第640話 紫影の女王
そうして俺たちは、城の4階・・・夜桜の姉もとい徒桜のいるという部屋へ向かった。
ちなみに、今回の魔人の地上進出を計画の実行を決めたのは徒桜だったという。
「私たち魔人は、長い間この地底で暮らし、栄えてきた。でも、土地や物資には限りがあるから、いずれ足りなくなる・・・っていう見通し自体は、だいぶ昔からあったのよ」
徒桜が女王になったのは50年ほど前のことだが、その頃は人口はまだそこまで多くなく、地上進出を急ぐ必要性は薄かった。
しかし、それから年月が経つに連れて人口が増え、かねてより言われていたことが現実になりつつあると感じた徒桜は、地上の侵攻を決定した。
夜桜によると、徒桜は魔人の「光に弱い」という性質、そして地底と地上との環境の違いをよくわかっていた。それ故、地上への侵攻も慎重に行ったという。
「古い記録を隅々まで調べたり、調査部隊を複数回にわけて地上に送ったりしたわ。姉さんはもともと慎重な性格なのもあるけど・・・魔人が平穏に過ごせる環境を作れるよう、努力していたのよ」
その心持ちは立派だが、地上に「移住」するのではなく「侵攻」する必要はあったのだろうか。
それを聞いたところ、「種族を守るための行為」とのことだった。
「魔人の中には、地上の種族から迫害や差別を受けたことがある種族もいるの。だから、私たちは地上の種族との関わりには慎重なの」
そういうことか。
この世界には、人種差別ならぬ種族差別が少なからずあるようだ・・・残念なことだが。
「しかし侵攻と言うことは、地上の人たちを殺すつもりだったんですよね?そんなことをしなくても・・・」
キョウラが言うと、夜桜は項垂れた。
「・・・そうね、私もそう思う。結局実行には至らなかったけど、身勝手で倫理観のない考えだったと思う」
それに、と夜桜は続けた。
「もしそんなことをしていたら、あなたたちのような地上人とやり合うことになっていたでしょう。そうなってたら、それこそ魔人は絶滅の可能性もあったわ」
私が姉さんの代わりをしていて、よかったかもしれない。
夜桜はそう言って、「改めて、ごめんなさい」と頭を下げてきた。
話している間に、夜桜の姉がいるという部屋の前についた。
そこには鈍い灰色の、両開きの大きなドアがあった。
「ここがあなたのお姉さんの部屋なのね?」
「ええ。もう私以外、誰も近寄らなくなってしまったけどね」
夜桜は、悲しげに呟いた。
「話すことはあるの?」
「あるにはあるけど、食事や飲み物を渡しに行く時に少し話すくらいね。それも、姉さんが話すのは返事くらい・・・正直、寂しいわ」
彼女の気持ちはわかる。俺にも弟がいるが、この世界に来てから顔を見ることも叶っていない。
寂しい・・・というのとは違うが、もう一度顔を見たい、また話したい、とは思う。
この世界に来ているかはわからないが、いつかまた会えるだろうか。
「さっきも話した通り、姉さんはすっかりおかしくなってる・・・くれぐれも気をつけて。・・・それじゃ、開けるわよ」
部屋の扉が開かれると、薄暗く物寂しい空間が現れた。
窓のカーテンは閉められ、テーブルや戸棚はうっすらと埃をかぶっている。
室内の明かりは、壁に吊るされたランプ1個のみ。
そんな部屋の奥・・・ベッドらしきものの上で、後ろを向いて座っている女がいた。
その後ろ姿、髪の色や長さは夜桜と似ているが、雰囲気は少々異なる。
おそらく、あれが夜桜の姉だろう。
「姉さん・・・」
夜桜が声をかけると、女は振り向くことなく言葉を発した。
「・・・誰?変な匂いがする」
その台詞からは、何故だかかとなく強者感を感じる。
そして夜桜は、それに答えた。
「例のクライに参加した地上人たちよ。少なくとも、私とためを張れるだけの実力はあるわ」
「へえ・・・それで、例の計画を中止したの?」
「ええ、クライモリアに書いた通り。・・・姉さんも、承知の上だったでしょう?」
夜桜の姉こと徒桜は、立ち上がってこちらを振り向いた。
その顔は、確かに夜桜に似ていた。
「あなたたちは・・・地上人?」
「ああ。・・・」
俺がそう言うと、徒桜は無言で刀を抜いた。
その刀身は、銀色で・・・かすかに、紫色の光をまとっていた。
「ようやく会えた・・・まともな奴に。どこまで持つか、見ものね」
代役でない本物の魔人の女王は、その目と刀身を光らせて微笑んだ。




