五、戦いの後
男は鬼の傍らで膝を着き太刀の刺さった鬼の首を力なく見つめている。
男と鬼を囲んで四人の男女がそれを見下ろしている。
うつ伏せになった鬼の背中は刃による無数の傷がつき、左右の肩には大脇差と槍が刺さっている。
顔は流れ出た体液で黒紫色に塗られ、激しく動いていた眼球は眼窩の内に沈み込み、絶命の間際まで動き続けた口からは舌が垂れ下がり先端が土を舐めている。
骨を砕かれた首は何回も太刀を振り下ろされ傷口が崩れいるが、それでも皮と肉で僅かに胴に繋がっていた。
一同の中から誰のものか判らない唾を飲む音が鳴った。
重苦しい空気のなか、槍と大脇差を鬼へ突き立て丸腰となった男が膝を着いたままの男の肩に手を乗せるが、男は鬼の首を見つめたまま何の反応も示さない。
反応がないことには構わず鬼の肩に刺さった槍を引き抜くと地面に転がった松明を拾い上げ森と広場の境界線へ向かって歩き始めた。
その行動を目で追っていた半弓を袈裟懸けにした男が我に返ったかのように自分体が歩いて来た林道へ走り出し、置いていた葛篭を二つ乗せた背負子を片肩に背負い駆け戻った。
広場の中ほどで葛篭の一つから何本かの松明を取り出し、その一つに転がっている松明から火を移した。
大筒を手にしていた女は火挟みから火縄を外し持ち替えた火縄銃に装着すると広場の中心に立ち森の方へ警戒の視線を送り始めた。
もう一人の女は手にしていた火縄銃から火縄を外してから「火蓋」を切り皿に十分な火薬が乗っていることを確認すると、火蓋を閉じて再び火挟みに火縄を装着し軽く息を吹きかけた。
そのままもう一人の女のところまで駆け寄ろうとしたが鬼の死体の前で膝を着いたままの男へ視線を落とすと足の裏で力一杯、男の背中を蹴りつけた。
勢いで前のめりに手を着いた男の顔の前に太刀が刺さったままの鬼の首が迫る。
胃の腑を掻きまわされ逆流するものを必死で抑え女の方へ恨みがましく視線を向ける。
女は既に広場の中心で、もう一人の女と背中を預け合い立っていたが男と視線が合うと大袈裟に鼻を鳴らし視線を逸らした。
逸らされた視線の脇では半弓の男が小屋の脇に積んであった薪で焚火を作っている。
その先では槍をを手にした男が松明をかざし先ほど小鬼が逃げ込んで行った辺りで森を凝視していた。
広場には鬼の他にも小鬼の死体が五つに馬の死骸。
小屋の方へ視線を移せば、何度も頭に斧を振り下ろされ顔の半分が原型を留めていない人間の死体が壁に背を凭れさせ血だまりに座っている。
男は真一文字に結んだ口の中で歯を強く噛んで視線を落とすと鬼の首を見つめる。 小さく開いた口から息を一つ吐き出し両手を自分の頬に強く打ち付けた。
広場全体に頬を打つ音が響き、四人が男へ視線を向ける。
男は頬を打ち付けた両の掌を大きな音をたて打ち合わせると鬼へ向かって瞑目合掌した。 その行動が鬼の成仏を願ったものなのか、苦痛を長引かせたことへの詫びなのかは判らないが四人は黙って見つめていた。
一時の静寂の後、目を見開いた男は合掌を解き太刀の柄を握り絞め立ち上がった。
右手に握った太刀を大きく振り上げ、そのまま真下へ振り下ろす。 その勢いで太刀に付いた鬼の体液は引き剥がされ地面へと叩きつけられた。
男は半弓の男が用意した松明を受け取り槍の男のもとへ歩を進めた。
広場の境界で太刀の男と視線を合わせた槍の男は無言のまま懐から布切れを取り出し乱暴に男の顔へと押し当てた。
太刀の男はその布切れで顔に付いた鬼の体液を拭うと、黒く染まった布切れを槍の男に返そうとしたが拒絶された。
太刀の男は気まずそうに槍の男から視線を外すと先刻、小鬼が逃げ去った森へと松明を向け凝視した。 松明を頭の上まで掲げ森の奥を見ようと試みるが、やはり灯りは闇へと吸い込まれてしまう。 暗い森の奥を凝視しながら耳へ意識を集中させるが静寂が返ってくるばかりだった。
