第85話 風前の王
通路は随所の壁に松明が灯されていたが、それには奇妙…というか不気味な紫の炎が灯っていた。
「こりゃ、祈祷師の炎だな」
樹が気になる事を言ったので、詳しい説明を要求した。
「なんだ、それは?」
「黒魔法…祈祷師系種族特有の魔法で生み出された炎だ。一応明るいが、普通の火と違って闇の力を放つ」
「ほう…でも、なんでそんなものがここに?」
「さあな…ただ、少なくとも祈祷師の力を持つ何かがこの先にいることだけは確かだろうな」
その言葉で、皆が気を引き締めた。
通路の先には、妙に広い部屋があった。
一応一通り調べてみたが、これといったものはなかった。
しかし、大きな発見はその先にあった。
皆が室内を調べ回っている間、俺はふと部屋の先にまだ部屋があることに気づき、そちらを覗いてみることにした。
部屋に入った途端、異様な悪臭が鼻をついてきた。
それは、まるで腐った肉がそのまま放置されているかのような臭い…蛆やハエがたかってきそうな臭いだった。
「うっ…なんだこの臭い…」
思わず声に出すと、微かに何かの声が聞こえた。
「…ん?誰かいるのか?」
何を言っているのか、はっきりとは聞き取れないが、確かに誰かが喋っている。
それは、部屋の奥にあるカーテンの向こうから聞こえるように感じられた。
奥へ進むほど悪臭が酷くなる。だが、鼻をつまんで口を覆いながら進み、なんとかカーテンの向こうへたどり着いた。
そこには、ベッドに寝かされた男がいた。
部屋が薄暗くてはっきりと見えないので、火球を浮かべて照らし出すとその全体が見えた。
そして、俺は心底驚いた。
酷く汚れてボロボロになったベッドもそうだが、一番はそこに寝ている男である。
ミイラのように痩せ細り、顔は真っ青で、体はあちこち青く変色している。
そして、その目は飛び出して焦点が合っておらず、ギョロギョロと動いている。
そんなものが、ベッドで弱々しく唸っているのだ。
まるで、瀕死の重病人だ…いや、実際そうか。
酷い臭いは、こいつから発せられていたに違いない。
一体何があったのかは知らないが、とにかく深刻な状態である事は確かだ。
「…あんた、大丈夫か!?」
「…」
何か言ったようだったが、言葉として聞き取れなかった。
声の主は、こいつか。
「とりあえず仲間を呼んでくる…待っててくれ!」
みんなを呼んでくると、やはりみんな驚いていた。
特に、苺と吏廻流の発言には別の意味で驚かされた。
「エウル戦士王!?なぜここに?それに…ああ、なんてひどい…一体、何があったのです!」
「エウル国王…ここにおられましたか。数年ぶりにお会いできたといいますのに、まさかこんな事になっておられたなんて…」
なんと、この男が国王様だと言うのか。
しかも、苺はともかく、吏廻流も面識があるのか。
「ぁ…ぃ…」
相変わらず、聞き取れない。
「かなり侵食が進んでいるみたいね…このままだと危険だわ!」
吏廻流は杖を取り出す。
「『忌まわしき呪いよ、これにて汝を抹殺す』」
これまでのような魔法の詠唱とは明らかに違う言葉を唱えたが、詠唱が終わると実際に男の全身の変色した部分が元の色に戻っていった。
そして、同時に男のギョロ目も引っ込み、顔色も一気によくなった。
「っ…」
「国王、大丈夫ですか?」
吏廻流の呼びかけに、国王ははっきりと答えた。
「う…うむ…」
すると、苺は胸を撫で下ろした。
「ああ、よかった…あなたに倒れられては、この国は立ち行かなくなります」
「サディ殿…それに吏廻流殿。あなた方が助けてくれたのか。む?そこの者たちは?」
「彼らは冒険家です。私達は今、訳あって彼らに同行しています」
「そうか…」
俺は、国王に言った。
「防人…じゃなかった、守人の生日姜芽だ。国王様、大丈夫か?」
「ああ…礼を言う。貴殿が見つけてくれたおかげで、わしは助かった…」
「いえいえ…それより、国王様。あなたはどうしてこんな事に?」
「それはだな…ぐっ…!」
王は突如むせだし、血を吐いた。
「…!大丈夫か!?」
そんな王を介抱しながら、苺が言った。
「まだ、完全には呪いが消えていない…長い間蝕まれていたのでしょう。無理はなさらず、しばし休まれたほうがよいかと」
「そ、そうか…すまぬ…」
苺が魔法でベッドを綺麗にし、王を休ませた所で、俺は尋ねた。
「ところで、呪いってのは一体…」
すると、前の部屋から悲鳴のような声が聞こえてきた。
「何だ…!?」
すぐに向かうと、秀典と輝が武器を構えて立ちすくんでいた。
そしてその目線の先には、一人の女が。
豪華な宝石を散りばめた衣服からして王妃…のようだったが、カラーリングが何とも目に刺さる。
赤と紫ベースの、毒々しい色合いであった。
その手には杖を持っていた。
おそらく、輝達に魔法で奇襲をかけたのだろう。
「…何者だ!」
「それは私の台詞。あなた達こそ、誰の許しで入ってきたのです?」
そこへ苺達が出てきて、声を張り上げた。
「…!あなたは…!」
「おやおや、口の聞き方がなっていない方のようですね。私は、この国の王妃…なのですよ?」
「そんなことは関係ないわ。私達は、お前の種族について言及してるのよ!」
「種族…?」
戦士の国なんだから、戦士系種族じゃないのか?と思ったのだが、どうやら違ったようだ。
女はにんまりと笑って言った。
「気づかれていましたか…お見事です。いかにも、私は呪術師のデモリアと申します。この国の、愚かで哀れな王の妻を装い、この国を乗っ取る事が第一の目的です」
女…王妃デモリアは、不敵に笑った。
呪術師、という事は祈祷師の上位種族だ。
これまでの異人より一層手強い相手であり、対峙する際は慎重に振る舞わねばならない。
…と、俺の中の何かが言っている。
本能的にもそう感じるほど、厄介な相手のようだ。
数では有利とは言え…気を抜けない相手だろう。
どれほどの強さの相手かはわからないが…覚悟を決めたほうが良さそうだ。




