第一話 この主人公、推しが強すぎる
文中にも入れていますが、
この物語は分かりやすさの都合で、
ゲーム本家ルミナ=ルミナ
中身押田瑠美のルミナ=オッシー(地の文のみ)
※会話は『ルミナ』表記のまま
とさせていただきます。ご了承ください。
【本来、はじまり】
乙女ゲーム『王立学園物語〜Love Justice〜』は二部構成になっている。引き取られてライクディクト家に引き取られて成長していく前半の家族編と王立クラウン学園で恋愛をしていく後半の学園編の2つである。
本来、家族編は7歳のルミナが母親リーザから引き離されて失意のどん底に陥っているところから始まる。そして、それ以前の話は過去回想で描写される。
馬車の中で半ば強引に引き離されたルミナは絶望の中に閉じこもっている。母親リーザとの思い出はもう遥か彼方、これから知らぬ貴族社会で生き抜かなければならない。その不安に押しつぶされそうになっていた。「できることなら辿り着かないでほしい」と、そう思ったに違いない。しかし、そんな彼女を嘲笑うかのように馬車はゴート街を抜け、ある豪邸に辿り着く。その豪邸こそ彼女の家、ライクディクト家である。
ルミナはリーザから受けた『愛があれば分かり合える』という教えを思い出し、「きっとこの家の人たちと仲良くできるはず」と、微かな希望を持って豪邸の扉を開ける。そこには多くのメイドを従えたライクディクト一家が出迎えてくれた。ライクディクト家は主人のゴート男爵とその妻ミーナ夫人、その2人の間に生まれたマリーナの3人家族だ。ルミナを引き離しを計画したゴートは笑顔で、
「ようこそ!ルミナ!君は今日からライクディクト家の一員だ!」
と歓迎してくれた。しかし、ミーナとマリーナはルミナを複雑な表情を浮かべていた。実際にこの原因が明かされるのは後の話になるだが、ルミナはゴートの不貞によって生まれた子である。しかし、ミーナは当時ただの商人だったゴートを貴族にさせて、半ば強引に婚約させた経緯があり、本来、ゴートはリーザと恋仲だった。無理やり引き裂かれた恋だったが、諦めきれなかったゴートはミーナが妊娠中のときにリーザと肉体関係を結んでしまったのである。そのため、ルミナはミーナにとって受け入れ難い存在になっていた。そしてそれはマリーナも同じである。ミーナの厳しい教育もあり、それなりに優秀な1人娘として家庭内貴族社会でのこれからライクディクト家を支える立場を確立しようとしていた最中に、いきなり生えてきた平民の妹に自分の立場を脅かされるのだ。いい顔はできないだろう。そのため、彼女はルミナに向かってこう言うのだ。
「ルミナ!いきなりお父様の娘になったからって調子に乗らないでちょうだい!この家ではこの私、マリーナ・ライクディクトの方が上だから!」
この発言でルミナからの印象が最低になったに違いない。しかし、そうは言いつつ、ルミナの世話を焼いて淑女教育を叩き込むのだ。その度に「ライクディクト家として恥を晒さないためよ!勘違いしないでよね!」というツンデレ枕詞を入れる。マリーナなりに歩み寄ろうとしていたのは想像に難くない。しかし、ルミナからの印象は「思ってたより少しマシだった」程度であり、当たりが強い部分が足を引っ張っていた。そういうこともあり、学園編のマリーナへ容赦なく殺しにいく様につながったのだと思われる。それがオッシーにとって不満だったのは言うまでもない。ルミナの察しの悪さにお怒りの様子だった。
「かなり、愛に関する描写があるわり、ルミナの行動に愛が感じられないんです!特にマリーナ様が歩み寄っているのにそれに対する姿勢がなってないんですよ!」
と、熱弁していたのを覚えている。
【ルミナ(オッシー)の場合】
正直、ゲーム内のルミナならマリーナにハッピーエンドは来ない。それくらい相性が最悪で、環境や背景にも問題が山積みだった。しかし、今回は違う。なぜなら今回は中身がオッシーだからだ。
