第60.5話 魔導使うものたち
この世界には、魔法種族と呼ばれる異人がいる。
その名の通り物理的な武器より魔法や術を扱うことを得意とする種族で、光を専門に扱う修道士、闇を扱う祈祷師。そのどちらにも属さない火や水などの理の魔法を扱う魔法使い。
そして、得意とする属性がない代わりにどの属性でも扱える可能性がある魔導士の4つに分類される。
これらの種族は人間がなることもある。
その際は、まず術士と呼ばれる基本種族となり、その上で専攻の属性を選ぶことで4種類の種族のうちのどれかに昇格する。
光を選べば修道士に、闇を選べば祈祷師に、理を選べば魔法使いに。そして、いずれも究めなければ魔導士となるのだ。
魔導士は誰でも容易になれるが、その他の種族は生来の者を除けば試験に合格せねばなることができない。
そのため、魔導士以外の3種族を目指す者たちは日夜勉学に励んでいる。
もし昇格できれば、社会的な地位の向上と将来的な大きな余裕を確保できるため、これらの種族への昇格を目指す者は数多い。
また、仮に合格できなくとも、チャンスは何度でもある。試験は年に数回あるし、何より異人は人間とは時間の流れ方が異なる。
術士ですら3年の命を持つため、たとえ10年の年月が経っても、肉体年齢は3歳しか変わらない。
異人にとって、年齢とは経験を増やし、心を豊かにするために過ごした時間の記録でしかないのだ…もっとも、若いうちにその境地に至る異人は多くないが。
姜芽達の軍に参加し、拠点で暮らすとある魔法種族の2人。
その、ある日の光景。
「…」
静かに読書をしているのは、セルク。
水と電を扱う魔法使いであり、武器を一切使わない「完全術師」である彼は、日々魔法の勉強を怠らない。
そんな彼に、声をかけてくる者がいた。
「あ、セルクさん」
「ん?…ああ、君は」
「メニィといいます。…あれ、その本は」
「これかい?『理魔法の歴史』、その名の通り理魔法の歴史について書かれた本さ」
「それ、私も持ってます。なかなか面白い本ですよね」
「そうだね。…あれ、メニィさんはひょっとして僕の同族…魔法使いかな?」
「いえ、私はまだ術士なんです…魔法使い志望ではありますが」
「そうなんだ。試験は、受けたのかい?」
「今までに2回受けたんですが、どちらも落ちてしまって…」
「そうか…それは残念だったね。でも、諦めることはないよ。頑張ってさえいれば、いつか必ず成果が出るはずさ」
「ありがとうございます。セルクさんは、試験は一発合格したんですか?」
「いや、僕は生まれつき魔法使いだからね。試験はやったことがない。けど、試験に挑む人たちの気持ちは想像できるよ」
「そうですか。…」
メニィの表情を見て、セルクは複雑な思いを浮かべた。
「ま、まあいいんだ。あ、もうこんな時間か。もうすぐ夕食だろうし、一緒に行こうか」
「はい」
数日後。
2人は、また会話をしていた…実際に魔法を使いながら。
「[ヒート]!」
メニィが魔導書を開き、詠唱する。
それを見て、セルクは唸り声をあげた。
「おお…すごいじゃないか。あんなにあった氷を、一瞬で…」
セルクが冷蔵庫から拝借してきた氷を30個並べたのを、メニィは一撃ですべて溶かしきってみせたのだ。
「私は火と地の魔法を使えるので。これくらい簡単です」
「思ったより魔力が強いみたいだね。そういえば、メニィさんはどうして魔法使いになりたいの?」
メニィは、一瞬黙った。
「私の家系は、もともと普通の人間の一族なんです。それで、私の母が昔から魔法使いになることを夢見ていたんですが、母には魔導の才がなく…結局、術士にすらなれずに亡くなりました。だから、私はその意志を継ぐ意味で魔法使いになりたいんです」
魔導の才がない、とはずばり、どれだけ修行しても魔力が伸びず、魔法や術に秀でることができないという意味だ。
自分に魔導の才がないという事実は、魔法種族を目指す者にとってもっとも恐れるべきことであり、絶対に避けたいことでもある。
「幸運にも、私には魔導の才がありました。なので、いつか絶対に試験に合格して、魔法使いになりたいんです。あわよくば、そのまま昇格していって、賢者や大賢者に…」
賢者は魔法使いの、大賢者は賢者の上の種族だ。
種族としてのゴールは後者だが、実際にその領域にたどり着く者は少なく、実質的には前者が魔法使い系種族のゴールであると言える。
「大賢者か…まあ確かに種族上のゴールだし、なれるならなりたいものだけど…」
「まあ、正直なれなくてもいいんです、大賢者には。でも、私は賢者にはなりたい。賢者になれば、上位種族として認められることになりますし」
上位種族という身分は、この世界ではいわば上流階級であることに等しく、国によっては貴族や高級官僚となる条件になっているところもある。
つまり上位種族になるということは、それだけで社会的に成功したも同然であり、当然生活にも大きな影響を及ぼすのだ。
「あ、メニィさんは上位種族になりたいの?」
「そういうわけではありません。私は、単に強くなりたいんです…魔法種族として」
「強くなりたい?」
「はい。私の家庭は、人間であるが故に幾度となく他の異人からひどい扱いを受けてきました。だから、私は強くなりたい。もう、誰にも虐げられることのないような存在に…誰にも低く見られることのない異人に、なりたいんです」
「…」
セルクは言葉を失った。
しかし、それは決して絶望したり呆れたりしたわけではない。
むしろ、彼女の覚悟と心意気を察してのことだった。
「そうか、そういうことか」
「…?」
「君にそんな過去と覚悟があるとは、思ってなかった。その魔力の強さも、夢をかなえるために頑張った結果なんだろう」
「セルクさん…?」
「僕は、やっぱり君を応援したい。何か特別なことをすることはできないかもしれないけど、応援だけは全力でしたい」
「え…」
「君は必ず、魔法使いになれるさ。昇格するうえで一番大切なのは、心意気と覚悟、そして実力だ。君はそのすべてを持っている、だから、必ず…」
「…」
急に熱が入ったセルクに、メニィは困惑を隠せない。
それに気づいた彼は、はっとした。
「ああ…ごめんごめん。とにかく、君はきっと昇格できる。…僕に言えるのは、それくらいだ。それじゃあね」
彼は、静かに去っていった。
「…」
メニィは目を閉じ、何かを考えた。
「私なら、必ず…か。そうだといいな…」
メニィは知らないが、実は彼女の母の母、つまり祖母は大賢者なのである。
つまり、セルクの見立てはある意味では正しいのだ。
だが、そんなこと知る由もないメニィは、静かに決意を固めた。
「よし、この旅は必ず、生き残る。そして、来年の試験は必ず受かる。そして、今度こそ魔法使いになるんだ。…大丈夫、私はやれる…」
そうして、メニィは部屋へ戻っていった。




