杖をやめて手首を振り、拒否のハンドサインをしてきた。


「キーヴァさんにお尻叩かれちゃうし」


ミナちゃんがそう言い終えたかと思うと、すぐに両手にコップを持ったキーヴァさんが部屋に戻ってきて、俺とミナちゃんの前にそれを置いてくれた。


「お待たせ」


「ありがとうございます」


コップが置かれたので俺が礼を言うと…キーヴァさんは優しい笑顔で頷いた。

遠くで見たときからなんとなくそんな気はしてたんだけど…やっぱり美人だ…


「まださっきの荷物の話が終わってなくてさ、またちょっと行ってくるよ。」


「あれの中身って結局なんだったの?」


「たまご」


自分の質問に返ってきた答えにミナちゃんは難しそうな顔をしていた。

さっきの…オオツノドリっていうやつの卵ってことか…?


「お留守番よろしくね」


「はーい」


ミナちゃんの返事を聞くと、キーヴァさんは再び部屋を出て行ってしまった。


「…キーヴァさんってけっこう偉い人だったりするの?」


「偉い人かはわからないけど…たぶんここだと一番強いよ。キレイだし」


ミナちゃんに尋ねてみると、なぜか誇らしげにそう答えた。

キーヴァさんと仲が良さそうだし…それが誇らしかったりするのかな。


「そうだね」


「でもさぁ、なんか私にきびしいんだよねぇ」


コップの中身をいただくと…少し酸味を感じる甘い飲み物だった。

オレンジジュースっぽくはないし、なんのジュースだろう?


「私みたいな子のお尻叩くってさぁ…お兄さんどう思う?よくないよね?」


俺に質問してくるミナちゃんの顔はとても冗談を言ってふざけているようなものには見えなかった。

…本当に叩かれてるのか?

