プロローグ 逝ってらっしゃい
【乙女ゲーム『王立学園物語〜Love Justice〜』】
ーー魔法がありふれた国、ディスター王国
そこでは国の覇権を取ろうと王族貴族が熾烈な権力争いが行われていた。
平民の身であったルミナは貴族の血を持つことが判明し、この時代の激流に巻き込まれることになる
この物語は彼女の愛と彼女を愛した者たちの物語であるーー
……これが乙女ゲーム『王立学園物語〜Love Justice〜』の商品説明に書かれたあらすじだ。これを読んでプレイしたいかどうかは人によると思うが、界隈ではそこそこ人気なゲームである。どれくらい人気かというと、覇権ではないが、推しを作る熱心なファン層が生まれるくらいと言えば良いだろうか。
私、山波調はそこまで熱心ではないがある事情でプレイしていた。ただ、私の友人はかなり熱心なファン……というより、あるキャラを『推し』にしていた。『推し』にしすぎて、ある意味アンチになりかけていた。
今日、私は彼女に非情な報告をするため、いつものカフェにいる。
【押田瑠美という女】
私の数少ない友人、押田瑠美(通称オッシー)はすごく面白い人間だった。大学で知り合った彼女は自他共に認めるオタクで常に『推し』を作る癖があった。そしてその『推し』はみんな破滅する。ゲームのキャラ、アイドル、Vtuber、惚れた人間全て炎上だったり、病んだり、死んだりして破滅する。(彼女曰く愛した人みんな不幸になる)その度に彼女は発狂する。そして体調を崩す。本当に馬鹿みたい。ただ、そこまで熱心になれるのは羨ましいとも思えてしまう。
「調氏、最近出たこれ(王立学園物語〜Love Justice〜)、一緒にやりませんか!評判いいらしいですよ!」
彼女の勧めでそのゲームをした。タイトルの割に攻略キャラが3人と少なめなことが気になったが、それなりに楽しめた。ただ、『推し』というほど熱中できるキャラは見つからなかった。
しかし、彼女はあるキャラを『推し』にしていた。それは攻略キャラでもなければ、『なぜか攻略できない系人気キャラ』でもないし、なんなら男キャラでもなかった。そしてその『推し』が破滅する、彼女は荒れる、発狂する、体調崩して寝込む、私が宥める……もはや様式美である。この女はいつもそうである。いつまで経っても学ばない。だから今回も悲劇が起きた。
【涙拭けよ】
今目の前にいる友人はカフェのテーブルへばりついて涙を流していた。その涙で水たまりができている。その珍妙な姿に周りの視線が集まる。常連や店員たちは「またかい」という生暖かい目で見守り、初見の人間は「なんだコイツ」という目で見つめている。しかし、そんな視線など気にも止めず、彼女は舞台にでも立っているかのように独白を始めた。
「ああ、私はなんて罪深いのでしょう。私が愛した者は皆不幸になる。しかし、愛することは罪なのでしょうか?我が友、調氏、あなたはどう思いますか?」
「愛するのは自由だと思うよ?でもさ、オッシーはその愛する人を選んだ方がいいよ」
「なるほど、つまりこれは前世からの罰に違いない。神が私に与えた罰!」
私の話を全く聞いていない。いつものことだが彼女は自分の世界に入り込んでいる。
「神よ、私は何をしてしまったというのでしょうか!」
「君、大して神様信じてないでしょうが」
「私は神の作った運命の奴隷なのかもしれない」
そう言うと立ち上がり、拳を高く掲げた。
「しかし、私はそんな運命に打ち勝ってみせる!そんな運命を作ったクソッタレな邪神を超えてみせる!」
「そろそろ怒られるぞー」
「そのために我が友、調氏を呼んだのです!」
そう、今回の私はとあることを調べていた。私は常日頃からネットサーフィンをしたり、データ解析したりして、玉石混交の情報を収集していた。自分で言うのもアレだがそれなりに情報収集能力は高い方だと思っている。そんな私を見込んで彼女は私にとある依頼をしてきた。
「あー、マリーナの生存ルートの話なんだけどね」
期待の眼差しでこちらを見る。しかし、結果は非情である。
「ガセだね」
「……」
意外と静かだった。俯き静かに黙っている。いつもなら子供のように濁点つけながら大声で汚い泣き声をあげるのに珍しく落ち着いていた。
「……そうだ、あの会社#々€〆*☆〒×<……」
「え?」
「あの会社潰しましょう!」
