十、首実検(三)
「あれが鬼か?」
「俺初めてみた」
「小せえ方もなかなか恐ろしい顔していやがる」
「俺、明日の回収? おっかなくなってきた……」
実検台の前の騒ぎを聞きつけ厨屋で酒盛りをしていた人足達が酒徳利を片手に、遠巻きにしている丁稚達の更に後ろに集まり始めた。
明日の回収の為に集まった人足とは言え城下の口入屋の募集によって集められた者たちだ。
総事依頼がない時などには募集に手を上げる総事屋もいるものの、今回は総事屋に登録している者の参加はなかった。
また小鬼や穢れの回収経験がある人足でも出現回数の少ない鬼を見たことのある者は少なく回収した経験のある者は極端に少ない。
「チっ、騒がしくなってきおった。 さっさと済ましてしまうぞい」
舌打ちと共にそう言った権蔵が丁稚に紙と筆を持ってくるように指示をだした。
権蔵はパチンと両の掌を打ち合わせると並べられた首に瞑目合唱した。
権蔵の仕草に流されるように酔った人足の何人かが徳利片手に片合掌をしているが佐助達一党や成介は権蔵の仕草を黙って見ているだけだった。
「鬼の頭が一尺五寸(約45㎝)で、全身は十尺前後(3m前後)か…… 小鬼の方はどれも似たようなもんで4尺から5尺(120㎝~150㎝)といったところじゃろ。 鬼の顔の幅が…… 口の大きさが…… 耳の長さが……」
権蔵が目盛りの着いた竹棒で鬼の顔を図りながら話す数字を、横で手代の一人が必死の形相で帳面に記入している。
「十尺の鬼が一、一尺五寸の小鬼が五……」
権蔵の言葉を聞きながら成介も己の帳面に数字を記入する。
一通り鬼の顔を図り終えた権蔵は紙と筆を手に取り、その太い腕からは想像もできないような滑らかな動きで筆を走らせた。
「全くっ、ここまで顔が体液だらけだと顔の凹凸や陰影がよう解らんっ……」
等とブツブツと言いながら暫く筆を走らせた後「こんなもんじゃろ」と言って成介の方へ紙を向けた。
「お見事です」
成介にそう言わせた紙には鬼の人相が描かれており、萎み切った眼球も復元されて垂れ下がった舌も口の中へ収納されていた。
「みなさん、どうでしょうか?」
成介が佐助一党に意見を求める。
「ほぼ完全に再現出来てる」
楓が呟く。
「相変わらずお見事な再現力です」
と称賛する金治の横で佐助が小さく舌打ちをした。
「小鬼の方の人相書きはいらんじゃろ。 この人相書きに『他小鬼五』と付けといてやるから、これと採寸を記録した紙に成介に印貰って城下へ持っていけ」
権蔵そう言って採寸の間、権蔵の言葉を必死に記録していた手代の方へ手をさしだした。
「あの…… その……」
手代は差し出された権蔵の手の意味は理解しているが記録した紙を権蔵に渡すことができない。
「さっさと寄越さんか!」
手代から紙を引っ手繰った権蔵が大きく嘆息を漏らした。
「所々、数字が抜けておるじゃないか」
「すいません。 字が判らなくて……」
「手代にもなって数字も書けんのか? ワシの言った数字は覚えておるか?」
「いえ……」
権蔵が再び大きく嘆息した。
「誰か覚えおるもんおらんのか?」
他の手代や丁稚が俯くなか一朗太が小さく手を上げた。
「よし、じゃあ一朗太、抜けてるところ埋めて成介に渡せ。 ワシちゃんと働いたからもう酒飲んでよいなっ?」
「はい」と一朗太が指示への了解と酒の許可の二通りの意味を込めた返事を笑顔で返した。
「お前達は、その首達を焼却炉まで運んでおけ」
権蔵の指示に手代達が不承不承に返事をして首の乗った盆ごと持ち上げ焼却炉へと運んでいった。
「それでは回収は鬼が一体に小鬼が五体でよろしいですね」
「すまねぇ」
成介の問に佐助が短く謝罪し言葉を続けた。
「言い出す機会逸してしまってたんだが、人の死体が一体ある……」
「犠牲者がいたのですか?」
成介が吃驚する。
「俺達が小鬼と遭遇した時には既にやられていた」
「…… わかりました。では人のご遺体が一体追加ですね。 あとは…… 小鬼が一匹逃げているのですよね?」
「すまねえ……」