顔つきや体つきで判断するにはミナちゃんはおそらく…もう思春期と言っていいくらいの年頃だろう。

その年頃にケツ叩かれるなんて誰だって恥ずかしいよな…


「う〜ん…よくないとは思うよ」


「でしょ?」


「まぁね。けど…悪いことする子にお仕置きは必要なんじゃない?」


「私の味方してくれないんだ…」


ミナちゃんは力ない声でそう言うと…暗い顔をして俯いてしまう。

…こんな演技にひっかかると思ってるところがよくないなんだ。


「じゃあどんなことしたらお尻叩かれちゃったのか教えてよ。」


「別にいいけど、最近はあんまり叩かれてないからね?小さい頃の話のほうが多いし、それでいいの?」


「いいよ」


はっきり覚えてはいないが、たぶん俺も母さんにケツ叩かれたことぐらいはあるだろう。

流石にミナちゃんくらいの頃にはもうなかっただろうが…


「前は火のコントロールが上手くできなくてね…お家のなかでやってみたら失敗して…火事になりかけちゃって、その時に」


「う、うん」


これは…当然だな。


「あとは…ペロが人んちの子豚を追いかけまわしてた時も怒られて…」


家畜も大切なものだろうし、妥当だな。


「一番多く叩かれたのは…キーヴァさんが今日はごちそうだよって言ったから嬉しくってペロをそこの窓から呼んだら…」


ミナちゃんは部屋に取り付けられた大きめな窓を指差した。

なかなかの大きさの窓なので…たしかにペロでも入ってくることはできそうだ。


「すごい勢いで飛び込んできて、テーブルに着地したから…お料理をほとんど台無しにしちゃった時かな」


「まぁ…食べ物は大事だからね」


ミナちゃんはそこで視線を落としてしまう。


「今思い返すと…私、けっこう悪いことしてたかも」


「悪いことだってわかってるんならいいんじゃない?もうしないでしょ?」


人間は生きていれば誰であろうと間違いを犯すものだろう。重要なのは間違いを間違いと認識することや自分の間違いを自覚することだとか…母さんにしつこく言われてきた。

…だいたいのことは謝れば許してもらえたけど。


「うん。お兄さんはなんか悪いことしたことある?」


「ミナちゃんのやつみたいな面白い話はないかも」


「お兄さんが面白いのって顔だけなの?」


「…あのさ、キーヴァさんにもこういうこと言ってたりしないよね?」


こんな生意気で腹立つことを普段から他の人にも言っているようなら…何度ケツを叩かれていたとしても同情の余地は全くない。


「キーヴァさんはよくにこにこしててかわいいけど、お兄さんみたいに変な顔はしてくれないから」


「人の顔を変だなんて言っちゃいけないんだよ」


「あれ?怒っちゃった?」


「怒ってるかも」


にまにました笑顔のミナちゃんは両手をわざとらしく口に当てると腰から上を動かし、一度俺から遠ざかる素振りをみせると椅子に手を置き…尻をずるようにしてこちらににじりよってきた。


「どれどれ」


顔を覗き込んでくるミナちゃんを、眉間にシワを寄せたしかめっ面で睨んでやると…


「きゃ〜」


わざとらしく弱い悲鳴を発したミナちゃんは首を傾けて俺の肩に頭を乗っけてきた。

甘えられてるのかバカにされてるのか、判断に困るからはっきりしてほしい。

ペロと遊んでた時もこんな感じはしてたか…楽しかったし…


「ミナちゃんとペロってなんか似てるよね」


「かわいいってこと?」


「…そういうことでいいよ」


「ありがとっ」


肩に軽く頭突きをしてきたミナちゃん…本当にちょっとかわいいかもしれない。


「ねぇお兄さん」


「ん?」


「彼女いたことないでしょ」


やっぱりかわいくなんかなかった。

初対面の状況が特殊だったとはいえ…こんな無神経なことを脈絡もなく言い放ってくるなんて、流石に性格が悪すぎないか…?


「…なんでわかったのかな」


「キーヴァさん見てた時の顔でそんな気がしたの」


「俺そんな気持ち悪い顔してたの…?」


ミナちゃんは首を横に振って俺の問いに答えた。

もしキーヴァさんが笑っていたのが俺の顔のせいだったと考えると普通に恥ずかしい…


「気持ち悪くはないけど、私に彼氏がいたとして…いくら美人でもさ。他の女の人をあんな顔とかあんな目で見てほしくないかなって」


最近は母さん以外とはあまり会話をできていなかったせいか…それはかなり興味深く新鮮な意見だった。

それに…今度のミナちゃんの言うことは共感できないわけではなかった。


「それはミナちゃんの願望でしょ」


「うん、でもね。お兄さんに彼女はいないし、彼女がいそうにも見えないのは現実なんだよ?」


「仕方ないじゃん。…俺、影薄いんだよ」


「えぇ〜?」


ミナちゃんは俺から少し離れると…怪訝そうな顔をして頬杖をついた。

少し喉が乾いたので…再びコップの中身の飲み物を飲んだ。

さっき飲んだ時よりも酸味が強いように感じた。


「水は操れるの?」


コップから口を離してミナちゃんのほうを見ると目があったので、興味本位で質問してみた。


「うん!できるよ」


ミナちゃんは元気にそう返事すると、頬杖をつくのをやめて立ち上がった。


「けっこう得意なんだよね」


ミナちゃんは机の上のコップのほうへ右手を向けると…人差し指を伸ばし、その手をくるくると円を描くように回し始める。

すると…コップの中で飲み物が渦巻いて水柱が巻き起こり、彼女の指先へ吸い寄せられていった。


「うおお…」


俺が驚きの声を漏らすと…ミナちゃんはにやりとした笑みを浮かべて指の描く円を小さくしていった。ついには円を描くのをやめたとき、その指先には飲み物の球体が出来上がっていた。それはミナちゃんの指には触れておらず、わずかにゆらめきながら浮遊している。


