第82話 飛躍の時
見るが早いか、吏廻流が魔法を放ち、男の体から異形を追い出した。
そしてそこへ苺が術を放ち、異形を跡形もなく消滅させた。
「やったな…!」
「ええ…これで、あとは彼だけね…!」
吏廻流は残された一人の若い男を見、警戒を怠らずに近づいていく。
だが、この男は吏廻流がいかに近づいても何もせず、お祓いが終わるまでじっとしていた。
そうして、最後の男のお祓いはすぐに終わった。
「…これで、全員ですね」
苺はそう言うと、今お祓いした男の無事を確認した後、吏廻流達2人と共に広場の方へ歩いていった。
お祓いが済んだ事を聞かされた町の人々は、喜んだには喜んだ。
だが、それはわっと歓声を上げるようなものではなく、「マジか…ああ、よかった…」と言う感じのそっけないものだった。
まあ、それも仕方あるまい。
異形が消えた所で、町の人々を苦しめている根本的要因や餓死者は消えないし、前ほど多くはないにしても自殺を考える者は相変わらずいる。
やはり、この国全体が変わったそもそもの原因である食料難を解決せねばならないようだ。
だが、具体的にどうすればいいのだろうか。
一人では考えあぐねたので、樹に相談した。
「詳しくはわからないが、少なくとも自然に陥った状況ではないと思うぜ。もし冷害とか自然災害によるものなら、他の国にも少なからず影響が出るはずだ」
確かに、その通りである。
言われてみれば、食料難が起きている範囲がこの国全域だけ、というのは妙だ。
それに、食料難が起きているのがアルバン国内だけであるなら他の国へ行こうと考える者が現れても良さそうなものだが、国境から遠いメゾーヌはともかく、隣国との国境に近い町でさえ、他の国へ行った、あるいは行こうと考えたという者の話は全く聞かれなかった。
まあこれに関しては、必ずしも関係があるとは言えないが…ひょっとすると。
「ということは、やっぱりこの異変は何らかの異形が起こしたものだってことか?」
「もしくは、一際強大な力を持つ異人か」
強大な力を持つ異人、と聞いて気が引き締まった。
これまでに出会ってきたものより、ずっと強大で凶悪な異人…そいつらと、やりあうことになるのか。
怯えているわけではないが、恐れが全く無いと言えば嘘になる。
一応、聞いてみた。
「強大な異人…ってどんなのがいるんだ?」
「まあ…要は上位種族だな。守人、狂戦士、賢者、追求者、呪術師、殺人鬼…」
いかにも強そうな名前の種族が並んでいる。
追求者というのは独特…というか斬新だが。
「そいつらって…やっぱり強いんだよな?」
「そりゃな。異人としてのランクが違うわけだから、当然パワーも格も違う。技とか奥義だって、威力のレベルが違うぜ。下位種族のままで上位種族に挑むのは、良くて高難度、悪くて無謀だ。オレたちはほぼみんな下位種族だから、かなりキツい戦いになると思うぞ」
「まあ…そうだよな…」
ところが、この後意外な形でこの状況が変化することになるのであった。
リビングでくつろいでいたところに、秀典がやってきた。
「姜芽、一緒に来てくれないか」
「ん?どうした?」
「おれ達、武器屋に行ったんだけどさ。なんかそこの主人が、おれ達のリーダーにお礼をしたい…って言っててな。…今のおれ達のリーダーは姜芽だろ?来てくれよ」
「ああ、そういうことか。わかった」
そうして、俺は秀典に連れられて武器屋へ入った。
そこには、康介と渕部に囲まれながら、一人で一本の長い剣を打ちあげる武器屋の店主らしき男の姿があった。
「大将、連れてきたぜ」
秀典の言葉を聞くと、店主はそうか、とつぶやき、刀身が真っ赤になった剣を置いた。
そしてこちらを見てきた。
「あんたが旅人一行のリーダーさんか?」
「ああ、まあな」
「そうかい。てかあんた達、南の山に住み着いてた異形も退治してくれたんだってな。色々と助かったよ、ありがとな」
「いやいや、そんなことは…」
どうも、感謝されるのには慣れない。
まあ、悪い気はしないが。
店主は再び赤熱した剣を取り、金槌で打ち始めた。
「てか、何の剣を作ってるんだ?」
「お仲間の3人が持ってきた『朽ちた剣』を復元してるんだ。オード鉱石も一緒に持ってきてくれたからな、助かったぜ」
打たれている最中の剣は、刀身が真っ赤でまだ未完成のようだが、すでに立派な剣の形を取っていた。
ああいうの、『長剣』って言うんだっけか。
「なあ、あとどれくらいでできる?」
康介が、ワクワクしながら言った。
「もう少しだな。それより、例のアレをリーダーさんに渡してやってくれ」
「ああ、わかった」
康介は棚から何かを取り、俺に渡してきた。
それは銀色に輝く円盤だった―。
厚さ、大きさ共にフリスビーくらいで、真ん中には剣と斧を交差させた絵…というか彫刻が描かれている。
「なんだこれ…」
そうつぶやいた直後、さあっと頭の中に情報が入ってきた。
まさか、これは…。
俺はそれを両手で持ち、空高く掲げた。
それは誰に指図されたのでも、頭で考えたのでもない、本能的な行動であった。
円盤は小さな銀色の光を放ち始め、それはみるみる強くなっていく。
そして、あっという間に目が痛くなりそうなほどの強烈な光になった。
だが、なぜかまったく眩しいとは思わない。
寧ろ、これを待ち望んでいたような気がする。
全身に奇妙な感覚が走る。
まるで、全てを書き換えられるかのような。
俺は、それを抵抗せずに受け入れた。
そして…