前言撤回、これ以上ないくらい怒っていた。
「ねぇ、オッシー落ち着きなよ」
「そもそもマリーナ様があんな目に遭うのはそう作った神、製作者、制作会社のせいなんです!今から潰しましょう!」
「それはそうかもしれないけど、向こうにも事情ってもんがあるでしょ」
そんな私の言葉はオッシーの耳には届いていなかった。
「善は急げ!マリーナ様!待っててくださいね!今から貴方の無念を晴らします!いざ!推して参る!」
そう言って猛ダッシュでカフェから出ていった。彼女のマリーナへの愛がこのような行動に移させたのだろう。
【悪役令嬢マリーナ・ライクディスト】
マリーナ・ライクディスト、主人公の義理の姉であり、『王立学園物語〜Love Justice〜』におけるチュートリアルキャラ兼ライバルキャラ及び全ルートのラスボスというゲーム上で異様に役割が多いキャラである。まぁ、つまるところ悪役令嬢だ。
彼女はゲームの前半後半で性格がガラリと変わる。ゲームの前半(家族編)ではいきなり生えてきた妹ルミナに多少の厳しめ態度をとるものの、チュートリアルキャラとして色々と世話を焼いてくれるツンデレさんになっている。しかし、後半(学園編)になると急に平然と人を傷つけるクズになる。おそらく何かしら事情や背景があるのだろうが、そういう説明や描写は一切なく急にキツくなる。本当に急にいろんなことに突っかかるし、垢ジュースや全身炎上、磔などのいじめと言うのも憚られる行為をするようになる。彼女が大分えげつないことをするせいで賛否が分かれる作品なっているし、レーティングがZ寄りのDになるし、安易に人に勧めづらい作品になっている。
まぁ、ルミナによって今までの立場脅かされていたことを考えるに、ある程度は高圧的になるのも仕方がない部分はあった。しかし、その細かい過程は描写されないので推察するしかない。この急な変化はファンの間で彼女のことを「制作の都合の擬人化」と呼ばれる原因になっている。というのも、このゲーム制作会社、『まごころぽいずん』が基本的に悪趣味なゲームを作る傾向にあったため、その手癖で作ったようにも見える。また、「このゲームの制作期間が短く、ある程度の役割を1人に押し込んだ結果、マリーナという怪物が生まれた」と言う裏話があった。もっと期間があればこういったヒール的な役割を別のキャラに任せて仲間になっていたのかもしれない。そういう点でマリーナという女は「制作の被害者」とも言えた。
【反省しなさい】
とりあえずカフェの会計を済ませて、オッシーを探す。探すというより捕まえる。方法は簡単だ。マリーナの同人誌(作:私)をその辺に置いてその下に落とし穴を仕掛ける。今回は私のマンション前に置いてみる。するとどうだろう、野生動物のように草むらから出てくる。そして同人誌にそーっと近づいて、落ちる。
穴を覗くと、オッシーが目を回していた。
「おーい、大丈夫?」
「うぅ……私は野生動物かなにかですか……」
穴から引き出して正座させる。
「オッシー、私はすごく怒ってるよ」
「……申し訳ありません」
「なんで、怒ってるか分かる?」
「……私が、周りを気にせず暴れ回ったから……ですか?」
そう言いながら恐る恐る私の顔色を伺う。この子は自分に非があると感じるといつもこうだ。
「ほんとにすみません、私、『推し』周り見えなくなるので……よくあるじゃないですか、「あなたって好きなことになると急に早口になるよね」って言われる人、そういう人です……調氏も分かってますよね?失望しましたよね?ごめんなさい、ほんと、生きててごめんなさい、生まれてきてごめんなさい!」
そう土下座するオッシーを見下ろす。
「違うんだよ」
「え?」
顔を上げた。鳩が豆鉄砲くらったような顔をしていた。
「怒ってるのはねぇ……」
「うん……」
「カフェ代払えよ!」
「えそっち!?」
「何度目?私にカフェ代払わせるの!」
「いや、それは、毎回返しているというか、その、すみません!」
慌てて再び土下座するオッシーを見て笑う。やっぱりこの子は見て飽きないな。
「ごめんごめん、冗談冗談、もう慣れてるよ。自覚症状あるか確認しただけ」
「なんなんですかもう……」
ホッとしたような、呆れているようなそんな表情を見せる。本当にこの子は面白い人間だと思う。