「こんなもんかな」


「すごいじゃん…」


「え〜そんなことないよ〜キーヴァさんのほうが上手だし」


思わず素直に褒めてしまうとミナちゃんは左手のほっぺたに手を当てて、珍しいことに憎たらしくない…にやにやした照れくさそうな顔な笑顔をみせた。

加えて指先の飲み物の球体は…さきほどよりも揺らめいているようだった。


「たしかに燃える義手はすごいしかっこよかったけど…キーヴァさんってああいうの他にもできるの?」


「はーいお兄さんお口開けてー」


いきなり歯医者さんみたいなことを言ってきたミナちゃん…嫌な予感がする


「…なんで?」


「これ飲ましてあげる」


「ミナちゃんのぶんでしょ?大丈夫だよ」


「へー、キーヴァさんがせっかく出してくれたのに飲めないんだ」


飲み物の味は普好きだしもう一杯くらいもらえたら嬉しいくらいなんだが…ミナちゃんがまともに飲ませてくれるとは思えない。

どうせペロのボールと同じで顔にお見舞いしてやろうとでも考えているんだ…そうに違いない。


「美味しかったんでしょ?あげるってば」


「そうだけど…遠慮するよ。まだ残ってるし」


俺の言葉を聞いたミナちゃんは無表情に近いほどの…すごくつまらなそうな顔を見せたものの、その顔はすぐにあの憎たらしいにやけ顔へと変わったのだった


「私はいつでも飲めるけどさぁ、お兄さんはお客さんでしょ?飲んじゃわないと損だって」


「しつこいなぁいらないって言ってるじゃん!」


「え〜…?なにその口〜」


ミナちゃんは一度大きく目を見開いた後…柔らかく目を細めると右手の手首をくるくる回し始めた。飲み物はもちろんミナちゃんの手の指先とともに動いている。


「水のやつがどうこうって言ったのはお兄さんでしょ?私が親切でこれ見せてあげて…おまけに飲ませてあげようって言うのに、断っちゃうの?」


「うん、そう言ってるんだよ」


「へー」


するとミナちゃんは人差し指と飲み物の球体を俺の目の前に向けてきた。


「もしかして…無理矢理が良かったりする?」


「しないよ、鼻から流し込んできそうじゃん」


飲み物の球体は今までに見たことないほど揺れておらず…震えているようにも見えなかった。

どういう仕組みなんだろう…水とボールじゃ物体の状態も違うのに…ちょっと飲んでみるか?


「さすがにそんなことしないよ…ふふっ…」


ミナちゃんは困り眉で小さく笑いだした。

…待てよ、今飲んじゃえば飲み物でいたずらできなくできるよな…?それに、飲み物の球体はたぶん、大きく口を開ければ一口で頬張れそうなサイズだ。

なにが面白かったのかは知らないが、ミナちゃんは左手を口に当てて…まだくすくすと笑い続けている。

その隙に思い切り口を開いて…飲み物の球体を丸ごと口に頬張った。


「うわあっ!」


「…ふん」


目を丸くして驚くミナちゃんを鼻で笑ってやった。

口で笑ったらこぼれちゃいそうだからな…


「んふっ、んふふふふっ…」


ミナちゃんは口に左手を当てて…俺に右手の指を差したまま、後ろのほうへ顔を背けた。そんなに面白いものでもないだろうに…

すると目の前のミナちゃんの手首は曲がり…俺から見て右の方向へ向けられた。


「んぐぅっ!?」


突如、右の頬が引っ張られていく奇妙な感覚に襲われて…思わず両手で口を押さえ、右のほうへ身体を傾けた。


「お兄さんって、ほんとにおばかさんなんだね」


ゆっくりと…背けていた顔をこちらへ振り返らせたミナちゃんの顔には嬉しさで満ち溢れたにこやかな笑みが浮かんでいて…今までで一番憎らしく思えた。

ミナちゃんの顔が見えたかと思うと…その指先は左のほうへ向いた。そして俺の頬はそれに伴い左へと引っ張られていく…


「んごご…!」


そこで舌に飲み物の味が通ったことでようやく気がつくことができた…俺の頬は外から引っ張られてるんじゃなく、俺の口の中の飲み物が俺の頬を押しているんだ…!ペロと遊んでいたときのボールと同じように…