佐助がばつが悪そうに両手を合わせ成介に頭を下げる。
佐助と成介の会話を聞いていた権蔵が「ふんっ」と鼻をならす。
「権蔵おじさん『獲物を取り逃がすとは詰めが甘いのぉ』とか言いたそうね?」
桜が冷たい視線を権蔵に送った。
「そんなこと言わんわ。 獲物を深い追いする阿呆より、獲物を取り逃がす馬鹿の方が増しじゃからの。 ただし、その小鬼まだその辺りに居るかもしれん、回収には護衛を付けた方がよいじゃろ」
「そうですね」
権蔵の言葉に成介が答えた後に言葉を続けた。
「ただ、直ぐに集まらないかもしれません。 先程も言いましたが最近、ここら辺では小鬼や異形の出現数が極端に減っていて、他藩に出稼ぎに行っている総事屋さんも多くて今、城下に小鬼と対峙した経験のある方が何人残って居るか……」
「それなら心配いらねえぜ。 俺が逃した獲物だ、当然尻ぬぐいは俺がする」
佐助が自分の胸をポンと叩いて名乗りを上げた。
「『俺が』じゃない俺達が逃した獲物だ。 当然俺も行くぞ」
そう言って武尊が佐助の横へ並んだ。
「鬼と小鬼が出た森だ、十分ではないが最低限と言ったところじゃろ」
「そうですね。 お二人に同行していただけるなら心強いです」
権蔵の言葉の後に成介が続いた。
「そうと決まったら、一旦城下に戻るのも面倒だ、今日はここに泊めてもらうぜ」
「私共はそれで構いませんよ」
成介の承諾を得た佐助は金治へ
「金ちゃん、そう言う訳で口入屋への引取証の提出と掃除依頼完了の報告頼んで良いか?」
佐助が問うと金治の答えを聞く前に成介が口を開いた。
「であれば、この追加の護衛と、回収に必要な人足の手配をお願いした文も一緒に口入屋へ届けて頂けないでしょうか?」
「出来れば私もここに泊まって明日の護衛に参加したいと思っていたのですが……」
困った表情を浮かべながら金治が言った。
「駄目でしょうか? 鬼の調査報告…… これは討伐報告になってしまいますが、小鬼との遭遇、犠牲者の状況など、金治さんの様に理路整然と説明できる方が大番頭さんに直接、お話して頂けると話が早いと思ったのですが」
成介の言葉に金治は一党の顔を順番に見た。
佐助、桜は擬音が多く説明と言うよりは講談になってしまう。
楓は多くを語らなさ過ぎて大切な事まで話さない可能性がある。
武尊がこの場に残るとなると、確かに成介の言う通り適任は自分しかいなかった。
金治は小さく嘆息をもらした。
「わかりました。 成介さんの文を預かり口入屋への報告は行きましょう。 護衛には明日、城下の募集から参加させて頂きます」
「ちょっと待てよ! 今日だって朝から歩き通しだったんだ。 これから城下に戻って手続きや報告して、朝から護衛に参加って、それじゃいくら何でも金ちゃんの身が持たないぜ。 そこは俺と武尊に任せて金ちゃん、明日はゆっくり休んでくれよ」
「そうよっ! 護衛は私達に任せて金ちゃんはゆっくり休んでて!」
佐助の言葉に桜が追従した。
「桜さんも残るのですか?」
「当然! 私も護衛に参加するにきま……」
「いや。私達は今から城下に戻る。 そして今日城下に戻ったら明日、護衛の総事に参加する事は父が許さないだろう」
金治の問いに鼻息荒く答える桜の言葉を楓が遮った。
「えぇぇなんでよ。 なんでよ? 私も護衛行きたい」
「俺もこんな綺麗なお姉ちゃんに守られたい!」
遠巻きの酔っぱらった人足から声があがる。
「皆さんの回収には護衛は付きませんからねぇ。 早く夕餉を済ましてしまってください」
成介に背中を押され、酔っ払い達が厨屋へ戻って行った。
「今日城下へ戻らず護衛に参加したら更に二日は戻れなくなる。 そうなったら…… 以前の事をもう忘れたのか?」
そう問う楓と、問われた桜は「もっと双子姉妹を見たい」と泣きながら駄々を捏ね成介や丁稚達に無理やり厨屋に押し込まれる酔っぱらった人足の姿を見つめながら以前、総事が長引き家に長期間帰らなかった時の事を思い出していた。