とりあえずあとで金を返す約束を取り付けてオッシーを洗うために私の部屋に連れていく。その間ずっと同人誌を読んでいた。自作だったのでんだかむず痒かった。ただ、「これ良いですね」「いくらで売ってますか?」「あぁ……いい……マリーナ様」と褒められるのはむず痒い気持ちになれど、悪い気はしなかった。
部屋に入る。その時もオッシーは同人誌を読んでいた。あまりにも同人誌に夢中なので質問する。
「本当にマリーナ好きだよね。改めて聞くけど。どこがいいの?」
「あの光り輝く金髪にエメラルドのように緑に輝く瞳、そしてあのオーラ!常に後光が差しているようです」
「ずっと光ってないそれ?」
「『推し』は輝いて見えるものです。他にも魅力的なところがあって、厳しさの中に愛があります」
「あー、ツンデレだもんね」
「……懐かしくなるんです。小さい頃思い出して」
「……ノーコメントで」
オッシーは小さい頃に母が亡くなり、姉が母親代わりだったそうだ。そんな姉も交通事故で亡くなったらしい。オッシーはいつものテンションでこの手の話題を話す。流石の私も気を使う。
「だからこそ、あの展開は解釈違いです。マリーナ様があんなことするわけない!」
「年齢制限かかるレベルだったのはさすがにねー」
「……やっぱり凸らないと」
「住所分かんないのによく言うよ」
「う……」
「君はもう少し下調べしてから行動しなよ。行動力あるのはいいけど計画性がないの……あ」
少し言いすぎた。オッシーの方を見ると、玄関前でしゃがみ込んで静かに泣いていた。図星だったようだ。
「あーもう!こんなことでダメージ受けてたら生きていけないよ!ほら、体洗ってこい!」
そう言って私はオッシーを脱衣所まで運んでいった。
【物語でいうところの導入だと思う】
オッシーがシャワーを浴びている間に私はせめて慰めになる情報がないか調べようと作業部屋に入る。しかし、私のPCがなかった。
「あれ、おかしいな」
鍵はかけていた。出かける前は確かにあった。持ち出してもいない。オッシーは私の作業部屋に入れてないし、そういうことをするような人間ではない。ではどこに行った?
「調氏ーーーーー!!!!!!」
「どうしたの!?」
浴室に走る。そこには全裸で腰を抜かしたオッシーがいた。
「あれが急に出てきて……」
そう指さした方向には宙に浮いた私のPCがあった。画面には『王立学園物語〜Love Justice〜』のタイトル画面が表示されていた。
「まさか……」
ふと、ある都市伝説を思い出す。いや、そんなことはあるはずがない。あまりに非現実的すぎる。でも、目の前ではそれが起きている。
【都市伝説】
『王立学園物語〜Love Justice〜』にはこういう都市伝説があった。
ーー『王立学園物語〜Love Justice〜』の世界に閉じ込められるーー
これはプレイヤー『黒髪レクイエム』が突然行方不明になったことから始まった。そのプレイヤーは『王立学園物語〜Love Justice〜』の重度のファンで『推し』がいた。かなりのめり込んでいたらしく、掲示板によく現れる名物プレイヤーだった。しかし突然音信不通になった。その時はよくあることだと周りは思っていた。しかし、この後から『全なる母』、『サンドウサン』、『壁』など界隈でも有名な強火オタクたちが次々と音信不通になっていく。さらに有志の情報提供によると、どうやらその共通点として彼らの風呂場には画面の割れている『王立学園物語〜Love Justice〜』を起動させたPCがあるそうだ。その奇妙な共通点からこの都市伝説が生まれた。
【ちょっと待ってくれ】
私はそんなのよくあるデマだと思ってスルーしていた。まさか、こんな珍妙なことが実際に、それも目の前で起こっていることに衝撃を受けた。そしてさらに衝撃的なことが起こった。
「あなたに推しはいますか?」
PCから女の声が聞こえてくる。私達はこの状況を受け止められずに顔を見合わせる。
「そこの全裸になっているあなたです」
「え、私ですか?」
オッシーはそう戸惑いつつ、立ち上がった。
「はいそうです。推しはいますか」
「マリーナ様です」
「あーいいですよねあの人あのゲームの中で1番人間臭くてでも確かな優しさがあるんですよ」
急に饒舌になるPC、中に人でも入っているのではないのだろうか。その饒舌さに呼応するようにオッシーも早口で言葉を発した。