「あっち向け〜っ…ほい、ほいほいっ」


しかし気づいたところでどうにかできるということもなく…それから何度も…飲み物をこぼさないよう口を押さえながら、ミナちゃんの指先の向くほうを追いかけるように…顔ごと身体を傾けることしかできなかった。


「次はどうしてあげよっかな〜」


ミナちゃんが指先を俺の正面に向けてきた時…これをチャンスと見た俺は顔をミナちゃんの指先に近づけて喉で飲み物を迎え入れ…それをなんとか飲み込んだ。

…もちろん、口の中を動き回った飲み物はもう冷たさを失っていて、うがいに使った生ぬるい水を飲み込んだのと似た不快感を味わうことになってしまった。


「こ…これでどうだ…」


「あーあ、ざんねん」


言葉とは反対に嬉しそうなにやけ顔のミナちゃんは椅子から離れると…小物が並ぶおしゃれな棚の上に置かれていた、三本のろうそくが立てられた銀色の燭台を左手に持った。


「火、見たいんだよね?」


「…いらないって言ってもどうせやるんでしょ」


ミナちゃんは親指と人差し指で円をつくった。すると他の指をまっすぐに立てて…つくった円を燭台のろうそくたちへ向けると、口を近づけてそこを通すように息を吹きかけた。

ミナちゃんの指の円を通った息は赤くゆらめく小さな炎となって、ろうそくたちに火を灯らせた。


「ほんとにやり方はひとつじゃないんだね」


頷いたミナちゃんは数歩、こちらに向かって近づくと…ゆらめくろうそくの火をこちらへ向けてきた。

俺はミナちゃんから目を離さないよう慎重に…膝の鞄を椅子に置いて立ち上がり、俺が口をつけたほうのコップを手にとった。


「何のつもり?それ」


防衛手段に決まってるだろう。火を怖がるっていうのは生物として正しい反応なんだ…!


「そっちこそ」


俺がコップを持つのを見たミナちゃんは薄ら笑いを浮かべると…後ろに数歩歩いて燭台を両手での丁寧な持ち方に持ち変えるとこちらに背を向け…その背中と、横顔の流し目をこちらに見せてきた。

子どもと言うには少々不相応な、いやに目の惹かれる後ろ姿だった。もし手に持っているのが大きな花束だったら燭台なんかより明るく…華やかに絵になっていただろう。


「くだらない火遊びでも火事は起こるもんだから…」


ミナちゃんのほうのコップも左手にとり…俺は自分の飲みかけを全部口に含んだ。空になって用も無くなったコップはテーブルに置いた。

自由に操れなくったって、上手く吹きかけられればあれくらいの火…消せるはずだ。


「ええ!?やめてよばっちい…!」


さっきまでのミステリアスな雰囲気を取っ払ってしまったミナちゃんは嫌そうな顔をしてこちらに向き直ったので…俺から燭台を隠していない。

なので燭台のほうをわざとらしくじっと見つめた後、棚の上へ顔を向けて…燭台を置くようにジェスチャーしたのだが…


「それかけたら、本当に怒るからね!」


ミナちゃんが置きそうにもないので距離を詰めてみたが…燭台の火を向けてくるだけで特に変わった動きは見せなかった。

口の中のものを人にぶちまけるだなんて汚い真似、簡単にできる人間がいるもんか。


「えっと、お兄さん?聞いてる…?」


燭台を離す気配すら見せないミナちゃんに頷くと…俺は燭台を指差した後、続いて棚の上を指差した。

これならさっきのよりわかりやすいだろうと思ったのだが…ミナちゃんは相変わらず、燭台を手放そうとはしない。とっとと置いてくれればいいのに…


「あっ…!」


すると突然、ミナちゃんは小さく驚きの声を発して目を丸くした。合っていた目も視線の方向が変わっていて…どうやら俺より後ろのほうを見ているようだった。

ミナちゃんの見ているほうへ振り向くと、部屋の入り口のあたりに…腕組みをして寄りかかっていたキーヴァさんと目があった。呆れたような困り顔をしていたが…幸いなことに怒っているような雰囲気ではなかった。

この状況って、俺のほうがだいぶ不利だよな…?


