四、鬼退治(三)
その時もう一人の女が火縄銃の「引き金」を引き何度目かの銃声を響かせた。
放たれた鉛玉は鬼の顔面目掛け飛んだが、鬼は手にしている丸太を鉛玉の軌道に挟み込もうと動かす。
先刻の鉛玉を弾かれた光景が女の脳裏をよぎる。
しかし紙一重の差で丸太は空を切り鉛玉は鬼の眼球へ命中した。
水面に落とした石が沈んでいくように鉛玉は眼球の中へ吸い込まれた。
途端、鬼が絶叫をあげた。 左手で顔面を抑え右手に持っていた丸太を辺り構わず振り回し始める。 前方に丸太を振り下ろし体を右に向け横に薙ぎ、回れ右をして、また振り下ろし横に薙ぐがその全てが空を切った。 顔面を抑えた左手の指の間からは黒紫色の体液が止め処なく流れ出している。
空を切り続ける丸太を掻い潜り太刀と大脇差の男達が鬼へと斬りかかった。 丸太を振り上げれば胴へ、横へ薙げば振り抜いた逆へ回り込み腕、背中へ斬撃をいれた。
先ほどまで、その殆ど防がれていた刃が浅いながらも容易く鬼の体へと届いた。
大筒を放った女はこの間に鬼との距離をとって次弾の玉込めを始める。
火縄銃を放った女は「火挟み」から火縄を外しながら玉込めをしている男へ視線を向けた。
男は視線に応え玉込めの終わった火縄銃を女の方へ投げ渡す。 男が火縄銃を投げたのと同時に女も撃ち終えた火縄銃を投げ渡し玉込めの終わった火縄銃を受け取る。
受け取った火縄銃に素早く火縄を装着し今一度鬼の頭部を狙う。 激しく丸太を振るう体の動きに合わせ頭部も大きく動き必中の狙いを定めている間はない。 「火蓋」を切り「先目当て」の前方に鬼の顔面が重なったと同時に息を止め引き金を引いた。
飛び出した鉛玉は顔面を抑えている鬼の手の甲に命中したが指間から零れ出る体液に隠され傷の深さは判らない。
女は命中を確認すると横目で火縄銃の玉込めをしている男を見た、男は溢さないよう慎重に早合から銃身へ火薬と鉛玉を注ぎ入れている。 視線を鬼へ戻し革帯から早合を取り出すと今放った火縄銃の銃口へ指先の感覚だけで火薬と鉛玉を注ぎ入れ始めた。
鬼は鉛玉の命中した左手を顔から外すことなく丸太を横に薙いでから再び出鱈目に振るい始めた。
二人の男達はそれを躱しながら斬撃を入れ続ける。 太刀と大脇差の刃が鬼の体を刻む度に鬼はその辺りに丸太を振るうが、振るったときに相手は飛び退いていて其処にはいない。
斬撃を入れる度に丸太は大振りになり、その分男達の踏み込みが深くなって鬼の体を傷つけるがそれでもまだ浅い。
大脇差を手にした男が鬼に斬撃をいれ丸太の反撃が来ないうちに飛び退く。 飛び退いた先には先ほど鬼に放り投げられた穂先の変形した槍が転がっていた。
大脇差を地面に突き立て代わりに槍を拾い上げると鬼の背後へと回り込み先ほど大筒の玉が命中した肩甲骨の傷口へと穂先を突き入れた。 腰を突いたときよりも穂先への抵抗が少ない、更に力を込めて槍を突き入れ穂先が完全に鬼の体内に埋まったところで槍を捻じってから手を離し鬼との距離をとった。
捻じったと同時に鬼の左腕が力を失って垂れ下がった。
堪らず絶叫を上げた鬼は丸太を放り投げ右手を肩口から背中に回し、刺さった槍を抜こうとするが指先が僅かに触れるだけで槍を握れず背筋を伸ばすような恰好のまま踠く。
火縄銃の銃声が響く。
左腕が下がり剥き出しになった鬼の眼球に銃声と共に飛び出した鉛玉が再び命中した。 一瞬の間を置いて鉛玉が吸い込まれた眼球から黒紫色の体液が噴出した。
再び鬼が絶叫をあげる。 槍を抜こうともぜず、眼球の傷を抑えようとともせず右腕を出鱈目に振り回し始めた。 右腕を振り回す度にその勢いで体全体が回転しそれに引っ張られるように力を失った左腕も回転した。
流れ出した体液でどこが眼球なのかも判らぬほど顔全体を黒紫色に染め、槍の刺さった左肩は自力で腕を動かせず、持っていた武器も手放した。 それでも鬼は動きを止めない。
太刀の男が鬼へ向かって駆け出す。
出鱈目に振るう右腕の動きを見極めながら背後に回り込むと姿勢を低くし鬼の右脚の脹脛に太刀の「鎺元」を当てて一気に走り抜けた。
太刀の刃が脹脛をなぞり横一線の傷をつくり、そこから黒紫色の体液がじわりと流れ出た。
鬼が振り返り拳を振るうが男は既にそこにはいない。
走り抜けた男は踵を返し、また鬼の背後へ周り込み今切った傷口へ再び鎺元をあて走り抜ける。