「そうですよねルミナの才能の前に苦しみつつ悪態つきながらも面倒見てるんですよ普通に見捨ててもいいのに魔法の使い方とか家族のマナーとかしかも成功すると一緒に褒めてくれるんですよお母さんでかもうバブみを感じてオギャりたいですもん」
「分かります母性感じますよねというか四捨五入すればママですよルミナはマリーナの産道を通ってきたんです」
早口で何言ってるのか分からなかった。ただキモいこと言ってるのは分かった。
「やっと同志を見つけました」
その言葉にPCが頷く。どうやら分かり合えたようだ。
「嬉しいです!なんとか産み出した甲斐があります!本当に周りが邪魔しなければルート作れたのに」
「ですよねー、制作の都合がなければ……へ?今なんと?」
「あ、私このゲームのメインライターです」
あまりに非現実的な言葉に耳を疑った。オッシーと私は顔を見合わせる。
「「は?」」
「本当に最悪ですよ。私が入社して間もないひよっこなのをいいことに言いたい放題で」
「「待て待て待て待て」」
「どうしました?」
PCはきょとんとして私達が何を言ってるのかわからない様子だった。さっきので説明したと思っているのなら笑い物である。逆に混乱する。このPC、ライターのくせに説明力がなさ過ぎる。
「なにが「どうしました?」なの!?色々端折り過ぎて訳わかんないんだけど!?」
「そうですよ!1から説明してください!」
「いやですから、私、新入りのライター、初のメインライター、シナリオを作る、先輩からボロクソ言われる、色々手を加えられる、結果従来の残虐シナリオ&マリーナ破滅、悔しいので作品に自我を宿した、そして今に至る。以上です」
「多い多い多い」
情報量が多い。そして説明が雑すぎる。これではただの情報の羅列である。整理する時間をくれ、口頭で一気に言うな。ちなみにオッシーは目が点になって、頭から煙吹いてる。
とりあえず、シャワーでオッシーの頭を冷やす。しばらく水を浴びせると「ふぇ!?」と正気に戻った。そんな光景を見てPCは「理解力低過ぎ」と言わんばかりにため息をついた。
「これ以上どう説明すればいいんですか?」
「君説明下手って言われない?」
「言われましたけど今は言われてません」
「諦めたなコレ」
このPC、相手が全てわかってる前提で話して説明不足になるタイプの人間だ。制作現場でディスコミュニケーションが起きたのは想像に難くない。これはこっちから質問していかないとダメなタイプだ。
「あー、あのさ、描いたもの否定されたのは分かったよ。それが苦しいのはよーく分かる」
「分かりますよね!あなたも分かってるじゃないですか!」
「でもどうやって自我宿した?」
「え、それは、作品をプレイします」
「はい」
「解釈違いでムズムズします」
「はい」
「発狂します」
「はい?」
「全裸になります」
「はい??」
「全裸でスクリーンに頭を打ち付けます」
「はい???」
「死にます」
「は?????」
「なんでか知りませんけど転生します」
「はー??????」
「その転生先が作品自体で時たまコアなユーザーを私が転生させてます」
「?????????」
「以上です」
「分かりましたか?」と言わんばかりの圧を掛けてくる。もちろん私はよくわかっていない。私の口から出た言葉は当然これだった。
「ちょっと何言ってるか分からないですね」
「分かってくださいよ!」
「分かるかぁ!」
「なんでですか!転生させますよ!」
「さらっと処刑宣告すんのやーめーろー」
PCが私の顔面に突撃してきたところを画面スレスレで止める。力は拮抗している。さすがにまだ現世にいたいので歯を食いしばる。側から見れば風呂場でPCとキスしようとしている珍妙な光景であるがいたって私達は必死である。
【推して参る!】
この珍妙な修羅場を演じていると、後ろからオッシーがそぉーっと出てくる。
「あのぉ……」
「「なに!」」
「転生できるんですよね、あそこに」
PCは私から離れた。そしてウキウキとオッシーに近づく。
「そーですよ!私はあなたみたいな人にルミナを演じてもらいたいんです!」
ダメだ。オッシーがまた、怪しい勧誘に惑わされてしまう。私が注意しないと。
「オッシー、信じない方がいいよ」
「あなたは黙ってください」
「じゃあ、転生までの過程を説明しなって」
「知らないものは知らないです」
なんて無責任なPCだ。ハッキングしてやろうか。