「なーにしてるの」


このままでは口を開くこともできないので…とりあえず、口に含んだ飲み物を飲み込んだ。


「キーヴァさん助けてー!」


「うん…?なにがあったの?」


俺が飲み物を飲み込み終えたのとほぼ同時に…ミナちゃんが俺の視界の内に現れ、キーヴァさんにしがみついた。燭台はもう持っていなかった。


「その、私も悪かったんだけどね?お兄さんに彼女いないでしょ?って言ったら本当にいなかったみたいでね…お兄さん怒っちゃって…飲み物かけられそうになってたの」


ミナちゃんの…過程だけを大幅に削られた、俺の不利にしかならない状況説明を聞いたキーヴァさんはなぜかくすっと小さく笑うと…こっちを向いて微笑んだ。


「いないんだ」


「ちっ、ちが…」


そこで…キーヴァさんのその言葉を否定すれば嘘をつくことになることに気づいてしまい…口が止まってしまった。


「…ちがいありません」


「そっか。さみしい?」


「そもそもいたことないんで…そういうのはないですね」


どうせ何と言ったって見栄なんて張れないし、強がりにしか聞こえないだろう。

正直とか素直とか、包み隠さないっていうのは恥ずかしい。そういうのが似合うのはきっと、本当に性格の良い人物なんだろう。


「じゃあおたのしみだ」


「おたのしみのまま終わらないといいね」


自分にくっつきながら皮肉めいたことを言うミナちゃんを見てキーヴァさんは短くため息をついた。


「で、なにしてたの?」


キーヴァさんは柔らかな笑顔でそう言うとミナちゃんを両腕で抱き寄せ、包み込むように抱きしめると…右手でミナちゃんの頭を優しく撫で始めた。


「さっき言ったじゃん、お兄さんが怒って私に水かけようとしてきたの」


「それはミナちゃんの話でしょ、ヒカリくんの話も聞かないと」


ミナちゃんのほっぺたを人差し指で触りながら…キーヴァさんはこっちのほうを見て優しく微笑んだ。

名前、覚えてくれたんだ…


「私のこと信じてくれないの…?」


「ミナちゃん」


ミナちゃんがキーヴァさんを物悲しげな目で見つめたかと思うと…キーヴァさんはミナちゃんのほっぺたを両手で挟んだ。


「んむ」


「ミナちゃんのことを世界で一番愛してるのはだ〜れだ?」


キーヴァさんがミナちゃんに優しい声で…バカップルでもなきゃ酔っ払ってないとできなさそうな質問をすると…ミナちゃんは困り顔で俺を見て、指を組んだ両手を小さく上下に振っているのを、キーヴァさんの脇の下からこっちへ見せてきた。


「ん…?」


ミナちゃんは…俺になにか頼んでいるように見えるのだが、なにをしてやれるのかわからない…

とりあえず、左手のコップをテーブルに置いた。


…もちろんその時、俺はテーブルのほうを見ながらコップを置いていた。加えて少し屈んだ姿勢をとっていた。つまりそれは、ミナちゃんとキーヴァさんの二人のほうを見ていない時間ができたということになる。しかしそれも数秒ほどのわずかな時間だった。


「ヒカリくんは誰だと思う?」


「うぉ…!?」


コップがテーブルに着地して、それから指を離してすぐに俺のすぐ隣でキーヴァさんの声がした。それに反応して振り向くと…いつの間にか彼女はそこにいた。

…驚いて変な声も出てしまった。


「誰だと思う?」


「え、えーっと…ヒントってありますか?」


「いいでしょう」


キーヴァさんは俺の目をまっすぐ見つめたまま…手が俺のつむじのあたりが覆われるように頭に手を置くと、こっちのでこにその額をくっつけてきた。


「え?えぇっ…!?」


近すぎてキーヴァさんの目くらいしか見えないし全身が一気に熱くなってきたし胸が苦しい!汗かいてないよな?口臭くないよな…?大丈夫だよな…!?