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一応ここで注釈を入れるが、ここからは便宜上この世界のルミナを『オッシー』と表記させていただく。ただし、会話内は『ルミナ』のままでいかせていただく。
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オッシーは転生してからレベルを上げつつ、あらかじめ解決できる問題は解決していた。その結果、レベルは99になり、ステータスも999になると同時に、ゴートやその周辺の人々と関係性を持つことができた。そして、かなり平和的にオッシーはリーザとからゴートに引き渡されることになった。これによって多少の修羅場は回避できると踏んでいたようだ。しかし、懸念点もあり、ミーナの保護でどうしてもマミーザと接点を持つことができなかった。それがどう転ぶか一抹の不安を覚えながらオッシーは大量のマリーナグッズ(自家製)が入ったカバンを持ち、馬車から降りてライクディクト家の扉を開ける。
はじまりはゲームと一緒だった。多くのメイドを従えたライクディクト一家が出迎えてくれた。心なしかメイドたちの表情もゲームの時より、柔らかく感じる。セリフの始まりもゴートからだ。
「ようこそ!ルミナ!君も今日からライクディクト家の一員だ!」
「お久しぶりです!」
オッシーはそう深々と礼をする。ゴートは機嫌を良くして、ミーナとマリーナを紹介する。
「君には世話になったからな。歓迎するぞ!紹介しよう!妻のミーナと娘のマリーナだ!」
「「……」」
やはりミーナとマリーナはルミナを複雑な表情を浮かべていた。オッシーはその様子を見て、
「申し遅れました!私、ルミナと申します!これからお世話になります!よろしくお願いします!」
と、目を輝かせながら自己紹介した。あまりの元気の良さに2人は若干引き気味になっていた。この空気に飲まれまいとミーナ嫌味を言う。
「……まず、声を張ることをやめなさい」
「は!しまった!申し訳ありません!よくうるさいと言われるんですよね!は!今もか!……どうですかこのくらいで(普通の声量)」
「あなたふざけてるのかしら!?」
「ふざけてません!」
そうオッシーは土下座した。ミーナは、
「土下座やめなさい!」
と顔を真っ赤にして、怒鳴り散らした。ゲーム本家ではかなり冷徹なキャラクターなため、もうすでにキャラ崩壊が起きかけているような気がする。このミーナに対して周りは困惑していた。特にマリーナは母親がここまで取り乱していることにオッシーの末恐ろしさを感じていた。「このままだと私の立場が危うい!」と焦ったマリーナは牽制のための一手を打つ。
「ル、ルミナ!いきなりお父様の娘になったからって調子に乗らないでちょうだい!この家ではこの私、マリーナ・ライクディクトの方が上だから!」
マリーナは必死に考えた上での発言だったが、ゲーム内の発言と全く一緒であった。『推し』の生声・生セリフを間近で聞いたオッシーは自然と涙を流していた。一方でマリーナは可哀想なことに「よしっ!こっちが上だと示せたわ!」と勘違いしている。
「ふん、ようやく自分の立場を理解したようね!」
そう、ドヤ顔を見せた。それを見たオッシーは「推しの生ドヤ顔だ……可愛い」と光悦な表情を浮かべていた。
「マリーナ様ぁ……」
「そうよ!私のことはマリーナ様と……ルミナ?」
「好きぃ……吸わせてください」
「へ?」
マリーナの思考が停止する。無理もない。『推し』の前とはいえ、流石に気持ち悪すぎる。周りが見えなくなるのがオッシーの悪いところだ。
オッシーは静かに、そして素早くマリーナの背後を取り、裏から抱きつきマリーナ吸いをし、マリーナをキメた。
「ちょ、ちょっと!?」