其処だけを警戒していて使用がないと二人の男達は各々に背を向け、森の奥へ視線と意識を集中させながら森と広場の境界を歩き始める。
太刀の男が小屋の裏を通り過ぎ、馬留の辺りで再び槍の男と合流すると馬の死骸の周りに転がった小鬼の死体を横目で見ながら広場の中心へ戻った。
太刀の男は中心で広場を一通り見渡すと切っ先の折れた太刀を地面に突き立て小屋の方へと歩き始める。 その後をもう一人が地面に槍を置き追いかけ、半弓の男は葛篭の中を少し漁ってから二人の後を追った。
男達は小屋の壁に背を凭れた人間の遺体の前で名目合掌すると、半弓の男が持ってきた厚手の布を遺体の頭部に巻いていく。 巻く度に朱に染まる布を幾重にも巻き付けて遺体を小屋の中へと運び入れた。
運ばれて行く遺体を女達が火縄銃を持ったまま片合掌で送る。
小屋を出た三人の男の一人は鬼の死体へと歩み寄り鬼の肩に刺さった、自分の大脇差を引き抜き僅かに繋がった鬼の首を切り離そうとしたが太刀の男がそれを制止した。
男は地面に突き立てた太刀を引き抜くと「それは俺がやる」と言う意思を込めて大脇差の男の目を見据え、大脇差の男は黙ってい頷いた。
太刀を鬼の首へ、正確には崩れた傷口の中へ押し当てる。
刃は無数に毀れ戦闘を開始した直後、小鬼の首を一閃で切り落とした時のような切れ味は既に失われていた。太刀を引くと柄を握った手の内に砕けた骨と肉を削る感触が伝わってくる。 その感触を握り潰すように、より一層手に力を込め太刀を押し戻してまた引く。
何度目かの往復の後、鬼の首は胴から離れた。
大脇差を手にしていた男は鬼の首が胴から離れたのを見届けると先ほどの戦いで鬼に蹴り飛ばされた小鬼の死体へと向かった。
小鬼の死体は糸の切れた操り人形のように腕は胴体に巻き付き、両脚は糾った縄のように絡み合っている。 男は小鬼の尖った鼻を握ると鬼の死体の側まで引きずっていき、そこで小鬼の首を切り落とした。
大脇差も刃が毀れ切れ味が落ちてはいたが、それでも小鬼の首を落とすのに然したる苦労はなかった。
切り落とした小鬼の首を鬼の首の側に置き、小鬼の胴体を鬼の胴体の上に重ねて置いた。
馬の死体の側では半弓の男が先頭開始直後に太刀で首を跳ねられた小鬼の首を運んでから胴体を引きずりながら運んでいる。
太刀の男は自らが口の中へ太刀をを捻じ込んだ小鬼の死体の脚を掴み引きずっていき、鬼の死体の側で大脇差の男がしたように小鬼の首を落し胴体を鬼の胴体の上へ重ねた。
更に太刀の男と大脇差の男が小鬼の死体を一体ずつ運び、首と胴を処理した。
半弓の男が葛篭から「拭い紙」取り出して大脇差の男に手渡した。 次に葛篭から麻袋を取り出し鬼の首を一袋に、小鬼の首を二袋に分けて詰め込んだ。
大脇差の男は受け取った「拭い紙」を太刀の男と分けて、刃に付いた鬼の体液を拭いとる。 一度刃の上に紙を滑らせただけでは拭いきれず、新しい紙に変えて何回も刃の上をすべらせる。 汚れた紙を焚火の中へ放り込む度に鬼の体液が焼けた悪臭が煙と共に立ち上がった。
大脇差に付いた鬼の体液を完全に拭いきると鞘に納め、同じように槍の手入れを始めた。 その横でもう一人の男も刃の手入れをして太刀を鞘に納めた。
半弓の男は小屋の中で囲炉裏の火を消し暗くなった小屋内で遺体に再び合掌し小屋を出た。
松明と焚火に土をかけ火が完全に消えたことを確認すると麻袋を抱えた五人の男女は自分達が進んできた林道を引き返していった。
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1話〜5話で一つの流れになっております。
5話全てお付き合い頂けていれば幸いです。




