まだ来ない
この部屋は檻である。中に見張が一人、男が一人、そして私。ドアは二つあり、いずれも閉められている。壁の片側には棚がついており、反対の側には下手な絵が飾られている。暖房が効いて空気がどんよりと重い、視界が揺れるような錯覚に陥る。ドアと反対側には窓が付いていて、すでに外は暗くなって、何も見えない。
見張の女の身長は体感私の二倍くらい(いや実はもっと低いのかもしれない)で、座りながら男の相手をしつつ、チラチラとこちらを伺っている。度々「一緒にこっちで遊ぼう」などと誘ってくるのであるが、どうも私はこの見張の存在が苦手で近づくことができない。それは彼女の見張という役割からくる演劇じみた話し方や雰囲気が、なんとも馬鹿にされているようで。私は首を横に振り拒む。
男は二本棒をだらしなく垂らし、口の周りが乾燥して白くなっている。彼は絵を描いているようで、それを女がこれは何かと尋ねる。男が答える。すると女は過剰に褒める。私はその異様な光景を本の後ろに隠れながら観察をする。彼は私の存在を全く知らないかのようにそれに熱中していた。鼻の雫が垂れ下がり、何度も見張が顔を拭く。
時計は六時を指している。ドアが開いた。そこには知らない女が立っていた。男はゆっくりと顔をあげ、立ち上がり、画材を放り投げて外へ出ていく。
静かになった。時計の音が大きく響き、遠くから車の走る音が微かに聞こえる。蛍光灯の光は小刻みに震えるように揺れ動いていた。人一人居なくなるだけで空間が無性に広く感じ、より心細く感じられた。
見張の女は散らかった机を片しながら、男が描いていた絵を持ち上げて、何かぼやきながらゴミ箱に捨てた。彼のいた痕跡が次々に消されていく。
「暑くない?大丈夫?」
見張が声をかける。私は小さく頷く。
「ねえ、こっちおいでよ。うさぎさん、作ろう?」
折り紙を持って見せつけてくるが、私は答えなかった。その甘ったるい作り声が妙に私の不安を喚起させた。
「こっちで、ご本一緒に読もう?」
椅子をパンパンと叩き招く。私は首を横に振った。笑顔を貼り付けて私を見るが、少しして女は小さくため息を吐き肩をすくめ、それ以上話すことはなかった。
沈黙の中私は時計をしきりに見返した。まだかまだかと何度も見返す。もう十分もしただろうかと思い時計を見る、しかし時計の針は移動していない。この緊張はいつまで続くだろうか、時計の針が一歩進むたび、私の不安は伸びているような気がする。この重たい空気の中、今か今かと待ち侘びる。
ドアが開いた。
「あ!アズサちゃ〜ん、ママ来たよー!」
母が来た。私は顔を見るや本を放り投げ走りだし母に抱きついた。寂しかった。母は私を抱っこして見張に挨拶を交わし、幼稚園から出ていった。
お読みいただきありがとうございます!
よろしければ、評価、感想いただけると大変励みになります!