マリーナは必死にもがく。しかし離れない。当然であるオッシーは並々ならぬ努力を経て、体力、魔力、攻撃力、守備力、素早さ、技術、魔法攻撃力、魔法守備力全てのステータスが999なのである。彼女の前では8歳の女の子など道端に咲くタンポポのような存在である。あまりの力の差にマリーナは恐怖し、抵抗できなくなった。彼女はただオッシーによって可愛がられるしかなかったのである。
「ちょっとマリーナから離れなさい!ゴート!あなたからも何か言ってよ!」
「仲が良くて何よりだ!」
ミーナはオッシーをマリーナから引き剥がそうとするが離れない。その様子をゴートは微笑ましく見ていた。
【マリーナ、恐怖する】
オッシーはメイド5人によって引き離された。オッシーは興奮気味だったが、メイドのラビーが、
「会長!まだ早いです!段取りを踏んでください!」
と、進言したことでオッシーは正気を取り戻した。しかし、会長という言葉をマリーナは聞き逃さなかった。マリーナは恐る恐るその意味を聞く。
「ラビー、会長ってなに?」
「彼女は『マリーナ様を愛でる会』の会長です」
『マリーナ様を愛でる会』、それはオッシーがマリーナの推し活の一環として布教活動を行っていた結果生まれたファンクラブである。オッシーが積極的にグッズを配った結果、故郷のカラル村の住民は全員マリーナのファンになり、その活動範囲はライクディクト家のゴートやメイド達にも波及していた。無論、非公式である。
マリーナは恐怖した。自分の預かり知らぬところで自分のファンクラブを作られていたことに嬉しさより恐怖の方が勝っていたのである。
「なにその会……」
そう視線を落とすと、オッシーの懐から一枚の紙が落ちていた。マリーナはその紙を拾い上げ、確認すると、そこにはマリーナのやけに解像度高い絵が描かれていた。それは写真だった。オッシーは推し活の一環で見たものを魔法でプリントアウトする方法を確立していたのである。マリーナはその写真が写真であると認知できなくても、明らかにオーバーテクノロジーであるということを悟っていた。そして、目の前にいる存在が太刀打ちできない存在だということにマリーナは静かに失禁していた。それに気がついたオッシーは、
「マリーナ様!調子に乗ってしまいました!大変、申し訳ありませんでしたーーー!!!」
と、本日2度目の土下座を放つ。しかし、マリーナは怯えた様子でなにも答えない。そんな様子を見て、オッシーはラビーに助言を求める視線を送った。それに気がついたラビーは耳元で、
「会長は勢いが強すぎます。もっとゆっくり歩み寄ってみては?」
と助言した。
「歩み寄る……マリーナ様!」
「ひゅい!?」
「靴の裏を舐めさせてください!」
オッシーは混乱していた。周りも混乱した。オッシーは100か0かしかない人間だった。ゆっくり歩み寄るという高等技術などオッシーは待ち合わせていなかった。おそらく、『歩み寄る→歩く→一歩一歩歩を進める→一歩一歩足を出す→足→靴→靴の裏を舐める』というオッシー的飛躍思考によるものだと考えられるが、それを理解できる存在なんているはずもなかった。
【マリーナは逃げ出した】
「……も、もうやだー!!!!」
マリーナは逃げ出した。目の前の人智を超えた存在にここまで執着されていることに彼女は恐怖したのだ。もはや、自分の立場など気にする余裕などなかった。ただでさえ、不安定で誰かから利用される立場だということを薄ら悟っていた彼女にとってオッシーの存在はそのことへの不安をより加速させるものだった。マリーナは「これからルミナ今まで得てきたものを全て奪われて、彼女に利用され続ける人生を送らないといけないの!?」と恐怖し、階段を駆け上り、一刻も早く彼女から離れようと走り続ける。
「待ってください!」
オッシーの声が廊下に響き渡る。マリーナは追いつかれまいと必死に走る。しかしそんな彼女を嘲笑うかのようにオッシーは簡単にマリーナに並んで並走してしまう。
「マリーナ様!落ち着いてください!」