「君が自分の目で見つめたものを、君自身が信じさえすればそれは立派な真実になる」


その時頭を軽く叩かれたのがなぜか心地よく…安心した。


「君の答えはね、君だけにしか見つけられないんだ」


「は、はい…」


俺がはっきりしない返事をすると…キーヴァさんは俺の頭から手を離して一歩分、俺の目から目を離さずに俺から離れた。


「わかったかな」


「…はい、たぶん」


俺の答えは俺だけのもの…。いい言葉だしたぶん忘れないと思う。

けどキーヴァさんが俺に聞いてるのは…ミナちゃんのことだったよな。


「キーヴァさんですね」


俺の答えにキーヴァさんは満足げな柔らかい表情で頷いた。


「ねぇ…!お兄さんはなんで空気読んでくれな…いっ!?」


ミナちゃんがいかにもイライラしていそうな顔でこっちに詰め寄ってきたかと思うと…それはキーヴァさんが彼女を抱き寄せたことによって阻まれた。


「ミナちゃん」


「な、なに?キーヴァさん…」


キーヴァさんの右手に頭を優しく撫でられているミナちゃんは身体をもじもじさせながら、口はもごもごさせていて…照れくさいのか気まずいのかのどちらかだろうと察せるような素振りをしていた。

しかし、次に目があった時にはミナちゃんは口の端を吊り上げて、にらみつけるような目つきと強張った顔を見せてきたので…まぁ、大丈夫だろう。


「誰かを愛してるっていうのはね、その人を自分の中の一番にできるってことなの。

だからね、ミナちゃんを一番に疑えるのは私だし、ミナちゃんを一番に信じられるのも私なんだよ。」


「そうなんだぁ……あ、ありがとね」


「ううん、こちらこそ」


ミナちゃんにお礼を言われたキーヴァさんは嬉しそうににっこり笑って…ミナちゃんのほっぺたにキスをした。その間ミナちゃんは目を伏せて…複雑な表情をしていた。

いくら仲が良くったって、何度も愛してるって言われてそのうえキスまでされたんじゃあ…恥ずかしいだけじゃなくて嫌がられても仕方ないだろう…。


「じゃあ今度こそ教えてもらおうかな」


「うわっ…!」


またほんの一度の瞬きの隙に移動したのか…キーヴァさんは俺の隣に立っていた。

普通に心臓が縮まりそうだからやめてほしい…


「ひどいなぁ、怖いもの見たみたいな顔しないでよ」


「いやぁ…キーヴァさんみたいに速く動く人見たことなくて」


自分が肝の座っているほうの人間ではないという自覚はあるが、そんなにビビった顔してたのか…?


「ふぅん。とりあえず、座って話そ」


キーヴァさんは不満そうな顔をしたまま、俺とミナちゃんが座っていたほうではなく向かい側の椅子へ腰を下ろした。するとキーヴァさんは丁寧な手で、俺にも座るように促してきたので彼女の向かいの椅子へ腰を下ろした。


「よいしょ」


一方…ミナちゃんは近くの方までやって来たかと思うと彼女はこちらと同じ椅子へ腰へ座り、先程お喋りしていたときと同じくこっちの方へすり寄ってきた。


「キーヴァさんの隣に座ったら?」


「だめです〜、お兄さんが余計なこと言わないようにしなきゃだもん」


よく言うよ、そっちは俺が不利になるようなことしか言わなかったくせに…


「どの口が言ってんの」


俺がそう言うとミナちゃんは首を傾げ、流し目をこちらに向けると、目を細めた妖しい笑みを浮かべて…唇に人差し指を当てた。

よくここまで相手をおちょくるための技ばっかりポンポン出てくるよな…頭の回転は早いんだろうか?












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