第81話 鏡の奇術師
その光景には、皆が呆気に取られた。
そしてその空気を破るかのように、康介が囃し立てた。
「おっほお、出たな渕部の技!いつ見てもすごいぜ!」
「…」
皆はしばし硬直していたが、やがてキョウラが動き出した。
「…そ、そうでした!私達には、まだやる事が…!」
「…そう、だったわね。さっさと済ませましょう!」
そうして吏廻流も動き出し、残り2人のお祓いも済ませようとした、その時だった。
「…伏せて!」
苺の声が響き、場の全員が伏せた。
…いや、正確には全員ではない。今からお祓いされようとしていた2人のうち片方の男が、立ったまま謎の衝撃を放った。
間一髪伏せるのが間に合った俺達は無事だった。
だが、たった今お祓いされたばかりの女性は吹き飛ばされ、城壁に背中を打ち付けて動かなくなった。
「あっ…!」
すぐに康介が立ち上がって駆け寄り、安否を確認する。
「大丈夫だ…でも、気絶してる!」
俺は康介に言った。
「こっちは大丈夫だ。その人を向こうに連れてってくれ!」
「わかった!」
康介は女性を軽々と持ち上げ、走っていった。
さて、先ほど衝撃を放った男以外の全員が伏せたと思ったのだが、どうやら例外がいたようだ。
それはずばり、渕部である。だが、あの瞬間俺は奴の方まで見ていなかった。
ではなぜわかったかと言うと、今目の前で起こっている事を見て何となく察したのだ。
先ほどの男は、今の衝撃で怯まなかった渕部に対して怒涛の引っ掻き攻撃を行っていたのだが、渕部は自分の周りに光沢のあるバリアのようなものを張り、攻撃を防いでいた。
「渕部…大丈夫なのか…?」
「彼は大丈夫でしょう」
すぐ隣でそう言った苺の言葉を聞き、俺は苺の顔を見た。
「彼は、恐らく『鏡』に関する異能の所有者。そして今の攻撃も、それを用いて防いだのでしょう」
「鏡…」
鏡の能力、ってなんかあんまりピンとこない。それ、強いのか?
まあ、某大食いピンクボールの能力と同じような感じなら、防御よりの能力だってことになるだろうが…。
「防御系の異能、ってことか。戦士にしちゃ珍しい異能だな」
樹がそう言ったが、苺はそれを否定した。
「いえ、彼の異能は恐らく攻撃にも十分に転用が可能です。攻守一体の異能、といった所でしょう」
「そうか…そりゃすげえな」
「それに、彼は戦士ではありません。…少なくとも、厳密には」
それには、俺も混乱した。
「どういうことだよ?」
「戦士は通常、魔力が低く、異能を用いての戦闘もあまり得意ではない。しかし彼は、見事に異能を使って見せた。恐らく、何らかの魔法系種族との混血か、あるいは…」
すると、渕部が反応してきた。
「さすがだな、苺さん。確かに、おれは純粋の戦士じゃない。おれはな、『奇術師』って種族なんだ」
苺は、それに関心したようだった。
「奇術師…そのような種族の者がこの町にいたとは驚きです」
「奇術師、ってなんだ?」
疑問を口に出すと、樹が答えてくれた。
「奇術師ってのは、戦士と祈祷師の混血の種族だ。戦士の単純さと物理戦闘力、祈祷師の狡猾さと魔力をあわせ持つ珍しい異人だ」
「なるほど…ってか、え?戦士と祈祷師がデキることがあるのか!?」
祈祷師と言えば、以前サンライトの砂漠で出会った異人だ。そんな所の異人が、戦士と結ばれることがあるのか…。
まあ、この世界では珍しいことでもない…のかもしれんが。
「意外とあるもんだぜ?姜芽さんよ」
渕部は俺の方を向いて答え、それから異形に取り憑かれた男の方に向き直り、棍を抜いて言った。
「こいつは『異気の者』…異形に取り憑かれて、意識を乗っ取られた奴だ。正気に戻すには、一回ぶちのめして大人しくさせる必要がある。だが、元はあくまで人間だからな、傷つけちゃあいけない!けど、それはおれの力だけじゃできない!…だから、みんな!一緒にこの人を助けようぜ!」
「ああ…!」
「はい!」
「ええ!」
そして、俺達は行動を開始した。
「…ってか渕部、またさっきの奥義を使えばいいんじゃないか?」
いきなり樹がアレな事を言ったが、
「それは無理だ。奴らは知恵があるからな、仲間がやられた技は回避するようになる」
という言葉を聞いて納得したようだった。
そして、樹はすぐに切り替えて攻撃する。
「水法 [スタンフォール]」
空中に小さな水滴を大量に漂わせ、それをみるみるうちに局所的な大雨にして男の頭上から降らせた。
すると、男は手を動かそう…として、違和感を感じたようだった。
「おっ、効いてる!麻痺には耐性がないみたいだな!」
そして、動きが鈍ったところに渕部が技を出す。
「奥義 [ミラーチェイン]!」
男の体に、鎖状につながった小さな鏡が巻き付いていく。
これで動きを止めれるかに思えたのだが、男は鏡の鎖を強引に引きちぎって脱出した。
「まあ、そうなるよな…!」
すると、次は苺達が動いた。
「[ライト・ストリングス]!」
修道士組3人が一度に術を放つと、地面から3本の白い紐のようなもよが現れた。
それは男の首、両手、胴体をシートベルトのような感じで地面に固定した。
そこへ、俺も「バーニングリング」を使って拘束する。
普通に動ける人間相手には使えない術だが、ある程度拘束した状態の相手になら使える。
樹の術よりも長く拘束が続いたのでいいか…と思ったら、男は紐を引きちぎり、その上で炎の輪をもふっ飛ばした。
さらに男は、そのまま渕部に飛びかかってきた。
鷹のような爪が生えた手で繰り出される上空からの降下攻撃を、渕部は一枚の結界で防ぐ。さらに、
「[スネークポール]!」
棍全体をぐにゃりと曲げ、男の全身に巻き付ける。
その上で渕部は「水法 [水の呪縛]」と唱え、俺の「バーニングリング」のような感じで光沢のある輪を生成し、男の体を縛った。
二重に体の動きを縛られた事で、ほぼ完全に身動きを封じられた男は、拘束を解こうとしているのかぶるぶると震えた。
今がチャンスだ。
それは言わずして伝わったのか、苺達は同時に手を出して術を放った。
「光法 [静寂の心]」
男の頭上からチカチカと瞬く光が降り注ぐ。
男は顔を歪め、声にならない叫びを上げた後、目を閉じて黙り込んだ。