「なによ!そんなこと言って私を使い潰す気でしょ!」
「そんなことしませんって!私はあなたを救うために来たんですよ!」
「嘘よ!きっと私の立場を利用して上にのし上がろうって魂胆に決まってる!」
「ちーがーいーまーすー!あなたは」
「もう来ないで!」
そう言って自室に閉じこもってしまう。このマリーナの拒絶に流石のオッシーもショックを受けた。『推し』からの拒絶は相当に応えたのだ。
「うぅ……そんなぁ……」
オッシーは自己嫌悪に陥る。異世界でも出力が暴走しがちな性格を直すことができなかった。それまでは周りを引っ張っていくスタイルで上手くいっていた部分もあり、変わることができなかった。現代にいた時もほとんど友人と呼べる人間がいなかったこともあり、人との関わり方が下手だったのだ。
「これだから私はダメなんだ……」
暴走した挙句に後で自己反省する。これが彼女の日常であった。
【マリーナの絶望】
マリーナ・ライクディクトは良い子だった。大人の言うことをよく聞き、その通りに行動する。
「あなたは私達の娘、ライクディクト家の娘である自覚を持ちなさい」
ミーナから耳にタコができるくらい聞かされた話だった。マリーナはライクディクト家の恥にならぬよう、常に優秀であろうとした。勉学に励み、貴族の礼儀作法を叩き込み、魔法の訓練も欠かさなかった。遊ぶ時間など当然無かった。ミーナの厳しい指導も相まって心がすり減る毎日にマリーナは苦しんだ。しかし、それは決して無駄ではなく、『ライクディクト家の優秀な娘マリーナ』という評判がついてくるようになり、見合いの話もくるようになった。そうなってくると厳しかったミーナの機嫌も良くなっていった。その時ばかりはマリーナの心の平穏が守られた。いつからかマリーナはミーナに失望されないように上の立場の人間の顔色を伺いながら生きるようになっていた。
そんな平穏が脅かされ始めたのはゴートが新しい娘を連れてくる話をされたときからである。マリーナとミーナにはオッシーがくる前日に伝えられた。これはミーナが拒絶して、頓挫してしまうことを防ぐための苦渋の決断であった。もちろん2人にとっては寝耳に水で頭を抱えるほかなかった。ミーナはそのことに関して、
「私への当てつけなのかしら?」
「いや、違うんだ」
「この浮気者!」
という風にゴートとの口論をした。ミーナは不貞の娘の存在を認知してたが、ゴートへの優しさや個人的な負い目もあり、積極的に関わろうとはしなかった。それがこんな形で返ってくるのだから、恩を仇で返された気分になるのも仕方ない。
一方でマリーナはそもそもオッシーの存在すら知らなかった。急に生えてきた妹にどう対処するべきか、自分の立場はどうなってしまうのか、ゴートからの信頼はなかった、ミーナに失望されるかもしれない、もしかしたら一家離散もありえる……様々なことが頭の中を駆け巡り、ショートしそうになる。ひと通り口論を終えたミーナは、
「決まったことは仕方ないわ」
と、渋々認めながらも、
「どちらにせよマリーナの方が優秀なことには変わりない」
そうマリーナに視線を送った。マリーナは背筋が凍った。これはマリーナへの期待と脅迫だった。もし、新しい娘に自分が劣っていたら、間違いなく彼女から失望され、今までの立場も全て失ってしまう。もはやミーナの期待はマリーナにとって重石にしかならなかった。
それでも、マリーナはその期待に応えるために気丈に振る舞った。オッシーの行動に翻弄され、ミーナが取り乱している時もできるだけ表向きの平静を保っていた。しかし、オッシーの常軌を逸した能力の高さと自分に対する執着に彼女は逃げ出してしまった。マリーナはオッシーからの執着を他貴族からの『都合の良い子供』的視線と同義に捉えてしまったのだ。