二人の父親、孫三はなかなか帰らぬ娘を心配し口入屋に、娘達の居場所を尋ねて怒鳴り込んできた。
最初のうちは口入屋の奉公人達も娘を心配する父親の当然の行動と思い真摯に応対していたが連日の事に業を煮やした大番頭に
「一度総事に出た総事屋の居場所なんかわかるかっ! そんなに心配ならてめえで捜索の総事依頼出しやがれ! こっちは何時でも受け付けてやる」と啖呵を切られ店から蹴りだされた。
人の噂は千里を走ると言うがこの話は一日で城下を走り、何処で寄り道をしたのか、桜と楓が城下へ戻った時には「孫三のところの双子の姉妹が男と駆け落ちをして、孫三が口入屋に捜索を依頼しに行ったが、男の仲間の総事屋達によってボコボコにされ口入屋から追い出された」と言う話に変わっていた。
更に城下に戻った桜と楓の姿を見かけた町人達は「男と駆け落ちした挙句、捨てられて戻ってきた可哀そうな姉妹」と後ろ指を差した。
この根も葉もない噂の原因が父親の行動だと知った二人は家族会議で孫三を激しく責め立てた。
結果、孫三は二人の母親の位牌の前で七日七晩、愚痴をこぼしながら泣き続けた。
桜曰くその時の光景は
「図体の大きい父親が居間の位牌の前で小さく丸くなってブツブツ呟いている姿はまるで怪談の様だった」
楓曰く
「梅雨も明けたばかりだと言うのに湿気が強く家中がカビだらけになるかと思った」
そのような事があってから二人は長期間の総事には参加せず父親が面倒な行動を起こさない内に城下へ戻ることにしていた。
因みにこの騒動の際城下で鍛冶用の大金槌を持った孫三に追いかけられている佐助が目撃されていて「駆け落ちの相手は佐助」と言う噂も広がっていた。
「あ、ああ」
楓に促され以前の出来事を思い出した桜が力なく言葉を発した。
「父がおかしな行動をする前に帰るべき」
「そ、そうね。 佐助、武尊ゴメン私達、今日は城下へ戻るわ」
「お、おう気にするな。 お前たちも帰って休んだ方がいいぞ。 護衛は俺と武尊できっちり務めるからよ!」
そう言って胸を張る佐助もまた「桜ちゃんと楓ちゃんに怒られたのは、お前が長々と連れまわしたせいだっ!」と怒鳴りながら金槌を持った孫三に追いかけられた事を思い出していた。
「ではお預かりします」
引取処の脇門の前で金治が成介から預かった文を懐にしまいこんだ。
門内では一朗太の頭を名残押しそうに撫でる桜を武尊が「早くしろと」引き剥がしている。
「すまなかった」
不意に楓が門前へ出ていた佐助に歩みより消え入りそうな声で呟いた。
「なにが?」
「鬼への止めのこと、私の大筒であれば……」
五人の武器の中で破壊力が最も強いのは楓の大筒である。 鬼が動けなくなった時点、あるいは一撃で首を落とせなかった時点で大筒を鬼の頭部へ撃ち込めば絶命させることが出来た可能性は高い。
だが、総事屋とは言え二十歳に満たない少女が生き物の顔面に至近距離から大筒の鉛玉を打ち込むなんて覚悟が簡単に出来る訳はない。
「俺の腕が未熟だった、それだけだ」
そう言って佐助は楓のおかっぱ頭を乱暴に撫でた。
「うん…… いや佐助のことを未熟と言っているわけではなく…… 」
楓は俯いたまま言葉を探した。
「……この状況でどう言葉を返せばいいのか、私にはわからない」
「なにも返すな」
そう言って佐助は頭から手を外し笑みを楓に向けた。
「感謝する」
顔を上げた楓は照れながら短く言った。
「こういう時はもう少し柔らかく『ありがとう』って言ってもらえた方が俺は嬉しいけどな」
門内より武尊に引きずられ桜が出て来た。
「もう慌てなくても関所は無くならないわよ!」
「無くなりはしないが、もうすぐ閉まるぞ」
文句を言う桜に突っ込む武尊の後ろに見送りの為に一朗太が続いた。
「そうですね少し急いだほうが良さそうですね」
朱く染まり始めた空を見ながら金治が急かす。
「一朗太ちゃん、またねー」
佐助、武尊、成介、一朗太に見送られた桜が大きく手を振り、楓、金治と共に急ぎ足で幹道を進んで行った。
お読みいただきありがとうございます。




