第637話 光と炎の共鳴
炎は一瞬空間を白く染め上げ、爆ぜた。
奥義の炎は渦巻き、すべてを呑み込んでいく。
俺はそのまま姿勢を崩さず、燃え上がる炎の中を睨み据えた。
——やったか、とは言わない。
そんな言葉と淡い期待は、これまで幾度となく裏切られてきた。
案の定、火柱の中心から紫の瘴気が蠢いた。
空気が凍りつくような音を立てて、そこに人影が立つ。
焦げた衣の隙間から覗く、淡い紫の肌。
その上を、毒々しい文様が這っていた。
美咲の瞳が、さっきよりも深い闇を宿して俺を見た。
「・・・まだまだ舞えそうね」
その声は、もはや人のものではなかった。
扇がひと振りされると、そこから溢れた闇が形を成す。
羽のような黒い刃が十数枚、音もなく宙を滑ってくる。
「くっ・・・!」
俺は即座に腕を振り、炎を盾のように展開して防ぐ。
金属の打ち合うような音。
一撃ごとに視界が揺れ、衝撃が腕を焼く。
——だが、それでも止まらない。
「あなたは・・・いえ、あなたたちは面白いわ」
美咲の姿がかき消え、次の瞬間には背後にいた。
殺気が肌を貫く。
俺は反射的に地を蹴り、前へ転がる。
背中を掠めた毒の扇風が石床を切り裂き、紫煙を上げる。
「まだまだ、これからよ」
美咲が再び扇を交差させると、黒紫の蝶が舞い上がる。
その羽ばたき一つ一つが毒の霧を散らし、空間そのものが歪んで見えた。
瘴気が肺に入り、胸が焼ける。
だが、炎を練って無理やり押し返す。
「俺の炎は・・・毒なんかに呑まれはしない!」
「へえ・・・なら、証明して見せなさい!」
魔力が再びぶつかり、地面が砕ける。
炎と闇が交錯し、互いの姿が閃光と影の中で交互に現れる。
爆音の中、美咲の妖艶な笑い声だけが不気味に響いた。
その笑いには、狂気と悦びと、どこか悲しみが混ざっていた。
扇の奥から、紫と黒の禍々しい光が走る。
それが地面を這い、蛇のように俺へと迫る。
直後、視界を焼くような白光がそれを断ち切った。
「姜芽さん!・・・下がって!」
苺の声が響く。
彼女の両手から放たれた光の奔流が、闇を切り裂いていく。
その光は柔らかくも強く、美咲の闇を一瞬にして押し返した。
続いて、吏廻琉が詠唱を紡ぐ。
彼女の周囲に現れた6枚の光輪が回転し、結界を展開した。
「姜芽、これで毒霧を防げるはずよ!」
同時に、キョウラが両手を掲げる。
彼女の髪がふわりと光を帯び、足元から白い魔法陣が浮かび上がった。
「『煌めく光の下に』!奥義 [聖皇技・聖滅の光]!」
まばゆい光が迸り、闇蝶を残らず消し飛ばした。
さらに毒霧が光に溶かされ、あの濃い紫の靄が晴れていく。
俺はその隙に立ち上がり、息を整えた。
「た、助かった・・・!」
「油断しないで!まだ、終わってません!」
苺の声が鋭く飛ぶ。
美咲は光に包まれながらも、なお笑っていた。
「光の種族ってやつかしら・・・綺麗ね。でも、眩しすぎるのは嫌いなの」
そう言って、美咲は再び扇を振るう。
地を這うような闇が蠢き、俺たちの足元を狙う。
だが、吏廻琉がそれを見逃さない。
「『聖光、集いて裂き放つ』!奥義 [聖環裂光]!」
無数の円環状の光刃が放たれ、闇の波を押し返す。
「姜芽、今のうちに・・・!」
「わかってる!」
俺は深く息を吸い、火の力を収束させる。
仲間たちの光が、俺の火に力を与えてくれるような気がする。
紅蓮の魔力が再び脈打ち、指先が焼けるように熱い。
「火と光、異種族同士の連携・・・?なるほどね、いい組み合わせじゃない」
美咲の瞳が妖しく細められる。
その背後に、影のようなもう一つの腕が伸びた。
「けど、それで終われると思わないことね!」
美咲の扇から、獣のような闇と毒の塊が咆哮を上げて飛び出す。それは牙をむき、空を裂き、俺たちを飲み込まんと迫る。
だが、そうはいかなかった。
苺、吏廻琉、キョウラの詠唱が走り、世界が閃光で満たされる。
「「[ルミナス・フェアリー]」」
3人の声が重なった。
光が咲き乱れ、闇の獣を貫く。
その咆哮が夜空を震わせ、爆風が吹き荒れる。
炎と光が重なり合い、さながら空間そのものが昼に変わったかのようだった。
俺はその中心で、美咲の影を睨みつける。
まだ、終わりはしないだろう。
だが、必ず終わらせてやる──光の使い手たる、3人の仲間たちと共に。