マリーナのお見合い相手はその全てがひとまわり年上でもちろん能力も自分より高い人間ばかりだった。彼らの目的はライクディクト家の財力とミーナの元王族という血統だけであり、マリーナ本人など視界にも入れてなかった。そのことはマリーナ本人もよく理解していた。自分の存在意義は親の娘であるということだけだということを嫌というほど痛感していたのだ。
マリーナはベットの中に潜り込み、今までの醜態を反復する。大勢の前で恐怖して、失禁して、一目散に逃げ出した。これは失望を通り越して嘲笑の域に入る。
「どうしよう……」
取り返せる手段などもうない。きっと今までの立場をあの娘に奪われて、彼女の下で生きるしかなくなる。そして周りから嘲笑され、家族から、ミーナから無きものとして扱われる。そんなことが頭をよぎり、頭の中に死という言葉が思い浮かぶ。
「もうこうなったら……」
マリーナはベットから出て、窓を開けた。空は雲一つない青空、しかし、その空は彼女からしたら泣いてるように思えた。下に視線を落とす。部屋は3階、8歳児が飛び降りて死ねるかどうか怪しい。それでもこれ以上生き恥を晒して失望されるくらいならと、彼女は窓の縁に立った。
【『推し』を推すということ】
マリーナは飛び降りようとするが、途端に生存本能が働いて「死にたくない」という感情が溢れ出てしまう。
「なんでよ。もう生きる価値なんてないでしょ」
そう自分に言い聞かせる。それでも足は震えるだけで動かない。
「動きなさいよ!こんな私に価値はないでしょ!」
「ありますよ!」
マリーナが振り向くと、そこにはオッシーの姿があった。オッシーは切り替えが早いという長所を持っていた。今回も「落ち込んでても仕方ない。私にはこの方法しかできないから」と開き直っていた。
「早く降りてくださいよ」
「近づかないで!化け物!」
マリーナは強く拒絶する。ここでオッシーに助けられてしまえばいよいよ自分の立場が決まってしまう。そう思えてしまったのだ。それでも彼女は飛び降りることができない。オッシーはマリーナを助けようと少しずつ近づいていく。
「落ち着きませんか。私はマリーナ様を利用するつもりなんてないです。むしろ、救いにきたんです」
「救いに?どこが!?あんたは私の大事なものを壊してしかいないじゃない!」
「そのことは謝罪します!申し訳ありません!私、不器用で距離感間違えることが多いんですよ……」
「……それでも私よりは優秀よ。あんな頭のおかしい名前の団体作って活動してる時点で、ライクディクト家の娘しか取り柄のない私よりも価値があるじゃない」
マリーナはいつも誰かの言う通りの人生を送ってきた。オッシーのような自分で考えて決断したことなど一度たりともなかった。
「やりなさいよ。私を押し除けて幸せに」
「そんなことできません」
「じゃあ何のために」
「マリーナ様は私の『推し』だからです」
「オシ?なによそれ、私を突き落とすつもり?」
「違います。『推し』とは人生です。大切な人の幸せを祈り、その行く末を追い続ける人生そのものです」
「気持ち悪い」
「そう思われても仕方ありません。中にはそのことを『推し』に認知されようと度が過ぎる人もいます。でも、今のマリーナ様には『マリーナ・ライクディクト』そのものを愛している人がいるという事実を知った方が楽になると思います」
オッシーにはマリーナの破滅に関して一つの推測を立てていた。それは彼女の根底にある自己肯定感の低さが原因だというものだ。ゲーム中の描写にはマリーナの心情があまり出て来ず、ツンデレとその後の堕ちた姿しか印象に残らない。しかし、マリーナの立場に対する執着やミーナとの関係性から「マリーナがマリーナのことを過小評価している節があるのではないか」と推測していた。そしてそれは当たっていたようだった。マリーナはマリーナ本人を見てくれる存在が欲しかったのだ。
マリーナはじっとオッシーの目を見つめる。オッシーの曇りなきまっすぐな瞳に嘘はなかった。オッシーはゆっくりマリーナに手を伸ばす。