「つか、自殺幇助やめて」
「知らないものは知らないです」
「このポンコツが。データ魔改造して自我消滅させるよ」
「やれるもんならやってみてください……って触らないでください!」
「喧嘩売ってきたのはそっちでしょうが!」
「やーめーてー!」
「転生させてください!」
「「へ?」」
私達が揉みくちゃになっている間にオッシーがとんでもないことを宣った。その言葉に私のみならずPCもポカンとした。オッシーの目からは覚悟が伝わってくる。ああ、またオッシーは周りが見えなくなっている。
「転生させてください。私、推しが破滅する度に思うんです。「私が主役だったら救えるんじゃないかな」って……無茶なことは分かってます。分かっていました。でも!目の前にチャンスが出てきたんです」
「正気?死ぬんだよ?」
「別に私のこと気にしてくれる人なんて調氏しかいませんし」
「……それに、正確性にも欠けるし」
「そんなの分かってます。それでも可能性があるなら」
「そこまでして執着する理由はなんなの?」
「……なんでしょう。好きに理由はないです」
オッシーらしい返答だった。いつもオッシーは『推し』のことになると周りが、ひどい時には自分すら見えなくなる。それに理由はなかった。「好きだから」それ以上の理由はオッシーにはなかった。きっとオッシーの『好き』は私たちの『好き』とは違う、ずっと重くて何にも変えられない大切な言葉なのだと思う。真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。そんな眼差しを私はどんな表情で見つめているのだろう。
……羨ましい。そんなに熱中できるものがあるオッシーが心の底から羨ましい。羨ましいから私はオッシーの近くにいる。近くで観察している。面白かった。私とは真逆の人間を見ているようで新鮮だった。気づいたらオッシーをずっと見ていた。
……たぶん、私はオッシーが好きなのだろう。大学で出会った時から私はオッシーが、『推し』を全力で推し続ける彼女の姿に憧れていたんだ。どんな困難にぶつかっても、『推し』が破滅しても、文句を言いながら、時に荒れながらも、推すことをやめないバカみたいな彼女が私にとっての1番の『推し』なのかもしれない。
そうなれば私が取らなければならないことは一つしかない。本当は嫌だが、オッシーのやりたいことを否定したくない。天井を見上げる。暗いな。ため息が出る。これで最期か……
「……分かったよ」
「調氏……」
「こうなったら誰にも止められないし、仕方ないよ。後処理はなんとかするし、存分にやってきな」
「……ありがとうございます」
私はオッシーを抱きしめた。オッシー、転生先でも私を覚えてくれてるといいな。
「あなたに出会えて本当に良かったです。このご恩を忘れないために私、決めました!」
「なにかな?」
「全員を幸せにします!「存分にやれ」って言われたので!」
「……いいじゃん」
オッシーに自分の顔を見られないようそっぽ向く。正直なところ、私の言葉を心に残してくれて少し嬉しかった。
「PCさんもいいですよね!?」
「むしろそうしてくれるとありがたいです!全員私の子供みたいなものなので!」
結局、私含め、みんな馬鹿なのだろう。『推し』に対してはみんな本来の正しさを無視して馬鹿になる、人はそういう生き物なんだ。
オッシーはPCの前に立ち、クラウチングスタートの体制をとる。
「いざ、推して参る!」
そう言うとPCに向かって突き進み、画面に頭突きする。強い閃光が辺りを包んだと思ったらオッシーの姿はどこにも見当たらなかった。
「……逝ってらっしゃい」
【解説 私】
オッシーのいない世界はひどく静かだった。
「寂しいですか?」
「当たり前じゃん。もう会うことできないんだし」
「本当にそうでしょうか?」
PCを観ると『ルミナ(押田瑠美)』の名前でゲームが進行している。……本当に彼女はあの世界に転生してしまったようだ。
「これは……」
「私だってこの物語を最後まで見届けたいんです。良かったらあなたも」
「……分かったよ」
さて、ここからはオッシーの物語だ。彼女がどれだけ『推し』を愛しているのか、どのように運命を戦い抜くのか私が見守っていよう。
ーーこの物語は『推し』を愛した者による、運命への反逆を描いた物語であるーー
解説は私、山波調がお送りする。