新妻という表現で喜ぶのは三ヶ月までなんだよ!
第6話
焦りもそうだが、自分が情けなかった。
「……じゃあなに。踊り子として、身に付ける下着が気になったってこと?」
「は、はい。スキエブーハ……様にお引き立ていただいたのは良いけど、あたしは、踊り子なんてやったことないし……授業でダンスはあったけど、お客さんに見せられるものじゃないし……。だから、心構えくらいは持っておきたくて……」
現在、ポッケとスピノレッタはカウンターを挟んで話していた。突然の土下座に驚いて責めるような感情を吹き飛ばされたスピノレッタが理由を求めたのだ(ポッケがイタズラ好きの妖精族と、話にしか聞いたことのない伝承種のハーフの少女というキャラメイクだったのも、ただの変態というレッテルの回避に繋がった)。
溜め息が聞こえる。
「まあ、そう言うことなら……さっきの行動も説明できるのかもしれないけど」
「た、他意はないです! 本当に!!」
実際、他意しかないがここは話をまとめるための口八丁。
「……」
スピノレッタの探るような視線に、いたたまれないポッケ。嘘をついている自覚が責めてくる。
けれど、先に折れたのはスピノレッタだった。
「そう。だからなのね」
「え?」
「ここに来た理由」
ポッケは激しく頷いた。
納得したようにスピノレッタは息をついた。
「変だと思ったのよ。朝ごはんかってたずねても返事が上の空だったし。じゃあどうしてって考えてもあなたみたいな子が強盗するとは思えなかったし。けど、まさか──私のパンツを見たかっただなんてね」
「ごめんなさい……」
「良いわよ、別に。身の危険を感じなかったって言えば嘘になるけど、あなたの言うことも分からないことないもの──私もね……」
ここからの話しはスピノレッタのサイドストーリーに繋がった。
領主この村に来る前はもっと貧しい寒村に住んでいたこと。両親を助けるために踊り子として出てきたこと。ゆくゆくは王都や帝都で活躍したいなどを教えてくれた。
「だから、私が教えられることがあるなら教えるわ。もちろん──下着の選び方も。って言っても、私が履いてる下着なんて普通だけどね」
スピノレッタはパン屋の看板娘からは出てこない色気のあるウィンクをして見せた。
女の子からのウィンクでちょっとだけドキッとしたポッケ。息を飲むように自分を落ち着かせる。
──それにしても……なんとかなったぁ。こんな行動からこの子のサイドストーリーに繋がるとは思ってなかったけど、これが出たってことは、結構突っ込んだ話もしてくれるようになったってことだし。一歩前進! ってか、この勢いでどんな下着を履いてるか聞くことも出来るのでは!? てか、さっきのウィンクってそーゆー意味なのだわよね!?!!