「図々しいことを今から言います。マリーナ様はまだ生きたいと思っています。だからこの手を取ってください」
「どうしてそう思うのよ……」
「今ここで死んでしまえば、それこそマリーナ様の顔に泥を塗るになります。それに……心から死にたいと思うならこんな私なんて歯牙にもかけませんよ」
「……そうかもね」
マリーナはオッシーの苦笑いを見て、同類を見つけたような気分になった。2人は自己肯定感が低く、器用に生きることができないという本質が同じでシンパシーを感じていた。「もう少し頑張ってみようかな」と思えたマリーナはオッシーの手を取ろうとする。
しかし、そんなマリーナの決断を嘲笑うのように運命は残酷な判断を下ろした。マリーナは足を滑らせてしまい、窓から落ちてしまう。
「危ない!」
オッシーは間一髪のところでマリーナの手を掴むが、窓から身を乗り出して掴んだために足が地面についていなかった。いくらレベルを上げたとはいえ彼女の体は7歳の女児、地に足をつけていない状態だと力がうまく入らない。それでもオッシーは歯を食いしばってマリーナの手を離さない。「離してたまるか」という気持ちで運命にくらいつく。
「離して!ルミナまで落ちちゃう!」
「なに言っているんですか……私は……」
そんなオッシーの強がりも虚しく体は外へと引き摺り出されていく。
「マリーナ!」
ミーナがようやく追いついた。その後に続いてメイド達も突入してくる。ミーナは窓に乗り上げてオッシーの足だけが見えている状況に気がつくとその足を掴もうと手を伸ばした。しかし、その手が届くことはなく、2人は真っ逆さまに落ちていった。
ドンッ……
地面に強く打ち付けられる音が聞こえ、ミーナは窓の外を見ることができずにその場に崩れ落ちてしまう。きっと愛しい我が娘は見るも無惨な姿になっているだろう。そんな姿を見る勇気など出てくるはずもなかった。それくらいには母親としての感情があったのだ。そんな彼女の横を通り過ぎて窓の外を眺める1人の男がいた。ゴートである。ゴートは周りから少し遅れて入室し、ミーナの姿からことの顛末を悟っていた。
「……やはりな」
そうゴートは窓の外を見てニヤリと笑った。その姿がミーナの逆鱗に触れた。
「なによその態度は……なにが起きたか分かってるの!?」
「分かってるさ、あそこを見ろ」
ゴートは外を指差す。ミーナがその方向を見るとあまりの衝撃的な光景に己の目を疑った。
……『推す』は『推薦する』という意味を持つ。そして、その原動力はその『推し』にあるのだと思う。それだけ『推し』には魅力があるから、その『推し』がその魅力にふさわしい立場に『推薦する』のだと私は推測している。
「クソッタレな運命め!私の覚悟を舐めんじゃねぇ!いざ、推して参る!」
ドンッ!
オッシーはマリーナという『推し』のために自分の命を投げうってまで彼女の幸せのために尽くそうとしている。その姿は文字通りマリーナを『推している』と言えるのではないだろうか。
「ルミナ……?」
「……言ったでしょう。私はあなたを救うために来たと」
オッシーはマリーナをお姫様抱っこして仁王立ちしていた。オッシーは空中で身を翻してマリーナを抱え込んだのだ。
「マリーナ!怪我はない!?」
ミーナは3階から声をかける。
「無事ですよー!」
そうオッシーは大きく手を振る。マリーナも小さく手を振っていた。
【転生者】
それを見たミーナはどっと疲れが押し寄せその場に崩れ落ちてしまう。ゴートはそんな彼女を支える。ゴートはオッシーのことを信頼していたのだ。
「分かったかい。あの子は只者じゃない」
「あの子は一体何者なの……」
ゴートは知っていた。そしてその秘密をミーナにも打ち明ける。
「ああ、ルミナは……」
一方その頃、オッシーもマリーナを下ろし、自己紹介がてらに秘密を話し始めた。
「私、別の世界から来た転生者なんです。分かりやすく言うと、別世界で命を落として、この世界に生まれ変わってきた存在なんです」