太刀の男の行動の意を察した男が地面に刺した大脇差を引き抜いて鬼の背後へ回り込み太刀の男と入れ替わりに脹脛の傷へ刃をあて走り抜けた。
幾度も太刀と大脇差が脹脛を通過し、通過する毎に傷は深くなり鬼の脚は黒紫色に染まっていった。
幾度目かの刃が脹脛を通過したとき張力に負けた縄が切れたときのような音が脹脛から鳴り鬼は崩れるように右膝を地に着けた。
右膝を着いた拍子に体の平衡を失い倒れ込みそうになる上半身を右手で支える。 左膝を立て尚も立ち上がろうとするが片膝立の状態から体は浮き上がらい。
唸り声をあげながら持ち上げた顔の眼窩には空気が抜けて萎れた紙風船のようになった眼球が黒紫色に染まり、それでも動かそうとしているのか時折眼球から体液が勢いなく流れ出す。
男二人は鬼の正面に立ち、太刀と大脇差を構える。
その二人の間一歩引いた位置に玉込めを終えた女が片膝立で大筒を構えた。
女は筒先を鬼へと向けると吐いた息を止め絞るように引き金を引いた。
轟音と共に放たれた鉛玉が鬼の胸部へ命中し分厚い胸板を削り、胸部深くめり込んだ。 唸り声は絶叫へと変わり射入口からは体液が溢れ出し見る間に地面を濡らしていった。
それでも鬼は絶叫を再び唸り声に変え、立ち上がろうと右腕に力を込めて膝を浮かせたが、口から大量の体液を吐出し膝を着いた。
大脇差を手にした男が鬼へ向かって走り込む。 男は鬼の右横を走り、すれ違い様に大脇差を逆手に持ち替え肩口に二つ開いた銃傷の一つへ切っ先を突き入れた。 切っ先が硬いものに当たったのを感じると大脇差を突き立てたまま手を離し「柄頭」を足の裏で蹴りつけた。
その勢いで鬼は体勢を崩し顔面から前方に倒れ込み突っ伏した。
それでも消え入りそうな唸り声を発しながら上体を起こそうと右腕を立てるが肩口から体液が滲み出るばかりで体は一向に浮かなかった。
五人は距離をおいて鬼を囲み見ていたが、もう立ち上がれないと判断した太刀を手にした男が鬼へと近寄った。
男は鬼の右手の甲に切っ先の折れた太刀の先端を押し当てたが力はなく指先が地面を掻いているが何の抵抗力も感じなかった。
続いて左側に回り体に沿って並んで左腕に太刀の先端を押し当てるが、こちらも何の抵抗も感じず鬼の指先が小刻みに動いているだけだった。
男が鬼の首筋を見据え太刀の鎺元を静かに押し当てた瞬間、鬼が頭を持ち上げて男がこれから行おうとする行為に抵抗する。
男は咄嗟に鬼の後頭部を踏みつけて大きく重心を落とすと首筋に当てた太刀に力を込め一気に引いた。
途端、鬼が叫喚をあげ右手の指先で地面を掻き毟る。
太刀の通った傷跡からは黒紫色の体液が滲んで溜まっているが、それでも鬼の首を三分の一程も抉れてはいない。
男は足の裏に首を擡げようとする力を感じ体重と力を乗せて抑え込むと、首の刀傷に太刀の刃を合わせ再び力一杯に引いた。
溜った体液が飛沫となって太刀の引かれた方へ飛び散る。
再び鬼の叫喚が響いたが次第に小さくなり時折漏れ出る呼吸音が壊れた笛のように濁った音を鳴らす。 右手は激しく地面を掻き、爪は根本から剥がれ落ち流れ出た体液が幾筋もの線を引いた。
大筒をてにした女は思わず目を背け、火縄銃を手にした女は「引金」にかかった自分の指が震えていることに気付き慌てて指を外し火蓋を閉じた。
他の男達は強く歯を噛みしめ鬼を凝視している。
男はもう持ち上げる力もない鬼の頭から足を外し両手で太刀の柄を握り振り上げ、渾身の力を込めて振り下ろした。
太刀の刃から柄を通し男の手に骨が砕ける感触が伝わってくる。
それでも叫喚の声も出なくなった口元が、僅かばかりの土を掻く力も失った指先が小刻みに動いている。
それを見て男は苦渋の表情を浮かべ太刀を振り上げた。
鬼の首元を睨みつけながら肩を大きく動かして息を整えようとする。
しかし集中できない。 小刻みに動く鬼の口、指が視界の端に入り鼓動が早くなり呼吸が荒くなる。
鼓動を荒い息を打ち消すように男は自棄を帯びた叫び声をあげた。
叫び続けたまま一気に太刀を振り下ろす。
柄を通して骨が完全に砕けた感触が伝わってくる。
息が切れたように叫ぶのを止めた男が肩で息をしながら鬼の頭、指先、足先と何度も何度も視線を流す。
鬼は微塵も動かなくなった。
鬼の傍らで太刀を握ったまま男が崩れるように膝をついた。
静寂を取り戻した広場に松明のはぜる音が一つ響いた。
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