しかし、間が悪い。
『おおい、スピノレッタ! 焼き上がったやつ、持っていってくれないかー!』
店の奥から店主の声が響いた。
それはそうだ。【Princes Dragon】がゲームだとは言っても、ゲームのなかでキャラクターは生活を送っている。そう設計されたゲームなのだ。プレイヤーが話し掛ければ同じ台詞を繰り返すだけの古代遺産ではないのである。
スピノレッタは店主に返事をするとポッケに向かって柔らかい表情を作った。
「ごめんね。私、行かなくちゃ」
「い、いえ」
「パンは一つで良いかしら?」
「え?」
「どれでも一つ持っていって。店主マスターには内緒ね?」
そう言ってスピノレッタはイタズラ顔で笑うと店の奥に小走りで消えていった。
『おせぇよ。パンが凍えちまうだろが』
『なに言ってるのさ。どうせ店先に並べるんだ、冷めても美味しいものを作れば良いだけしょう?』
『かぁー、口だけうまくなりやがって』
『人を魅せる踊り子志望なんで。口だって達者にならなくちゃ!』
騒がしくも暖かい言葉を聞きながら、ポッケはホッとしていた。
──今すぐ確認は出来なかったけど、まあ、今夜にも酒場で確認できるかな。それに、本人は普通のって言ってたし。栗原さんが言ってた踊り子がスピノレッタじゃない可能性はあるけど、それでもあとは時間が解決してくれそう。
暢気にそんなことを考えながら、ポッケはさっき並べられた焼きたてのパンを一つアイテムボックスに保管した。
閑話休題。
店を後にしたポッケは町をぶらつく。
領主村というだけあって広さは十分。村人の数も三千を越す。
──サブクエのダークサイドに、この村が戦に巻き込まれるって言うのがあるけど、あれさえなければ平穏な町だからねぇ。
朝の陽が降り注ぐ町では活気が出てきた。行商の人間や国から派遣された数人の兵が歩き回っている。
──村は果樹の育成が産業として成り立ってるんだよね。
ポッケは村を歩きながら目を配る。中には職人も要るが、多くの人手は果樹林へと足を向けていた。
──通貨システム、かあ。授業で資本主義社会のことは習ったけど、こうして目にするといつも不思議に思う。通貨なんてわざわざ使わなくても、相互扶助だけで社会は回るのに……。
主義が変われば人の意識が変わるのは避けられない事ではあるし、一つの主義のなかで生きていれば他の主義の社会が不思議に映るのは仕方ない。
いつの時代も、変化した後には『過去の社会』を古臭いものだと感じるのだから。
──まあ、そもそも。そう言った社会が過去にあったのよってことを題材にして作られてるゲームなんだから、この感覚は正しいものなんだけどさ。
ポッケは生きるために労働するという、現実社会ではもう既に歴史の中の話になっている光景を眺める。
デバッガーとして何度味わっても不思議が止まらない世界。
大昔のゲームのように、テレビ画面の二次元ドットが形なすフィクションではなく、アトラクターによって脳が現実と空想の境を見失うバーチャル空間での体験は、本当に異世界や過去のリアルにアクセスしている気分になれる。
──それが中毒性に繋がってるのも事実ではあるけどね……。
ポッケの小柄な見た目からは出てこない様な乾いた笑いが溢れた。
しばらく歩くと、家の庭に洗濯物を抱えた女性たちを見るようになった。
──洗濯かあ……昔って大変だよねぇ。
ボタン一つ! どころか、AIハウスキーパーが家事の殆どをこなしてくれる時代に暮らしていれば、手で洗濯が出来ること自体を理解できない人も要る。それは料理も掃除も同じで、更には買い物で実際に手にとって商品を見比べる事すら出来る店は少ない世の中だから、ジェネレーションギャップはこういったゲームの中ならではなのだ。
──服も下着もなんでもかんでも、踏んだり蹴ったり叩いたり。あれは疲れる。いや、蹴ることはないけどね? けど……擬似体験だとしても実際にこんな歴史があった事実を少しでも感じてもらえるなら、制作陣としてはハッピーだよね。
そんなことを考えながら、ポッケはトテトテ歩く。朝特有の活気が意味もなく清々しい気分にさせる。バーチャルスペースなのに。
「もしフルダイブ中に記憶喪失になったら、それこそこの世界が現実だと思い込むんだろうな、って、おもうん……よ………あれ?」
そのときだった。
「あるぇえぇ……?」
ポッケは視界の端に捉えたソレを目で追って、確認し、歩き出そうとするものの再び意識が引っ張られて、ソレを視界に納めた。
端的に換言するなら。
二度見だ。
「ドユコト? 対象は踊り子じゃなかったの?」
場所は民家。その庭先。
人は村人。NPC。
洗濯物に勤しんでいた若妻風キャラクターが惜し気もなく洗濯ヒモにぶら下げる、きらびやかなショーツ。
それはなんの言い訳も出来ないくらい、赤く、透けて、レースの着いた、勝負下着であった。
「あっるぇえぇぇぇぇ!?!!」