「「え?」」
オッシーの正体にマリーナとミーナは耳を疑った。しかし、その常軌を逸したその能力を思い出し、心のどこかで納得してしまう部分もあった。オッシーは隠し事が苦手なため、「それで変に疑われるくらいなら」と生まれた当初から自分が転生者だということを明かしていた。そんな開き直っているオッシーにマリーナは半信半疑で声をかける。
「え、えーとルミナ?」
「マリーナ様はこの先どう足掻いても破滅してしまいます」
「ふぇ?」
……オッシー、流石に飛ばしすぎ、マリーナ思考停止しちゃってる。
「なぜか急に性格最悪になって禁忌の破滅魔法に手を出して、私に殺されます」
「ヒェッ!」
……流石にマリーナに同情してしまう。いきなり破滅の予言を聞かされても受け入れるどころかパニックになるに決まっている。
「だから、私は大好きなマリーナ様を救って、幸せにするために転生しました」
そう満面の笑みをマリーナに向けた。完全にプロポーズである。オッシーの笑顔はどこまでも眩しくて、マリーナは直視できずにそっぽ向いてしまう。
「マリーナ様?どうしました?耳赤いですよ?」
そうオッシーはマリーナの顔を見ようとする。
「うるさい!こっち見ないで!」
そう、顔を真っ赤にしてオッシーを平手打ちした。大したダメージにはならなかったが、普通にショックを受けた。
「マリーナ様!?」
「いちいち下の名前で呼ばないで!恥ずかしい!次からは『お姉様』と呼んで!」
「お、お姉様?……いいんですか?」
マリーナはチラッとオッシーを見て頷き、
「だって……私は……あなたの姉だから」
そう遠回しに「あなたを家族として受け入れる」旨の発言をした。マリーナもここまで大切にしてくれるオッシーの存在が嬉しかったのだ。当のオッシーは、マリーナを亡くした姉と重ねていた部分もあり、
「姉……姉……」
と、思考を停止させて、放心状態になっていた。マリーナはそんな彼女に痺れを切らして、
「ああもう!あなたは私の妹!そしてライクディクト家の一員なの!早く自覚しなさい!」
「お……」
「なによ。早く戻るわよ」
「お姉様あああーーーー!!!」
オッシーはマリーナがこんな自分を受け入れてくれたことに喜ぶあまり、彼女に泣きついてしまった。
「ちょっ、ちょっと!離れなさいよ!」
「お姉様ぁ!大好き!受け入れてくれてありがとう!」
「うぐっ……まぁ、助けてくれたし?認めるのは当然よね……」
「なんて?」
「うるさい!早く戻るよ!」
マリーナは照れ隠しに怒りながらオッシーの手を引っ張っていった。
さて、ゴートの方はというと、ミーナが呆れ返っていた。
「そういうことは早く言いなさいよ」
「ミーナは認めないだろ?」
「でも事情があるなら受け入れるわよ……おそらく」
「こっち見て話してくれないか?」
「黙りなさい……でも、破滅ね……」
ミーナは外で戯れあっている2人を見る。その様子は側から見れば敵対などあり得ないように見えた。それくらい仲睦まじい姉妹だった。しかし、「それを無理矢理引き裂こうとした自分にもその一旦はあるのかもしれない」と自らの行いを振り返る。
「なにもミーナだけのせいじゃない」
「……なにも言ってないわ」
「そういう目をしている」
「……ルミナを受け入れられるかしら」
ミーナはオッシーを見る。彼女にとってオッシーは浮気相手から生まれた存在だけに留まらない複雑な事情を抱えている存在であるが故に感情的に受け入れられない部分があった。
「できるさ、家族なんだから。自然と仲良くなれるはず」
「……そうね」
そう2人は仲良く手を繋いでいる姉妹を見守っていた。
「お姉様、濡れた下着どうします?私が買い取りますよ?」
「……うるさい」
2人は少しだけこの姉妹の行く末が心配になった。
【実況席ハイライト】
PC「この人天然タラシですね……」
調「……そうね」
PC「もしかしてあなたも?」
調「風呂に沈めるよ」